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Front Runner インタビュー 佐藤 俊一

【FrontRunnerインタビュー】世の中を変えていくシーズを自分の手で(時には密かに)成長させています。佐藤俊一

許容範囲はできるだけ広く持つ

大学時代の専門は無機材料、主に相変化型記録材料でした。就職先は実家の周辺でと考えていたので宮城にあるリコーグループの会社に。大学での専門に固執するつもりはなかったので、配属先で化合物半導体素子の研究開発と言われた時も抵抗感なく受け止めました。むしろ、技術の幅を広げるチャンスだと。有機金属気相成長法(MOCVD)と出会ったのもこの時が初めてです。以来、今日まで一貫してこの領域に携わっています。

運が良かったのは、私が入社した時期と、来るべき情報化時代に向けてリコーが化合物半導体研究開発を立ち上げた時期が重なったこと。最初の3年間は、研究所としての技術の裾野を拡げる意味合いも含めて、同軸横接合型(CTJ)面発光素子の研究を産学協同で取り組みました。これが後年、垂直共振器型面発光レーザ(VCSEL(*1))の開発に生かされることになります。その間、大学の研究室へ勉強に出向いたり、あるいは大学から人を招くなどして、研究所の基盤づくりも進められました。

画像:許容範囲はできるだけ広く持つ

研究所は“素子材料からシステム開発まで”という方針の下に設立されたという背景もあり、当初から全社への貢献を目指していました。CTJの研究が一段落した後、プリンター用のLEDアレイを開発して担当部門に搭載を提案しました。残念ながら採用には至りませんでしたが、私にとって、MOCVD技術を磨くことができました。どんな仕事も無駄にはならないということです。

1995年、私のその後の研究者人生を大きく左右する発表がありました。長波長帯レーザへの適用に優れた新材料GaInNAs(*2)が、国内電機メーカーから提案されたのです。これは、量子井戸への電子の閉じ込め効果が高く、冷却フリーで高速動作するという特性を備えた材料です。冷却フリーで低コストにできれば光ファイバーを各家庭に導入でき、「できたらすごい」とすぐに飛びつきました。

画像:許容範囲はできるだけ広く持つ2

課題は、積層膜生成(成膜)に分子線エピタキシャル成膜法(MBE)を用いなければならないという点にありました。MBEは、GaInNAsのような、いわば特殊な材料の成膜には向いていますが、装置が大がかりになる上、量産にも適していません。しかし、資料を読んでいうるうちに、MOCVDで作れるのではないかという気がしてきたのです。

*1 VCSEL:Vertical Cavity Surface Emitting LASER。基板に対して垂直方向に発光・発振するレーザー。水平方向に発光・発振する従来の半導体レーザー(端面発光レーザー)に比べ次のような特長を持つ。(1)発光点の2次元化が容易で多ビーム化が可能(2)低消費電力で作動する(3)発光領域の体積が小さく高速変調が可能(4)結晶面に沿っての劈開工程が不要でウエハ状態で検査できるため製造コストを削減できる等々。光通信用光源・接続器をはじめ、光ディスク書込、レーザープリンターなど応用が拡大している。発明者は東京工業大学学長・伊賀健一氏。

*2 新材料GaInNAs:ガリウム、インジウム、窒素、砒素のIII‐V族混晶半導体。従来、混和性が低く結晶成長が難しいとされてきたが、Nを添加することで量子井戸でのキャリア封じ込め効果が高くなることが解明され、有望な半導体レーザーの活性層用材料として注目されるようなった。

常識よりも可能性に賭ける勇気

結論からお話しすると、みごと世界で初めて、MOCVDで成膜することができました。それも、最初に見積もったよりも短期間で。最初の試作で波長1.29μmまでの温室パルス発振に成功したのです。成膜成功後、応用物理学会や半導体レーザー国際学会などで発表をする機会がありましたが、そのたびに「なぜMOCVDで作れると思ったのか」と尋ねられました。私としては逆に「なぜできないと思うのか」と不思議だったのですが(笑)。確かにGaInNAsは扱いにくい材料ではあるのですが、可能性はゼロではないだろうと。

言葉で表現するのは難しいのですが、要は直観、感性だと思います。そもそも成膜の世界はブラックボックスで、成膜室(チャンバー)で起きている現象を目視することは困難で、数式で説明することもできないのです。条件と結果の因果関係が必ずしもリニアでなく、容易に仮説が立てにくいところがあります。自分の直観を頼りに仮説を立てる、という世界。社内でも、研究テーマとして取り上げたいと言ったところ、「宝クジを当てるよりも確率は低そうだ」とひやかされました(笑)。

MOCVDによるGaInNAs半導体レーザーは、着手後わずか1年で開発することができました。最初、3年はかかると思っていたのですが、これもまたブラックボックスの成せる技で、すべての条件がみごと一致したというわけです。今振り返って思うのは、もしも開発に先立っていろいろな調査をしていたら、果たしてこれほど短期間で成し遂げられただろうか、ということ。机の上で調査しているよりも、クリーンルームでタッチ&トライを繰り返すほうが早く結果が得られると思うのです。研究の世界は長年の実績や経験がものというところがありますが、MOCVDでは必ずしもそれがすべてではないという面があって、そこに私は大きな魅力を感じています。

画像:常識よりも可能性に賭ける勇気

半導体レーザーはできたのですが、さて、これをどう社内で展開していこうかと考えていたところ、VCSELの総本山とも言うべき東京工業大学精密工学研究所の研究者から共同開発の誘いがありました。1996年のことです。ただし、すぐに共同開発スタートというわけにはいかず、約4年間は別の業務に忙殺される日々が続きました。その間、“アンダー・ザ・デスク”での研究は認めてもらえました。本来の業務だけでなく、個人のテーマにも取り組める研究所なのです。

