企業の生産性や競争力を強化するためのツールとして、「生成AI」が注目されています。イラストや画像の生成AI、音声の生成AI、動画の生成AIなどさまざまな種類が登場していますが、その中でも近年とくに関心を寄せられているのが「LLM(大規模言語モデル)」です。
LLMは専門性が高く、高度なもの・難しいものとして捉えられることが多いかもしれません。しかし、生成AIのビジネス活用を検討しているなら、大枠を正しく理解しておく必要があるでしょう。本記事では、LLMの基本的な仕組みや特徴、どういった用途に活用できるのかを解説するとともに、混同されがちな生成AIやLMM(大規模マルチモーダルモデル)との違いについても分かりやすく説明します。
LLMは「Large Language Model」の略称で、日本語では「大規模言語モデル」とも呼ばれます。ディープラーニング(深層学習)によって膨大なテキストデータを学習し言語処理を行うAIモデルを指し、文章生成をはじめさまざまな用途に活用されています。
ChatGPTなどの生成AIを使えば人間を相手にしているように会話することが可能ですが、この自然に近いコミュニケーションを実現するには、中核技術であるLLMが欠かせません。
なお、AI(人工知能)については以下の記事でも詳しく解説しています。こちらもご覧ください。
LLMは、大量のテキストデータから言語のパターンを学習します。このプロセスは、以下のようなステップを経て実行されます。
書籍、Webページ、ニュース記事などの膨大なソースからテキストデータを収集します。収集したデータは、LLMが言語の文法や文脈を学習する材料となります。
収集したデータを機械が扱いやすい形に変換・整形します。不要な情報の削除やデータのトークン化(固有名詞や単語、数字、記号、句読点などの最小単位に分割すること)などが行われます。
深層学習(ディープラーニング)を用いて、変換・整形された膨大なデータから言語のルールや文脈のパターンなどの「人間が認識できる自然な表現」を学習していきます。
LLMの深層学習モデルは、「Transformer」というアーキテクチャが基盤となっています。
「Transformer」はエンコーダ型、デコーダ型、エンコーダ・デコーダ型の3つに分類されます。それぞれ適したタスクは異なるため、それぞれのモデルの特徴を押さえておきましょう。
エンコーダ型は、入力されたデータを深く理解することに特化したモデルです。たとえば、メールボックス内でスパムメールの判定を行ったり、文章の表現や文脈から感情分析を行ったりする際に多く用いられます。
デコーダ型は、テキストの生成や会話の生成など、出力の生成に特化したモデルです。人間と自然な会話ができる対話型のシステムや、オリジナルの詩や小説の生成などにも用いられます。
エンコーダ・デコーダ型は、入力された文章をエンコードして文脈を理解し、それに対してテキスト回答を生成する仕組みのモデルです。翻訳や文章の要約といったタスクに用いられることが多くあります。
LLMと混同されやすいものに、「生成AI」や「LMM」などがあります。これらの概要と、LLMとの違いについて整理しておきましょう。
生成AIは、独自コンテンツの生成を目的としたAIモデルです。イラスト、画像、音声、音楽、動画など、さまざまなコンテンツを作成できるAIが登場しています。
LLMは生成AIの一種で、言語処理に特化したAIモデルです。どちらも文章を自動生成する機能を備えていますが、LLMでイラスト、画像、音声、音楽、動画などを作成することはできません。
LMM(Large Multimodal Model)は、テキストに加えて画像や動画などの複数のデータ形式を扱えるAIモデルです。日本語では「大規模マルチモーダルモデル」と呼ばれています。LLMがテキストに特化しているのに対し、LMMは一つのプロンプトから複数のアウトプットを出すことができ、テキスト以外のコンテンツも統合的に扱える点が特徴です。
LMMにできる主な作業には、以下のようなものがあります。
LMMは開発途上ではあるものの、AIにおいて現時点で最も新しい技術であり、今後より人間に近いマルチタスク能力を身に付けて実行する役割が期待されます。
LLM | 生成AI | LMM | |
---|---|---|---|
範囲 | テキストのみ | テキスト、画像、音声など生成AIごとに扱う対象が異なる | 一つのプロンプトからさまざまなアウトプットを出せる |
応用例 | 文書生成、翻訳、要約など | 文書生成、画像生成、音声生成など | テキスト指示による翻訳や要約、画像・動画生成など |
LLMをビジネスに活用していくためには、まずその特性を正しく理解しておくことが重要です。LLMは具体的にどのようなタスクを得意とし、また苦手としているのかをそれぞれ解説します。
LLMが得意なタスクの代表例は以下の通りです。
数千字におよぶ長文の記事やレポート、メールの本文などを数行のポイントにまとめることができます。また、箇条書きや表組みなどのように要約の形式を指定したり、「◯◯文字以内で」のように要約の文量を調整したりすることも可能であり、これにより情報収集にかかる時間の節約や正確な情報整理に貢献できます。
多言語翻訳もLLMの得意分野です。従来のような機械的な翻訳システムの場合、不自然な文章になったり誤ったニュアンスで表現されたりすることもありますが、LLMを活用すれば文脈やニュアンスを考慮した自然な表現で翻訳を行えます。また、「~です」「~ます」といった丁寧な表現以外に、友達の会話のようなフランクな表現で翻訳することもできます。
