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リコーのあゆみ

デジタル化を推進

1987年に業界に先駆けて一般オフィス向けデジタル複合機「IMAGIO 320」を発売しました。1996年には省スペース・低価格を実現した「imagio MF200」を発売し、デジタル複写機の普及にも貢献。その後も複写機のネットワーク化・カラー化を推進しました。1991年に中国にRicoh Asia Industry(Shenzhen) Ltd. を設立するなど、国内外で生産体制を強化しました。また1995年にSavin CorporationやGestetner Holdings PLCをグループ化するなど海外販売網の拡充にも取り組みました。

事業に関するできごと
1985 - 1999
製品・技術に関するできごと
1985年2月

リコー初のアナログカラー複写機「リコーカラー5000」発売

1985年3月

「普通紙複写機の多品種生産システムの開発」で大河内記念生産賞を受賞

1985年5月

不特定話者音声認識装置・光学的手書き文字認識装置を開発

1985年10月

御殿場工場を設立(1995年4月、御殿場事業所に名称変更)

1986年4月

創立50周年を機に中央研究所を横浜に設立

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1986年4月
事業に関するできごと

創立50周年を機にリコー中央研究所を横浜に設立

豊かな緑に囲まれる「リコー中央研究所」
豊かな緑に囲まれる「リコー中央研究所」
中央研究所1Fにあるコミュニティプラザ
中央研究所1Fにあるコミュニティプラザ

リコーは創立50周年記念事業の一環として、長期的視野に立った総合的な研究開発体制を強化拡充する「研究所群構想」を進めていましたが、その中核となる中央研究所を、1986年4月23日横浜市港北ニュータウンの一角に設立しました。敷地面積は1万6700㎡、クリーンルームや精密測定室、分析室などの各種実験室はもとより、研究員の自由な発想やコミュニケーションを促すためのスペースなども設置。応用基礎研究から実用化をねらった開発までを行う総合的な研究開発拠点です。

1986年4月

  • 創立50周年を記念して、コーポレートロゴを一新
  • スペインに現地法人Ricoh Espana S.A.を設立

1986年5月

フランスに現地法人Ricoh France S.A.を設立

1987年1月

一般オフィス向けデジタル複写機「IMAGIO 320」を発売

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1987年1月
製品・技術に関するできごと

一般オフィス向けデジタル複写機「IMAGIO 320」を発売

IMAGIO 320(1987年)
IMAGIO 320(1987年)

当時の主流はモノクロアナログ機で、デジタルコピー機は1台200万円以上の価格で、しかもオフィスに設置するにはサイズも巨大でした。 そこで、一般のオフィスで使える大きさのデジタル機を100万円以下で発売する目標で開発されたのがデジタル複写機「IMAGIO 320」です。これまでにない再現性に優れた画質を誇り、多彩な画像編集機能、オート機能や他のOA機器との連動を可能にする複合機能など豊富な機能を盛り込み、発売後1年で2万数千台を売り上げる大ヒット商品となりました。

1987年4月

  • アメリカの3現地法人の経営を統合し、Ricoh Corporation が統括
  • フランスに現地法人Ricoh Industrie France S.A.を設立

1987年10月

OHP313Rが'87年度グッドデザイン大賞を受賞

1988年4月

鳥取市に電子回路部品の最新鋭FA工場リコーマイクロエレクトロニクス株式会社を設立

1989年4月

兵庫県社町に電子部品の製造工場、やしろ工場を設立

1989年9月

1992年バルセロナオリンピックに関しファクシミリ分野でワールドワイド・スポンサー契約を結ぶ

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1989年9月
事業に関するできごと

1992年バルセロナオリンピック
ファクシミリ分野でワールドワイド・スポンサー契約を結ぶ

リコーが構築したファクシミリ網「オリンピック・ファクス・ネットワーク」
リコーが構築したファクシミリ網「オリンピック・ファクス・ネットワーク」
調印式でのサマランチI OC会長(当時)と浜田社長(1989年9月19日東京・高輪プリンスホテル)
調印式でのサマランチI OC会長(当時)と浜田社長(1989年9月19日東京・高輪プリンスホテル)

1989年9月19日、リコーは、1992年オリンピック(バルセロナ大会)のファクシミリ分野におけるワールドワイド・スポンサー契約を締結しました。この契約に基づき、リコーは167カ国、約40の各種競技連盟・団体とIOC(国際オリンピック委員会)本部を結ぶ「オリンピック・ファクス・ネットワーク」を構築。この世界的レベルのファクシミリ網により、それまで郵便やテレックスに頼っていた情報のやりとりが飛躍的にスピードアップ。正確で迅速かつスムーズなオリンピックの運営に大きく貢献しました。

