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1枚のTシャツから考える、世界の水問題 迫りつつある「水不足」を、水を使わない印刷技術から考える

Written by Ys and Partners ※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。

私たちの身の回りにあるものは、大量の水を使って作られている。例えば、あなたが着ている白いTシャツ1枚だけで、2900リットルもの水が使われている。これは実に、バスタブ約15杯分に相当する量である。そのTシャツに色を着けたり、プリントを施したりすると、さらに多くの水が必要となる。

そして世界では、1年間に約20億枚ものTシャツが作られていると言う――。

身近に迫りつつある世界の水不足

「2050年には、10人に4人が水を得られなくなります。」そう語るのは、“水”ジャーナリストとして活躍する、橋本淳司氏だ。

橋本氏は、水の問題とその解決方法を調査し、メディアでの発信や、国・自治体への水政策の提言などを行っている、国内の水の第一人者である。非常勤講師として大学での講義や、子どもや一般市民を対象とした講演活動なども行っており、水のリテラシー教育にも力を入れている。

日本人の水への危機感は、海外と比べてとても低い。全く問題がないようにさえ感じる。しかし実際は、自国だけでまかなえるほどの水は日本国内にはなく、海外からの輸入に頼っている状態であると言う。日本は食料の多くを海外からの輸入に依存しており、それは生産地の水を輸入していることでもあるからだ。世界的な水需要の高まりや温暖化の影響などによって、将来的に生産地が水不足になると、現在のように食料を輸入するのが難しくなる可能性もある。

2018年の記録的な豪雨により、国内でも水不足の問題がニュースになった。豪雨被害の発生した地域では水道インフラが被害を受けて断水が続き、また東日本では雨が降らず渇水傾向にあった。 このように実際に身近な問題として直面しないと、人々はなかなか危機感を持てない。

橋本淳司氏の写真

今回のインタビューに応じてくださった、水ジャーナリストの橋本淳司氏

ガンジス川に人権を

「聖なる川」としてインド人の生活と心の両方を支えるガンジス川。しかしその汚染は酷く、水質は非常に悪い。水道インフラが整っている地域はまだ都市部に限られるため、そのガンジス川の水を飲料水として利用せざるをえない地域もある。感染症にかかり、命を落とす子どももいるのだ。

ガンジス川を汚染から守りたい。そう願う住民たちの懇願により、2017年3月に、ガンジス川に「生きている存在」として人権を認める判決が出た。もの言えぬ川も、人間と同じように侵されず、健康であることの権利を認めたのだ。しかし同年7月に、最高裁によってこの判決は無効とされてしまう。

「テキスタイル産業によって、インドの水の問題は日々深刻化しています。」インドでも水問題の調査や雨水の有効活用などのプロジェクトに取り組む橋本氏は、現地でその惨状を目の当たりにしてきた。

インドはテキスタイル産業で世界第二位の生産量を誇っている。国としても雇用創出や経済発展の大きな柱となる産業であり、海外アパレル企業の工場を積極的に誘致してきた。しかしその結果、綿花の大量栽培により水を大量に使い、また工場での製造工程で排出された化学物質や汚水が、川や地下水に流されることで、深刻な水不足と水質汚染に見舞われている。インドに住む人々は、自分たちではなく海外の人々が使う衣料のために、その生活が脅かされているのだ。

ガンジス川で沐浴するインドの人々

消えたアラル海

カザフスタンとウズベキスタンにまたがるアラル海。かつて世界第四位の湖畔面積を誇る広大な湖だったが、現在では消滅したと言われるほどに、その面積が縮小してしまっている。経済政策のためにテキスタイル産業に力を入れ、周辺で大量の綿花栽培を行ったことにより、湖の水が干上がってしまったのだ。

水がなくなることでその地域の環境や生態系が変わる。結果的にそれが異常気象につながる可能性もある。そして周辺に住む人々は、以前と同じ生活を送ることが難しくなっていく。

水問題に対するアパレル企業の取り組み

このようなテキスタイル産業がもたらす環境破壊が明らかになってきたことを背景に、アパレル企業の中でも水問題に取り組む企業が出てきた。製造工程で改善を重ね、水の使用量を大幅に減らすことに成功した商品も発表されている。

水への危機感が低い日本では、アパレル企業が「水を使わない」と謳う広告をほとんど見かけない。しかし世界では、「水を使わない」「環境に優しい」ということが、おしゃれを選ぶ際の判断基準の一つとして浸透し始めている。また、世界の投資家たちの間でも、企業の水や気候変動のリスクに対してのスタンスや取り組みが、投資における判断材料にもなってきている。

水を使わない印刷技術

印刷をコア技術に持つリコーは、その適応範囲をオフィスの中だけに留めず、衣食住の様々な分野に展開している。その1つとして「ガーメントプリンティング」という技術がある。水を使わずに綿製品への印刷ができるというものだ。

従来の印刷技術は、スクリーン版の作成やインクの調合などといった事前の準備に多くのエネルギーや材料を使い、また染色工程の中では色の定着や乾燥、洗浄などに多くの水を使う必要がある。さらに大量の有害物質や排水が発生してしまうため、環境負荷が非常に高い。しかしガーメントプリンティングは、デジタルの技術を活用することにより、工程の大幅な短縮を実現した。水に限らず、エネルギーや各材料の消費も抑えることができ、環境負荷の大幅な軽減にもつながる。

「将来的にテキスタイル産業が変わっていけば、世の中も変わると思います。」ガーメントプリンターによる印刷が施されたTシャツやバッグを見ながら、橋本氏はそう期待を語る。

リコーが出したガーメントプリンターは、コンパクトなサイズで卓上にも設置ができ、また印刷操作も簡単なので、イベントなどでの利用にも適している。 例えば、子どもたちが参加する水に関するワークショップに持ち込む。水の保全をテーマに絵を描いてもらい、その絵をその場でTシャツに印刷する。なぜ水を使わないようにする必要があったのかを、実体験を通して考えることで、水への意識をより強く持ってもらうことができる。

リコーのガーメントプリンターでプリントしたTシャツとトートバッグ

「この技術がすぐに水の問題を解決できるとは思わないです。ただ、人々に水への問題意識をもってもらうきっかけとして、大変期待ができます。そのような啓蒙こそが、これからのリコーの役割になるのかもしれません。」新しい技術、そしてその技術の担い手への期待は大きい。

自分の着ているTシャツはどこの国で作られ、どれくらいの量の水が使われているのか。自分の飲んでいる水はどこからきて、どこに流れていくのか。一人ひとりがそのような意識を持つことから、世の中の変化も始まるのだ。

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