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2019.06.20
Written by BUSINESS INSIDER JAPAN ※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。
晩婚化が進む人生100年時代に、「介護」は20代や30代にとっても身近な問題になるかもしれない。
総務省が公表している統計によると、平成24年時点で過去5年間に介護離職した人は、48万7000人にのぼる。また、同資料によると介護をしている人のおよそ10人に一人は、40歳未満の現役世代だ。
「介護離職」をどう解決するのか、そして「介護負担をテクノロジーでどう軽減するか」。これは避けられない社会課題への挑戦といえる。
こうした介護現場の負担をIoT(インターネット・オブ・シングス/モノのインターネット)のセンサー技術で解決しようという動きがある。ヘルスケア事業に力を入れるリコーと、高精度なセンサー技術を持つミネベアミツミが実証検証を進める「ベッドセンサーシステム」だ。
ベッドのキャスター式の脚の下に敷いてあるのがベッドセンサーシステムの荷重センサー。こうした絨毯風の素材の上でも使える設計になっている。
ベッドセンサーシステムのデモ。画面上では、ベッドの端に寝ていることの注意表示のほか、参考体重や呼吸のリズムをもとにしたバイタルサインも表示される。
「ベッドセンサーシステム」のコア技術は、共同で事業開発するミネベアミツミが得意とする、高精度な荷重センサー(ロードセル)技術にある。その精度は分解能にして10万分の1。複数の特許も持つ世界に誇る独自技術である一方で、すでに業務用の秤や民生用の体重計など採用事例は数多く、非常に「成熟した技術」でもある。
この高精度荷重センサーの新たな応用例として、ミネベアミツミは2015年から、千葉大学大学院医学部の磯野史朗教授らとともに、ベッドに寝ている利用者の状態を高精度に推定する共同研究をはじめた。センサーをベッドの脚の下に取り付けるだけ、しかも対応ベッドの自由度も高いという画期的なものだ。研究から得られた成果は、次のようなものになる。
これらの研究成果の実用化目処が約2年という短期間で得られたことは、センサー技術とベッド上の利用者の状態推定の相性の良さを示している。
ミネベアミツミ側でベッドセンサープロジェクトを推進するの西村利明氏は、「ベッド上の大きな動きから、微小な動きまでを(精密に)測定できる。ここが既存技術との差別化要因だ」と語る。実際、「微小な動き」の検知精度は、技術的にはベッドで寝ている人の「脈にともなう体の動き」まで判別できるポテンシャルがあるという。
リコーのヘルスケア事業センターのリーダー宮澤利夫氏。ベッドセンサーシステムの狙いは「業務効率化」、そして「利用者の自立支援」が大事だと語る。
一方で、共同開発するリコーは、サーバー側の記録やデータ分析、そして商品化を担当する。リコーのヘルスケア事業センターのリーダー宮澤利夫氏は、この技術の狙いとして「介護施設側の業務効率化」や「利用者の自立支援」などを挙げる。
実用化にあたっての実証には、複数の介護施設などが参画している。介護施設は必ずしもテクノロジー運用に積極的とは限らない。
現場は、こうしたIoTの導入をどう見ているのか?
介護老人保健施設あすなろは、2017年8月ごろからベッドセンサーシステムの実証検証に協力している。
実証検証に協力する介護施設の1つ、介護老人保健施設あすなろ(神奈川県・横浜市)では、2017年8月ごろからベッドセンサーシステムを2床にテスト導入し、開発・実証をサポートしている。
ベッドセンサーシステムの感度やUI設計について相談をするリコージャパンの担当者(左)と、あすなろの介護係長の榊原彰氏。定期的に、文字通り膝を突き合わせて現場の意見を開発にフィードバックする。
あすなろで実証検証の責任者を務める事業統括課長の高松雅樹氏によると、「最近、介護の業界にもITが入ってきています。興味はありますが、実際に使ってみないと真価がわからないところもある。今回のシステムはいろいろな情報が取れる点に可能性を感じて、協力してみようと導入しました」と、実証参加を決めた理由を語る。
介護現場の「負担」として典型的なものは、夜間の対応だ。人手が薄くなる夜間は、1人の職員で20人程度を担当することになる。各室をまわったり、突然のナースコールに備えるのは当然として、施設入所者の行動や体調に変化がないか「察知」することも必要になる。もちろん、周囲の入居者を起こさずに。
