特別対談
2024.03.08
Written by BUSINESS INSIDER JAPAN ※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。
目次
福岡を拠点にし、小学生向けにテクノロジーと遊ぶアフタースクールである「TECH PARK」を運営する佐々木久美子氏。もともとは自身の子育ての中で感じたニーズからスタートした事業が、多くの人に支持されている。
リコーの技術を集結し、新しい価値を生み出すスペース「RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYO(以下、BIL TOKYO)」を創設した菊地英敏氏とともに、これからを担う人材の育て方や事業のつくり方と、未来への活かし方を語ってもらった。
お二人とも、新たな事業をつくるという点で共通しています。これまでの経歴と手がけている事業を教えていただけますか。
佐々木久美子(ささき・くみこ)氏/グルーヴノーツ 取締役会長/創業者。プログラマー、システムエンジニア、プロジェクトマネージャーを経て、2004年、県内ベンチャー企業取締役就任。2011年7月会社設立、代表取締役社長を経て、グルーヴノーツ代表取締役会長に就任。2023年9月より代表を退任し現職。2016年4月からIT学童保育「TECH PARK」の運用開始。
佐々木久美子氏(以下、佐々木):IT企業でプログラマーとして働いていた20代に第一子を出産し、両親の協力を得ながらなんとか両立をしていました。10年後に第二子を出産するころは管理職の立場になっており、子育てしやすい企業風土に変えたかったのですが、なかなか難しかったんです。
そこで起業を決意し、創業したグルーヴノーツは自分が働きやすい会社にしました。13年前の創業当時から、週末に休むのは当然として、リモートワークやフルフレックスタイム制など、フレキシブルに働ける環境にしました。ところが今度は、子どもが小学生になったら、自分が求めるような子どもの預け先がない。それならつくろうと始めたのがTECH PARKです。エンジニアの経験から、ITやコンピューターを教えられます。自分のニーズの通りにアフタースクールをつくったら、他にも同様なニーズがあることが分かりました。
子どもをタクシーで送るサービスは、子育てをする当事者ならではの発想ですね。
佐々木:親御さんも帰宅時間はさまざまなので、毎日同じ場所ではなく、途中の駅などでピックアップしたいこともある。定刻のバスを運用するより、タクシー会社と契約して子ども用のチケットを用意し、実費を負担いただくかたちにしました。シャワー室があるのも、私自身のニーズです。夕食もお風呂も宿題も済ませて、楽しく遊びながら学んで成長して帰ってきて、おうちでは「楽しかったよ!」とその日のことを話し、後は寝るだけという状態で親子でニコニコ過ごせます。
菊地英敏(きくち・ひでとし)氏/1999年リコー入社。新規事業立ち上げ部門に10年以上所属し、事業戦略、企画、マーケティング、広報プロモーション、営業に幅広く携わる。エンタープライズ顧客向けオフィスソリューション事業部門にて事業戦略リーダーを務めたのち、2018年にイノベーション拠点「RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYO」を自ら企画し設立。顧客の経営課題、業務課題の可視化から共創テーマを発掘する専門のビジネスデザインチームを統率している。
菊地英敏氏(以下、菊地):すごく画期的ですよね。私も子育て中なので、通わせたいくらいです。1999年にリコーに入社して、販売促進のチームに配属されました。ただ、もう少し自分にしかできないことがやりたくて、4年目に社内公募に応募し、RFID関連の事業立ち上げを行う部門に異動しました。その後も新規事業畑を歩み続け、トータルで10年ほど新規事業に携わりました。
リコー社内にたくさんいるものづくりの専門家と、社外の思いもよらない専門家を掛け合わせたらもっと面白い価値創造ができるのではないかと思い、2018年の9月に「BIL TOKYO」をつくりました。「ありたい姿」を持っている、とりわけ経営層の方々との対話ができる場所として、この5年の間に860社のお客様にご来場いただいています。
