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リコーは2024年9月、「リコーグループ統合報告書2024」、「リコーグループ環境報告書2024」および「リコーグループESGデータブック2024」を同時発行した。経営戦略や、財務と将来財務(非財務)などのリコーの企業情報を価値創造のストーリーとして伝える統合報告書は、どのような想いと方針のもとで作られているのだろうか。リコー コミュニケーション戦略センターで統合報告書の制作を手掛ける梅田尚幸氏と中里和歌子氏に、2024年度版で注力したポイントや、制作する中で感じる"はたらく"歓びについて聞いた。
コミュニケーション戦略センター 梅田尚幸氏、中里和歌子氏
リコーが毎年発行している統合報告書。中長期の経営戦略や、ビジネスユニットにおける財務情報、環境、社会などの将来財務情報、コーポレートガバナンスの取り組みなどを詳細に伝えており、企業活動の全体像をストーリーとして理解できる報告書として、年々、投資家からの期待も高まっている。統合報告書を発行する日本企業は、2023年末で1,019社(※株式会社宝印刷D&IR研究所 統合報告書発行状況調査2023)。上場企業の3割弱を占めている。
リコーは2012年、環境経営報告書、社会的責任経営報告書、アニュアルレポートを統合して、統合報告書の前身である「サステナビリティレポート」を発行した。2018年からは「統合報告書」に名称を変え、企業価値向上の取り組みや人材関連のページを拡充した。リコーが統合報告書の制作や発信に注力している理由を、中里氏はこう語る。
「統合報告書の主な目的は、投資家の皆さんに中長期的なリコーグループの企業活動の展望を理解していただくこと。一方で、リコーグループの社員が、会社の方向性を理解して、自分の仕事とのつながりを認識したり、社外の方にリコーグループの経営やビジネスを伝える際に役立てたりしてもらえる内容を目指しています」。
歴代のリコーグループ統合報告書
統合報告書は、毎年、前年度の報告書に対するステークホルダーからの意見や、社内外のエンゲージメント活動で得られた示唆をもとに、内容の拡充や改善が図られる。2024年度版の統合報告書は、「企業価値向上への課題認識や取り組みに関するメッセージの拡充」と「リコーグループの強み、財務と将来財務のつながりを表現」の2点が特に重視された。
メッセージの拡充を図る上で注力したのは「攻めと守りの両輪」だと中里氏。「2023年度のCEOメッセージでは、『デジタルサービスの会社への変革』を意識した『攻め』の内容を多く盛り込みましたが、オフィスプリンティング事業の展望や収益性向上などの『守り』に関する情報が足りなかったという指摘を多くいただきました。そこで2024年度は、オフィスプリンティング事業の収益確保施策などに関する情報を多く盛り込み、攻めと守りの双方に力点を置くことを意識しました」(中里氏)。
2024年度版のもうひとつの特徴が、「リコーグループの強み」を中心とした記述の強化だ。投資家から評価されている点をふまえて、リコーグループの最大の強みである「顧客接点力」を活かしたビジネスモデルと事業成長のメカニズムを表現。さらに、戦略的投資を進めるデジタルサービスの成長領域での取り組みの全体像を解説し、顧客事例も拡充した。
「顧客接点力を活かしたビジネスが将来の財務にどうつながっていくのか、イメージいただけるように内容や構成を工夫しました。お客様のESGに対する要望が高まる中、商談の参加条件や評価基準に設定されるケースが増えていることもあり、ESG対応が評価を受けた商談獲得事例もご紹介しています」(中里氏)。
2024年度版の作成にあたり、制作メンバーがもっとも議論を重ねたのは「価値創造プロセス」のパートだ。「リコーグループの価値創造プロセスとして、何を伝えるべきか議論を重ね、内容を充実させました。デジタルサービスの会社への変革期にある中、改めてリコーグループの強みは何かを考え、見せ方にもこだわりました」と中里氏。冒頭に配置した概念図で、リコーグループのビジネスの全体像をわかりやすく伝えた上で、その具体的な取り組みや成果を各ページに落とし込んでいる。そのボリュームと内容について、梅田氏はこう語る。
「価値創造プロセスのパートは2023年度版では4ページでした。2024年度版ではより丁寧に伝える必要があると考えて、10ページに拡充しました。どのようなビジネスモデルで価値を提供し、収益を積み上げていくかを説明した上で、具体的なソリューションや事例を盛り込むことで、わかりやすさの向上を目指しました」(梅田氏)。
全体像の理解を促すため、トップメッセージの表現にもこだわった。投資家の関心が最も高い、CEOとCFOのメッセージを冒頭に配置。CEOの大山晃氏のメッセージでは主に、企業価値向上プロジェクトの全体像やそこにかける想い、デジタルサービスの会社としての価値提供のあり方を発信。CFOの川口俊氏のインタビューでは、投資家の関心が高い最適資本の考え方やROIC経営、M&Aなどの成長投資の方針を伝えている。また、株主、投資家、グループ社員とのエンゲージメントについても語っている。
「海外駐在経験が長く、多様性を重んじる大山CEOらしい言葉で、統合報告書全体を5つのポイントで簡潔に語り、経営トップに課せられた使命を全うする決意を力強く表明しています。また、5つのポイントに対応する統合報告書の詳細ページにもリンクしており、CEOメッセージをインデックスに、関心のある内容を併せて読み進めていただけます。社外取締役の石黒成直氏、武田洋子氏の対談にも注目していただきたいです。リコーグループのガバナンスへの評価や企業価値向上プロジェクトへの期待、その実現を支えるグループの強みや組織風土などを語っています。社外取締役の考えをまとまった形でご覧いただくよい機会として、社外の方はもちろん、グループ社員にとっても必読の書と考えています」(梅田氏)。
