※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。
ワークプレイスにおけるグローバル随一のインテグレーターを目指すリコー。AI活用が広がる中、企業の競争力を左右するのは、それを使いこなす人材だ。リコーでは、デジタル技術研修や実践的なプログラムを提供する「リコーデジタルアカデミー」、専門性レベル認定制度などを通じて、社内外の課題解決を担える人材の育成を進めるとともに、社員が実践を通じてスキルを磨く機会も提供している。
今回紹介する前田大輔氏は、もともとロボットのメカ設計を担当していたエンジニア。実務をきっかけにAIや数理最適化を学び始め、世界的なAIコンペティション「Kaggle」でGoldメダルを獲得した。専門領域を越えて挑戦し続ける前田氏に、その道のりと、AI時代に求められる課題解決力について話を聞いた。
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前田氏がKaggleに挑戦したきっかけは、当時担当していた機械設計の仕事だった。レーザー高速制御の新規開発に取り組む中で、描画アルゴリズムに組み合わせ最適化の考え方を取り入れたことが、数理最適化との出会いにつながった。
技術本部 技術経営センター MOT推進室 MIOI推進グループ
前田 大輔
「レーザーの描画アルゴリズムの制御に、組み合わせ最適化の考え方を採用しました。社内の数理最適化に詳しい方に教えてもらったり、自分も学習をしていく中で数理最適化の面白さを知り、勉強したことを試してみたいと思ったのが、Kaggleにチャレンジしたきっかけです。実務で直面した課題の解決に必要なことを学んで、専門領域を少しずつ広げる。その越境の積み重ねが、今回のKaggleの成果の土台になったと思います。」
前田氏がエントリーしたのは、2025年11月から2026年1月に開催された「Santa 2025 - Christmas Tree Packing Challenge」。Kaggleの中でも数学的アプローチが求められるコンペで、世界3,357チーム中10位という成績を収めた。
「Santa 2025」の課題は、形や大きさが同じクリスマスツリーの図形をできるだけ小さい正方形の中に配置するというもの。ツリーの本数が1本から200本までの計200問が出題され、配置の効率性がスコアに反映される。
101本のツリーによる配置例(スコアの低い規則配置)
101本のツリーによる配置例(スコアの高い最適化配置)
「一見シンプルに見えますが、実際は非常に難しい問題でした」と前田氏。200問それぞれで条件が異なるため、ツリーの本数に応じて最適なアプローチを選ぶ必要がある。少ない本数では位置や角度を高速に探索し、多い本数では面積効率の高い基本パターンを見つけたうえで、余ったツリーの配置まで工夫しなければならない。
前田氏は当初、単独でコンペに参加し、アルゴリズムの設計からプログラムの実装、評価までを一人で進めていた。しかし、考えられるパターンは膨大で、すべてを人の力だけで試すことは現実的ではない。そこで活用したのがAIだった。
「こうしたパッキング問題は、材料の断裁の最適化など工業分野でも研究が進んでいます。そこで、AIを活用して先行研究や関連する手法を調べ、バイブコーディング※1のような進め方で実装のたたき台を次々と作りました。ただし、AIが提案した手法をそのまま採用するのではなく、実際に動かして効果を確かめ、今回の問題に使えるものを選び取る必要があります。AIによって調査や実装のスピードを高めながら、仮説と検証のサイクルを繰り返したことで、 自力だけでは難しかった技術のキャッチアップと実装を同時に進めることができました」
問題数は200問。それぞれで最適な戦略が異なるため、ひとつの解法だけで全体のスコアを高めることは難しい。より高いスコアを目指す中で、前田氏はKaggle Grandmaster※2を含む4名で構成されたチームに加わり、世界上位を目指すことを決めた。
チームでは、それぞれが磨いてきた解法や高スコアの配置データを共有し、「どのアプローチがどの問題に有効なのか」を比較・検証しながら、チーム全体のスコア向上を図った。
