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特別対談

「進化思考」太刀川英輔氏とリコーが考える、個人と企業のこれからの関係

デザインストラテジストの太刀川英輔氏(左)と、リコー人事部長の瀬戸まゆ子氏(右)

Written by BUSINESS INSIDER JAPAN ※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。

目次

著書『進化思考 生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(海士の風)において、創造性を発揮する仕組みを生物の進化になぞらえ、系統立てて説明してみせたデザインストラテジストの太刀川英輔氏。日本の大企業は自らをどのように捉え、どう進化していったらいいのか。「デザイナーは黒子であるべし」と黒の衣服をまとう太刀川氏と、「HRは企業の黒子的役割」と考えるリコーの人事部長の瀬戸まゆ子氏に、創造性やダイバーシティをテーマに語ってもらった。

自分と会社の結びつきを考え直すタイミング

コロナ禍により、ビジネスや生活は大きく変化しました。どんな変化に着目していますか?

太刀川英輔氏(以下、太刀川):ミクロやマクロでいろいろな変化がありました。特に、私たちが活動を止めたことで生態系が回復するという実例が見られたのは大きい。人間活動で消費しているあらゆる資源は地球環境に依存していて、私たちは自然が提供してくれる価値を一方的に搾取してきました。だが、それは持続可能な資源なのか。私たちは文明を作り発展させていくだけでなく、そこから引き揚げていくという価値観にも向き合わなくてはならなくなっています。今のままでは持続不可能である事実を見せつけられ、変化せざるを得ない状況に来ていますね。

瀬戸まゆ子氏(以下、瀬戸):コロナ禍ではテレワークなどがより進み、働き方はもちろん、「自分にとって何が一番大切か」を改めて考える機会となりました。自宅にいる時間が長くなり、個人と企業の関係が希薄であると気付いた人も多いのでは?「一番大事なものを考えたとき、そこに会社がなかった」としてもそれは企業にとってがっかりすることではなく、それはむしろ健全なことだと捉えています。

太刀川:私は感染症対策のボランティアプロジェクトを展開しています。その中には、300名ほどの編集者や記者も参加してくれて、無償で情報発信をしてくれています。自分がやるべきこと、つまりパーパスあるライフワークに対しては、お金を受け取らずとも動けるんですよね。一方で、自分のパーパスと企業の結び付きが不明瞭なままだと「ライスワーク」になってしまう。一番大切なものとしての位置付けの中に企業がなかったとしても、パーパスという結び付きを見つけることはできるのではないでしょうか。

瀬戸:広い意味での報酬を考えると、企業は従業員に対し、金銭や自己実現の機会、肩書などを提供することはできます。ただ、個人としてはやりがいや働き甲斐といった、お金ではないところ、つまり、会社から与えられるものではないところもほしい。それを個々人が自分で作っていくスキルを身に付けなくてはならないと思います。

個人と企業を結びつける力とは?

太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)

NOSIGNER 代表。進化思考提唱者。デザインストラテジスト。希望ある未来をデザインし、創造性教育の更新を目指す。産学官のさまざまなセクターの中に変革者を育むため、生物の進化という自然現象から創造性の本質を学ぶ「進化思考」を提唱し、創造的な教育を普及させる活動を続ける。プロダクト、グラフィック、建築などの高いデザインの表現力を活かし、SDGs、次世代エネルギー、地域活性などを扱う数々のプロジェクトで総合的な戦略を描く。グッドデザイン賞金賞、アジアデザイン賞大賞他、国内外を問わず100以上のデザイン賞を受賞し、DFAA(Design for Asia Awards)、WAF(World Architecture Festival)、グッドデザイン賞等の審査委員を歴任。主なプロジェクトに、OLIVE、東京防災、PANDAID、山本山、横浜DeNAベイスターズ、YOXO、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。

