リコーデジタルサービスBU
桐原 聡太郎 / 田中 将平
IT人材が不足する多くの中堅・中小企業にとって、DX推進は悩みの種の代表格といえる。しかし、必要不可欠だと認識していても、なかなか打ち手が見つからない。それは日本国内にとどまらず、グローバル共通の課題でもある。
こうしたDXの現実を目の当たりにして、リコーは2022年4月にサイボウズ株式会社との協業を開始した。同社が展開するノーコードツール(プログラミングの知識やスキルがなくてもWebアプリなどを開発できるツール)「kintone」を基盤とし、独自のプラグイン機能やAIとの連携機能を持たせた業務改善サービス「RICOH kintone plus」を開発したのだ。
市場への導入当初からグローバル展開を進める本サービス。だが、国内と比較してkintoneは海外での知名度が格段に低く、そもそも海外では自前の業務改善に後ろ向きであるという壁にも直面した。それでも北米や中南米、アジアなど広範な地域で事業展開を続ける背景には、デジタルサービスカンパニーとして「はたらく」のあり方を変革していく決意があるという。
RICOH kintone plusはいかにしてグローバルDX市場を変えていくのか。事業立ち上げや商品企画、販促展開などを担う2人の社員に聞いた。
AIによる自動アプリ作成も。kintoneに付加したリコー独自の価値
Q:kintoneは「プログラミングの知識がなくても業務に役立つアプリをつくれる」ノーコードツールです。この基盤を活用して、RICOH kintone plusにはどのような独自性を持たせているのでしょうか?
田中:リコーが独自開発した便利なアプリやプラグインの提供に加え、「RICOH Smart Integration(*1)」をはじめとしたさまざまなツールと組み合わせることで、単独のソフトにはない業務改善サービスを実現しています。
また、AIを活用した機能の提供も開始しました。kintoneの魅力は自分で手軽にアプリをつくって業務改善できることですが、利用開始段階では「何をどうつくればいいのか」と迷うケースも少なくありません。
そこで、AIとのコミュニケーションによって必要なアプリを自動作成できるようにしました。「販売データを集計したい」「勤怠管理アプリをつくりたい」といった目的に応じてプロンプト(指示文)を入力すれば、それに適したアプリをAIがつくってくれます。
*1 RICOH Smart Integration:複合機や電子黒板、カメラなどのデバイスと、アプリケーションをクラウド上で連携させ、企業の生産性革新に役立つさまざまなソリューションを提供するためのクラウドプラットフォーム
Q:RICOH kintone plusを企画した背景には、どんな顧客課題があったのでしょうか?
田中:近年では多くの企業が、急速な市場環境変化や人材不足への対応に迫られています。特に中堅・中小企業では、紙ベースのアナログ業務がまだまだ残っているケースもあり、IT人材の不足も相まってデジタル化が遅れているのが現状です。ですから、デジタル技術を活用した生産性向上や、新たなビジネスモデルを創出するためのDX推進が急務といえます。これは日本国内だけでなく、グローバル共通の問題です。
こうした背景から、リコーとサイボウズは2022年4月に業務提携契約を締結しました。サイボウズが有するローコード・ノーコード(プログラミングの知識が少なくてもアプリやソフトウェアを開発できるツール)の開発力と、リコーのグローバルでの販売サポート体制による課題解決力をかけ合わせることで、現場のDXを強力に支援していきたいと考えています。
Q:すでにRICOH kintone plusを導入している企業からは、どのような反響が寄せられていますか?
桐原:主に非IT部門の方々に導入・活用していただき、業務改善につながったという評価を得ています。
たとえば、米国で本サービスを導入している医療業界の顧客では、本サービスを活用して患者データの収集・入力などのワークフローを自動化することで、レポート作成に要するデータ入力時間が従来の半分に削減されました。業務効率化により、「スタッフが手術準備や患者ケアといった本来の重要業務に集中できるようになった」との評価をいただいています。
ほかにも中堅・中小企業の非IT部門では、従来は「自前でできないことは外部に頼るしかない」という葛藤があったそうですが、本サービスがその思い込みを打ち破る手段として選ばれています。
人の仕事が奪われる?業務改善への懸念を払拭するために
Q:RICOH kintone plusは当初より海外展開を視野に入れて企画したと聞いています。リコーの海外事業において、なぜこのプロジェクトが必要だったのでしょうか?
