特別対談
2024.04.12
Written by BUSINESS INSIDER JAPAN ※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。
目次
2022年に10周年を迎えてその幕を閉じた、働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」。そのオーガナイザーを務めていたのが横石崇氏だ。現在は、プロジェクトプロデューサーとして、働き方をテーマに企業や個人のサポートをしている。
横石氏と対談するのは、リコーのデジタルサービス ビジネスユニット(以下、BU)のデジタルサービス事業本部にて、デジタルサービスグローバル企画センター所長を務める髙松太郎氏。リコーの使命と目指す姿である「“はたらく”に歓びを」を踏まえ、未来に求められる創造性の向上や、ESGと事業成長の同軸化などについて、「働き方」を軸に語り合った。
お二人はこれまで、「働き方」に向き合って活動されてきました。その経歴を簡単に教えていただけますか?
横石崇(よこいし・たかし)氏/&Co. 代表取締役、Tokyo Work Design Weekオーガナイザー。多摩美術大学卒。2016年に&Co.を設立。ブランド開発や組織開発、社会変革を手がけるプロジェクトプロデューサー。アジア最大規模の働き方の祭典「Tokyo Work Design Week」では3万人の動員に成功。鎌倉のコレクティブオフィス「北条SANCI」や渋谷区発の起業家育成機関「渋谷スタートアップ大学(SSU)」、シェア型書店「渋谷◯◯書店」などをプロデュース。法政大学兼任講師。著書に『これからの僕らの働き方』(早川書房)、『自己紹介2.0』(KADOKAWA)がある。
横石崇氏(以下、横石):自己紹介の本を書いているのですが、仕事の幅にとりとめがなさすぎて未だに自分の経歴をうまく説明できません(笑)。兎にも角にも、プロジェクトプロデューサーという肩書きで、次の世代のためのプロジェクトを立ち上げたり、マネジメントをしたりしています。
2013年から2022年まで、「Tokyo Work Design Week(以下、TWDW)」という「働く」を軸にしたイベントを主催していました。これはもともと、「働き方の地図」を作りたくてスタートしたものなんです。働くことを冒険や挑戦に例えると、地図とコンパスが必要。コンパスは人それぞれ違っていいけれど、地図は共通のものがあったほうがいいと考えました。
髙松太郎(たかまつ・たろう)氏/リコー デジタルサービスBU デジタルサービス事業本部 デジタルサービスグローバル企画センター 所長。2000年、リコー入社。販売事業本部、グローバルマーケティング本部などを経て、2011年6月からRicoh Americas Corporationに駐在し、北米におけるITサービス事業立ち上げ、SEオペレーション品質改善推進などを担当。2019年4月からはリコー ワークプレイスソリューション事業本部 OS事業センターにて中期経営計画策定、M&A、Global Center of Excellence推進などを担当。2023年4月より現職。
髙松太郎氏(以下、髙松):私は、リコーのデジタルサービスBUのデジタルサービス事業本部で、デジタルサービスグローバル企画センターの所長をしています。デジタルサービスを一般的な言葉で言えば、ITサービスやアプリケーション、システムインテグレーションビジネスでしょうか。働き方に関する部分では、弊社で言うコミュニケーションサービスという名称で、会議や働き方を支援するソリューションを提供しています。
Tokyo Work Design Weekの様子。
数年前までアメリカに駐在していたこともあり、横石さんのTWDWは存じ上げなかったのですが、今回の対談を機にいくつかの記事を拝読しました。特に、「ネコに学ぶ働き方」をテーマにしたTWDW2021年の記事はとても興味深かったです。働く人たちの特性が変化している流れを感じました。
横石:そのテーマは、パネルディスカッションでゲストにお招きした楽天大学学長の仲山進也さんの著書『「組織のネコ」という働き方』(翔泳社)をもとにしています。組織に忠実な人を「組織のイヌ」と呼びますが、その対になるものとして「組織のネコ」を設定。ネコは自由気ままで枠にとどまらず、創造性を発揮しやすいと考えています。
ネコ型のほうが、創造性を発揮しやすいというお話が出ました。お二人は、創造性が最大限発揮される働き方とはどのようなものだとお考えですか?
