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各種施設やインフラ設備の現場では、設備の老朽化と人手不足が同時に進んでいます。老朽化する設備への対応が増える一方で、維持管理を担う人材の確保も難しくなり、従来の「現地へ行って確認する」という点検・保全のあり方そのものが見直しを迫られている状況にあります。こうした課題に対し、現実空間の情報をデジタル空間上に再現し、状況把握から将来予測までを可能にする仕組みとして注目されているのがデジタルツインです。
デジタルツインの本質は大掛かりな3Dモデル化ではなく、空間の状況を継続的にデジタル上で再現し、AIと連携しながら「未来のリスク」を予測・最適化できる点にあります。本記事では、施設保全やインフラ管理の現場にデジタルツインが求められる理由と、デジタルツインが現場業務にもたらす革新について解説します。
デジタルツイン(Digital Twin)とは、現実空間に存在する建物・設備・インフラなどの状態を、センサーや画像などから取得したデータを用いてデジタル空間上に再現し、現状把握や分析、シミュレーションなどに活用する仕組みです。単なる3Dモデルとの違いは、現実空間から得られるデータを継続的に反映し、現実の状態と結び付けながら活用する点にあります。
従来の3Dモデルや静的なシミュレーションとデジタルツインの大きな違いは、現実空間から得られるデータを継続的に反映し、現実とデジタル空間を結び付けながら活用できる点にあります。
デジタルツインの技術によって、現場の今の状況をデジタル空間上で把握できます。さらに、蓄積したデータを解析することで、設備の変化や将来の挙動を予測・シミュレーションするなどの活用も可能です。
デジタルツインが価値を発揮するためには、現実空間の状況を継続的に把握し、そのデータから将来を予測する仕組みが欠かせません。その役割を担うのがIoTとAIです。
| デジタルツインを支える技術 | |
|---|---|
| IoT(データ収集・同期) | 設備や空間の状態をセンサーやカメラで取得し、その情報をデジタル空間に反映する |
| AI(解析・予測) | 収集したデータを分析し、異常の兆候や将来的な故障リスクを予測する |
IoTなどを通じて現実空間のデータをデジタル空間に反映し、蓄積されたデータを分析・活用することがデジタルツインの基本的な仕組みです。ここにAIを組み合わせることで、異常検知や将来予測など、より高度な活用へと広げることができます。
デジタルツインへの注目度が高まっている背景には、施設保全やインフラ管理を取り巻く環境の大きな変化があります。特に現場では、人手不足や設備の老朽化への対応に加え、より効率的で高度な保全体制の構築が求められています。
高度経済成長期以降に整備された道路や橋梁、トンネルなどの社会インフラでは、老朽化への対応が大きな課題となっています。国土交通省も、道路橋やトンネル、河川、下水道、港湾などに関して、建設から50年以上を経過する施設の割合が今後加速度的に高まると予測(※)。維持管理を担う技術者の高齢化や後継者不足が進むことから、現場の人手不足はより深刻化すると見られています。
管理対象は増え続ける一方で、それを支える人材は減少――。従来と同じ方法で点検や保全を続けることは難しくなりつつあると言えるでしょう。
※出典:国土交通省「社会資本の老朽化の現状と将来」
従来の保全業務は、作業員が定期的に現場へと足を運び、目視や触診、打音検査などによって状態を確認する「現場巡回型」が主流でした。しかし、広大な施設や広範囲にわたって点在する設備を巡回するには、多くの時間と労力がかかります。また、高所や暗所、トンネル内、線路内などでの作業も多く、作業員の安全確保や夜間作業の負担も課題となっています。
設備保全の現場では、故障が発生してから対応する「事後保全」から、設備の状態を継続的に把握し、異常の兆候を捉えて先回りで対応する「予知保全」への転換が進んでいます。予知保全が実現できれば、突発的な設備停止や事故のリスクを低減できるだけでなく、必要なタイミングで効率的にメンテナンスを実施できるため、保全コストの最適化にもつながります。
しかしこれまで、設備の状態を常時監視し、膨大なデータを分析する仕組みを構築することは容易ではありませんでした。そこで新しい技術として注目され始めたのがデジタルツインです。デジタルツインとAI・IoTを組み合わせることで、設備の状態をデジタル空間上で把握しながら、異常の兆候や将来の故障リスクを予測することが可能になります。
デジタルツインの導入がもたらす効果は、現場業務の効率化だけにとどまりません。これまで人の手や経験に依存していた点検・保全業務が、データを活用した継続的な監視や予測型の運用へと進化していきます。その変化を整理すると、次の3つの段階に分けることができます。
| 変化のフェーズ | 従来の状態(変化前) | 導入後の状態(変化後) |
|---|---|---|
| 1. 遠隔化・省力化 | 現場へ移動して目視で点検 (移動や現地作業の負担が発生) |
画面上で現場の更新された状況を把握でき、遠隔点検が可能 |
