リコーグラフィックコミュニケーションズBU
上西 裕之 / 青柳 広太 / 平崎 裕貴 / 山本 賢吾
リコーのプリンティングソリューションで、商用印刷の「品質」と「効率」を底上げする
製品カタログやパンフレット、チラシなどを印刷する印刷業者向けの高性能プリンター。いわゆる「商用印刷」と呼ばれるこの分野にリコーが本格参入したのは2008年のことだ。以来、「RICOH Pro C7200S」や「RICOH Pro C9200」など、多数の機種を展開してきた。
長年にわたりプリンター開発に携わってきたリコーだが、商用印刷の分野では後発組となる。先行他社に引けを取らないよう、顧客である印刷会社などの声をていねいに聞き取り、製品をブラッシュアップしてきた。
上西:商用印刷で大事なのは「いかに、お客さまの業務のお役に立てるか」。これに尽きると思います。そのためには、まずお客さまのやりたいこと、困りごとを詳細まで把握する。そのうえで、一つひとつの課題に対して適切な解決策を提案する必要があります。
例えば、先日はとあるお客さまから「封筒の印刷事業を立ち上げたい」というご相談をいただきました。そこで、プリンター本体だけではなく給紙トレイや印刷物を排紙するフィニッシャー(後処理機)もセットで、封筒印刷に適した形に改良する提案をしたところ、製品の導入につながったのです。
こう語るのは、2008年の参入当初から商用印刷に携わる上西裕之。現在はプロジェクトマネージャー(以下、PM)として、フラッグシップモデル「Pro C9200」に実装する新しい機能の開発などを指揮している。
上西が2018年からPMとして主導してきたのが「カラーホーミング」と「RICOH Image Quality Monitor(以下、IQM)」という、2つの機能を開発だ。カラーホーミングとは、印刷中にプリンター内部のラインセンサーで印刷結果を読み取り、ページ間での色変動を検出・抑制する機能。印刷を止めることなく、実画像での調整を行なうため、生産性と品質の安定性、両方を維持することができる。
一方、IQMは、同じくラインセンサーで読み取った印刷結果の画像のなかから汚れ付着や印字抜けなどの「欠陥」を検知し、自動で印刷を停止したり、調整をしたりする機能だ。検知結果も画面で確認することができ、お客さまの検品業務の効率化が可能となる。
上西:もちろん、従来のプリンターにも自動で品質を調整する機能はありました。しかし、それはあくまで印刷前や印刷中に一時中断して、専用チャートを使って調整を行なうもの。カラーホーミングやIQMは実際に印刷された紙を読み取りながら、リアルタイムに結果をフィードバックして補正をしたり、欠陥を検知したりしています。
カラーホーミングによって、大量の部数を印刷しているうちに少しずつ色味が変わっていってしまうことがなくなりますし、IQMで欠陥が出た所だけがわかるようになるため検品の手間が減ります。導入いただくことで、お客さまの業務効率化につながるのです。
新機能開発の背景にあった、若い技術者たちの苦悩と試行錯誤
開発チームや関連部署の尽力により、カラーホーミングは2018年に、IQMは2020年に市場へ投入。そこで使われている技術は、高度かつ多岐にわたる。「プリンター内部のセンサーで印刷結果をスキャンする技術」や「印刷稼働を止めずにリアルタイムで欠陥の有無を判別する画像処理技術」、「動作を緻密に制御する組み込みソフト技術」、「検知結果をユーザーへ伝えるWebアプリケーション技術」などである。
そこには、さまざまな分野の技術者たちの知見と試行錯誤が詰まっている。例えば、カラーホーミングやIQMの膨大なデータを処理・制御するハードウェア開発を担当したエレキ設計の平崎裕貴は、開発にあたり苦労した点をこう振り返る。
平崎:「Pro C9200」は、高速印刷、高画質を特長の1つとしている機種ですが、このような機種でリアルタイムでのカラーホーミング、IQMを実現するためには高速な画像伝送や画像処理が求められます。 特に画像伝送については、USBやPCIeなどの一般的なパソコンのインターフェースの規格をそのまま使うと、商用印刷に求められる品質を満たせません。そのギャップを埋めるのは、苦労した点の一つですね。
