リコーの取り組み
2024.09.11
リコーグループの経営戦略のひとつである「ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン」。これまでの「ダイバーシティ&インクルージョン」の考え方に、2023年から新たに「エクイティ」が加わった。多様な人材が活躍できる環境作りを目指すこの基本姿勢と、エクイティの浸透への取り組みについて、株式会社リコー 人事総務部 矢野駿氏、森本真美氏、DEIカウンシル 藤井佳織氏、ESG戦略部 岡野麻衣子氏に話を聞いた。
目次
リコーグループは、持続可能な社会の実現のため取り組む7つのマテリアリティのひとつに「多様な人材の活躍」を掲げている。その内容は、多様な人材がポテンシャルを発揮できる企業文化を育み、社員のエクスペリエンスを"はたらく歓び"につなげること。これを実現するための経営戦略のひとつが「ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン(DEI)」だ。
人事総務部でタレントディベロップメント室長として人材開発を担う矢野氏は、リコーグループが企業としてダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを推進する理由をこう語る。
「リコーグループはグローバルを舞台に、多岐にわたる事業を展開しています。複合機だけでなく、AIやITなどのデジタルサービスやオフィスサービスのアウトソース、産業向けビジネスもあります。これらのお客様の多様なニーズや期待に応えるためには、幅広いソリューションが求められます。そのためには、さまざまなバックグラウンドを持つ人材が活躍し、共創する会社でいなければいけないことが、DEI推進の背景にあります」(矢野氏)。
株式会社リコー 人事総務部 HRIS室 / タレントディベロップメント室 室長 矢野駿氏
DEIへの取り組みは、リコーグループの人的資本戦略として重要だ。「お客様のさまざまなニーズを叶えようとすることは、社員の知的好奇心を刺激します。多様なニーズにリコーの多様なソリューションで応えることができる、そんな社員にとって働きがいのある環境を作ることが、リコーの使命・目指す姿である『"はたらく"に歓びを』にもつながり、DEIの意義にもつながります」(矢野氏)。社員一人ひとりがそれぞれの強みを活かして働くことが、リコーが社会課題の解決という会社の役割を果たすことにもつながると矢野氏は語る。
2023年から、リコーの「ダイバーシティ&インクルージョン」という戦略に新たに加わった「エクイティ」。直訳すると「公正」を意味する。すべての人に同じように対応するという「平等」の考え方と異なり、エクイティは、その人に合わせて対応を変えることですべての人に同様の機会を与えることを意味する。
エクイティという概念が注目された社会的背景と、リコーグループがエクイティを推進する必然性を、矢野氏はこう説明する。
「私は、DEIについて、最終的に目指すところはインクルージョンだと考えています。ダイバーシティは、インクルージョン実現のための第一歩です。リコーグループでは、多様な人材の共創によってうまれるイノベーションが重要だと考えています。お互いが尊重しあえる多様な環境があるだけでなく、多様な人が公正に成果を出すに至るプロセスを提供できる環境作りが不可欠と考え、エクイティを重視するに至りました」(矢野氏)。
リコーグループは、「グローバル DEI ステートメント」として「リコーグループでは、世界中すべての人びとのユニークな才能、経験、知見を結集し、新たなイノベーション創出に取り組みます」という決意を表明。22ヵ国に訳して全世界で展開している。国際女性デーのイベント中継など、グローバルで行う施策に加えて、各国のDEIカウンシルが各地の文化やビジネス環境に応じた取り組みを展開している。
リコーグループが国内で行ってきたDEIの取り組みの代表例が、多様な人材活躍を推進する仕組みの整備だ。一例として、幅広い世代の女性の活躍を促すため、女性管理職の比率の目標値の設定や女性管理職向け研修の実施など、行ってきた。ただ矢野氏は「これはダイバーシティの取り組みの一つであり、エクイティを考えるにはもう一歩踏み込む必要がある」と話す。
「エクイティを意識すべき対象は性別だけではありません。一例ですが、性別や国籍などに関わらず、育児などを理由に時短勤務をしている社員が、働く時間の変更によって、成果に至るプロセスにおいて不便を感じる状況があってはいけません。誰もが、何かのきっかけで他の人と違う状況になることはありえます。どんな時もすべての人に同じ体験を得られるようにするという意識が、エクイティだと考えています」(矢野氏)。