リコーグループの今を端的に理解できる「数字で見るリコー」の構成、デジタル情報(四角)から創造性(丸)へ進化する様子をモチーフにデザインされた表紙や、読みやすさを重視したレイアウトなど、デザイン面のこだわりも詰まっている。また、2024年度からは、統合報告書の全ページをHTML化してウェブサイトで公開。パソコンやスマートフォンでも快適に閲覧できるほか、図版はすべて音声読み上げに対応するなど、アクセシビリティの向上にも取り組んでいる。
リコーは、統合報告書とあわせて「リコーグループ環境報告書2024」と「リコーグループESGデータブック2024」も発行している。環境報告書は、これまでの「TCFDレポート」および「サーキュラーエコノミーレポート」の内容に、世界的に関心が高まっているTNFDのガイダンスに沿った自然資本関連の情報を加えて1冊にまとめた。気候変動・資源循環・生物多様性に関するリコーグループの取り組み全般を伝える報告書だ。
その目的は、機関投資家、顧客などのステークホルダーにリコーグループの環境分野におけるリスクと機会を伝え、環境経営への深い理解を促すこと。中里氏は、「リコーグループの取り組みを伝えると同時に、環境問題に関する取り組みの活性化に向けたステークホルダーとの建設的な対話につなげたい」と語る。
「リコーグループESGデータブック2024」は、ESGの取り組みに関するデータをまとめたもの。ステークホルダーにESG活動への理解を深めるとともに、ESGに関する社外とのコミュニケーションにおけるエビデンスとして活用するために発行されている。 「ESGデータブックではさまざまなサステナビリティ情報開示基準や、投資家、お客様、ESG評価機関からの要求など、ステークホルダーの要請に対応できる情報を網羅しています。特に、お客様からのデータ開示要求については、このデータブック1冊で対応が可能です。統合報告書をデータ面で補足する資料としても活用しています」(中里氏)。
2024年9月に統合報告書を発行して以来、ステークホルダーやグループ社員からその内容を評価する声が届いている。機関投資家からの反響を中里氏はこう話す。
「とても理解しやすい内容に仕上がっていると評価いただく声が多いです。一方で、より具体的な施策の提示や新しい取り組みの進捗状況の開示など、来年度の統合報告書に向けたご意見をいただいています。それらは、2025年度の統合報告書の企画検討に活用していきます」(中里氏)。
統合報告書の発行後、リコーグループ社員の理解を深めるためのフォローを行うのも制作メンバーの役割だ。中でも、販売会社であるリコージャパンの社員で、リコーグループのESGやSDGsの取り組みを顧客に伝える役割を担う「SDGsキーパーソン」は、統合報告書の勉強会に参加し、内容の理解を深めている。そんなSDGsキーパーソンを含め、統合報告書の内容は社内からも好評だ。
「『じっくり統合報告書を読み込んでお客様にご紹介していきたい』というコメントがあったほか、ヨーロッパの社員からも、『産業アナリストとやり取りする上で活用している』『グループの全体像がわかるので、経営企画の駐在員も活用している』という声を受け取りました。グループ各社の立ち位置や、グループ全体の戦略を理解できるバイブルとして活用しているという社員もいます」(中里氏)。
リコーグループが変革期にある今だからこそ、統合報告書は社員にとって有益な情報だと梅田氏も言う。「リコーグループはOA機器や関連する消耗品を製造・販売する会社として、いわば既製品を売るビジネスを中心に展開してきましたが、今やビジネスのすそ野は大きく拡がっています。さまざまな国や地域のお客様の業種や業務における多様なニーズに応じたデジタルサービスの開発と提供を加速させています。ビジネスモデルが大きく変わりつつある今、社員にとっても会社が向かう方向を正しく理解することが重要であり、私たちとしても、統合報告書でそうした内容をわかりやすく伝えたいと思っています」(梅田氏)。
統合報告書の制作を通して、梅田氏、中里氏も、リコーグループの強みや各ビジネスユニットの方向性に関する理解が深まったという。「多岐にわたる社内のビジネスを整理したり、社内でなんとなく共有している想いやビジョンを言語化できたりするのは統合報告書を作る醍醐味」と中里氏。社内の多様な取り組みを通して、日々、顧客や社会のことを考えて業務に取り組む社員の「三愛精神」を実感したことや、社外取締役が抱くリコーグループや社員への想いを知れたのも、貴重な経験となっていると振り返る。
一方で、統合報告書の制作は緊張感のある仕事だと梅田氏は言う。「統合報告書は、投資家の方々が投資判断をする上で不可欠な情報。その内容が、会社の株価や時価総額に大きな影響を与える重要な役割を果たします。伝え方が稚拙なことで、リコーグループのビジネスや取り組みの内容がしっかり伝わらないとしたら、それは私たち編集の責任です。ただその分、できあがった統合報告書に『わかりやすかった』『よく理解できた』と言ってもらえる歓びも大きいですね。緊張感と達成感の両方を感じられる仕事です」。
中里氏は、統合報告書というひとつの冊子を作る工程にも"はたらく"歓びを感じるという。「最近はウェブのみで情報発信をするケースが増えていますが、紙をなくさないでほしいという投資家の根強い声にお応えしてプリントオンデマンド(POD*)で冊子版も作り続けています。紙の冊子を作る作業はとてもやりがいがあって、色校正を確認したり、乱丁・落丁がないか探したりと、地味ではあるのですが、完成した冊子を手に取った時に感じる重みとともに、達成感や、皆さんの手元にお届けできる歓びがあり、嬉しく思います」(中里氏)。
「今回お伝えしていないページも含めて、すみずみまでこだわって作ったので、ぜひ読んでほしい」とふたりは口を揃える。リコーグループの想いや未来像を形にする挑戦は、これからも続いていく。