カラーホーミングやIQMの機能が100%正しく動作するよう、独自の設計、評価方法を模索するなどリコーの商用印刷の品質に合わせてインターフェースをつくり込んでいきました。
IQMやカラーホーミングの検出モジュールの設計を担当したメカ設計の青柳広太も、一筋縄ではいかない難題に頭を悩ませ、試行錯誤を重ねた。
青柳:現在の「Pro C9200」は二代目になるのですが、前身の機種にはカラーホーミングやIQMの機能は搭載されていませんでした。つまり、今回はプリンター内部の限られたスペースのなかに、新しいモジュールを入れる必要があったわけです。
といっても、どこか空いているところにただ詰め込めばいいという話ではありません。当然、新しいモジュールを入れたことによって既存機能の性能を損なってはいけないし、カラーホーミング・IQMがもつ高度な画像処理に対応するための読取品質を実現するためには、センサー側の性能だけでなく、用紙搬送の安定性も必要になります。そこは、かなり苦労しましたね。
また、カラーホーミングとIQMのソフトウェアを設計したのは、ソフト設計の山本賢吾。IQMで検知された欠陥を映し出す、操作画面のUIなどを手がけた。顧客が直接タッチする部分だけに、責任の重さを感じていたという。
山本:いくらカラーホーミングやIQM自体の性能が優れていても、お客さまが実際に操作する画面のUIが使いづらければ、それだけで大きく評価を落としてしまいます。ですから、とにかくユーザビリティーを突き詰めていく必要があったんです。
とはいえ、当時は競合他社にも類似の機能が少なく、リコーの商用印刷機にIQMを組み込むのは初めての試み。まるでゼロからのスタートのなか、手探りで模索していく難しさはありました。そこで、まずは競合他社のショールームや展示会などでさまざまな製品を見て、使いやすいUIとは何かを研究するところから始めましたね。
「より良いものをつくる」ゴールに向けて、プロフェッショナルたちとチームでつくりあげる
もちろん、苦労ばかりではない。開発の過程にも楽しさ、やりがいを感じる瞬間は数多くあり、製品が完成したとき、それが世に出たときには大きな達成感を得ることができる。
平崎:やはり技術者としては、自分がつくったものが実際に動いたときが、もっとも達成感を味わえる瞬間だと思います。ただ、一言で「動く」といっても、例えば「初めて電源を入れたとき」「プリンター本体に初めて自分のつくったモジュールをのせて動いたとき」「お客さまのところへ納品され、そこで初めて使われたとき」など、さまざまな段階があります。そのたびに、小さな達成感が積み重なっていくような感覚がありますね。
山本も平崎に同調。それに加え、今回のプロジェクトには「チームで課題を解決していく面白さ」があったと語る。
山本:操作画面のUIでいえば、最初に「どんな画面にするか」というイメージを決めるだけでも、多くの部署の人間が関わります。例えば、画面のデザインやレイアウトをつくるデザイン部、市場のニーズをよく知るマーケティング部、さらには保守部門の担当者など。それら関連部門の担当者たちと一緒に検討を重ねてイメージを固めていくんです。
また、ソフト開発の段階では、何度もテストを重ね、障害を潰しながらチームでブラッシュアップしていきます。私は設計者として、みんなの思いが詰まったものをしっかりかたちにしていかなくてはいけません。プレッシャーもありますが、それが実際に動くものとしてかたちになったときには、大きな達成感を得ることができますね。
チームで仕事をする利点は、達成感を得られることだけではない。プロジェクトを通じ、さまざまな分野のプロフェッショナルたちの知見を自身の糧にできることも大きなベネフィットだ。
青柳:リコーにはこれまでの事業で培ってきた技術やノウハウの蓄積があります。それらをまとめたデータベースもあり、開発者はいつでもアクセスできるようになってるんです。また、周囲に必ず詳しい人がいるので、より詳細に教わることもできます。