田中:リコーグループは、グローバル共通の使命と目指す姿として『"はたらく"に歓びを』を掲げています。RICOH kintone plusの海外展開は、日本で知名度の高いサービスを単に海外でも提供するということではなく、私たちが目指す姿をグローバルで実現するための一手だと考えています。
サイボウズとの協業開始後は約6か月で国内展開に至り、翌2023年にはグローバル展開に着手。先ほどのケースにあった通り、すでに北米や中南米、アジアで顧客への提案を進めています。
Q:グローバルで動き出したからこそ直面している壁はありますか?
桐原:ひとつは、サービスの知名度が低い状態から顧客開拓を進めていくことです。日本国内ではkintoneのブランドが確立されていますが、海外ではkintoneをはじめ、日本発のSaaS製品自体がほとんど知られていません。この状況を踏まえ、現地でのブランド認知を高め、ターゲット市場に合わせてマーケティングを強化する必要があります。
加えて海外、特に東南アジアにおいては、自分たちで課題解決のためのツールをつくる「市民開発」の意識があまり根づいていないという問題もあります。
RICOH kintone plusの特徴はITのノウハウ・知見がなくても自分で好きなようにアプリケーションを作れる点であり、日本市場ではこのハードルの低さと、ボトムアップで業務改善を進められる点が受け入れられています。しかし海外では、業務改善に焦点が当たると「それによって人の仕事が奪われてしまうのではないか」と懸念を示されることも珍しくありません。RICOH kintone plusならではの市民開発のメリットが伝わりづらい状況でした。
Q:どうすれば市民開発の意義を認識してもらえるのでしょうか?
桐原:業務改善というと堅苦しいイメージを持ってしまいがちです。だからこそ「RICOH kintone plusでこんなことができる」という実例を、ゲーム要素を交えて楽しく伝えることが大切だと考えています。
実際の商談シーンでは、顧客が抱えている課題をヒアリングしたうえで、RICOH kintone plusで自由自在にアプリを作り、デモ実演する過程を楽しんでもらっていますね。
このように手軽に作れるアプリによって、人の担当業務をなくすのではなく、不要なタスクをなくしたり緩和したりすることで、自分たちが本来やるべき業務にもっと時間を割けるようになる。その意義を訴えかけています。
「RICOH kintone plusを買ってください」という提案はしない
Q:RICOH kintone plusは用途提案領域が幅広く、顧客の数だけ活用方法があると思います。一方でサービスの価値が分かりづらい面もあるのではないでしょうか?
桐原:そうですね。幅広く活用できることをただ伝えるだけだと、「結局のところRICOH kintone plusは何ができて、何を解決してくれるの?」と、顧客側に混乱を生んでしまう可能性もあります。
だからこそ、対象顧客が抱える困りごとを洗い出し、ピンポイントな解決案を柔軟かつスピーディーに提案しなければいけません。
リコーは約140万社のグローバル顧客基盤を有しており、各営業拠点がそれぞれの顧客の課題を深く理解しています。これは大きなアドバンテージになると考えています。
田中:SaaSビジネスではコンサルティング型の営業力が求められます。
田中:私たちはそもそも「RICOH kintone plusを買ってください」という提案はしません。営業部門では顧客の課題を理解したうえで、何がベストな解決策かを考え、柔軟に提案できる体制としています。
Q:「多様な提案手段のなかのひとつ」という意味では、社内のメンバーにRICOH kintone plusの魅力を認識してもらうことも重要ですね。
桐原:はい。RICOH kintone plusは、従来のリコーのハードウェアビジネスとは大きく異なるビジネスモデルです。そのため社内からは「なんのために売るのか」「既存事業で収益が上がっているのになぜやるのか」という声も出ました。
そうした場面に出くわして、私はメンバーがRICOH kintone plusにオーナーシップを持ち、自分ごととして取り組めるようにする必要があると強く感じました。
メンバーのオーナーシップを醸成するために、現在は各国でRICOH kintone plusの事業戦略を考えるワークショップも実施しています。リコーがSaaSビジネスに取り組む意義を伝えたうえで、RICOH kintone plusがどのように顧客の課題を解決できるのか、その可能性を提示しています。
リコーを、世界的なデジタルサービスカンパニーへ
Q:RICOH kintone plusのプロジェクトに向けた2人の思いも聞かせてください。田中さんは、どのようなキャリアを経て本サービスに携わっているのでしょうか。
田中:私は学生時代から海外へ足を運ぶのが好きで、就職活動でもグローバル志向を軸にしてリコーのグローバルマーケティング本部を選びました。
入社後は商品企画や海外マーケティング、グローバル商談支援などを経験し、2022年以降はRICOH kintone plusの商品企画と中南米・アジア地域における事業立ち上げを担っています。
ソフトウェア関連の事業戦略に携わるなかで、私は以前からローコードツールやデータベースソリューションが必要不可欠だと考えていました。kintoneというプロダクトに強い興味を持っていたので、協業開始をとてもポジティブにとらえていましたね。
Q:プロジェクトを通じて、自分自身の成長をどのように実感していますか?