まだローンチしていないものも含め、リコーの技術やデジタルサービスに触れていただき、DXを進めたい経営層など、ありたい姿や未来構想を持つ方々とディスカッションし、新たな問題を定義化し、価値仮説を一緒に創り上げる活動を行っています。
それぞれの取り組みで、重要視していることはどんなことでしょうか? 例えば、TECH PARKで子どもたちに感じたり学んだりしてほしいと思っていることはありますか。
佐々木:「ありたい姿」は、子どもが自分で考えるものだと思っています。子どもたちがコンピューターを前に取り組みたいのはプログラミングだけでなく、ゲームやグラフィック、CAD、動画制作やデザインなどさまざま。選択肢を広げるために、コンピューターをえんぴつや消しゴムと同じ道具として使いこなすことを教えています。
募集の際に「プログラミング」という言葉を使うと男の子ばかりになってしまうので、やわらかい表現にして女の子にも届くよう気を配っています。女性がキャリアを築いていくうえで、エンジニアはとてもいい選択肢のひとつ。女の子でも、最初の抵抗感さえ乗り越えれば、あとは同じように楽しめているようです。入会時はまず、1人1台パソコンを買ってもらっています。同じフロアにグルーヴノーツのエンジニアがうろうろしているので、大人が持っているのと同じマシンがいいという子どもが多いです。
菊地:大人と同じ道具だと嬉しいでしょうね。
佐々木:大人と同じはいいですよね。私たちは、他の部分でも「子ども扱い」しません。できるところまで自分でやってもらい、じっと待ちます。大人はついやってあげたくなってしまうので、待つのにも勇気が必要です。
菊地:テクノロジーを使った教育と聞くと、スキルを磨くというイメージを持ちがちですが、TECH PARKはセンスを磨いている場なんだなと感じました。佐々木さんのインタビュー記事で「(福岡の)天神を、イレギュラーを許容する街にする」という話がありました。「できるまで待つ」のはまさに、イレギュラーを許容することでもあります。イレギュラーな状況が発生した時に、子どもたち自ら問題を見つけて"当たり"をつける。これって問題設定力のセンスが問われますよね。子どもたちの経験からイレギュラーを排除してしまうと、不確実性がなくなり、大化けしなくなってしまいますので、このような経験が積めるTECH PARKの環境は非常に魅力的ですよね。
佐々木:今の話で思い出したのが、レオナルド・ダ・ヴィンチが言ったとされる「Simple is best」。私の大好きな言葉です。最初からシンプルである必要はなく、複雑になってしまったものの中からしっかり考えて削って削って本当に必要なものだけを残す、という意味だそうです。
菊地:BIL TOKYOも近しい思想を持っています。イレギュラーを許容しないと新規事業は育たないんです。リコー社内にはないお客様の気づきやご指摘が門外漢の知恵となって、事業に「遊び」を生んでくれるんです。例えば、リコーの新たな技術が製造業で使えそうだと想定していたのに、お客様から「不動産業ならこんなチャンスがある」とご意見をいただくことも。
近年は、不確実性が高まっている。だからこそ私たちは立てた目標に実直に突き進むというよりも、「計画的行き当たりばったり」という行動を意識しています。遊びの部分を活かすのは勇気がいりますが、お客様の一言で気付かされるその「遊び」が、結果的にはセレンディピティを追求することにも繋がるんですよね。しかし、チャレンジには同時に自由と責任のセルフマネジメントが求められます。シンパイをシンライに変えていく「パ」を「ラ」に変えるパラダイムシフト、ユニリーバにいらした島田由香さんがおっしゃっていた言葉ですが、そんな風土も社内で育ってきていると感じます。
BIL TOKYOは2024年の2月に品川に移転します。場所が変わることによる新たな展開を教えていただけますか。
菊地:これまでは16坪のスペースでしたが、移転後は313坪と、約20倍になります。これまでの小さなスペースでは、対話が主な活動でしたが、これからはそれに加えてお客様とワークショップをして問いの因数分解をする場所があったり、常設のラボを使ってプロトタイピングをしたりしていきます。これまでのようなスポットコンサルティング的な活動だけでなく、お客様のアイデアや未来構想を具現化するチームとして共に伴走して、次の文化を一緒につくっていきたいですね。
