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特別対談

「注文をまちがえる料理店」小国士朗氏×リコーが考える「絵空事」を形にするために必要なこと

Written by BUSINESS INSIDER JAPAN ※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。

社会課題の解決につながるアイデアはあまたあるが、それを実現し、広めていくのは容易ではない。

認知症の方がホールスタッフとして働く「注文をまちがえる料理店」、既存の商品名の「C」を消し、その収益の一部をがん(Cancer)治療の研究に寄付する「deleteC」など、社会課題に関わるプロジェクトを企画・実行してきた小国士朗氏は、ユニークなプロジェクトを立ち上げ、それを社会に広めることにも成功している。

そんな小国氏と、リコーフューチャーズビジネスユニットで社会インフラ事業センター所長を務め、インフラの分野から社会課題の解決に挑む茂木洋一郎氏の対談。仲間や現場、エピソードを大事にする二人の価値観が溶け合うような時間となった。

1分1秒を争う都心の電車と、誰かのために発車を遅らせるローカル線

小国士朗(おぐに・しろう)

2003年NHK入局。「プロフェッショナル仕事の流儀」「クローズアップ現代」「NHKスペシャル」などの情報系のドキュメンタリー番組を中心に制作。2013年に9ヶ月間、社外研修制度を利用し電通PR局で勤務。その後、NHKコンテンツのプロモーションやブランディング、デジタル施策を企画立案する部署で、ディレクターなのに番組を作らない“一人広告代理店”的な働き方を始める。主な企画に150万ダウンロードを突破した「プロフェッショナル 私の流儀アプリ」の企画開発、世界2億回再生された動画を含むNHKの番組のオイシイところだけをSNSで配信する「NHK1.5チャンネル」、世界150か国以上に配信された、認知症の人がホールスタッフをつとめる「注文をまちがえる料理店」などがある。2018年7月にNHKを退局し、現職。携わるプロジェクトは「deleteC」「丸の内15丁目プロジェクト」など多数。

小国さんはさまざまなプロジェクトを担っていますが、茂木さんが印象に残ったものと、その理由から聞かせていただけますか。

茂木洋一郎氏(以下、茂木): 「注文をまちがえる料理店」は、印象的ですね。提供する側も、される側も笑顔になっている。新しく価値を見出したことで、みんなが喜ぶプロジェクト。それを実行する推進力が「すごい!」と思います。

実は、一番ぐっと来たのは小国さんの著書『笑える革命』(光文社)の中に出てきた「フラワー長井線」(山形県南陽市)というローカル鉄道のエピソードです。小国さんがNHK時代に制作された『小さな旅』(NHK)という番組で紹介された、発車時刻になっても運転士が電車を発車させないというシーンでした。電車の運転士がバックミラーで乗ろうとする人の様子を見ていて、乗り遅れそうな高校生が走ってくるのを待っている。

ちょうど先日、私が携わっているインフラ点検の仕事で、山形県の長井市を訪れ、まったく同じ状況に出くわしたんです。人のあたたかさに触れたひとときでした。

小国士朗氏(以下、小国): え! 本当ですか。僕は運転士が待つシーンを見たときに、番組にしようと思ったんですよ。

当時(2005年)は、福知山線の脱線事故の直後。1~2分の遅れを取り戻すために起こした事故の対極にある「遅れても誰も文句を言わない」というあたたかな物語を伝えたいと思ったんです。

同じ鉄道なのに、ソフトが変わることで、ハードの価値も変わる。使う人によって全く違うものになりますよね。

課題解決の先にある「絵空事」の実現に向かう

茂木洋一郎(もてぎ・よういちろう)

リコーフューチャーズビジネスユニット 社会インフラ事業センター 所長。大学卒業後、2001年リコー入社。入社後、販売事業部門で中央官公庁への営業を担当し、2010年より、社内シンクタンク(リコー経済社会研究所)の立ち上げ・企画およびトップマネジメント支援業務に従事。2015年から新規事業開発部門にて、マーケティング/商品企画を担当し、2017年より、リコーの社会インフラ事業の立ち上げに参画。自社技術を活用した、社会インフラ点検向け新サービスの事業開発を担う。2021年より現職。

お二人は、どのようなプロセスで課題解決に向かい、実現しているのでしょうか。

小国: 必ずしも社会課題を扱いたいと思っているわけじゃないんです。無数にある課題のひとつを解決したとしても、別のところで課題が噴出して、結局モグラたたきのようなものになってしまう。