文章の中に誤った文法やスペルミスがあった場合、それを自動で検出し修正案を提示することができます。また、文章の流れの中で不自然な表現や言い回しがあった場合にも、それを改善する提案を出すことが可能です。LLMを校正に活用すればフォーマルな表現の文章を容易に作成できるため、顧客や取引先、市場などに対して不快感を与える心配もなくなるでしょう。
指定されたデータや情報をもとに、論理的で分かりやすいレポートを生成することも得意です。研究結果のまとめはもちろん、時間をかけずに会議の発言をテキスト化して議事録としてまとめてくれます。
膨大な専門知識やデータ、情報をLLMに学習させておけば、幅広い質問に対する回答を出力することもできます。大量にあるFAQのデータを学習させてAIチャットシステムを構築すれば、さまざまな質問に合わせて正確かつスピーディーな回答を提供してくれるでしょう。
LLMはプログラミングの支援として要件に基づいたコード生成も可能です。本来、プログラミングは高度な専門知識やスキルが不可欠ですが、LLMを活用すれば日本語で具体的な指示を出すだけで必要なコードを書き出すことができます。なお、コード生成に特化した生成AIも登場しており、開発部門の負担軽減と生産性向上が期待できます。
上記とは反対に、LLMが苦手な分野・領域もご紹介します。
LLMはあらかじめ学習済みのデータをもとに回答を生成します。最新の出来事や直近の情報などのように、学習範囲外の内容については正確に回答できない恐れがあります。当日のニュースの情報を取得して要約したり、スポーツなどのリアルタイム動向を確認したりといったタスクには不向きです。
LLMはデータに基づいて論理的な回答を生成しますが、人間の感情や倫理観を適切に理解・判断することは苦手な傾向にあります。たとえば、直接的な言い回しを避けるべきデリケートな問題に対してストレートな表現を用いたり、不適切なトーンやニュアンスで回答したりするリスクもあります。
LLMは幅広い知識や情報をカバーしますが、特定分野の深い専門知識が求められる場合においては不正確な回答がなされたり、表面的な回答になったりすることもあります。カルテや検査データなどをもとに診療方針を立てる、弁護士のような法律相談を行う、といった場合にはリスクが大きく、専門家による判断やサポートが不可欠です。
LLMの特性を正しく理解したうえで、ビジネス活用の選択肢を考える必要があります。以下で、具体的なビジネス活用の一例を紹介します。
24時間365日、人力だけで適切なカスタマーサポートを行うのは困難です。LLMを活用したカスタマーサポートチャットボットを導入すれば、作成したシナリオやルールベースに合わせて顧客対応を自動化することが可能。「カスタマーからの主な問い合わせ内容」をもとに想定質問と回答を学習させることで、相手を待たせることなく、的確な回答を提供できます。
取材内容や商談内容、会議などの議事録、報告書などを手作業で作成するとなると、ミーティングの何倍も時間がかかることがあります。膨大なデータをインプットしたLLMなら、文章の生成だけでなく要約にも活用可能。単語を正しく理解し、自然な順番で文章をまとめてくれます。業務上頻繁に発生するメールなどの文章作成や多言語翻訳も効率化できるため、作業負担の軽減につながります。
ユーザーにとって分かりやすく、かつ商品の魅力が一言で伝わるようなプロモーション用のキャッチコピーを考案するには、多くの時間を要することがあります。LLMを活用することで、いくつかの候補を短時間で出すことが可能です。
また、製造現場において業務の属人化防止や品質の維持に役立つマニュアルや手順書の作成にも有効です。あらかじめ作業の手順や方法、ポイントをピックアップしておけば、LLMによって簡単に資料化できます。
複雑なデータ分析・解析もLLMに任せることができます。一例として、膨大な従業員データから自社の特徴やハイパフォーマーの傾向を見つけたり、キャンペーンの結果から考察を導いてプロモーションの方法を最適化したりすることも可能です。LLMによって、分析からデータの加工、レポーティングまで、データ分析のプロセス全体の作業負担を大きく削減できるでしょう。
リコーは1990年代にAI開発をスタート、2015年からは画像認識技術を活かした深層学習AIの開発を進め、外観検査、振動モニタリングなどに適用してきました。2020年からは自然言語処理技術を活用し、オフィス内の文書やコールセンターに届いた顧客の声(VOC)などを分析して業務効率化や顧客対応に活かす「仕事のAI」の提供を開始しています。
2022年からはいち早く大規模言語モデル(LLM)の研究・開発に着目し、2023年3月にはリコー独自のLLMを発表。その後も、700億パラメータの大規模でありながらオンプレミスでも導入可能なLLM(日・英・中の3言語に対応)を開発するなど、お客様のご要望に応じて提供できるさまざまなAIの基盤開発を行っています。また画像認識、自然言語処理に加え、音声認識AIに関しても研究開発を進め、音声対話機能を持つAIエージェントの提供も開始しました。
リコーのAIに関する取り組み・サービスは、以下でも詳しく紹介しています。自社にとって最適なAIを検討したいという方は、ぜひご覧ください。
東京大学 博士(工学)。現在は埼玉学園大学経済経営学部で教授を務めるかたわら、企業の業務効率化に対する支援を行っている。約10年間にわたってAI活用による業務効率化を研究しており、2023年にはこれまでの研究から『「生成AIによる活用による業務改革」-ChatGPTやBardを活用した業務効率化-』を上梓。