実はあまり知られていませんがリコーは1985年から自然言語処理技術の研究開発を進めているんですよ。その他にも2013年に世界で初めてTHETAという360度カメラをリリースし、全天球画像や映像を膨大に保有しています。そのデータを活用した空間認識技術なども今後AIとの掛け算で新たな価値として生まれ変わります。最近話題のLLM(大規模言語モデル)を活用したAIビジネスにおいても独自AIを開発しており、様々な業種のお客様にこの拠点でも発信していきますので、ここが今後「社会に開かれたAIの実験場」として動き出せばいいですね。佐々木さんのTECH PARKのように、シャワーブースも作ろうかな(笑)。
佐々木:いいですね! ぜひぜひ。
移転後の「RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYO」(その1)
移転後の「RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYO」(その2)
移転後の「RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYO」(その3)
佐々木さんは、BIL TOKYOにこれからどんなことを期待しますか? また、菊地さんには、TECH PARKやSTEAM教育に対する期待をお話しいただきたいです。
佐々木:リコーさんほどではありませんが、私たちも企業向けにBIL TOKYOと似たようなサービスを行っています。子ども向けの教育コンテンツを、社員の方向けに提供しているのです。つまり子どもだけでなく、大人も学びを必要としていますよね。BIL TOKYOが技術を学びたい方が参加できるようなコミュニティとして成り立ってもらえるといい。可能であれば、子どもたちとのコラボレーションもお願いしたいくらいです。
また、私たちはAIや量子コンピューターのサービスも持っているのですが、そのメリットがなかなか理解されず、市場の成長が難しいところにチャレンジしています。BIL TOKYOが大人の皆さんにとって最先端技術に対してセンスを磨ける場所にもなっていただけると、日本市場も順調に育っていけるかもしれません。
菊地:いいですね。TECH PARKの子どもたちとコラボレーションもできそうです。TECH PARKは早いうちから子どものセンスを磨いています。親から見るとスキルを教えてくれると思いわれがちですが、センスを身に着けた次世代のイノベーターの誕生に期待したいです。
これまでお話しいただいたテクノロジーや新規事業は、お二人にとって、あるいは社会にとってどうあるべきだと思われますか?
佐々木:テクノロジーで利便性を追求しすぎても、人間はやることがなくなってしまいます。例えば、現在のテクノロジーを駆使すれば、思いつく大体のことは実現可能な状態をつくり出せます。でも、その状態を拒否しているのもまた人間です。社会という機能や人間らしさを担保するために、最低限の課題や不便を自動化する。そのためのテクノロジーではないでしょうか。
菊地:私も、テクノロジーが目指すところは、決して文明、つまり「世の中を便利にすること」だけではないと思います。それよりも、文化的価値創造のためにテクノロジーがある。
なぜ、私たちは事業を創造して育てていくのか。それは、「社会的幸福度の向上」がひとつの答えではないでしょうか。最近ではインクルーシブな社会を、と言われていますね。僕の子どもは3姉妹で、小1の三女がダウン症ですが、障がいを抱えているのが人間ではなく社会であるとするならば、社会にある障がいをひとつずつ取り除いてあげるのも事業創造の役割です。社会課題の解決をイノベーティブに進めていきたいですね。
佐々木:菊地さんのお仕事は、真珠の元となる真珠核を貝に埋め込むようなものだと思いました。来場したお客様の中で育つ元となるものを渡しているんですね。私にとって事業は、「自分たちが解決できることを提供」した結果、不可能だったものを可能にすることです。お互いにこれからも未来に種を撒いていきましょう。
BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYO
最新AI技術を活用したDX実現のための価値共創拠点「RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE TOKYO」をリニューアルオープン