太刀川: 「企業は何のためにあるか」という問いかけは有効です。なぜなら、そもそもあらゆる企業が理念と共に始まったはずだから。今ある大企業が勃興した時代は、社会的役割が明確にあるんです。例えば社会が戦後の傷みから回復するために、それを求めていた。だから立派な企業の創業者の言葉は、社会や自然とのつながりに満ちています。
でもそれが常態化していくと企業のパーパスは忘れられ、なぜその企業が存在するのかという「WHY」が薄れていきます。現代のように変化の早い時代には、WHYを再確認してリフレーミングしなければならないでしょう。個人、社会、企業、それぞれのパーパスの関わりやつながりに納得できると、自分の行動を無力とは感じなくなったり、自身が大きな流れに加わっているという実感が得られたりします。

瀬戸:「WHY」を見つけるのは個人ですか? それとも会社がWHYを定義するのでしょうか?

太刀川:自分で見つけるのもいいし、会社が機会を提供するのもいいのでは。例えば、リコーという企業が、創業からここまでチャレンジし、発展した理由を時系列で詳らかにしていく。歴史的な系譜を辿るのは、過去からの大いなる創造の文脈が遺伝して、現在の新しい創造が生まれているからです。これは、私が著書の中で書いた「系統学」の手法とも言えます。創業期のWHYと繋がる事業WHATを理解していくプロセスがあれば、個人の力で気付けるかもしれない。そのとき気付けなくとも、同じやり方で探求を続けられます。それは、機会を提供しないと起こりにくいのではないでしょうか。

太刀川氏の著書『進化思考』(海士の風、2021年)は生物学者・経済学者らが選ぶ日本を代表する学術賞「山本七平賞」を受賞。

瀬戸:社員がWHYを定義するとすると、そのプロセスからは何が出てくるかわからないので、企業としては正直、躊躇するところはあると思います。

太刀川:経営者がWHYを探求するか、見ないようにするか——その判断によって透けて見える部分もリスクとしてありますよね。石油メジャー企業であるロイヤル・ダッチ・シェルは、起こりうる未来を解説する「シナリオ・プランニング」の専門部隊を持っています。未来において自分たちの事業を否定する時期が来る——とあらかじめ考えておく。それによって行動がずいぶん変わるでしょうね。

瀬戸:過去のつながりで今日があり、今日のつながりで明日がある。でも、今見ている明日は、本当の明日ではないかもしれないとすると、必要なのはリフレーミング/再定義というより、リクリエイション/再創造では?つまり、WHYを作り直すということかも?

太刀川:パーパスに立ち戻ると、例えばリコーさんの場合、カラーコピーを必要とする理由と、ネット上で情報を必要とする理由はあまり変わりません。「複合機を売る」はHOWに過ぎないですよね。「なぜ普及させるべきなのか」と考えると、「情報が社会にどのように行き渡ってほしかったのか」という問いが生まれ、変わらないパーパスにつながっていきます。

瀬戸:なるほど。WHYは変わらないけど、HOWは変わるから、「リフレーミング」なんですね。

進化に変異は不可欠

瀬戸まゆ子(せと・まゆこ)

リコー コーポレート上席執行役員。CHRO 人事部部⾧。日本の大学を卒業後、米国マサチューセッツ州の大学にて臨床心理学を学び、卒業後は州内のクリニック・病院で勤務。2000年にキャリアチェンジし、米国製薬会社の日本支社から会社員としてのキャリアをスタートする。その後、外資系金融会社や日本社での人事経験を経て、2020年4月にリコーに入社。アジアとヨーロッパで働いた経験もある。

企業が変化し、進化していくために、ダイバーシティはどのように関連していくと思われますか?

瀬戸:太刀川さんの著書『進化思考』では、「変異によって外れ値を作りそれを社会へ適応させていく進化の過程」と「創造性」の共通点を記していました。企業がダイバーシティによる外れ値を期待した場合、ポイントとなるのは「適応」だと思うのですが、企業はどうしても費用対効果や「WHAT」の達成、評価や報酬について、短い期間で判断しなくてはなりません。「良い適応」と「悪い適応」があるのでしょうか?

