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創造力を解き放つ リコーと経済産業省が語る 人間中心のAI社会のデザイン 人とAIが共生する未来へ――現場知から広がる日本の可能性

2025年11月14日
  • AI

※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。

生成AI(人工知能)が社会に浸透し、働き方や意思決定のあり方を変えつつある。問われているのは「AIが人に代わるか」ではなく「AIと人がどう共生するか」だ。日本企業の強みは「現場力」や「品質へのこだわり」にある。AIを使いこなし、現場で培った暗黙知を形式知化して新しい価値を生み出す——。リコー取締役会長の山下良則氏と経済産業省でAI政策を統括する渡辺琢也氏が、人とAIが共生し社会を豊かにする日本型アプローチについて語り合った。

  • 本記事は、大阪・関西万博のテーマウィークにおいて開催された「GDS2025(グローバルデジタルサミット2025)」の対談セッション「デジタル社会の未来」をもとに構成しています

人口減少時代の課題とAIの力——
人々の「はたらく」を支える存在として

——生成AIが社会に浸透する中で、日本の企業や社会が直面する課題をどう見ていますか。

渡辺:日本は人口減少社会に突入しています。生産年齢人口が減少し、30年後には約1500万人、率にして20%減ると見込まれます。これは社会構造に大きな影響を与える大きな数字です。

こうした中で経済を維持して発展させるには、一人ひとりの生産性を高める以外に道はありません。そのためにAIを活用した新しい仕組みづくりが不可欠です。

日本企業はデジタルトランスフォーメーション(DX)を進める努力を重ねてきましたが、OECD(経済協力開発機構)諸国の中で、労働生産性は依然として低い水準にあります。これはデジタル技術を使いこなして価値を生み出す文化がまだ十分に根付いていないからです。AIを本格的に活用して社会全体の生産性を押し上げることが喫緊の課題です。

株式会社リコー 取締役会長
山下 良則氏

山下:コロナ禍を経て、働き方の多様化が一気に進みました。今はまさに「働く」ことの意味を見直すチャンスです。リコーは「“はたらく”に歓びを」を企業理念の使命と目指す姿に掲げていますが、「AIとの共生」という考え方の背景にある想いもこの理念と重なります。

リコーでは、2018年から「社内デジタル革命」と銘打ち、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)などのデジタルの力を活用した業務効率化や生産性向上に取り組んできました。現在はその活動をさらに発展させ、AIアプリの開発を、現場の担当者自らが行って業務改善に活用する「AIの民主化」に取り組んでいます。

——AIが人の仕事を奪うという懸念もありました。

山下:人が担うべき仕事とAIに任せるべき仕事を上手に整理すれば、人はより付加価値の高い仕事に集中できます。今も多くの現場に、繰り返し作業や定型業務が残っています。AIがそれを担うことで、人は新しいアイデアを考えたり、社会に価値を生み出す時間を増やすことができます。AIは私たちの仕事を奪う存在ではなく、私たちが「より人間らしく働く」ためのパートナーなのです。

経済産業省 商務情報政策局 情報技術利用促進課長 兼 情報産業課AI産業戦略室長
渡辺 琢也氏

現場知と形式知——
日本企業が築く競争力の源泉

——AIが企業の競争力を高めるには、どのような取り組みが必要でしょうか。

山下:日本企業の強みは「現場力」や「品質へのこだわり」にあります。日本には世界に誇る精緻な技術を継承する「匠(たくみ)の文化」があります。インターネット上のデータから学んだだけの大規模言語モデル(LLM)では決してまねできません。しかし、それらの知識やノウハウは属人的なものが多く、暗黙知のまま埋もれてしまうケースも少なくありません。

企業は、現場にある知識やノウハウ――いわゆる“現場知”を形式化し、企業の資産として蓄積すべきです。それをAIが学習して企業固有の“現場知”を継承し、活用可能な資産とすることで、企業の競争力は格段に高まります。

