水口哲也×LIFE STYLE
対談3/3
人が時間と空間を超えて、未来にメッセージを伝える新世紀がはじまった:水口哲也
March 22, 2016
ゲームや音楽、映像など多様な分野でグローバルな創作活動を続けながら慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科で特任教授を務める水口哲也さんと、リコーの研究者・増田憲介による、未来の技術やライフスタイルについての対談(3/3)。最終回となる後編では、21世紀の技術の未来予測から、人間の欲求と技術のシナジー、さらに人工知能と仕事の将来まで、熱く語り合います。
21世紀は、人のウォンツ(欲求)が、“時間”を超えはじめる
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増田:
私は最近、故人の音声や写真を人工知能で分析して、その場に実在するかのように3Dアバターとして蘇らせるという技術が気になっています。生前と同じように会話ができるすごい技術なのですが、あくまでも過去のデータに基づいた予定調和的なイメージが拭えないんですね。そのような意味で、生きていくうえで「その時間に、その空間でしかできない体験」は大切にしなければと考えさせられました。
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水口:
それは、とても大事なキーワードだと思います。20世紀は交通のテクノロジーの発達で大きく“空間”を超えましたが、21世紀は広い意味で“時間”を超えていくと思うんですね。タイムマシンができるという話だけではなくて、たとえば数十年後の誰かに向かって自分のメッセージを送るなど、「何かを未来に伝える」ことがすでにはじまっていますし、この人間の欲求はさらに拡がっていくのではないかと思います。
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増田:
先ほどお話ししたように「第三者がメッセージを再現する」のではなく、自分自身の想いを残すということですね。
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水口:
そうです。たとえば夏目漱石のメッセージを未来に残す、と言っても、そのメッセージが漱石自身のウォンツ(欲求)なのか、周囲の人や後世の人が「漱石を復元したい」というウォンツでは、内容が全然違いますよね。漱石自身のパッションが詰まったメッセージと、漱石のパッションとは無関係の人が「技術的にできるから」という理由だけで作られたものは、全然違う価値を生み出します。
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増田:
漱石本人でなければ、漱石の意志をきちんと残したいという想いがある人が、現代に漱石を「育てる」ということも含めて開発する必要があるということですね。
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水口:
おっしゃるとおりです。人間を中心に考えれば…人間のウォンツが介在しないものはどんなにすごい技術でも淘汰されてしまうように、「テクノロジーができること(Can)」と「人間が必要とするもの(Wants)」は違いますよね。メディアデザインでは、人間の欲求をどう循環し、正の化学反応を生み出すか、そういうことを考えます。形のあるプロダクトも、目に見えないサービスでも同様です。先ほどの話で言うと、人間は“時間”や“空間”に対してどんなウォンツを持っているか、さらにその裏側に連なるウォンツを因数分解していくと、その本質が見えてきます。
左:メディアデザイナー 水口哲也、右:株式会社リコー 未来技術研究所 研究企画室 戦略推進グループ 増田憲介
VR・ARと音楽の融合や人工知能の発達で、新たな「幸せ」の可能性が拡張する
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増田:
記憶や記録という点でいうと、映像や写真と同じように、音楽も記憶を呼び覚ますトリガーになるなと感じています。たとえば、大学時代に撮影した映像に音楽をつけたものを友人に配ったことがあるのですが、10年ほど経った今でも、一緒にカラオケに行ってその曲がかかると、みんなに当時の記憶が蘇るんですね。
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水口:
それ、すごくよくわかります。そういう体験は今後、VR (仮想現実)やAR (拡張現実)でもたくさん起こってくると思います。たとえば、仕事が忙しいと、なかなかバンド活動はできないですよね。
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増田:
練習時間を捻出するのはむずかしいですね。
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水口:
VRやARであれば、各メンバーが離れた場所にいてもつながれる。こういう体験は人を確実に幸せにしますよね。「あのメンバーでまた集まろう」ということが簡単に実現できるでしょう。
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増田:
単純にみんなで音を合わせるということでしたら、電話回線でできちゃうかもしれませんが、音に映像を伴うことで、より鮮明に昔の気持ちを思い出せそうですね。
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水口:
音楽は記憶に深く結びつきますよね、その時の感情とか、時代性とか。思い出の曲を聴くと励まされたり、元気になったりしますし、そういった過去の体験と紐づいた音楽とVR・ARが結びついてくると、明らかに多くの人を幸せにすると思います。
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増田:
一方で、技術が進化して、人工知能が発達すると「人間の仕事の6割はなくなる」とも言われています。でも、私は「機械に任せられる仕事は任せてしまえばいい」と思っています。これは農業へのICT導入プロジェクトを通じて感じたのですが、人工知能の力で高付加価値作物の大量生産が実現できれば、人間はまた新たなステップに踏み出せるんですね。だから、「次に自分は何をしよう」という楽しみが増えると考えています。
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水口:
私もまったく同感です。現代の仕事には機械的なものやストレスが大きいものも多いので、そのストレスから解放されると、人はポジティブな方向に進めるでしょうね。最初はいろいろな問題があるでしょうが、結果的に、「なんだか幸せになったな」と感じられる未来がきっとくると思います。
PROFILE
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水口哲也(ミズグチテツヤ)メディアデザイナー、レゾネア代表、米国法人 enhance games, CEO、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(Keio Media Design) 特任教授
ビデオゲーム、音楽、映像、アプリケーション設計など、共感覚的アプローチで創作活動を続けている。2001年、「Rez」を発表。その後、「ルミネス」(2004)、 キネクトを用い指揮者のように操作しながら共感覚体験を可能にした「Child of Eden」(2010)、Rez のVR拡張版である「Rez Infinite」(2016)など、独創性の高い作品を制作し続けている。2006年には、全米プロデューサー協会とHollywood Reporter誌が合同で選ぶ「Digital 50」の1人に選出。
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増田憲介 (マスダケンスケ )株式会社リコー 未来技術研究所 研究企画室 戦略推進グループ
1981年、東京都生まれ。2006年、慶應義塾大学大学院理工学研究科を修了後、リコーに入社。大学時代はレーザーを使った癌治療の開発に携わり、入社後はコピー機の光学系開発に従事。2011年よりRICOH THETAの初期開発メンバーに参画し、光学系の開発リーダーおよび特許推進リーダーを担当。以降、さまざまな領域の新規事業の開発を手掛け、現在は研究所全体の戦略を策定中。
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