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特別対談

AIを使いこなして知を創造する"はたらく"の未来

AIを使いこなすために必要な力とは。創造性を発揮し、"はたらく"に歓びがある未来へ

山下 良則さん

リコー 代表取締役 会長

中央

新井 紀子さん

国立情報学研究所 社会共有知研究センター センター長・教授/一 般社団法人 教育のための科学研究所 代表理事・所長

専門は数理論理学。2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。主著に『コンピュータが仕事を奪う』 (日本経済新聞出版)、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社)など。

大山 晃さん

リコー 代表取締役 社長執行役員・CEO

リコーグループは、2023年4月に企業理念であるリコーウェイを改定し、「"はたらく"に歓びを」を「使命と目指す姿」に位置付けました。新型コロナウイルス感染症の拡大でこれまで常識とされていたことが覆され、ChatGPTをはじめとする生成AIの登場により、"はたらく"の現場にはさまざまな変化が訪れています。はたらく人に寄り添い、はたらく人の生み出す力を支える「デジタルサービスの会社」へと変革を加速するリコーが見据える"はたらく"の未来とは?そして、自らとお客様の「"はたらく"に歓びを」を実現するには、どのような力が必要になるのでしょうか。『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』『AIに負けない子どもを育てる』の著者である新井紀子氏と山下会長、大山社長が語り合いました。


目次

AIの出現でより影響を受けるのは大企業

大山: 新井さんは、2010年に上梓した『コンピュータが仕事を奪う』の中で、世界に先駆けて「AIに代替される社会の到来」を予測されました。

新井: はい。その中で、2030年頃までにホワイトカラーの約半数が機械によって代替が可能であろうと予測しましたが、この「機械」というのは、AIやロボットではなくDX(デジタルトランスフォーメーション)による代替を想定していました。代替されるのが「半数」と明確に数字を示し、DXによって仕事を置き換えることができるようになると、世界で最も早く予言した本でした。その数年後にMIT(マサチューセッツ工科大学)が発刊した『機械との競争』では、どの仕事が機械に代替されるかがランキング形式で掲載されましたが、これは私のイメージとは異なるものでした。ある仕事が完全に機械代替されるというよりも、これまで10人を要した仕事が5人でできるようになるのが、私の代替イメージでした。なぜなら人が行う仕事は、単調なようで非常に多様性や柔軟性に富んでいるからです。

大山: 確かに、人が行う仕事は、現場とつながっていたり、何かしらの知的判断を求められる部分が存在していたりしますので、人が完全に機械に代替されることはないと、私も考えます。

新井: そうですね。ただ、人が行っていた仕事の一部が代替されるとなると、影響が大きいのは大企業です。100人で行っていた仕事が10人でできるようになり、それが各部署で起こると、全体的には80~90%ぐらいが機械に置き換わる企業も出てくるでしょう。一方で、ChatGPTを活用したとしても1人でやっていた仕事が完全にAIに任せられるかというと、それはあり得ません。このため、中小企業では代替が進むのは難しいと考えています。例えば5人がかりの仕事で代替できるのが1人分となると、利益率の悪化などで大きなディスラプション(IT技術の発展による既存産業の破壊)が起こるのではないかと考えていました。

山下: 大企業の方がDXを進めやすいというのは、とても納得のいく話です。大企業は大量生産・大量消費のために分業を進めてきましたから。リコーは、1977年にオフィスオートメーション(OA)を提唱し、「機械にできることは機械に任せ、人はより創造的な仕事に」と、その時代から仕事の一部を機械に任せられるように、はたらく人をサポートしてきました。

山下 良則さん

AIを使う人 AIに使われる人

大山: 新井さんがおっしゃるように、これまで多くの人手を要した仕事の一部が機械やAIをはじめとする技術に代替されることは、労働人口が減っていくこれからの社会においては、とても良いことだと、ポジティブにお考えでしょうか。

