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企業には、マニュアルや規程として残る知識だけでなく、ベテラン社員の経験や勘、判断の背景といった「暗黙知」が数多く存在する。しかし、それらは人の異動や退職とともに失われやすく、企業資産として十分に活用できていないのが現状だ。リコーは今、AIを活用してこうした暗黙知を継承し、人と共に成長するAIエージェントや、製造現場で働くフィジカルAIの開発を進めている。
6月25日~26日に幕張メッセで行われた、クラウド・AIソリューションの展示会「AWS Summit Japan 2026」で、株式会社リコー 経営企画本部 AIサービス事業部 事業部長の梅津良昭氏が「リコーが実現するAIによる企業の秘伝のタレの活用と、フィジカルAIによる現場革新」をテーマに講演。リコーが取り組む、企業内の知的資産のAI化、そして製造現場で働くフィジカルAI開発の現在地を紹介した。
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本講演のテーマは、リコーが社内実践を中心に進めている企業知識のAI活用と、フィジカルAIによる製造現場の業務革新だ。
梅津氏は講演の冒頭で、「経験で培われた勘など、文書化や継承が難しい『暗黙知』をいかにアーカイブし、企業の資産として活用していくのかが、今、多くの企業で課題になっている」と説明した。一方で、企業内に蓄積されたマニュアルや規約、図面といった文書資産も、十分に活用しきれていない現状を指摘する。
こうした課題に対し、リコーが開発したのが企業内の知識をAIが活用できる形へと変換するプラットフォーム「Hi.DEEN(ヒデン)」だ。テキストだけでなく図表や画像を含む文書も扱えるマルチモーダルRAGとナレッジグラフを組み合わせることで、現場文書の検索や活用を支援する。
リコー社内では、Hi.DEEN(ヒデン)で培われた読解技術を搭載した「デジタルバディ」(人の業務をサポートするAIエージェント)が、業務で利用されている。たとえばデジタルバディに、「下請法が適用される条件を知りたい」と伝えると、複数の専門性を持つAIエージェントが回答を作成。それらを司令塔AIが束ねて、引用元や参考となる図も含めた回答を提示する。「図表も高精度に理解でき、かなり細かな情報まで読み込めます」と梅津氏は自信を見せる。
文書の利活用ができる環境が整ったら、次はそれらを活かして、AIにどう業務を委ねていくのか。その具体策として梅津氏は、ローコードAI開発プラットフォーム「Dify」を活用した業務オペレーションの取り組みを紹介した。
リコー社内では、Difyを使って約10,000のAIエージェントが現場で市民開発され、業務効率化に活用されている。一方で、ローコード開発にハードルを感じる社員もいることから、リコーでは自己改善型AIエージェント「Hermes Agent」の導入も進めている。
「Hermes Agentは、ユーザーとの会話をもとにコードを生成したり、よく使うタスクをサブコマンド化したりと、自ら機能を改善できます。ユーザーがコードを書かなくても使いやすくなるため、今後は社内展開を進めていく予定です」と梅津氏は話した。また、Hermes Agentを活用した人物蒸留(ペルソナディスティレーション)の取り組みも進む。ユーザーとの対話から判断軸や思考プロセスを学習し、その人らしさを再現するデジタルクローンの生成が可能だ。
「私のデジタルクローンもすでにできていて、話してみると非常に私らしいことをしゃべります(笑)。こうしたデジタルクローンは、社内の暗黙知活用にもつながると考えています。商談内容からお客様のペルソナを生成することもでき、提案準備などにも活用できます」と梅津氏は説明する。
AIエージェントの活用を進める中で、「企業の情報資産の捉え方が変わりつつある」と梅津氏は話す。
これまで企業では、文書や資料といった「コンテンツ」が重要な資産と考えられてきた。しかし今後は、「誰がどのように判断したのか」「どのような対話の中で意思決定したのか」といったコンテキストが企業にとって価値の高い資産になるという。
「AIエージェントを業務に同席させ、社員と同じように経験を積ませることで、人の判断や思考プロセスも蓄積できるようになります。これまで残せなかった暗黙知を活用できるようになることも、これからの企業情報戦略の一つになると考えています」と梅津氏は説明した。
リコーのAI活用は、オフィスワークだけにとどまらない。現在は製造現場で活躍するフィジカルAIの開発も進んでいる。梅津氏は、工場での実用化に向けて開発が進むリコーのフィジカルAIを紹介した。
リコーが目指すのは、単一の作業だけを行うロボットではなく、生産ラインの監視やピッキング、運搬など、複数の業務をこなせる「多能工ヒューマノイド」だ。
AWSサミットのリコーブースで展示された多能工ヒューマノイド
その実現に向けて、AWS上に構築した学習環境を活用している。まず、2足歩行ロボット「Unitree」を人が操作し、その動作を記録する。さらに、360度カメラで撮影した映像から工場内の3D空間を生成し、シミュレーション環境を構築。その中でAIモデルが繰り返し学習することで、複数の作業スキルを身につけていく。
「単機能のヒューマノイドは、工場内の費用対効果の面でメリットが少ない。そのためリコーとしては、生産ラインの監視、ピッキング、運搬といった複数の業務ができる多能工ヒューマノイドの実用化に向けて、現在、開発に力を注いでいます」と梅津氏は話した。
最後に梅津氏は、リコーが考えるAXの全体像を4段階で説明した。第1段階は、マルチモーダルRAGなどを活用し、業務文書やマニュアルをAIで活用できる状態にすること。第2段階では、ローコード・ノーコードツールを活用して定型業務を自動化する。その先にあるのが、第3段階の「暗黙知の活用」だ。
「社員に寄り添うバディ型AIエージェントに人と同じように業務経験を積ませることで、暗黙知を蓄積し、企業資産として活用できるようになります」と梅津氏は説明する。
さらに第4段階では、AIエージェントを製造現場へ展開する。「最終的には、ヒューマノイドと自律型AIエージェントを組み合わせ、フィジカルAIが現場で自律的に改善しながら働く環境を実現したいと考えています」
リコーが目指すのは、AIを単なる業務効率化ツールとして使うことではない。人と共に経験を積み、知識を継承し、オフィスから製造現場まで支える存在へと進化させることだ。講演の最後に梅津氏は、「リコーのAI×データの取り組みが、企業内の『知識爆発』と『技智融合』を実現する。ホワイトカラーだけでなく、ブルーカラー領域でもAIの利便性が発揮される環境を作っていきます」と語った。
企業の「秘伝のタレ」ともいえる暗黙知をいかに継承し、活用していくのか。リコーはAIエージェントとフィジカルAIの両面から、人の知を企業の力へ変える未来に挑戦している。