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リコーの取り組み 研究開発の「当たり前」は本当に正しいのか?リコーがジェンダード・イノベーションに取り組む理由

2026年4月1日
  • DEI
  • イノベーション

※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。

AIや最新技術を採用し、顧客視点で商品やサービスを開発しても、思うように価値が届かない。こうした経験は、多くの企業の開発現場でも少なくないのではないだろうか。その背景の一つとして指摘されているのが、研究開発における性差の視点の不足だ。こうした課題に向き合う考え方として、政策や医療、人間工学などの分野で注目されているのが「ジェンダード・イノベーション」である。

近年、この視点を研究開発の現場に取り入れようとする動きが企業の間でも広がり始めている。リコーでも、産学連携や社内での取り組みを通じてジェンダード・イノベーションの推進を進めている。
今回は、リコーのデジタル戦略部 DT技術開発センター WE開発室に所属し、DEI/ジェンダード・イノベーション研究チームのリーダーを務める荒海麻由佳氏と、同開発室のグループリーダー・岩崎航治氏に、ジェンダード・イノベーションの基礎知識や取り組みの意義、そしてそこから生まれる「はたらく歓び」について話を聞いた。

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研究現場の気づきから始まったジェンダード・イノベーション

2005年、スタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授が提唱したジェンダード・イノベーション。研究開発やビジネス創出のプロセスに性差分析の視点を取り入れることで、より価値あるサービスの創出やイノベーションにつなげるという考え方だ。

海外では、論文の掲載や研究開発の資金申請において性差分析が求められるなど、ジェンダード・イノベーションの取り組みが広がっている。日本でも2022年頃から注目され始め、政策面では「科学技術・イノベーション基本計画」や「女性活躍・男女共同参画の重点方針」に盛り込まれるなど、徐々に認知が広がっている。学術界では、お茶の水女子大学のジェンダード・イノベーション研究所を中心に、大学間や産学連携による研究が進められている。

リコーもその産学交流に参加しながら、研究・製品開発プロセスにジェンダード・イノベーションの視点を取り入れている。

そのきっかけは、現在ジェンダード・イノベーション研究チームのリーダーを務める荒海氏の視点だった。化学系の技術者としてリコーに入社した荒海氏は、画像表示技術の開発や新規事業の立ち上げなどに従事。現在は、リコーのミッション&ビジョン「“はたらく”に歓びを」をデジタルの力で実現するDT技術開発センターに所属している。研究者として働く中で、性差に関するさまざまな違和感に直面したという。

WE開発室のグループリーダーである岩崎氏は、当時をこう振り返る。
「我々の研究拠点では当時、女性研究者は荒海さんだけでした。それまで研究テーマについては男性だけでブラッシュアップしていたのですが、男性視点が前提となっていることで生まれる性差にまつわる偏見を、荒海さんが次々と指摘してくれたんです。私たちはその偏りにまったく気付いていませんでした。組織開発だけでなく、研究においても多様性の観点が必要だと実感したことが、私自身、そしてリコーとしてのジェンダード・イノベーション推進の原点です」(岩崎氏)。

デジタル戦略部 DT技術開発センター WE開発室 UX開発グループリーダー
岩崎 航治氏

ジェンダード・イノベーションは社会的責任であり経営戦略

世界では長らく医療などの分野で、性差分析の不足が弊害を生んできた。たとえば自動車のシートベルトは、かつて欧州の自動車会社の技術者の体格を基準に設計されていた。2011年には、事故発生時に女性が重傷を負う確率が男性の1.5倍であるという調査結果が公表され、その後、体型や年齢に関わらず命を守るための安全設計が世界の自動車会社で進められている。

マウスや人を対象とした実験でも、ホルモン変動の影響で結果が安定しないという理由から、メスや女性が研究対象から外され、オスや男性のみのデータが研究開発に用いられてきた歴史がある。除外されたのは女性だけではない。たとえば骨粗しょう症は「女性の病気」という前提で女性基準の研究が進められた結果、男性の治療成績が女性に比べて劣るという指摘もある。