企業に蓄積されたデータ資産を更新し、活用可能な資産へ変換する概念図。左側には氷山の図で、暗黙知化した資産として「社員の経験・知識」「属人化されたノウハウ」「顧客取引先データなど」が示されている。右側には上向きの矢印とともに「デジタルの力で見える化」とあり、AIやDXによって暗黙知を可視化・循環させ、活用可能な資産へと転換することを表している。

企業内の暗黙知化した資産を活用可能な資産にして残すべき

渡辺:その点こそが日本企業の勝ち筋です。インターネット上の膨大なデータを学習するだけでは企業の競争力向上は限定的です。日本企業の競争力の源泉はそれぞれの現場に蓄積された経験や知識、ノウハウであり、そこにはAIが学ぶべき多くの素材があります。

ただし、それをAIが理解できる形に整えるには「データをマネジメントする力」が欠かせません。企業が自社の“現場知”を整理し、意味づけしながらAIに教えることができれば、日本は世界と異なるAIの進化を遂げられるはずです。

山下:リコーは、経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する「GENIAC(Generative AI Accelerator Challenge)」プロジェクトで、国内における生成AIの開発力強化を目的とした「マルチモーダルLLM」(以下、LMM)の基本モデル開発を担いました。

リコーが開発したLMMは、テキスト・図表・画像といった多様な情報を統合的に理解できる点が特長で、日本企業特有の帳票や文書を読み解けるようになっています。それぞれの企業が蓄積してきた資産を学習したAIを実際の業務で使えることを目指しています。

——企業がAIをうまく使いこなすポイントはどこにありますか。

渡辺:大切なのは、企業がAIを上手に活用し、必要なときには人がしっかりコントロールできる関係を築くことです。 AIは万能ではなく、誤りもあります。だからこそ、人が関わり続け、必要な場面で判断を補う「エージェント統治」の仕組みが欠かせません。その実現のためには、文字や画像、音声など多様な情報を組み合わせて理解するマルチモーダル化と、自ら考えて行動できる自律型エージェントの進化が重要になります。AIに任せる部分と、人が責任を持って判断する部分を明確に区別すること。それが、信頼できるAI活用の基本となります。

山下:AIが出した答えをうのみにせず、「なぜその結果になったか」を理解する姿勢が欠かせません。社員一人ひとりがAIの回答結果を検証し、改善を重ねる文化をつくることで、AIも組織も成長していきます。AIは使われる存在ではなく、共に育つパートナーです。

山下 良則氏と渡辺 琢也氏

AIと人が共に成長する社会へ——
新しい「はたらく」の姿

——「AIと人の共生」をどのように見ていますか。

渡辺:これからのAIは、単なる会話ツールではなく、複数のタスクを自律的にこなす「エージェント」へと進化していきます。

しかし、AIが全てを自動で行う社会は望ましくありません。人間が適切に関与し、監督し、責任を持つことが欠かせません。AIをチームメンバーのようにマネジメントし、成果を確認して改善する――そんな働き方が一般的になるでしょう。人類は初めて自分より賢い道具を手に入れました。その道具をどう育て、共に働くかがこれからのテーマです。

山下:リコーは以前から機械にできることは機械に任せ、人が本来の創造力を発揮し、より価値のある仕事に取り組めるよう支援してきました。これは今のAI活用にも通じる考えです。AIは人の価値を拡張する存在であり、人がAIに教え、AIから人が学ぶ循環が生まれます。私自身、AIを「新入社員」に見立てています。企業文化を理解させて良い判断ができるように指導し、そのAIが成長するほど組織全体の力も高まります。AIと社員が一緒に成長していく企業こそが、これからの勝者です。

——行政や企業が果たすべき役割は何でしょうか。

渡辺:人材育成です。AIを扱う力は特定の技術者だけのものではなく、社会全体で共有されるべき能力です。学校教育から社会人のリスキリングまで、学び直しの機会を広げていくことが国としての大きな使命です。