僕が実現したいのは課題の先にある「絵空事」で、笑顔やハッピーがある世界です。それができたら、おのずと社会課題が解決しているような状態にしたい。

「注文をまちがえる料理店」でいえば、認知症の状態にある方々が暮らすグループホームを取材していたときに出くわした体験が、絵空事を描くための「原風景」となりました。ある日の昼食時、「今日はハンバーグだよ」と聞いていたのに、出てきたのが餃子だったことがきっかけ。その間違いを指摘しようかと思いましたが、みんながニコニコしながらおいしそうに餃子を食べているのです。

間違いを指摘することが、どれだけさもしい世界を作るのかと悲しくなると同時に、「その場にいる人すべてが間違いを受け入れれば、間違いってなくなるんだ」ということに気づいた。注文を間違えても、笑顔で楽しく食事ができる世界。そっちの方がはるかにいいじゃんと思えた。絵空事かもしれないけれど、それを街の中にどうしても創りたくて形にしたんです。

茂木: 課題解決の先にある笑顔を目指す気持ちはよくわかります。私たちは、老朽化が進む社会インフラにおける社会課題を解決し、安心・安全な社会の実現に貢献する、という大義をもって価値提供に取り組んでいます。

例えば、道路やトンネルを、光学技術を活用した独自のカメラを車両搭載して撮影し、AI解析による高精度で効率的な点検サービスを提供しています。2012年に笹子トンネルの天井板崩落のような痛ましい事故もありましたが、私たちの提供価値を通じ、インフラ老朽化起因での傷つく人を無くす、そして、皆さんが安心・安全に暮らせて、笑顔になれる世界をいつもイメージしています。

宮崎県にて、リコーが開発した「のり面モニタリングシステム」で実証実験を行う様子 (提供:リコー)

小国: 「原風景」がないと、机上の空論になってしまうんですよね。机の上で考えたことはたいていスベります(笑)。

茂木: 同感です! 机上だけで描いたことはスベりますね。私たちも、お客様との接点も含めた「現場への拘り」を強く持って取り組むようにしています。絵空事を描くにも、自分で見聞きしたもののストックが必要で、自ら現場やお客様に触れ、そこで得られる肌感覚を大事にしています。

「この指とまれ」で、共鳴する仲間とゴールを目指す

茂木: 現場での体験を基に、小国さんのおっしゃる「絵空事」のようなゴールを決めて、それに邁進するべきでしょう。小国さんのプロジェクトは、それをしっかりと実現していくところがすばらしいと思います。

小国: 僕はよく、「企画力より着地力」と言っています。着地させるのは本当に大変です。

茂木: 着地させる秘訣は何ですか?

小国: いくつかありますが……、素晴らしい仲間を集めることでしょうか。仲間選びが成功の9割ほどを占めるかもしれません。

僕自身はよくしゃべるので、対人関係が強そうに見られますがそうでもないんです。それでも、絵空事を形にするために、人に会いに行くようにしています。お会いしたときには、会社名や肩書より、エピソードを伺います。エピソードを聞けば、その人の大切にする価値観が分かりますから。

今日の茂木さんなら、断然「フラワー長井線」の話。僕には深いビジネスの話は分からなくても、茂木さんはインフラとソフトの話をとても大切にされる方なんだと分かります。

価値観が分かれば、志が共有できそうと分かります。そこで「一緒にやろう」と声をかけに行きますね。

茂木: 私たちも、「仲間づくり」は大切なキーワードで、常に「共創しよう」という声かけをしています。私たちの社会インフラ事業では、発注元のお客さまは国や地方自治体。でも本当のお客さまは、その先の社会インフラを日々利用されるあらゆる人々。「競合としのぎを削る」というより、価値提供を通じて「安心・安全な社会に貢献する」という思想です。それは、リコー一社でできることではありません。仲間を見つけ、共創していく必要があると思います。

小国: 大きい会社にいると「一社ですべてできるんじゃないか」と思いがちです。僕もNHKにいたからよく分かる。だけど、それ以上には広がらないんですよね。

これからは、イシューをひとり、一社で抱えずにみんなでシェアする「シェアイシュー」が大事ではないでしょうか。ルパン三世やワンピースのように、スキルが違う仲間を集めれば巨大な力になります。一社で10億円集めるより、10社で100億円を集めたほうがデカいことができます。

