スペシャル 「挑戦を、楽しむ力に」女流棋士・西山朋佳が語る勝負の先

女流将棋界の8大タイトルのひとつ、リコー杯女流王座戦。
リコーは、将棋の普及と、将棋文化の発展による創造性あふれる社会づくりに貢献するため、日本将棋連盟とともに本戦を主催してきた。第15期を迎える今期、王座を懸けた五番勝負で対局するのは、福間香奈女流王座と西山朋佳女流二冠のふたりだ。

リコーは、事業を通じて“はたらく”人の挑戦を後押ししてきた。そして、第15期女流王座戦を戦うふたりも、挑戦によって道を切り開き、女流棋界を牽引してきた存在だ。そこで今回は、「豪腕」と呼ばれるスタイルで多くの愛棋家の心を掴んできた西山朋佳さんにインタビュー。彼女にとって、“挑戦”とは——。

約7分

家族の影響で、5歳のときに将棋を始めました。子どもだったので当時のことはあまり覚えていませんが、父と姉が遊んでいるのを見て興味を持ったと聞いています。紙で作ったコマで遊んでいたそうです。地元は将棋が盛んな地域だったので、ルールを覚えたり、教えてもらえたりできる環境が整っていました。

小学1年生のとき、有名な先生が教えてくださる地元の将棋教室に入りました。クラスメイトを含む同世代の子が多く、先生は厳しかったのですが（笑）、とても楽しかったです。火・水・土の週3回開かれていた教室に通ううちに、自然と将棋に打ち込むようになりました。教室では、礼儀作法や将棋を指す上での心構えから技術まで、たくさんのことを教えてもらいましたね。

棋士になることは、ある時期で決断したというよりは、続けていたら、いつの間にか棋士になる選択肢が現れていた感じです。ただただ将棋が楽しくて、同世代との対局やオンラインの将棋に熱中していたら自然とレベルアップしていて、女流棋士になることや、奨励会に入る選択肢について周りから助言いただけるようになりました。棋士になることを意識したきっかけは、中学2年生の時、中学選抜という全国の将棋大会の女子の部で優勝できたこと。それまでは、自分が今、どのレベルにいるのかわかっていなかったので、それを機に、棋士になる可能性もあるのかなと思うようになりました。

同じく中学2年生の時、研修会（奨励会の下部組織）に入るとどのクラスに行けるのだろうと、試しに試験を受けてみたら、奨励会に入ることができました。当時は、棋士になりたいというよりは、「どこまで行けるのかやってみよう」という力試しのような意識でしたね。

私が高校生の頃は、将棋電王戦という、ソフト対棋士の対局が人気を集めていました。棋士という仕事について考えさせられる時期だったことと、そうしたAIの分野を専攻できる大学があったこと、そして上京したいという思いの3つが重なって、大学進学を決めました。

東京という場所も、大学についても想像がつかず、将棋と両立していけるのかなという不安も大きかったため、結構、勇気のいる決断でしたね。今、振り返ると、大学進学は自分の中で大きな転機でした。

私の進学した大学の特徴だと思うのですが、野心を持っている学生が多くて、大学生活はとても刺激的でした。今も仲良くしてくれる友達や、私とまったく違う世界でがんばっている友人と知り合うことができました。今でも励まし合える友人関係を築けたことは、大きな財産です。将棋だけをやっていたら知り合えなかった人たちに出会えたので、大学に進学してよかったと思いますね。

自分のスタイルを変えない道を選び続けたことが、挑戦だと思っています。棋士として公に私の将棋を見ていただくようになって、皆さんが私の将棋を楽しんでくださっていることを知り、自分の将棋は特徴があるのかなということを感じるようになりました。

皆さんが「私の将棋が好き」と言ってくださることが励みになって、自分のスタイルは武器なんだと、自信が持てました。それ以来、このスタイルのままでどこまで行けるかなということが、将棋を指す上でのひとつのテーマになっています。

対局は勝負なので、つい勝ち負けだけの世界だととらえてしまいがちですが、実際はそうではないんです。もっと広い視点で見れば、勝ち負けを超えた世界があると思っています。棋士は職業柄、喜んだり落ち込んだりすることが、どうしても勝ち負けに結びついてしまいますが、私はできるだけ、そうではないところに視点を置くようにしています。どれだけ負けが込んでいても、自分が恵まれている面は必ずあるので、人生的な視野で現状を見つめ直すことを繰り返しています。そうすることで、一度気持ちをリセットして、次の対局に臨める面もあります。

とはいえ、10代や20代前半の頃はうまくできず、目の前の負けにひたすら落ち込む時期もありました。けれど、そうした経験を重ねるうちに、少しずつ見方を変えようと思えるようになりました。気持ちを切り替えられるようになってからは、落ち込んだまま対局に臨むこともなくなり、対局内容にもいい形で作用していると思います。

女流棋士として自分なりにがんばっていく中で、常にお世話になっている皆さんの顔が思い浮かびます。良い結果を出せば自分のことのように喜んでくださる方がいて、周りの方に良いことがあれば私も嬉しい。これまで努力を重ねる中で築いてきた、そうした温かい人間関係は私の大切な財産です。そうした存在が増えるたびに、がんばってきてよかったと心から感じますし、皆さんの支えが大きな原動力になっています。

大きな勝負が続くと、心身が疲れてしまう時期もありますが、「この時期を乗り越えれば」と先を見据えることで、がんばれています。本当に当たり前のことなのですが（笑）。がんばる時間と休む時間のメリハリも大切だと思いますね。大変なこともありますが、多忙期の波があることも良い張り合いになります。そうした日々の積み重ねこそ、女流棋士としての醍醐味だと思っています。

タイトル戦で地方に行く際には、対局後、帰る前の少しの時間で、その土地のご当地グルメを楽しんだり、温泉に立ち寄ったりすることもあります。そうした時間が良いリフレッシュになっています。

私は、対局中にいわゆる“ゾーン”に入るというか、その瞬間、将棋に完全に没頭する感覚があるんです。それは将棋以外では得られない特別な経験で、とてもやりがいを感じます。対局を戦い切った後の達成感や解放感も代えがたいもので、将棋の醍醐味のひとつですね。

女流棋士として戦ってきたからこそ経験できたことや、タイトルホルダーだからこそ声をかけていただけるお仕事や場所があります。そうした機会の素晴らしさを、これからタイトルを目指す人たちにも知ってもらえるよう、意識的に取り組んでいますね。女流棋士に夢を持ってもらえるように、私自身が豊かでありたいと思っています。

女流棋界の魅力を伝えることが、私にできる大切な仕事のひとつだと思っています。将棋に限らず、さまざまなことに挑戦しながら、将棋界を盛り上げていきたいですね。

私は、目の前の対局にひとつひとつ全力で向き合うタイプなので、この先どんな世界が広がっていくのかはまだ分かりませんが、これからも将棋を楽しく指していきたいです。楽しさを感じながら、長く第一線で活躍されている棋士の方々を目標に、私自身もそうなれるようにがんばりたいですね。

皆さんにとっても、挑戦することや変化を求めること自体が成長だと思います。その一方で、まとまった時間休んだり、小休止をとることにも勇気がいりますよね。でも、休むことも大切なこと。だからこそ、その時々の自分の決断を信じて、前に進んでほしいなと思います。