あすなろで現場担当としてシステムを扱うのは介護係長の榊原彰氏。榊原氏が語る介護業務の説明の端々には、夜間を担当する介護職員の、とりわけ精神的負担に独特の圧力があることを感じさせる。
あすなろに試験導入されたベッドセンサーシステムの実物。センサーから出力した信号は、Wi-Fi経由でナースステーションに設置されたサーバー代わりのノートPCに集約される。
ベッドセンサーシステムのログデータ。バイタルサインから覚醒状態もわかる。覚醒してるかどうか、在床時間などを注意して見ているという(画面は開発中のもの)。
「センサーの導入」という意味では、介護現場は以前から導入は進んでいる。あすなろの現場担当として実証に協力する榊原氏によると、「入所者がベッドを離れたかどうかを知るための敷物式のフットセンサーやベッドの手すりのタッチセンサーを取り入れています。ほぼどの施設でも、何らかのアナログセンサーは導入しているはず」と言う。センサーでの見守りが必須なのは、入所者が起き上がるときや、ベッドを離れて歩き出すときには、常に転倒の可能性がつきまとうからだ。
一方で榊原氏は、センサーによる見守りの難しさも口にする。介護施設側は善意であったとしても、目に見えたり体に装着する必要のあるセンサーは、「行動を監視」されている印象がつきまとう。「センサーをつけられるのを嫌う利用者さんは少なくありません。たとえば、わざとフットセンサーをまたいで離床したり、ベッドの手すりをセンサーが付いていない部分を掴んで無理な姿勢で立ち上がったり」(榊原氏)。だから、“緊張感を感じさせるセンサー”なしに、危険な状況を未然に防げる技術には、確かな意味があるという。
榊原氏は、新たな導入機材となるベッドセンサーシステムのメリットとして、
という3つを挙げる。日々の業務では特に、入所者が起きたのかどうか(覚醒)を、よく見ているという。起き上がりたい、部屋から出たい、といった次の行動のサポートに備えるためだ。
現場向き機能の開発は、まさにリコーと介護施設との二人三脚だったという。誤報が起こらないような精度向上の試行錯誤のほか、機能追加要望もしている。
たとえば、離床したことを知らせるアラームのナースコール連動も、現場からのフィードバックをもとに実装したものだ。
介護施設では、ナースコールを軸にアクションをすることが多い。業務フローを変えず自然に導入していくという点で、ナースコール連動は必須だと榊原氏は言う。
ベッドセンサーシステムが入所者の離床などを検知すると、介護職員のPHSにナースコールが届く。この仕組みも現場からのフィードバックで実装された。
「(ベッドの状況を知ることは)現状はナースコールで十分。複雑な分析ツールまではまだ使いこなせません。一方で、データが残ることには意味があると感じてます。昼勤と夜勤スタッフが相互にしっかりと状況を伝えることができます。手書きの日誌や、口頭での申し送りでは、どうしても情報の粒度が粗くなります。“実際はどうなのか”というところが見えない場合がありました。それが解消されると期待しています」(榊原氏)。
また、長期間の記録が残ることで、数カ月単位の睡眠や活動状況の振り返りもできる。「たとえば、入所者のご家族が訪問された際に、介護ログをもとにした介護プラン提案や、生活ぶりの共有などもできるのでは」と榊原氏は期待する。
あすなろでは、6カ月あまりの実証を通じて、既存のアナログセンサーも併用して検証を続けてきた。それが2月に入り、アナログセンサーを外してベッドセンサーシステムだけの運用を検討しようという段階になってきたと言う。
介護老人保健施設あすなろ事業統括課長の高松雅樹氏(左)と介護係長の榊原彰氏。
「実証期間のなかで、バージョンが上がるごとに精度も改善されてきました。センサーの数は少ない方が入所者さんも職員も負担が減ります。(一部の人は)併用していた他のアナログセンサーも外せそうな感触があります」(榊原氏)
ミネベアミツミは千葉大とセンサーシステムの共同研究において、千葉大の医療施設で呼吸の回数、深さなどの測定にも取り組んでいる。たった4つのセンサーから取り込めるデータの活用範囲はまだ多くの可能性を持っているという。
リコーが目指す商品化の目処は2018年。
当面は介護施設での導入を前提に開発を進めるが、「成熟した技術」であることから、在宅介護にも活用できる水準の価格に抑えることも不可能ではないという。介護の負担を減らせれば、「介護離職」という社会問題も解消できるかもしれない。
リコーとミネベアミツミのチャレンジの先には、少子高齢化社会との共存というビジョンがみえる。
(文・末岡洋子、伊藤有 写真・長谷川朗)