| 2. 高精度化 | 熟練者の勘や経験に依存し、見落としや判定のバラツキが見られる | データとAIを活用し、異常の兆候をより早く客観的に把握できる |
| 3. 高度化 | 故障後の対応や定期交換などが中心 | 将来リスクを予測し、最適なタイミングで保全を実施できる |
現場の状況をデジタル空間上に再現できる技術によって、作業員や管理者は現地に足を運ばなくても設備や施設の状況を把握できるようになります。高所や立ち入り制限のある危険区域、遠方に点在するインフラ施設などを点検・確認したい場合でも、何度も現地へ足を運ぶ必要はありません。現地訪問を必要な設備や箇所の確認に絞ることで、移動時間や作業負荷を大幅に削減でき、現場作業の安全性向上にもつながります。
デジタルツイン上に蓄積されたデータや画像にAI解析を組み合わせることで、設備や構造物の変化を効率的に把握できるようになります。たとえば、画像からひび割れなどの異常候補を検出したり、設備データから振動パターンなどの変化を捉えたりすることで、点検の精度を高めることが可能です。データに基づいて点検作業を支援するプロセスは、作業員の経験やスキルに依存しにくい保全体制の構築につながります。
デジタル空間上に蓄積された過去から現在までの設備データをAIで分析すれば、劣化傾向や将来の故障リスクを予測するといった活用も可能です。これにより、設備が停止する前に必要な箇所へ計画的にメンテナンスを実施できるようになります。不要な部品交換を減らしながらも突発的な設備停止のリスクを抑えることで、保全コストの最適化や設備の長寿命化にもつながります。
すでに多くの産業領域で、デジタルツインを活用した現場革新が進んでいます。ここでは、施設保全やインフラ管理を中心に、代表的な活用事例を紹介します。
鉄道業界では、駅構内の膨大な設備や広大な線路・沿線設備の維持管理が課題となっています。特に駅施設では営業時間中の点検が難しく、限られた夜間作業の時間内で効率的に点検を行わなければなりません。
そこで進められているのが、360度カメラやセンサーを活用して駅構内や設備をデジタル空間上に再現する取り組みです。設備の状態を遠隔で確認できれば、夜間の現地巡回や確認作業の負担を大幅に軽減できます。さらに、過去と現在の状態を比較しながら設備の経年変化を把握することで劣化の兆候を早期に発見し、乗客の安全性向上と保全業務の効率化の両立につなげています。
橋梁やトンネル、道路といった社会インフラの点検では、高所作業車や足場を組んで行う打音・目視点検が主流でしたが、点検人員の不足や対象範囲の広さが課題となっていました。
現在では、ドローンや移動車両から撮影した高精細な画像や3D空間データをデジタルツイン上で統合し、AI画像解析を活用する手法も用いられています。AIによってひび割れや漏水痕、剥離などの異常候補を画像から検出し、位置情報と紐付けて管理する手法により、点検作業の効率化や見落としリスクの低減につなげることが可能です。
オフィスビル(スマートビル)や製造工場(スマートファクトリー)では、空調・照明・配管・生産設備などの稼働データをIoTセンサーで収集し、建物全体のデジタルツインを構築する取り組みが進んでいます。
デジタル空間上で各設備の稼働状況やエネルギー消費量、温度変化などを一元的に可視化すると、異常な熱発生や振動の増加といったトラブルの兆候をリアルタイムに把握できるようになります。さらに、故障の兆候を早期に捉えて計画的なメンテナンスにつなげるアプローチは、生産ラインの突発停止リスクの低減や設備運用の最適化に活用されています。
デジタルツインの価値は、現場の状況を可視化したり、点検業務を効率化したりすることだけにとどまりません。現実空間のデータを継続的に収集・分析することで、これまで「異常の有無を確認すること」が中心だった点検・保全業務を「将来のリスクを見据えた予測型の運用」へと進化させられる点にあります。
人手不足や設備の老朽化といった課題が深刻化するなか、デジタルツインはより効率的で持続可能な現場運営を支える基盤として、今後ますます重要な役割を担っていくでしょう。
リコーでは長年培ってきた画像処理技術や空間データ活用の知見を活かし、360度画像や3Dデータを活用したデジタルツインの研究・開発を進めています。さらにAI技術と組み合わせることで、さまざまな現場業務の高度化にも取り組んでいます。
2026年1月には清水建設、リコー、リコージャパンの3社で、AIとデジタルツインを活用したコンクリート構造物のひび割れ点検システムを構築。2026年7月には京王電鉄の全69駅を空間情報化し、「360度空間データ」として整備することで、駅舎保全業務の高度化を支援する取り組みを発表しています。
リコーは今後も、デジタルツインとAIを活用しながら、さまざまな現場における業務の高度化やDXの実現を支援し、より安全で効率的な現場運営の実現に貢献していきます。
一般社団法人日本デジタルトランスフォーメーション推進協会・代表理事。一般社団法人ノーコード推進協会・副代表理事。ナレッジネットワーク株式会社代表取締役。戦略的人材育成や戦略的企業情報化戦略、DX、働き方改革、地域ビジネスなどを専門領域とし、総務省地域情報化アドバイザーとしても活動している。