1990年7月

米国アトランタ郊外にRicoh Electronics, Inc. 第4工場、ジョージア工場を竣工

1990年9月

イタリアに現地法人Ricoh Italia S.p.A.を設立

1990年10月

リコー初のデジタルカラー機「ARTAGE 8000」を発売

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1990年10月
事業に関するできごと

リコー初のデジタルカラー機「ARTAGE 8000」を発売 

1スキャン4ビーム、4連ドラム方式を採用したリコー独自のフォーサム・ドライブ
1スキャン4ビーム、4連ドラム方式を採用したリコー独自のフォーサム・ドライブ
ARTAGE 8000(1990年)
ARTAGE 8000(1990年)

当時の一般的なカラーコピーは、A4の複写に1枚あたり5分程度の時間がかかっていました。この主な理由は、1つのドラムにCMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック)の4色の作像を繰り返していたためです。この点に着目したリコーは、4色のカラーを同時に処理可能な4ドラム感光体システムを開発。このシステムを搭載したデジタルカラー機「ARTAGE 8000」は、世界最速(当時)毎分15枚の圧倒的な高速カラー出力を実現し、また、さまざまな紙種へのコピーも可能にしました。本機の誕生により、一般オフィスにおけるカラーコピー活用が現実のものになったのです。

1990年12月

環境対策室設立(1998年4月、環境推進室と環境対策室の機能を統合し、社会環境室設立。2001年4月に社会環境本部に名称変更)

1991年1月

中国・深セン市にOA機器の生産会社「理光深セン工業発展有限公司」を設立

1991年3月

中国・深セン市でコンパクトカメラ用部品の生産会社「秦レン光学有限公司」が稼働開始

1991年4月

Ricoh California Research Centerが世界最高速のカラー画像圧縮アルゴリズムを開発

1991年8月

IOC(国際オリンピック委員会)とオリンピック・ファミリーを結ぶ「リコー・オリンピック・ファクス・ネットワーク」が完成

1992年2月

リコーグループの環境保全に取り組む姿勢を明確にした「リコー環境綱領」を制定

1992年5月

Ricoh Industrie France S.A.感熱紙工場を設立

1992年6月

沼津事業所にOPC工場を竣工

1992年9月

  • リコーユニテクノがリコーグループ初の、品質保証のための国際的な標準規格ISO9000シリーズのISO9002の認証を取得。続いて厚木事業所、御殿場事業所、資材本部がISO9002の認証を取得。国内外を含めた全事業分野展開計画で、認証活動を継続
  • マルチメディアへの対応の一環としてCD事業に本格参入

1993年4月

Ricoh UK Products Ltd.が1993年「Queen's Award」環境貢献部門賞を受賞

1993年10月

  • IOCと「IOC・オリンピック・ファクス・ネットワークのサプライヤー」契約に調印
  • 中国・上海に合弁会社「上海理光FAX有限公司」を設立
  • インド・ボンベイに合弁会社RPG Ricoh Ltd.を設立(1998年5月、合弁を解消し、Ricoh India Ltd.を設立)

1994年5月

Ricoh UK Products Ltd.が1994年「ヨーロッパ産業環境賞」に入賞

1994年10月

複写機の遠隔診断サービスの全国展開スタート

1995年3月

リサイクル対応設計が通産大臣賞を受賞

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1995年3月
事業に関するできごと

「再資源化開発事業等表彰」通産大臣賞を受賞

分解・分別を容易にした複写機 
分解・分別を容易にした複写機 
リサイクル対応設計複写機 Spirio 2700。分解にかかる時間を短縮するためのネジ数の削減、プラスチック材料の素材統一、剥がす手間のかからないデカル(シール)の開発など、リサイクルを容易にするための設計が採用されました。
リサイクル対応設計複写機 Spirio 2700。分解にかかる時間を短縮するためのネジ数の削減、プラスチック材料の素材統一、剥がす手間のかからないデカル(シール)の開発など、リサイクルを容易にするための設計が採用されました。
省資源・リサイクル化をめざし、回収した複写機の分解・分別作業を行うためのリサイクルセンターを関東と九州に設置
省資源・リサイクル化をめざし、回収した複写機の分解・分別作業を行うためのリサイクルセンターを関東と九州に設置

1990年代に入ると、リコーは環境経営への取り組みを本格化させます。複写機などの重量の約20%はプラスチック部品ですが、従来はほとんどが分解・分別されることなく製品のまま破砕、廃棄されていました。こうした無駄をなくすために、リコーはリサイクル可能な部品をできるだけ使う設計に取り組み、1993年にリサイクル設計方針および製品評価システムを設定。これに基づき1994年に初のリサイクル対応設計複写機を発売しました。 こうした取り組みが「リコー環境製品アセスメントとリサイクル対応設計推進事業」として認められ、1995年、財団法人クリーンジャパンセンターが主催する「再資源化開発事業等表彰」において最高賞である通商産業大臣賞を受賞。リサイクル対応設計は、リコーの環境経営の伸展を支える基盤となりました。