リコーの研究拠点にも、こうした性差にまつわる前提の課題があったと荒海氏は話す。
「たとえばリモートワーク向けの新規事業の議論で、周りの研究者たちは『オフィスで働いている時も顔が見えるのだから、ウェブ会議でもカメラオンを前提としたデジタルサービスを作っても問題ないだろう』と言っていました。でも女性からすると、それを前提にする理由は理解できません。新規事業のアイディア創出にも偏りを感じました。リコーは男性リーダーが多いので、リーダーといえばメンバーを強く引っ張っていく存在というイメージが強い。実際には、縁の下の力持ちのようなリーダーもいるのに、そうしたリーダー像を想定したアイディアはほとんど出てこなかったんです」(荒海氏)

その頃、お茶の水女子大学にジェンダード・イノベーション研究所が設立された。荒海氏らは年に数回の産学交流会に参加している。大学の研究成果を学ぶだけでなく、学生とビジネスアイディアを議論したり、リコー側がプレゼンテーションを行う機会もあるという。2023年度には学術指導を受け、社内の研究テーマを掘り下げるとともに、ガイドラインの骨子を作成した。

「ジェンダード・イノベーションについて学んだことで、女性ひとりの部署で感じていたモヤモヤの解決法はこれだと思い、やるべきことがクリアになった感覚がありました」と荒海氏は振り返る。

同時に、リコーがこのテーマに取り組む必然性も強く感じたという。
「リコーの研究開発による成果は、男女に平等に提供されるべきです。これは社会的責任の観点からも重要だと思います。同時に、男性だけでなく女性にも役立つ製品を提供できれば、単純な計算ですが売上が2倍になる可能性もある。つまりジェンダード・イノベーションは、社会的責任であると同時に経営戦略でもあるのです」(荒海氏)。

開発の「当たり前」を問い直すジェンダード・イノベーションの視点

現在リコーでは、荒海氏らによる社内向け講演会を通じてジェンダード・イノベーションの理解促進を進めるとともに、DT技術開発センターを中心に研究開発へジェンダード・イノベーションの視点を取り入れている。

その取り組みに携わっているのが、荒海氏が女性研究者の増加とジェンダード・イノベーション導入を目的に立ち上げた、部署横断型のDEIワーキンググループだ。メンバーは、DT技術開発センターが進める事業テーマの管理プロセスにおいて、性差の観点からレビューを行っている。

具体的な工程について、岩崎氏はこう説明する。

「事業テーマの開発工程では、次のステップへ進むかどうかを判断する複数のゲートを設けています。DEIワーキンググループのメンバーには各ゲートで、課題設定やソリューションの構想について、エビデンスとなる論文に偏りがないか、UI/UX設計が適切かなどを検証してもらっています。それがテーマのブラッシュアップだけでなく、研究員自身の視座の向上にもつながっています」(岩崎氏)。

研究者としてこれまでのキャリアで培ってきた価値観を見直すことに、抵抗を感じる人もいるという。荒海氏も「伝え方は難しい」と話す。

「自分の『当たり前』を覆されるような意見は受け入れづらいものです。また、私自身が感じることがすべての女性の意見ではないという点にも注意が必要です。自分の考えと女性の一般的な意見を混同しないこと、そして事例や論文などの客観的なデータをできるだけ示すことを意識しています」(荒海氏)。

デジタル戦略部 DT技術開発センター WE開発室 UX開発グループ
荒海 麻由佳氏

岩崎氏は、「ジェンダード・イノベーション視点の意見を受け入れて議論を重ねる中で、男性研究者たちにも変化が生まれている」と話す。

「まだまだ道半ばですが、男性研究者のほうから『偏りをなくすためにこの要素を入れるべきでは』という提案が生まれるようになってきているのは、大きな成果です」(岩崎氏)。

DT技術開発センターでは、荒海氏が作成した「研究開発の多様性対応に向けたガイドライン —ジェンダード・イノベーション編—」も運用されている。

「ジェンダード・イノベーションを取り入れると一口に言っても、研究のスタート時と製品の実用化を進めるタイミングではやるべきことが違います。開発の各工程で何を考えるべきかを整理したガイドラインが必要だと思いました」(荒海氏)。ガイドラインには、ジェンダード・イノベーションの基本的な考え方や研究開発の各プロセスで目指すべきポイントがまとめられている。