デジタル人材育成に関する戦略立案・運用を担いながら、人事担当としてグローバルにエクイティを推進するプロジェクトに参加している森本氏も、インクルージョンの実現には、制度の整備と同時にエクイティへの理解促進が必要だと話す。
「リコーでは、働き方や時間を柔軟に変えられる制度はすでに整っています。ただ、制度を利用できたとしても全員が同じチャンスを与えられているとは限りません。どんな働き方でも、同じようにやりたい仕事で成果を出すためのチャンスは得られるべきという、社内の意識がまず必要ですね」(森本氏)。
人事総務部 HRBP室 森本真実氏
日本国内では、DEIカウンシルのメンバーや、社会貢献活動の理解促進を担う部門が先頭に立ち、エクイティの浸透への取り組みを行っている。現在の主な活動は、2024年2月の「DEIエンパワーメント月間」や、3月の「国際女性デーイベント」※、6月の「リコーグローバルSDGsアクション2024」をはじめとした理解促進活動だ。
「DEIエンパワーメント月間」の狙いと内容を、日本のDEIカウンシルを主導する藤井氏はこう語る。
「エクイティは非常に難しい概念ですから、まずはエクイティをわかりやすく説明するビデオを作りました。ただ、ビデオを見てもらうだけではその時は理解できたとしても、定着するのは難しいと考え、2月6日の創立記念日からの1ヵ月の間、集中してエクイティを中心にDEIについて伝えるDEIエンパワーメント月間を設けました。2月6日創立記念イベントでの山下会長からのDEIに関するメッセージとエンパワーメント月間の告知から始まり、エクイティの説明動画と併せてDEIの記事紹介やパネルディスカッションなどの情報コンテンツを毎週、発信し、職場でもエクイティについて話すことを呼びかけてきました」(藤井氏)。
DEIエンパワーメント月間のパネルディスカッションの様子
エクイティという言葉に接し、社員が自分なりにエクイティについて考える機会を提供することが、DEIエンパワーメント月間の最大の目的だったと藤井氏。エンパワーメント月間終了後に、各部署でエクイティについて話し合うと共に、エクイティについての取組の紹介や自身のエクイティ宣言を実施するという宿題も出した。その結果、予想以上の反響があったと藤井氏は振り返る。
社員がエクイティについて考える社内DEIポータルサイト
「部署内でエクイティについて話し合うことで、コミュニケーションの大切さに気付いたというグループが多かったです。普段、じっくり話し合う機会が少ない同僚と語り合うことで、違う視点や、意外な共感を得られたそうです。
DEIエンパワーメント月間をきっかけに組織内交流もかねたワークショップ(WS)を自発的に開催する部署もありました。『WSを通じてDEIに対する理解度や意識向上ができていたが、時間が立つにつれて意識が薄れてしまう恐れがあるので、定期的に振り返りの実施が必要と感じる』というメンバーもいたそうです。自分が関わる業務でも、相手を配慮する視点が大事だとわかったという意見もありました。
新規事業を手がける部署の社員は『顧客の声を聞いてタイムリーに開発に反映していくリーンスタートアップの方法とDEIのプロセスは近いとわかった』と言っていました。デジタルサービスカンパニーとして多様な顧客のニーズに対応していくリコーのビジネスに、DEIは非常にマッチすると改めて気づかされましたね」(藤井氏)。
ワークショップの開催 (リコーデジタルサービスBU DS開発本部)
先端技術研究所 戦略統括センター 戦略推進室/ Japan DEI Council リード 藤井佳織氏
2019年に始まった「リコーグローバルSDGsアクション」も、2024年はDEIをテーマに実施された。その運営を担当したのが、ESGセンター 事業推進室で、リコーの社会貢献活動に関する発信を担う岡野氏だ。今年の主な取り組み内容は以下の3つ。
「『知りたい!トップの熱い想い~DEI編~』では、経営トップによるDEIメッセージを社員に発信。『誰かに話したくなるリコーのDEI活動~一人ひとりに"はたらく歓びを"~』という企画では、国内外のリコーグループのDEIに関する取り組みをサイトで紹介しました。そしてもうひとつが『Building Bridges ~一人ひとりの行動でDiversity, Equity, Inclusionの実現を~』という社員参加型イベント。ビンゴシートをもとに身の回りのエクイティを探して投稿するステップ1と、セミナーとワークショップのステップ2という活動で、考えることと行動を通じて、DEIへの理解を深めてもらいました」(岡野氏)。