新井: それが、そうとは言えません。重要となるのは、ChatGPTのようなAIを使いこなし、人としてそれを補って使いこなす側の人材です。翻訳やレポートのまとめなど機械が代替したものから、真実とは異なる情報を見分け、手段として使いこなすには相当な能力を必要とします。企業はそういった人材を求めるようになるのではないでしょうか。一方で、AIに「ああしなさい」「こうしなさい」と使われる側の人は、どんどん労働単価が下がってしまう恐れがあります。だからこそ、日本の労働人口がますます減少していく中で、少しでも多くの方々をChatGPTを使いこなせる側にするというのが、私にとって大変重要な使命だと思い活動しています。

新井 紀子さん

山下: ChatGPTを使いこなす側の人材になるために、必要な力とは何でしょう。

新井: それは「リーディングスキル」だと考えています。「リーディングスキル」というと単に「読解力」、文字や漢字が「読める」ことだと多くの人が思っていますが、そうではありません。文章を正確に読み込んで、意味を理解する力。そして、それが学校などで学び培った知識、あるいは報道や自分の目で見たことなどと矛盾しないかを自学自習で見極める力です。ChatGPTの文章はとても滑らかですが、100%正しいわけではありません。リーディングスキルがなく、すべてを事実確認していたら、かえって生産性は下がってしまいます。

大山: 物事を関連付けて、因果関係を明確にする力ということでしょうか。

新井: そうですね。会社がいくらAIを導入してDXを進めても、かえって手戻りが多く、全く生産性が上がらない人がいる一方で、生産性を2倍に上げる人がいる。その分かれ目となる要因として、一番大きいのがリーディングスキルと考えています。

大山: 新井さんの著書『AIに負けない子どもを育てる』(2019年)では、今の日本の学校教育ではAIに代替される人材の教育をしている、といったことが書かれていました。

新井: そうですね、学校教育で行っているペーパーテストと違って読み込む力や考える力は可視化されないため、子どもたちは自己流で対処してしまいます。成長過程において自己流で固定化してしまうことが、「リーディングスキル」を身に付けにくくなっている大きな要因だと考えています。

大山: たしかに、知の吸収が自己流になっているように思いますね。

新井: そこで私はこのリーディングスキルを測定する「リーディングスキルテスト」を開発しました。これは、脳内で起こっていることを観測する、自己流でやっていることが可視化されるツールです。

小中高の児童・生徒を対象に、テストを実施する中で、リーディングスキルは、自学自習できる力、つまり自分が関心をもったことを自ら学ぶことができる力と関係が深いことが分かりました。

山下: 自分で課題を発見し、その解決のために必要な能力を自ら習得し、解決するまでやり遂げるのが、まさにリコーが求める自律型人材です。自律型人材になるためにも、リーディングスキルは必要ですね。

リーディングスキルがチームのレジリエンスを高める

大山 晃さん

大山: リーディングスキルによりAIを使いこなして、生産性を上げる具体的なイメージを教えてください。

新井: ChatGPTの出現で生産性が2~3倍に向上するという報告を出されている研究者や実業家の皆さんを見てみると、リーディングスキルが高い人ばかりです。ChatGPTは人間らしいスムーズな文章を作りますが、一般的な内容でも2%ぐらいの明らかな間違いがあります。ChatGPTでよりエッジの効いた新しいことをしようとすると、50%以上間違ったことを言ってくることもあります。その中から、新たな面白いヒントを選び出すには、そこに含まれる50%の間違いをもうまく使いこなす必要があり、それには相当な知性と高い専門性が要求されるのです。

大山: 個人としてリーディングスキルを高める必要があると。

新井: それがまた難しくて、チームの中で一人だけリーディングスキルが高い人がいてもダメなのです。全員のリーディングスキルがそろっていないと、手戻りが多くなり、生産性は下がってしまいます。伝言ゲームをイメージしてみてください。リコーさんは情報を扱う会社ですから、インプット(最初)からアウトプット(最後)まで99.99%の精度で情報が伝わるのが理想ですよね。これが各プロセスでリーディングスキルが異なると、同じ文章を読ませても情報が減衰していくのです。病院などでリーディングスキルテストをすると、ドクター、看護士、医学療法士、事務の方などでリーディングスキルが異なるため、指示に対して誤解が生じて手戻りが多くなる。すると、コロナ禍のような非常時にレジリエンス(困難や脅威に直面する状況で「うまく適応できる能力」)が発揮されず、一気に多忙になってしまいます。特に変革の時代において、組織の中でレジリエンスを高めるには、一人のエースがいる以上に、組織全体のリーディングスキルを高め、自学自習ができる自律型人材がそろったチームであることがとても重要です。

