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バイオメディカル
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リコーフューチャーズBU
エリクサジェン・サイエンティフィック・ジャパン
RNA-CDMO事業部

渡邊 和紀 / 川島 優大

新型コロナウイルスのワクチンとして注目されているのが、人体で「タンパク質の設計図」の役割を担う「mRNA(メッセンジャーRNA)」医薬。現在、mRNAを人工的に合成し、体内に投与することで、病気の予防や治療につなげようと研究開発が盛り上がりを見せている。2023年にはこの開発に貢献し、多くの人命を救った科学者たちに「ノーベル生理学・医学賞」も贈られた(※)。

リコーのバイオメディカル事業もmRNAを活用した製造受託事業に本腰を入れようとしている。2022年5月にはmRNAの国内製造を初めて可能にしたエリクサジェン・サイエンティフィック(以下、eSci社)を2022年に子会社化し、リコーの人材や知見、ノウハウを同社に提供しながら、事業の拡大を図ってきた。その結果、同年10月には経済産業省の「ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業」に採択され、今後は国内のワクチン製造体制の強化に大きく貢献していくことになる。

このような急成長を遂げ、社会からの評価を受けたmRNA製造事業立ち上げの裏側には、どのようなストーリーがあったのだろうか。リコーからeSci社に出向し、mRNA製造の最前線に立つ、渡邊和紀と川島優大と、彼らを迎え入れたeSci社の同僚・向田沙織、徳炭由美子に話を聞いた。

※2023年のノーベル生理学・医学賞は、ドイツのバイオ企業ビオンテック顧問のカタリン・カリコ氏と、アメリカのペンシルベニア大学のドリュー・ワイスマン教授が受賞

なぜリコーがmRNAを製造しようと考えたのか?

Q.:そもそもmRNA医薬にはどのような特徴と可能性があるのでしょうか?

川島:まずmRNAとは、「メッセンジャー」という名前がついているとおり、人体に欠かせないタンパク質の設計情報をDNA(遺伝子)から写し取り、細胞核の外にある細胞質へと運んでタンパク質をつくらせる分子です。

人間が病気と闘うための免疫反応は、「抗原」というタンパク質が引き起こしています。この人体のメカニズムを利用し、人工的に作り出したmRNAを体内に投与して病気と闘うタンパク質をつくらせ、治療や予防に役立てようというのがmRNA医薬です。

渡邊:新型コロナウイルスワクチンによって、mRNA医薬が大いに役立つことが証明されました。それを受けて、以前から研究されていたmRNAによるワクチン・医薬品開発が活発化しているのです。

徳炭:少し補足すると、mRNAの特長を発揮できるのであれば、さまざまな病気の治療薬やワクチンに対応することが可能です。

新型コロナウイルスだけでなく、一部のがんやHIV、心血管疾患、神経系の治療などに活用すべく、研究開発や臨床試験が進められています。mRNAはスピード感を持った新薬・新ワクチンの開発ができるため、今後もさまざまな薬やワクチンでの活用が期待されています。

インタビューの様子
左から川島優大、渡邊和紀、向田沙織(eSci社)、徳炭由美子(eSci社)

Q.:mRNAをリコーが製造しようと考えたのはなぜだったのでしょう?

川島:mRNAは大きな可能性を秘めている物質である一方、非常に壊れやすい性質で、簡単には製造できないという課題がありました。加えて、日本にはこれまでmRNAの製造拠点がなく、海外からの輸入に頼っていたのです。

そこで技術を持つリコーが医薬品メーカーなどに代わってmRNAの製造を担い、原料として納品できれば大きなメリットになると考え、アジア・パシフィック地域で初めてmRNA医薬品の医薬品受託製造を手がけたeSci社と連携を強化しました。

渡邊:2022年5月より、リコーはeSci社を子会社化し、私と川島はリコーから出向というかたちでeSci社に所属しています。現在は私たち以外にもリコーの従業員が出向し、精密機器メーカーの知見やノウハウをeSci社に提供しています。

mRNAを国内で製造できるようになれば、新型コロナウイルスワクチンが登場したころに日本政府が海外の製薬会社に対して行なったようなワクチンの輸入交渉も不要となります。それによって、将来的に未知の感染症が流行した際も、国内単独でワクチンや治療薬の開発を進められるようになります。

渡邊和紀

業界の後発組でも、既存事業のノウハウを生かして挽回

Q:mRNAの事業もそうですが、そもそもリコーがバイオメディカル事業に取り組んでいることを初めて知る人も多いかも知れません。事業を成長させるために、どのような努力を続けてきたのでしょう?

渡邊:リコーのバイオメディカル事業はほかの企業と比較すると後発でスタートしています。学会や展示会に参加しながら、地道な活動を積み重ねて、今日までたどり着くことができたと感じます。こうした努力のおかげで、経産省の補助金に採択されたり(※)、社内表彰もいただいたりすることができました。

川島:バイオメディカル事業は、もともとインクジェット技術を応用したバイオプリンティング事業からスタートしました。その事業で構築した大学・研究機関との関係性やメリットなどを活かしながら、一つひとつの積み重ねのうえに現在の事業を成功させていると感じています。

※参考記事【経済産業省の「ワクチン生産体制強化のためのバイオ医薬品製造拠点等整備事業」にリコーおよびエリクサジェン・サイエンティフィック・ジャパンの提案が採択】を読む

川島優大

Q:従来のリコーの強みはどのような部分に発揮されているのですか?