“Made in Sendai”の化合物半導体が世界を変える

VCSELの開発に注力できるようになったのは、2000年になってからのこと。5ヶ月後には、GaInNAsを活性層とする長波長帯1.3μmのVCSELができ上がりました。『リコー、室温連続動作に成功』という見出しで日本経済新聞でも紹介(2000年10月7日付)されました。これほど短期間で開発できたのは。東京工業大学側の多層膜反射鏡(DBR)の積層品質が良かったことに加え、アンダー・ザ・デスクで性能向上を図ってこられたことも奏功しています。

この実績を背景に、今度はリコーの商品分野で利用できるVCSELの開発にも取りかかりました。ターゲットはレーザープリンターで、波長は780μm。従来比8倍の高解像度と超高速スキャンが実現できるようになります。ところが、関連部門に提案したところ、当面は不要と言われてしまいました。原因は、VCSELの性能が十分発揮できない条件でレビューされてしまったためです。残念でした。

すぐに社内展開ができないとわかっても、VCSELの有用性を確信していたので、開発は継続しました。ほら、言ったでしょう、リコーはそれが許される会社だと。お陰で、と言っては語弊がありますが、長波長帯VCSELの技術は相当蓄積することができました。当時、この分野ではトップクラスの技術力があったと自負しています。

事態が一転したのは2003年でした。競合メーカーからVCSELを積んだレーザープリンターが発売されたのです。急きょ声がかかり「すぐに実装に向けた取り組みをはじめるように」と(笑)。結果的に後発になってしまいましたが、ビーム数で勝り、パワーも強い、高画素密度・高出力のVCSELアレイ(*3)を開発することができました。放熱特性の改善などプリンター用途特有の課題などもあって多少時間を要しましたが、プロダクションプリンター「RICOH Pro C751EX/C651EX」(2011年6月発売)への搭載が決まりました。嬉しかったですね。しかし、本格的な量産体制に入った矢先、東日本大地震が発生したのです。

画像:1mm2以下の面積に40の光源を

1mm2以下の面積に40の光源を
配置したリコーの40チャンネルVCSEL

画像:VCSEL搭載のRICOH Pro C751EX

VCSEL搭載のRICOH Pro C751EX

3月11日、私は子供の中学校卒業式で休暇を取っていました。出社できたのは10日後でした。出社してみると、施設内のインフラは大きなダメージを受けていて、とても生産を再開できる状態ではありませんでした。それでも商品の発売に影響を及ぼさないよう、全員で必死に復旧に努めました。約1ヶ月で一部生産可能なところまで立て直すことができました。完全に復旧したのは7月頃です。自分たちの職場や仕事、そして何よりもお客様との約束を守ろうと、全員一丸となって挑んだ数ヶ月間でした。

MOCVDと出会い、CTJで知識を得、プリンター用LEDAでシステム化を学び、GaInNAs半導体レーザーで自信をつけ、VCSELアレイで会社に貢献できるようになるまで約25年間。自分にとっても、研究所にとっても、真価が問われるのはむしろこれからだと思っています。VCSELに関する高い技術を有する希有な存在として、現在、世界をアッと言わせるようなシステムの開発に取り組んでいます。目指すのは単なる端面型レーザーの置き換えではなく、VCSELの特長を生かしたシステムによる情報社会インフラの革新です。もちろん、VCSEL以外にも環境分野や、安心安全に向けた、さまざまな化合物半導体の開発が進められています。ここには、研究者の数だけテーマがあります。大事なことは、志を持って諦めずに挑みつづける姿勢です。

*3 高画素密度のVCSELアレイ:40ビーム、画素密度1200dpi×4800dpi。波長780μmの活性材料はGaInPAs。

上司からのメッセージ

「仕事への誇りと信念が大事」

研究開発 東北研究所
第八研究室 室長 伊藤 和典

今年、VCSELの生産がスタートできて本当に嬉しく思っています。なぜ、東北研究所がこれを成しえたか? 行き着いた答えは、「仕事に誇りと信念を持って結果が出るまでやりきること」でした。佐藤さんはまさに、このことにぴったりな非常にパワーのある研究者です。

ただし、これは信念岩をも貫くといった長い時間をかけて成果を得るということではなく、短期の活動であっても、しっかりした結果を目に見える形で出すということです。

今回、大震災に遭いましたが、短期間で生産ラインを復旧させ、RICOH Pro C751EX/C651EXの発売日に影響を及ぼすことなく製品を出荷できました。結果を出すことがもはや我々の文化になっていると心強く思っています。

今後もこの特徴を活かすことで、社会に役立つ技術をデバイスやモジュール製品という形あるものとして、どんどん生み出していけるものと考えています。次のターゲットは、関心度の高いエネルギー分野に革新をもたらすようなデバイス開発がしたいですね。

画像:研究開発 東北研究所 第八研究室 室長 伊藤 和典

プロフィール

プロフィール:佐藤俊一

佐藤俊一(さとう・しゅんいち)
研究開発 東北研究所第八研究室 主席研究員

工学部電子工学科卒。1986年入社。以来、一貫して化合物半導体素子の研究開発に従事。1996年、MOCVD法によるGaInNAs半導体レーザーを世界で初めて成功させ、さらに2000年には長波長帯VCSELを開発。民間企業におけるこの分野での第一人者となる。学生時代は山岳部に所属し4年間で延べ300日登攀したが、結婚を機に家庭菜園家に転身。

※本ページに掲載されている情報は、2011年9月現在のものです。