山下: リーディングスキルを底上げする方法はあるのでしょうか。

新井: 手軽にできるトレーニングがあります。新聞から一記事を選び、見出しとリード文に出てくる言葉をいくつか抜き出して、それを文章にし直します。なんとなく分かっているつもりでも、文章にしてみると理解していないことが分かります。特に、助詞の使い方は間違いが多く、それだけで情報は減衰してしまいます。これを2週間以上続けると、文章が上手く書けるようになりますよ。

方程式を間違いなく解ければ褒められる時代は終わった

仕事の本質を理解し、自分の仕事を自分の言葉で語れるようになってほしい / AIを使いこなす側となってイノベーション創出に挑戦していこう

山下: DXで生産性を上げるためには、リーディングスキルが求められるというのは、非常に興味深いお話です。加えて、私は仕事の本質の理解が必要だと考えています。社長在任時に社内デジタル革命を推進し、ロボティクスなどの機械をまず社員が使ってみて、各人の業務を機械代替していくことを試行しました。すると、自分の仕事を置き換えられる人と、置き換えられない人で分かれました。私は、本質を理解しているかどうかの差だと思いました。お客様を見据えながら、この仕事にどんな意味があるのかという、仕事の本質を理解している人は、置き換えができて生産性も上がる。他方、仕事の本質が分かっていない人は、ロボットやAIなどとの共生ができないのです。

新井: 「この業務をマニュアル通りに行いなさい」と言われたら実行できるけど、「この業務を良くしなさい」と言われると「?」となってしまう。社内での業務の位置付けを俯ふ瞰かんすることができず、「この仕事をやれと指示されたのでやっています」と言うのは、まさに「方程式を解けと言われたから解いた。答えが合っているからいいでしょう」と言うのと変わりません。それは、イノベーションの時代には一番痛い人材ですね。

山下: 方程式を間違いなく解ければ、褒められていた時代がありましたからね。しかし、時代は変わった。いくら難しい方程式が解けても、何のためにこの仕事をするかが理解できていなければ、より良い解を導くことはできません。成功体験を伝えるだけではだめですね。

新井: 山下会長がおっしゃる通り、大企業はこれまでストライクゾーンに対して商品・サービスを大量に生産し販売してきました。しかし、AIによりバックオフィスコストを下げることができるようになり、ロットが小さくて、これまで手が出せなかった領域でビジネスを始めやすくなったと思います。今までなかった商品やサービスを出すことができる時代になったので、その分野で起業する人が増えれば、より豊かな社会になるのではないでしょうか。私自身も起業していますが、「電卓で同じことを3回計算したらDX化する」を社是としています。もはや「デジタル」は自分の五感のようなものになっていて、当たり前ではないことに注力するためにDX化をする必要があると思っています。

日常をつなげて抽象化するとイノベーションが生まれる

大山: サステナビリティが重要視される中、経済成長と環境保全はどちらかというとトレードオフの関係にあると考えられてきました。これを解決し、サステナビリティを高めていくためには、さまざまなイノベーションを生み出していかなければなりません。そのために、タスクワークはAIに任せて、人はより創造的な仕事をして、物事をイノベートすることに注力できるようにしていく必要があります。リコーは、はたらく人が創造力を発揮するためのお手伝いをしていくことで、持続可能な社会の実現に貢献していきたいと考えています。