DEIへの理解を深める社員参加型イベントの様子
DEIへの理解を深める社員参加型イベントの様子
2月のエンパワーメント月間と、グローバルSDGsアクションを通じて、「エクイティは難しいと思っていたけど考えるきっかけが得られたとか、理解が深まったという意見をもらいました」という岡野氏。DEIへの関心は取引先の間でも広がっていて、「期間中に学んだことを顧客と話せて、コミュニケーションが活性化した」という、営業面での意外な効果もあったという。
ESG戦略部 ESGセンター 事業推進室 岡野麻衣子氏
「自分の部署にダイバーシティやエクイティの問題が存在することすら気付いていなかったという意見もありました」と話すのは、人事総務部の森本氏。多様性の問題は自分には無関係と思っていたが、部署で話し合うことで、メンバーひとりひとりが求めているものが違うことや、今まで見えていなかった困り事が明らかになったという。「エクイティの考え方が自分の部署にも必要だとわかったという感想は、意外でしたが、嬉しかったですね」(森本氏)。
DEIカウンシルとして積極的にDEIイベント開催や情報発信を行う時期を経て、今後は、エクイティという概念を、自分の仕事や生活に関わるものとして腹落ちさせるための活動をしていきたいと藤井氏。「ここからがDEIカウンシルの本当の仕事。社員ひとりひとりが、DEIと自分の業務やビジネスがどう直結するのか、納得するための共通言語作りや、風土醸成のための展開を考えています」(藤井氏)。
SDGs推進の観点からも、エクイティへの理解促進は意義があると岡野氏。「私たちESGセンターではいろいろな社会貢献プログラムをやっているのですが、マイノリティの方と会って話す機会や、働くことが難しい若年層の方をサポートするプログラムもあります。こうした体験を通じてまた、エクイティを自分事化してもらえるはず。社員ボランティアも募集しているので、多くの皆さんに参加していただきたいですね」(岡野氏)。
今後のDEI推進に関して矢野氏は、「ジェネレーションという多様性も意識したい」と語る。「DEIについて話す時、ジェンダーやLGBTQ+、国籍などの多様性は話題にあがりますが、それらのみならず、もっとジェネレーションの多様性を活かしていきたいと考えています。これまで年齢の差による不均衡についてはタッチしてきませんでした。たとえばリコーグループ内で、20代や30代がトップや役員になることがあってもいいと思いますし、たとえ年齢が上の方でも、新たなチャレンジに取り組む機会がもっと増えてもよいと思っています。ジェネレーションという多様性を活かし、エクイティ、公正なチャンスを言語化していくことを、人事として、個人としてもやっていきたいと思っています」(矢野氏)。
DEIの実現は、「"はたらく"に歓びを」というリコーのミッション&ビジョンにも直結する。森本氏は、「社員が生き生きと働いて初めて、多様な社会の課題を解決できる」と語る。
「一見、自分の周りには多様性の問題がないように見えても、実は周りと違って困っている人や、苦しい思いをしている人がいるかもしれない。DEIを意識した社内のコミュニケーションによってその状態が解消されたら、社員がより喜びを感じながら働くことができると思います。人事として、DEIが働く喜びにつながると知ってもらうことも目標のひとつです」(森本氏)。
DEI達成が、自ずとリコーグループの「"はたらく"に歓びを」という使命と目指す姿の実現につながると矢野氏も語る。「DEIに基づくビジネスで、より多くの多様なお客様に公正に働く場所を提供することで"はたらく"歓びが生まれる。言いかえると、DEIが当たり前にある状態を実現しなければ、その未来には届かないと思います。DEIという言葉自体がなくなることが理想ですね。DEIと"はたらく"歓びの両方の実現を目指すことで、必然的に、リコーが社会課題の解決に貢献できると考えています」(矢野氏)。
企業が持続的な成長を達成するための重要な要素であるESGの「S」(社会)の観点から、DEI、特に近年では エクイティに対する取り組みについて、世界中の企業が模索を続けている。リコーでDEIに関わってきたこの4人も、イベント運営や社内でのコミュニケーションを終えるたびに毎回、発見があると言う。リコーの「ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン」はまだ発展途上。これからも、社内外との対話や相互理解の中で、進化を続けていく。