山下:教育は本当に大切です。子供たちがAIや新しい技術に自然に触れ、学びを楽しめるような社会づくりを支援していきたいと考えています。リコーは、大阪・関西万博で、株式会社steAm 代表取締役(CEO)の中島さち子氏がプロデューサーを務めたシグネチャーパビリオン「いのちの遊び場 クラゲ館」に協賛しました。子供たちが未来に希望を感じながら技術と触れ合っている姿を見て、改めてその大切さを実感しました。

——読者に向けてメッセージをお願いします。

山下:AIとの共生は、人の働き方や生き方を豊かにするものです。命をつなぐように、人とAIが支え合いながら未来を築いていく。そんな持続可能で歓びのある社会を目指します。

渡辺:AIは特別な存在ではなく、社会全体で活用する道具です。全ての人がAIに関わって知識を共有し、全ての企業がAI企業になって、より良い社会をつくる主体になることが理想です。

リコーのAIへの取り組み

事例1 AIの民主化が生み出す現場主導の業務変革

リコーは、経営層を含む全社員がデジタルスキルを学び、自らの手で業務プロセスを改善する文化を育ててきた。AI導入そのものを目的とせず、AIを通じてどんな新しい価値を提供できるかを重視している点が特徴だ。

代表的な事例が、リコーデジタルサービス事業本部の「GGプロジェクト」である。107部署・総勢約1000人規模の組織でDXを推進し、業務量の可視化や効率化に取り組んでいる。具体例の一つが、経営層向け市場動向リポートの自動生成である。これまではリポート作成に月17時間を要していたが、生成AIアプリ開発プラットフォーム「Dify(ディフィ)※」を活用し、情報収集から分析・配信までを自動化した。3C(「市場・顧客」「競合」「自社」)の観点でAIが情報を整理し、日次で配信する体制を構築。AIを活用することで、より広範囲の情報を収集・分析できるようになり、手作業では月次更新が限界だった業務を年間約5万時間削減した。

Difyなどのノーコードツールは、コードを書けなくても、現場の担当者がAIアプリを構築できる。AIアプリを自ら開発・運用する経験が、社員の創造性と挑戦意欲を引き出している。社内実践をベースに顧客のDXを支援し、「“はたらく”に歓びを」を実現していく。

業務の様子
  • リコーはDifyを提供する米LangGenius社と販売・構築パートナー契約を締結し、お客様向けの提供も行っている

事例2 「GENIAC」で進めるマルチモーダルLLM開発 図や表を理解するAIで日本企業の知を生かす

リコーは、図表を含む文書を理解するマルチモーダルLLM(以下、LMM)の開発を進めている。テキストだけでなく画像・グラフ・表を統合的に処理し、日本企業特有の帳票や社内資料の読み取りを可能にするAI技術だ。2024年に続き、2025年も経済産業省とNEDOの生成AI強化プロジェクト「GENIAC」に採択された。

1980年代から画像認識・自然言語処理分野でAI技術を磨いてきたリコーならではの新たな挑戦だ。LMMの開発はその延長線上にあり、企業の知の結晶である文書をAIが読み解くことで利活用を促進し、効率的で付加価値の高い働き方を支援するとともに、新たな価値を生み出すことで、日本企業の企業価値の向上に貢献することを目指している。

技術成果(図表理解に特化したLMMの基本モデルの開発完了)

日本語文書(図表を含む)における一般的な評価指標での精度比較を示す横棒グラフ。Ricoh-70Bは約0.30と最も高い精度を示し、Qwen2.5-72BとLlama3.2-90Bはいずれも約0.23前後で、それを下回っている。Ricoh-70Bが他のOSSモデルより高精度であることを示している。

技術成果としては、600万枚超の人工生成データを整備し、モデル構造を改良。日本語の図表に特化した評価環境を公開予定で、同規模のオープンソースソフトウエア(OSS)モデルを上回る性能を実現した。リコーはこのLMMの基本モデルと評価環境を無償で公開しており、AIで日本企業の知を生かす取り組みを支援している。

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