今回のIQMの検出モジュールの設計でも、困ったときに頼れる人がいるのは本当に心強かったですね。また、プロジェクトを通じて多くの技術者と関わるなかで、自分の担当分野以外の技術に触れられるというのは、本当に面白いですよ。
平崎:私も青柳と同じく、困ったときにはほかの技術者に相談していました。各分野で何年も技術を磨いてきたプロフェッショナルたちがいる環境はとても刺激的ですし、自分の成長にもつながると思います。
もちろん、多くの部署・人間が関わるということは、そのぶんだけ問題が生じる可能性も高まる。また、一つの部署で起こった問題が、プロジェクトに関わるすべての担当者に影響を及ぼすことも。それらをうまく調整するのは、PMである上西の重要な役割だ。
上西:例えば、新しい機種の開発過程において、設計部門で技術的な課題が発生したとします。対応に手間取れば、その後に続く他部門のスケジュールにも影響を及ぼすわけです。生産部門でいうと新機種への生産体制の切り替え計画や、販売部門では販売準備計画などさまざまな部門の計画に影響してきます。
PMはその都度、設計部門とコミュニケーションをとり、課題がいつまでに解決できそうかを判断したうえで他部門との調整を行います。密に状況を伝えて協力を要請すれば、みんな快く応えてくれます。なぜなら各部門ともに、最終的なゴールは「プロジェクトの成功」だからです。
お客さまの声を真摯に聞き、選ばれ続けるパートナーに
今回のカラーホーミング、IQMのプロジェクトがひと段落し、平崎、青柳、山本はすでに次の課題へ向き合っている。それぞれ技術者として、これからどのような道を歩んでいこうとしているのか。若手3人に将来の展望を聞いた。
山本:目まぐるしく変わる社会のニーズなかで、デジタル技術が果たすべき役割は大きいです。私自身もソフトウェアエンジニアとして、お客さまの課題に向き合いながら、つねに最先端のものを提供していきたいですね。そのためにも日々の学びや情報収集を怠らないことが大切です。そして、「自分がつくりたいもの」ではなく、「お客さまや社会に求められるもの」を第一に、ものづくりと真摯に向き合える技術者になりたいと考えています。
青柳:まずは、このままメカ設計者としての経験を積んでスキルアップしていきたいというのが一つ。もう一つは、普段のメカ設計の仕事だけでは触れられないような、新しい領域の知見も深めていきたいと思っています。対応できる範囲を少しずつ広げながら、「これだけは社内の誰にも負けない」という専門性も磨き続ける。そんな技術者になりたいですね。
平崎:最終的には、理論と製品化のあいだにあるギャップや壁を越えられる技術者になることが目標です。そのために、学ばなければならないことは数多くあるので当面は現在の業務における専門分野の知見を深めていきつつ、できることを増やしていきたいと考えています。
また、多くの技術を学び、経験を積むことで印刷に限らず、さまざまな現場の課題に広く応用できると思っています。将来的には、より幅広い領域で貢献できるようになりたいです。
年長者である上西も、こうした若い技術者たちの向上心に負けじと、今後の商用印刷機の展望を語ってくれた。目指すは、フラッグシップモデルのさらなる性能向上。そして、その進化によって、商用印刷の現場を変革していくことだ。
上西:カラーホーミングとIQMに関しても、まだまだ発展途上です。精度もそうですし、使いやすさという点でも、さらに上を目指していかなくてはいけません。
それと同時に、ほかの新機能開発や機能改良も進め、お客さまにさまざまな価値を提供して、お客さまの業務効率化や事業拡大に貢献していきたいと考えています。それを実現するためには、お客さま一人ひとりの課題に向き合い、真摯に解決していく。そのサイクルをひたすら回していくしかありません。そうやって他社を圧倒できるような製品を次々と生み出し、お客さまから選んでもらえる存在であり続けたいですね。
※インタビュー内容や社員の所属は取材当時(2022年11月)のものです。