そのときに必要なのは、「この指とまれ」だと思います。子どものころに鬼ごっこでやったように声をかけて、たくさんの人が指に止まってくれる、あれですね。そのときに大事なのは、みんなが思わず止まりたくなるような「メッセージ」です。

茂木: 事業をスタートしたころは、強い技術があるならクローズにして進めていくほうがいい、という意見も多かった。でも、既存ビジネスとは違うフィールドにチャレンジしているので、自分たちが強みと思っているものだけで通用するか分からないんです。だから「この指にとまってみませんか?」くらいの気持ちで、思い切ってオープンに仲間探ししているつもりです。

例えば、リコーは道路やトンネルの点検のほかに、道路脇に作られる人工的な斜面である「のり面」を、独自カメラを搭載した車両で撮影する技術も開発しています。日本全国に約80万箇所あると言われるのり面は、国の点検ガイドラインも見直しの過渡期にあり、新しい技術の本格普及もこれからです。

2021年7月に熱海で起きた土石流災害は、のり面が崩れたことによる大規模災害でした。これまでは、危なそうなところには人がよじ登って目視で点検をしていましたが、効率が悪くてとても全数点検には至らない。テクノロジーの力で解決できないかと、宮崎県と協同で、新技術の実用性を評価していただくための実証実験を行っています。

そのプレスリリースを出したところ、「リコーさん、そんなこともやっているの?」と思いもかけない業界からも反響があった。オープンに「この指とまれ」をすることで、賛同の輪が広がり、共創の仲間が増える可能性を感じました。

小国: 自分たちで分からない価値を周りが発見してくれることってありますよね。

「n=1」の体験やエピソードが原動力になる

社会課題の先の「笑顔」や「ハッピー」は、どんなときに実感しますか。

茂木: 私たちのチームは、インフラ点検で全国を飛び回り、現場でデータ計測をしています。私も現場入りしたことがありますが、山間部のコンビニで昼食をとっていたとき、高齢男性に「この車、何?」と声をかけられたんです。カメラをたくさん載せていて「計測中」という表示板が貼ってあるので、珍しかったんでしょうね。

「走行しながら路面を撮影し、AIでひび割れを解析し、傷んでいるところを抽出します」と目的を説明すると「この辺りは雨が多くて災害も怖い。この道路が通れないなんてことになると生活もできないよ。どんどん点検してくれ」と、思いを滔々と話してくれたんです。

「今やっていることが役に立っている」と体感する出来事でした。そうした体験の一つ一つが、世の中を変えていく実感となり、モチベーションにもなります。

チームのメンバーにも「家族にも胸を張って話せる仕事にしたいね」と話していますが、現場でそういうシーンに直面すると、メンバーの誇りにつながります。お客さまだけでなく、メンバーも、その家族も幸せになっていくと思うんですね。

小国: 今のような話を持っていると、着地させるときの辛さを乗り越えられますよね。例えば「n=1万人のうち、9割が喜んでいる」とデータで見せられるより、「n=1」のおじいちゃんのエピソードが駆動力になっていく。「n=1」のエピソードを持っていると、迫力や凄みになるんですよね。そういうメンバーが揃っている組織は強いと思います。

最後になりますが、今後の活動、展望などを教えてください。

小国: 今はCasual Social Action(CSA)が重要だと思っています。ソーシャルアクションと聞くと、意義や意味や理屈が先に立ってしまい、どうしても腰が重くなりがちですが、もっとカジュアルに軽やかに動いた方がいい。目の前に課題があって、自分にできることがあるのなら、まずはやってみようというノリですよね。

そして大企業が、ノリで動けるようになったら、社会の風景はもっと早く、もっと大きく変わると思うんです。なぜなら、スピードが速く、影響力がとても大きいから。僕ができることは、大企業でもカジュアルに動けるような仕掛けを考えることだと思っています。

茂木: とにかく「やってみる」ことは大事ですよね。取得データから、予想していなかった事実が見つかることもある。これはやってみないとわからなかったことです。

「社会課題の解決」と言っても、現時点では誰にも答えがないものも多い。その中で、自社だけでなく外部と共創しながら、安心・安全を実現するための「答えを作る」プロセスが必要です。それは、未来を創っていくことでもあると思っています。


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