髙松:我々が現在提供しているソリューションは、創造的な仕事を間接的に支援するものです。現状、多くの仕事は単純作業や繰り返しの業務に占められていますが、それらのタスクをゼロに近づけて、空いた時間を創造的、戦略的なアウトプットに使っていただくことや、創造的、戦略的なアウトプットを行いやすくする働く空間・場所を提供していくことが目的。ただ、その先の創造性の発揮に対して直接支援するソリューションはまだまだこれからです。
横石:以前、リコーさんの3L(サンエル)にお邪魔させていただいたことがあります。「“はたらく”の実践型研究所」ということで、非常に先進的な取り組みをなさっていますよね。チームの感情や考え方を映し出す光や音を作り出すデジタルの会議室「RICOH PRISM」を使わせていただき、リコーさんのイメージがガラリと変わりました。
髙松:ありがとうございます。3Lは先進的な取り組みを広めていく場所。そこでの実験を活かして、ビジネスへの展開を考えている最中です。
横石:3Lで実施されているような創造性豊かな試みと、ビジネスのように生産性が求められる場所は対立的なワードとして捉えられがちです。生成AIの登場もあり、生産性の部分を人間以外に移行して、もっと創造性を発揮できる未来が見えてきました。まだスタート地点だとは思いますが。
髙松:これまでは、ITによって生産性を高めるといっても完全にマニュアルタスクを排除できない部分がありました。昨今の生成AIの登場により、既存のITシステムとAIを組み合わせることで、これまでよりはるかに高度なことができるようになってきています。今まで人がやってきたことを、やらなくてもいい時代が来ると考えています。
横石:生産性はモノサシがあってパフォーマンスが測りやすいが、創造性はなかなか可視化されません。非財務諸表的な見えない価値なので、苦手だと思う人は多い。「私にはクリエイティブのセンスがない」と言う人は少なくないですが、クリエイティブマインドは誰にでもあると思います。
髙松:創造性を阻害する要因に、不確実性がありますよね。生産性を上げれば結果が見えやすいですが、10回に1回当たれば良しとするような創造性の高い試みは、評価の仕組みから変えていく必要があるでしょう。
横石:さきほどのイヌとネコの話にも帰着しますよね。どっちが良い悪いではなく、いかに共存することができるか。
髙松:組織の命令系統に従って生産性を求めるイヌと、アウトサイダー的で新しいことにトライするネコですね。
ESG経営が叫ばれて事業の目指すところが目先の利益だけではなく環境や社会への貢献へと変わってきていると思いますが、そうした状況のもと企業で働く個人にとっては自分の仕事に意味があると思えるかどうかが「“はたらく”歓び」につながっていくのではないでしょうか。
髙松:近年はESGと経営が一体になることが求められています。ESGのためのESGではなく、社会のためになることが仕組みとして事業に組み込まれているべきだと思います。
例えば、生成AIはその裏側でとてつもない電気量を消費していて、環境負荷が高い。そのため、今後は環境負荷のより小さい形での実装が求められていくのではないでしょうか。
横石:髙松さんのお話は「会社って誰のもの?」という問いが生まれますね。これまでの経営は、株主や利益のためというのが中心でした。でも、これからは会社に関わる全ての人に選ばれる必要があります。そのためには、ESGという手段が有効で、働く人が会社を自分ごととして捉えるひとつの要素になるでしょうね。
髙松:結果として社会貢献に結びつく仕事は、「“はたらく”歓び」につながっていくと思います。特に若い方は、仕事を通じて与える社会的インパクトが大きな関心事になっています。
横石:若い人たちに向けた渋谷区発の起業家育成機関「渋谷スタートアップ大学(SSU)」で理事をしているのですが、ソーシャルインパクト系のプロジェクトが増え続けています。彼彼女たちにとって働くことと社会課題は切っても切り離されないものになっていますよね。
創造性やソーシャルインパクトを高めるために、働く環境は今後どのようになっていくべきだと思われますか。
髙松:究極的には、地理や時間、人種、言語などの制約・ハンデがなくなり、リモートとリアルで差がない働き方ができるようになってほしい。すべての制約が取り払われるのは時間がかかりますが、目指していく方向は明確です。制約があるとパフォーマンスが落ち、創造性を発揮する機会が狭まります。リコーの技術・サービスと他社の技術・サービスをうまく融合させることで制約をできる限り取り払い、ワクワクするようなソリューションを提供して創造性を発揮できる環境を整えていきたいですね。
横石:先日、超一流ホテルで働く方と話をする機会がありました。そこは、1泊40万円のホテルで最高のサービスを提供しているのですが、マニュアルが一切ない。それは単に個人任せにしているのではなく、制約をあえて外し組織の環境や文化など見えない部分に注目をして組織を作っているのでしょう。マニュアル業務では、顧客の期待値を超えられないですから。そこで創造性を発揮するからこそ、最高の仕事ができるのではないでしょうか。
髙松:確かに、顧客の期待を上回るサービスを提供するのは最大の価値で、マニュアルに従うだけでは難しい。「マニュアルにないことをしてもいい」という裁量が必要になりますね。
自分を振り返ると、幸いなことにこれまでの上司は私にミッションを与えて「やり方は自分で考えろ」という形で仕事を任せてくれる方ばかりでした。仕事のやり方を自分で考えるのは、創造性豊かな活動だったと思います。裁量を与えられていたんですね。
横石:僕も、よく仕事を丸投げされて育ってきたのでよくわかります。「信用している」「お前に任せた」というメッセージが含まれていますよね。丸投げというのは創造性の土壌でもあると思います。
髙松:任されると、やってやるぞというモチベーションが高まる半面、失敗する恐れがあるから、怖い気持ちもある。最後になってから大きな勝負ではなく、途中で小さな成功と失敗をしながら積み上げていけば、リスクは最小限に抑えられると思っています。
横石:創造性という観点で言っても、自由と責任はセット。今までの常識を覆してやるほどに責任を負う必要があるということは自明です。新しい働き方を志すなら、リスクはつきものです。
ただ、今後デジタルの環境やルールが整備されると、現在の状況と新しいことに挑戦する働き方がシームレスにつながっていくでしょう。今でも、起業や副業が、テクノロジーによってとても気軽にできるようになっている。もしかしたら一人の会社でも上場することができる世界が来るかもしれませんよね。リスク少なく挑戦できる環境づくりは僕の活動の中心にあります。
最後の質問となりますが、これまでのお話を踏まえて、お二人にとって働く意味はどのようなものですか。
横石:働き方に向き合ってきたTWDWは、毎年、勤労感謝の日に開催していました。勤労に感謝をする日ですが、日本では勤労は義務とされている。そういう国は珍しいんですね。
僕にとっての働く意味は義務ではなく、歓びだと思う。リコーさんの「“はたらく”に歓びを」というミッションは、まさに僕にとっても意味を感じる言葉です。
髙松:私も同じです。楽しいと思う仕事で、結果的に対価をもらうのが働く意味だと思います。今も、できるだけやりたい仕事を作り、自ら仕掛けを作っていくようにしています。
横石:勤労という言葉は、隷属的なニュアンスも感じますから、100年後には消えているかもしれませんね。