太刀川:深い問いかけですね…。私は著書の中で「創造も生物と同じように、状況に『適応』することで価値を発揮し、時代に生き残る」という趣旨のことを書きました。適応を確かめるには、内部(解剖)と外部(生態)、過去(系統)と未来(予測)という4つに分けて捉えます。「良い適応」を考える際には、この4つを等価に見ることが大事だと思います。特にこれまでの事業は、解剖的な効率化と市場という部分的な生態に偏りがちだったので。

解剖:内部の構造を観るための観点。形態学・解剖生理学・発生学的な観点で、内部に秘められた機能や作られかたを理解することで、モノがすでに備えている可能性を発見する。
系統:過去からの影響や文脈を観るための観点。そのものがどんな経緯を辿って、どう進化を遂げてきたか。その進化図を描き、過去から私たちがどう影響を受けたのかを探る。
生態:外部との関係を創造する観点。動物行動学で生態系を俯瞰する方法によって、周囲の人やものの関係性を探り、マクロなシステムとしての構造を発見する。
予測:未来を明確かつ希望あるものとして創造するための観点。データから導き出すフォアキャストと、未来にゴールを設定するバックキャストによって、未来を現実に近づける。

(太刀川英輔『進化思考——生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」 (海士の風)』210ページより抜粋)

瀬戸:よく「女性の割合を増やすとクリエイティビティが何パーセント上がる」など、効果を正当化の理由としてダイバーシティを進めようとする説明を耳にしますが、私はこれが好きではないんです。「数字的な効果がなければ、今のままでいい」とも捉えられるから。女性の割合が増えることで生産性が下がるとしても、本来やらなきゃいけないことなんだと思います。短期的に悪い適応であっても、長期的には良い適応になることもあるだろうし、その文脈での効果があるから良い適応というのでもかならずしもないというのか。

太刀川:先ほどの4つの適応と対をなすものとして「変異」という考え方があります。ダイバーシティは平等の問題というよりも、自分たちの中に適切な偶発性を飼うことの価値があります。変異による進化のスタートラインに立てると言える。女性を雇ったり、別の意見を取り入れたりするのは一見コストのようですが、長期的にはそうしないと社会の変化と自社内の変化のバランスが崩れて生き残れない。
昔は環境対応がコストでしたが、今は投資を受ける好材料になっています。生態学的に言えば、自分たちを社会で求められている企業像に近づけ、企業を社会の相似形にしていく必要があるでしょう。

今回の対談は「RICOH 3L」で実施した。リコーグループゆかりの地にある大森会館を全面的にリファインして生まれた、チームの創造性を加速させる実践型研究所だ。

ダイバーシティにより変異を起こし、4つの適応を等価に扱って選択することが必要なのですね。最後に、お2人のこれからのビジョンや、チャレンジを教えてください。

太刀川:今のままでは持続不可能という社会の道筋が見えている中で、デザインの視点を使って社会が抱えるさまざまな課題を解決していきたい。デザインを提案したり、仕組みを作ったりと関わり方はいろいろですが、それらをつないでいくと、新しい社会像が少しずつ見えてくると考えています。それにより、今より少しでも良い社会モデルをみんなで実現する世界になったらいいなと思います。
そのためには一人ひとりが創造性を発揮していかなくてはいけないので、その方法を学べるようにしたり、実践ケースを作ったりして、たくさんの「変えられる人」を作っていこうとしています。

瀬戸:太刀川さんのおっしゃるように、企業としては、会社と自分のWHYを考えるための場を設けたほうがいいでしょうね。外れ値や偶発性を大いに許容する。それをどこまで積極的にやるか、今日の持ち帰り事項です。
私個人としては、会社と一個人の関係にこだわりがあり、いかに対等にしていくのかが、ライフテーマ。対等にはいくつものやり方があり、そもそも両者を同じモノサシで図ることすらしないというのも、選択肢としてある。でも、もし同じモノサシで対等を成し遂げるとしたら……? その仕組みを考え続けていきたいです。

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