デジタルカメラ内で“機能する”インクジェットプリンティング技術

カメラ光学系内に搭載可能な薄型軽量のフィルター(Highlight Diffusion Filter)を開発

背景

1996年に発売されたフィルムカメラの時代から20年以上、スナップシューターとして変わらないコンセプト(高画質・速写性・携帯性・深化)を貫いているハイエンドデジタルカメラRICOH GRシリーズ。「RICOH GR Ⅲ HDF」「RICOH GR Ⅲx HDF」という特別仕様モデルでは、GRとして重要なポイントである速写性を損なわずに、描写表現を拡大するため、自社のインクジェット(IJ)プリンティング技術を用いたソフトフィルター(光をにじませて、写真の雰囲気をソフトにするフィルター)を開発しました。

図1:ソフトフィルターOFF

図1:ソフトフィルターOFF

図1:ソフトフィルターON

ソフトフィルターON

解決したこと

開発したソフトフィルターHDF(Highlight Diffusion Filter)は、光を強調したよりソフトな表現で、フィルム写真や映画のような情緒的な写真表現が可能になります。ハイライト部が拡散され、ハイライト部周辺がにじむのが特徴(図1)です。GRのコンセプトを踏まえて、日常のさまざまなシーンを捉えることができるよう、派手な効果ではなく、長く愛用できるフィルター効果になるよう調整しています。

ボタン一つでフィルター効果をON/OFFできるようにするためには、カメラの撮影レンズ系の光路内に なるべく薄く小さく軽いフィルターを配置することが必要です。薄いことはフィルターが光路内に挿抜される際に結像性能に悪影響を与えないための、また、小さく軽いことはカメラ内でフィルターを駆動させるための要件です。

このたび、リコーの光学技術とIJプリンティング技術とを融合し、IJによる薄型光学フィルター製造技術を開発することで、HDFの開発に成功しました。

図2:シャッターユニットに搭載したHDF(HDF “ON”)

図2:シャッターユニットに搭載したHDF(HDF “ON”)

図3:FnボタンでHDFのON/OFFが可能

図3:FnボタンでHDFのON/OFFが可能

技術の特徴

フィルターを薄型化するために、フィルター内部ではなく、フィルター表面で所望の光学的機能を発揮する構造物を配置する技術を開発しました。これには、多種多様な媒体に緻密かつ高精度に描画が可能なIJプリンティング技術が大いに貢献しています。IJプリンティングには原版が不要という特徴もあるため、短い研究開発期間内でも数多くの試作を重ねてフィルター効果の微調整を行えるメリットもあります。フィルターの薄型化によって、撮影レンズ系内にフィルターを挿抜する際の結像性能の変化を極小に抑制できるようになりました。

フィルター内蔵技術

フィルターを小型・軽量化するために、撮影レンズ系の開口絞りの近くにフィルターを配置するレイアウト(図4)を採用しました。開口絞りでは撮影レンズ内の光路が画角によらず同じような位置を通るため、小さなフィルターでもフィルターの効果を画面全体に一様に適用することができるというメリットがあります。撮影レンズ系の中にフィルターを出し入れすることになるこのレイアウトを実現するために、フィルターを薄くするための工夫が必要でしたが、フィルターの小型・軽量化によって駆動モーターの小型化も可能になり、カメラサイズを大きくすることなくフィルターをON/OFFできるようになりました。

図4:光学系内の断面配置図

図4:光学系内の断面配置図

図5:フィルター試作品

図5:フィルター試作品

HDF(Highlight Diffusion Filter)プリントシーンとHDF内蔵によるON・OFF効果

IJプリンティング技術

フィルター表面で所望の光学的機能を発揮するためには、フィルター表面に配置する構造物の濃度特性、大きさ、形状、配置を精密に制御する必要がありますが、このたび、リコーがこれまで培ってきたIJプリンティング技術を応用することでこれを実現しています。

フィルター表面にはピコリットルサイズのインク滴を配置していますが、インク滴の数や配置を最適化しながら、インク滴の大きさもわずかに変化させた複数種類のインク滴を用いることが、フィルター特性に良い影響を与えています。これは、極小のインク滴を吐出可能な独自のIJヘッド(図6)と、インク滴の大きさをコントロールするマルチドロップ制御技術(図7)によるものです。さらに、紫外線硬化型(UV)インクを用いることによってフィルター表面でインク滴がドーム状の形状を保つことを実現しながら、フィルター表現に適切なインク滴の濃度を持ちつつ、フィルターのON/OFFによるメカニカルな動作やカメラの過酷な使用環境に耐えられるように、インクの処方にも工夫が施されています。

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    ピコリットル:1兆分の1(10のマイナス12乗)リットル

また、これらの技術を安定して量産することも重要で、軽量化と光学特性のために限界まで薄くしたフィルターの取り扱いや、インク滴を安定して狙いの位置に配置する生産装置など、これまで多くの精密機器を量産してきた生産技術が大きな役割を果たしています。

図6:小滴対応の自社製IJヘッド

図6:小滴対応の自社製IJヘッド

図7:マルチドロップ制御技術による多彩なドットサイズ制御

図7:マルチドロップ制御技術による多彩なドットサイズ制御

図8:RICOH GR Ⅲ HDF/RICOH GR Ⅲ HDF

図8:RICOH GR Ⅲ HDF / RICOH GR Ⅲx HDF

リコーの想い

リコーが創業以来、長きにわたり取り組んできた「光学技術」と「印刷技術」を融合させることによって、デジタルカメラ内で機能する印刷技術という新たな発想と挑戦に取り組みました。

この取り組みを活かし、カメラや写真の文化と歴史に貢献できる、新たなフィルターの可能性や展開を検討していきます。

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