新井: 私は、「当たり前がイノベーションにつながっている」と考えています。イーロン・マスク氏やスティーブ・ジョブズ氏のようにならなければ、イノベーションは起こせないと思っている方が多いかもしれませんが、イノベーションの種はいくらでもあります。なぜなら、当たり前ができていないことが多いので、当たり前のことを当たり前にできるようにするだけで、イノベーションになる。それは、日々の暮らしで思考していることが、ふと何かでつながるところから生まれると思います。

大山: つながるには、色々なものを抽象化する必要がありますね。目で見たものをしっかりと理解して、概念や法則で抽象化すると、事象と事象が実を結びイノベーションが生まれるような感じでしょうか。

新井: そうですね、それもリーディングスキルと言えると思います。

山下: 経営理念「リコーウェイ」で、大切にする価値観の中に「INNOVATION」があります。新井さんがおっしゃるように、「当たり前だけど、今まで気が付かなかったね」ということが、世の中に、そして会社にもたくさんあります。「その手があったか!」と新しい発見をするのもイノベーションですが、「やらなくてもよいことを見つけ、やめてみる」のもイノベーションだと私は考えています。

仕事の意味が「腑に落ちる」と"はたらく"は楽しくなる

重要なのは、今の仕事が何につながっているか「腑に落ちる」ように働くこと

山下: リコーは2036年に100歳を迎えますが、今の延長では150年、200年と続く会社にはならないでしょう。100歳を迎えた翌年の2037年には、1歳に生まれ変わる準備をしたいと思っています。人がより創造的な仕事をして能力を発揮できるようなサポートをする会社になりたい。それを、「"はたらく"に歓びを」という言葉で表現しました。もっと仕事に、はたらくことに、歓びを感じられる社会を何としてもつくりたいと思っています。まずは、リコーで働く私たちが、「今の仕事に歓びを感じているか?」「社会の役に立っているか?」について、自分の言葉で語れるようになってほしい。もちろん私自身も、語っていきます。それが、自律型人材である証だと考えています。

新井: アメリカでは企業が100年同じことをやるのは難しいと言われていますが、リコーさんが提唱したOAという言葉はとても幅が広いと思います。私は自分の会社でさまざまなデータを扱いますが、私が見たい、知りたいデータの肌感覚というものがあります。その肌感覚は他人と共有するのが難しいのですが、そういった社会共有知の領域を御社はやっているのでは、と思いました。重要なのは、今やっている仕事が何につながっているかという意味が、「腑に落ちる」ように働くことだと思います。忙しさにかまけて腑に落ちないまま仕事をすると、ただ方程式を解くだけの消耗戦になってしまいます。逆に、腑に落ちて働いていると、忙しさが忙しさでなくなる上に、ストレスも減る。あらゆる意味が腑に落ちて動くことができる、自律型の人材になることが、結局のところ一番元気に仕事ができると思います。

大山: それが、はたらく歓びにもつながっていくのでしょうね。AIを使いこなすために必要なのは、意味を正しく理解し、物事の因果関係をきちんと整理して道理が通っているかを見極めるリーディングスキルだという新井さんのお話には、新たな発見がありました。リコーでは、社員一人ひとりがデジタル人材を目指し自律的に学ぶ「リコーデジタルアカデミー」でデジタルスキルの底上げに加え、デジタルサービスの創出・加速に貢献する専門的な能力向上を目的とした、スキルアップに取り組んでいます。AIを使う側の人材を増やすために、リーディングスキルという視点での能力強化も検討していきたいですね。そして、はたらく人が創造力を発揮するお手伝いをし、「"はたらく"に歓びを」を実現する。そしてその先に、持続可能な社会があると信じて、これからもイノベーションを起こすべく、挑戦していきます。本日はありがとうございました。

『コンピュータが仕事を奪う』
爆発的に処理能力を向上させるコンピュータは、人間の仕事を脅かしつつあると、2010年末時点でその可能性に警鐘を鳴らし、人にしかできない仕事とは何かを問いかけた。
『AIvs.教科書が読めない子どもたち』
『AIに負けない子どもを育てる』

AIの限界と、日本の中高生の多くが中学校の教科書を正確に読めていないことを明らかにした衝撃の書。シリーズで40万部を突破し、ベストセラーとなった。

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