1995年3月

Ricoh Corporationがアメリカ・Savin Corporation(本社:コネチカット州)を子会社にし、米国での販売を強化

1995年5月

リコー初のデジタルカメラ「リコーDC-1」を発売

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1995年5月
製品・技術に関するできごと

リコー初のデジタルカメラ「リコーDC-1」を発売

リコーDC-1(1995年)
リコーDC-1(1995年)
記録媒体としてPCカードを採用
記録媒体としてPCカードを採用
集積化を図り小型・軽量化に成功
集積化を図り小型・軽量化に成功

イメージ情報とデータ情報の一元的な処理を目指し開発されたリコー独自の0AシステムであるIPS(画像処理融合技術)を搭載した「リコーDC-1」は、新たにデジタルカメラ市場を開拓した一台でした。シャツのポケットに入るサイズ。そこにズーム、通信機能、音声付き動画録画など現在のデジタルカメラでは常識となった機能を搭載。PCへのデータ取り込みを前提にするため、専用のアプリケーションや画像を記録するメディアも独自に開発されました。

1995年5月

超薄型コンパクトカメラ「リコーR1」がカメラ記者クラブ特別賞を受賞

1995年9月

イギリス・Gestetner Holdings PLC(本社:ロンドン)を100%子会社にし、海外販売網を強化(2001年7月、NRG Group PLCに名称変更)

1995年12月

御殿場事業所が、国際的な環境管理システム規格「ISO/DIS14001」の第1号の認証を取得

1996年4月1日

浜田広社長、会長に就任。桜井正光社長就任

1996年6月

Ricoh Corporation が米国環境庁(EPA)からエネルギースター大賞を受賞(2000年まで5年連続受賞)

1996年7月

Ricoh Electronics, Inc.でCD-Rディスク生産開始

1996年7月

海外でのデジタル機器統合ブランドとして「Aficio」ブランドを展開

1996年8月

省スペース・低価格を実現した「imagio MF200」を発売

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1996年8月
製品・技術に関するできごと

省スペース・低価格を実現した「imagio MF200」を発売

    imagio MF200 1996年)
imagio MF200 1996年)

「imagio MF200」は、それまで主流だったアナログ機からデジタル機への移行を一気に促したマシンでした。デジタル機ならではの高画質、メモリーコピー機能などに加え、A3機で世界最小幅(当時)のコンパクトボディ、徹底した本体のコストダウンによる低価格の実現などもあり、中小企業ユーザーを中心に大ヒットを記録。リコーの国内出荷台数におけるデジタル率が50%を超えるなど、国内外でデジタル機の本格的な普及を促進しました。

1996年11月

書き換え可能なCD-RWディスク生産開始

1996年12月

シンガポールにRicoh Asia Pacific Pte. Ltd.を設立

1997年2月

省資源・リサイクル化をめざし、回収したPPCの分解・分別作業を行うためのリコー関東回収リサイクルセンターを設置

1997年3月

カリフォルニアにRicoh Silicon Valley, Inc.を設立(2000年11月、Ricoh Innovations, Inc. に名称変更)

1997年4月

世界初CD-R/RWドライブ「リコーMP6200シリーズ」を発売

1997年10月

  • ロシアに三井物産株式会社との合弁会社Mitsui-Ricoh CIS Ltd.を設立
  • アメリカに中南米の販売統括会社Ricoh Latin America, Inc.を設立

1998年2月

デジタル複合機 RIFAX BL110写太郎2が日本機械工業連合会の優秀省エネルギー機器表彰制度にて日本機械工業連合会会長賞を受賞

1998年8月

Ricoh Asia Industry (Shenzhen) Ltd.が、中国に進出している日系複写機メーカー初の複写機累計生産台数100万台を達成

1998年12月

日本経済新聞社の第2回「環境経営度調査」で総合評価第1位(2000年まで3年連続受賞)

1999年1月

  • リコーテクノネット株式会社東京、大阪本社2社とリコー情報システム株式会社を統合
  • リコーテクノシステムズ株式会社を設立

1999年5月

日本工業新聞社主催第8回地球環境大賞で「通産大臣賞」受賞

1999年12月

日本経営品質賞(JQA)を受賞

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1999年12月
事業に関するできごと

日本経営品質賞(JQA)を受賞

日本経営品質賞を受賞する桜井社長(1999年)
日本経営品質賞を受賞する桜井社長(1999年)
JQAトロフィーと楯
JQAトロフィーと楯

「求められる価値をお客様とともに創り、長期にわたって競争力を維持できる体制」を目指すリコーグループは、CS(カスタマー・サティスファクション)経営体質づくりに取り組み、1999年12月「日本経営品質賞(Japan Quality Award)」を受賞しました。リコーグループでは、その後も顧客起点の考え方で、お客様満足の向上と競争優位の視点に立った経営品質に係わる経営革新をグローバルに水平展開しており、国内海外を問わず、グループ各社を主管する部門による各社の経営品質の評価・改善を実施しています。