渡邊:mRNAは分解しやすい分子のため扱いが難しく、医薬品に使うためには高い純度の製品が求められます。製品の繊細な取り扱いの部分などで、精密機器メーカーとして長年培ってきた経験やノウハウが活きているように思います。

川島:リコーの組織規模や組織力といった面も、この事業に活かすことができていると感じています。eSci社はスタートアップですから、自社だけでmRNA原薬のCDMOを事業化しようとしても、資金や人材といったリソース面で限界があります。その部分をリコーが人材の出向などによって支援することで、より迅速に事業として立ち上げることができたのではないかと思います。

ゼロベースから一点突破で事業化。社内メンバーの密な連携が事業拡大の鍵

Q:このプロジェクトで苦労したことは、何かありましたか?

川島:この事業は人材も設備も何もないところから始まったため、事業の立ち上げ期が最も苦労した部分だと思います。それでも迅速に事業化し、日本初のmRNA製造拠点を設置できたのは、スタートアップが拡大していくときと同じように、一点突破でこの事業だけに集中して少数精鋭のチームでPDCAサイクルを速く回してきたからです。

渡邊:私もやりたい事業に対して人的リソースが不足しているという点は、かなり苦労を感じた部分でした。mRNAを用いた医薬品開発は、現在急成長している分野ですから、リソース不足といえど、事業拡大のためには他社に遅れをとるわけにはいきません。

人手が足りないのなら、eSci社の全員が協力してカバーするほかない。そこで、部署もリコーからの出向かどうかも関係なく、全社員が連携して、時間のロスなく業務を進められるよう密なコミュニケーションを行なう体制が構築されています。

徳炭:渡邊さんのお話のとおりで、社内では日々活発なコミュニケーションが行なわれています。おかげさまで2023年3月ごろから、私たちへのmRNAの製造依頼がどんどんと増えており、本当に無駄な時間を使うことなく次々と業務を進めなければならない状況となっています。

そうしたなかで、手の空いた人が業務の進捗状況を確認してフォローに入るなど、全員が柔軟に動きながら、mRNAの製造から納品までを手がけています。

徳炭由美子(eSci社)

スタートアップで経験しているスピード感をリコーに持ち帰って活かしたい

Q:渡邊さんと川島さんは、リコーからの出向で現在の業務に従事されています。業務のやりがいや、出向によって成長できたと感じる部分は、何かありますか?

渡邊:私にとっては、社会的意義の大きな事業に携われているという実感が仕事のやりがいにつながっています。また、eSci社はスタートアップのため、自分の手がけた仕事が目に見えて売上などの数字に直結するのですね。そのような数字から、会社を支える仕事ができていると感じられる点も、おもしろさを感じています。

成長できた部分でいえば、自分の仕事に自信が持てるようになりました。リコーではこれまでずっと同じ部署で仕事をしていたため、ほかで通用するスキルがついているのか不安があったんです。

トライアンドエラーを高速で繰り返し、自分の出した意見が会社の成果に結びついていく。スタートアップならではの大変さはありますが、その大変さにも勝るような貴重な経験を積むことができているように思います。

川島:一つの事業が立ち上がる過程に携われているというのは、大きなやりがいです。資金繰りも含めた意思決定の部分にも立ち会うことで、自分のなかでビジネス的な嗅覚が育ってきたことは、eSci社での業務を経験して成長できたポイントだと思います。

eSci社での業務の様子
eSci社での業務の様子
無菌充填作業の様子
無菌充填作業

Q:eSci社の徳炭さんと向田さんは、リコーから出向している2人について、仕事ぶりなどをどう感じていますか?

向田:お二人とも入社してからすぐに会社になじみ、即戦力として活躍してくださっています。私と徳炭はもともとバイオロジーを専門としてきた人間なのですが、渡邊さんも川島さんも大学時代は化学を学んできた方のため、持っている知見のベースが私たちとは異なっています。

だからこそ、私たちでは気づかなかったような新しいものの見方を提示してくれる。社内に新たな刺激と意見をもたらしてくださる2人だなと感じています。

向田沙織(eSci社)
eSci社の外観
eSci社は日本最大級のヘルスイノベーションの研究施設「湘南ヘルスイノベーションパーク(通称:湘南アイパーク)」に入居している。製薬企業をはじめ、次世代医療、AI、ベンチャーキャピタル、行政など、幅広い業種や規模の産官学が結集する施設で勤務できるのも魅力の一つ

Q:渡邊さんと川島さんは、今後リコーに戻った際、出向経験をどのように活かしていきたいですか?

川島:意思決定やレスポンスのスピード感を、リコーに持ち帰って活かしていきたいです。

渡邊:私も同じで、業務を行なううえでのスピード感をリコー社内の制度改善などに活かしていけたらと思っています。また、リコーで新規事業開発を行なう際は、eSci社での経験が大きく役立つはずです。新規事業に携わることがあれば、今回経験した事業化に向けた動き方やコミュニケーションの取り方などを活かせたらと思います。

Q:最後に、今回の事業におけるお2人の目標や展望をお聞かせください。

川島:近い将来、mRNAの大規模製造を実現したいと考えています。また、mRNAを使うことで薬に新しい機能を持たせることも可能になります。そうした新しい薬の開発などにつなげることができるよう、目の前の業務を着実に仕上げていきたいと思っています。

渡邊:私は現在携わっているコスト削減をいち早く実現し、mRNAの製造コストを下げることで、より多くの生活者にmRNAを使ったワクチンや医薬品を届けられる未来をつくりたいと思っています。また、mRNAの「壊れやすい」という特徴を克服できるような新技術も開発を成功させたいです。目指す未来に向けて、私も目の前の仕事にひとつひとつ向き合っていきたいと思います。

インタビュー後の集合写真

※インタビュー内容や社員の所属は取材当時(2023年10月)のものです。

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