田中:プロジェクトマネジメント力に加えて、グローバルにビジネスを展開していく力も向上できたと感じています。
中南米・アジア地域の事業立ち上げでは、それぞれの市場特性やニーズを考慮し、市場と自社の販売チャネルに適した戦略の策定・実行にも関与しました。
プロジェクトを前進させるためには絵を描くだけではなく、海外部署のメンバーを巻き込み、新しい取り組みをともに動かしていく機運も盛り上げなければいけません。そうした日々のなかで、私は以前と比べて、自分から積極的に現場メンバーへ問いかけるようになったと思います。
Q:桐原さんは大手メーカーやIT企業を経てリコーに中途入社しています。前職でもSaaS製品のブランディングやマーケティングに携わっていたそうですが、なぜ次のステージにリコーを選んだのですか?
桐原:企業としての本気度を感じたからです。
リコーは「2025年までに売上の60%をデジタルサービスで占める」という大胆な目標を掲げています。従来の強みである複合機事業で安定した基盤を持っているにもかかわらず、そこに安住することなく、デジタルサービス企業への大規模な変革を推進している。その姿勢に強く感銘を受けました。
桐原:それを感じたのは、対外的なメッセージだけではありません。選考プロセスで直属の上長になる社員の方と会い、デジタルサービスの展開に向けた意気込みや明確なビジョンを聞かせてもらった際にも、「リコーは戦略と現場が一致している」と感じましたね。
Q:中途入社者の視点で、リコーの組織風土や仕事の面白みをどのように捉えていますか?
桐原:リコーには、自分たちのビジネスをなんとか成功させようというポジティブなマインドを持った人がとても多いと感じます。
これは組織風土にも表れているのではないでしょうか。私が所属するデジタルサービス事業本部は、新しいリコーを創造していく部門。現状は海外市場で販売を加速するための種まきに近いフェーズですが、業務においても自分たちがやりたいことをやらせてもえていますし、大手企業とは思えないほどのスピード感で進められています。
自分の意志や企画・提案次第で、国内・グローバル案件に関係なく推進できる。この環境を活かして、これまで培ってきた自分の知見や経験をリコー全体に還元していければと考えています。
Q:今後に向けたプロジェクトの展望を教えてください。
田中:AIを活用した付加価値をさらに強化し、顧客の業務の自動化・効率化に最大限の貢献をしていきたいです。
私自身はこの経験を活かし、将来的には中南米・アジア地域など新興国市場の社会課題に取り組んで、働きがいと経済成長が両立する持続可能な社会の実現に貢献していきたいと考えています。
桐原:私はRICOH kintone plusをきっかけに、市民開発人口を国内外で増やしていきたいですね。そのプロセスのなかで、リコーが展開するほかのソフトウェアサービスとのシナジーも強化していきます。
目指すのは、グローバルでも「リコー=デジタルサービスカンパニー」と想起してもらえる状態。それを実現するために、やるべきことは、まだまだたくさんあると思っています。
※インタビュー内容や社員の所属は取材当時(2024年9月)のものです。
※ kintone は 、サイボウズ株式会社の商標または登録商標です。