「大量の計算を並列に回して多数の候補を探索する人、有望な候補を効率よく絞り込む探索手法を得意とする人、本数が多いケースに対して構造的な配置パターンを考える人など、メンバーのアプローチが異なり、刺激的でした」と前田氏。前田氏自身も、個人で積み重ねてきた観察や改善結果をチームに共有するとともに、他のメンバーの解法や高スコアの配置データから新たな視点を得て、自らのアプローチを磨いていった。
「自分の強みを活かしながら、他のメンバーの強みも取り入れていく。単一の解法だけでは届かない領域に、多様な解法を組み合わせることで近づくことができました」と前田氏は振り返る。
前田氏がチームに加わった理由の一つは、「コンペ上位の常連の方たちが、どのように問題を捉え、解いているのかを知りたかった」からだ。実際に技術だけでなく、課題への向き合い方や改善の進め方にも多くの学びがあったという。
「どこを改善するとスコアに効くのか、逆にどこは頑張っても効果が小さいのかを見極める力が高く、限られた時間の中で改善効果の大きいポイントを見つける視点が鋭かったです。それに、解法を持ち寄るプログラムをすぐに作ってくれたり、『確実に良くなることはすぐ、ひとつずつ着実にやっていく』という姿勢が印象的でした。発想力だけに頼るのではなく、きめ細やかに改善を積み重ねていく。その姿勢から多くのことを学びました」
Goldメダルの獲得という成果だけでなく、前田氏がKaggleを通じて得たものは大きかったという。
「課題を構造化し、仮説を立て、検証を重ねながら、限られた条件の中でより良い解を探す力が身につきました。異なる強みを持つメンバーと手法を持ち寄りながら改善を重ねた経験は、実務でも部門や専門性を超えて課題を解決する上で役立っています」
現在、前田氏はMIOI(Market In Open Innovation)推進グループで、研究開発から事業化への確度向上に向けた取り組みに携わっている。その一環として、研究テーマを事業につなげるアイデア創出を支援するAIシステムの構築を手がけている。Kaggleで培った知見は、現在の業務にも活かされている。
「Kaggleでは、調査やプログラムの実装にAIを使い倒しました。その中で改めて実感したのは、AIが多くの手法を提案できても、その中から課題に合うものを見極め、改善につなげるには人の判断が欠かせないということです。AIに得意なことはどんどん任せ、最終的な意思決定は人が行う。その役割分担は、現在担当しているAIシステムの設計にも活かしています」
また前田氏は、Kaggleへの挑戦を通じて、AIはプログラミング経験の有無にかかわらず、人の可能性を広げるツールになり得ると実感したという。
「AIを活用すれば、これまで開発経験がなかった人でも、より効率的で創造的に仕事ができるようになります。まずは社内の多くの皆さんがAIを使いこなせる環境を整え、研究テーマの事業化や新たな価値創出を後押ししていきたいと考えています」
難しい問題でも、条件を整理し、仮説を立て、試行錯誤を重ねながら少しずつ最適解へ近づいていく。前田氏は、Kaggleへの挑戦を通じて、そうした課題解決そのものに面白さを感じるようになったという。
「AI時代においても重要なのは、問題を構造化し、人と協働しながら解いていく力です。Kaggleは、それを改めて実感する機会になりました」
また、世界トップレベルの参加者と肩を並べて成果を出せたことは、大きな自信にもつながった。
「KaggleのGrandmasterやGoldメダルを獲る人は、雲の上の存在だと思っていました(笑)。でも実際は、すごい発想力や知識があるというより、きめ細やかさや妥協しない姿勢が優れているとわかった。努力を積み重ねれば、自分も世界トップレベルの方々と協業できる。その経験は大きな自信になりました」
現在は社内副業としてソフトウェア開発にも携わる前田氏。大学ではロボット工学を専攻し、機械、電気、ソフトウェアといった複数の分野を横断して学んできたこともあり、新しい領域へ挑戦することに抵抗はないという。
「AIを使えば、新しい技術を効率よく学ぶことができ、未経験の分野にも挑戦しやすくなります。私自身、これからも専門分野にとらわれず、さまざまな方法で社内外の課題を解決していきたいと思っています」
前田氏の挑戦は、「専門外だからできない」という思い込みを覆してくれる。AIを活用しながら学び続け、新しい領域に挑戦し、人と協働しながら課題を解決していく。その積み重ねこそが、前田氏にとっての「はたらく歓び」につながっている。