「今後は全社展開も視野に入れながら、汎用性を高めたり不足している部分を補ったりして、内容をさらに充実させていきたいと思っています」(荒海氏)。

AIが生む偏見に向き合うジェンダード・イノベーション

ジェンダード・イノベーションの視点を取り入れた研究開発は、実際の製品にも形となって現れ始めている。生成AIを活用したデジタルサービスの開発工程において、AIによる性差の偏りが存在していることが分かり、改善に取り組んだ。

「AIの学習データである一般情報に偏見が含まれていると、その偏見を反映したアウトプットが生成されます。そしてAIをサービスに組み込むことで、その偏りを含んだサービスが開発されてしまう可能性があります。実際に、私たちが研究開発していたソリューションにも、偏見を含むAIの生成物が採用されていました。開発側には『学習元である一般情報はお客様のニーズを反映しているのだから、ある程度の偏見は仕方がないのではないか』という考え方もありました。しかしリコーとしては、偏見を再生産するソリューションを作ってはいけない。荒海さんやDEIワーキンググループの皆さんの指摘を受けて、現在はその偏見を反映しない仕組みを整えています」(岩崎氏)。

「開発側は苦戦していますが、お客様に届く前に手当てができたことは大きな成果でした」と岩崎氏は話す。

「こうしたAIが生む偏見に、まだ対処できていない企業も多いと思います。偏見を取り除いたリコーのサービスは、価値あるものとしてお客様に選んでいただけるはずです」と荒海氏も自信を見せる。

ジェンダード・イノベーションが誰もが誇れる未来をつくる

荒海氏は今後、社内にジェンダード・イノベーションの視点を広げながら、社外にもその有効性を伝えていきたいという。

「認識を変えることには多くのエネルギーが必要です。それを乗り越えるほどのメリットがなければ人は動きません。だからこそ、ジェンダード・イノベーションによって生まれた良い製品の事例を作り、その意義を発信していきたいと思っています。リコーに女性技術者を増やすことも私たちの課題ですが、それには時間がかかる。でも、研究開発のアウトプットを公平なものにすることは、すぐにでも取り組めるはずです」(荒海氏)。

岩崎氏も、「多くの人にとって使いやすく価値のある製品を生み出していくことが、ジェンダード・イノベーションを広げる最も説得力のある方法」と話す。

「良い商品が生まれると、その開発ストーリーやジェンダード・イノベーションの考え方にも関心が集まります。それがリコーの企業価値の向上につながる好循環を作っていきたいです」(岩崎氏)。

岩崎氏は、3人の子どもを育てる父親としてもジェンダード・イノベーションの必要性を強く感じている。
「双子の息子たちと娘が1人いるのですが、3人とも平等であることを大事にしながら子育てをしています。生まれた順番や性別に関わらず、誰もが将来の選択肢を制限されない社会を作りたい。研究開発にジェンダード・イノベーションの視点を取り入れることが、そうした未来につながると信じています。それが私自身の仕事へのモチベーションであり、“はたらく歓び”にもつながっていますね」(岩崎氏)。

ジェンダード・イノベーションは、医療や人間工学の分野では採用が進んでいる一方、デジタルサービスの分野ではまだ事例は限られる。荒海氏は、「デジタルサービスの分野でジェンダード・イノベーションを広げていくことが、『“はたらく”に歓びを』を掲げるリコーの責務」と話す。「同時に、ジェンダード・イノベーションを通じて多様なお客様に価値をお届けすることで、企業理念であるリコーウェイで価値観の一つとしている“カスタマーセントリック”を実現できるという実感が、私自身の働きがいにもつながっています」と荒海氏は続けた。

開発の「当たり前」を問い直すジェンダード・イノベーションの視点によって、リコーは多様なお客様に価値が届く製品・サービスを生み出していく。

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