倉田タカシ×INTERFACE
ストーリー2/3
あの星で生まれた:倉田タカシ
December 15, 2015
SF作家・倉田タカシさんが想像する、2036年の「インターフェイス」を全7回(短編小説4本+対談記事3本)にわたって紹介。短編小説の本編(2/3)となる本記事。『紙のオフィス』に閉じ込められた3人は、戸見が考えた「オフィスの再起動」で脱出を試みるが失敗。そんななか、吉田は「紙の銃」を使った仕掛けを提案するのだった。
紙の銃?
「じゃあさ、おれの仕掛けを使ってみてもいいかな」
吉田がごそごそとポケットを探る。
「そろそろ、おれも真顔で取り組まないと怒られちゃうからね」
「ぜんぜんニヤニヤしてますけど」と佐々波がつっこむ。
とり出されたのは、小さく畳まれた紙だった。
「ここさ、携帯メモリは持ち込み禁止じゃん? 見てよ、この前世紀っぽさ」
ひろげるとA2ほどの大きさになったそれは、半透明の『ふつうの』紙、トレーシングペーパーだ。複雑な部品らしき形がいくつも、黒一色のシルエットで印刷されている。
「べつの場所で出力された〈パペル・ノヴァ〉を持ち込むことも不可能だしね」
〈パペル・ノヴァ〉の出力は、あくまでも個々のワークスペースに属するもので、その場を出れば情報を失い、分解するように設定されている。
テーブルの上には、見本の〈パペル・ノヴァ〉が重ねて置かれている。吉田はその1枚をとり、上に設計図の一部を重ね、「輪郭線トレース、ベクター最適化」と命じた。
下に敷かれた〈パペル・ノヴァ〉は、明るさの違いを感知し、輪郭線にそって紙面に線を表示する。
輪郭線が写し取られたところで、吉田は「線で切り抜き」と声をかける。さっき戸見がやったのと同様に、紙が反応し、線にそって切り取りやすくなる。
3人で手分けして紙を割き、複雑な輪郭に切り分けられた十数枚の紙片ができあがった。吉田はそれを折り、楽しげに組み立てていく。
こまかいタブが複雑に噛みあい、強度をそなえた構造になる。
最終的に、吉田の手には、銃のような形をした〈パペル・ノヴァ〉の紙細工が握られていた。
道具と武器の境い目ってどこにあるんだろうね、と吉田はいう。ちゃんと線を引いとけないのは、ほんとに困るよね。
佐々波は吉田の持つ紙細工をしげしげと見る。
「吉田さんの星ではこういう武器を使ってたんですか?」
「武器なんかないよ。おれたちの星には争いがなかったから。ごめん、いま嘘ついた。もちろん争いはあったね。いまもあるよ」
もはや何の話をしているのかわからない。
吉田ロニはズィンガラマドゥニ星人だ。
『ズィンガラマドゥニ』は、ズィンガラマドゥニ星の言葉で『われらが母星』を意味している。
これはあくまでも吉田による説明で、実際はスワヒリ語かなにからしい。
もちろん、全員が地球生まれの人類で、大半が日本の国籍を持っている。そういう名前の集団であるというだけのことだ。
この星が生まれたきっかけは、国のシステムに起こった、社会保障に関する情報の大規模な消失事故だった。10年ほど前、吉田を含む数十万人がこれに巻き込まれたのだ。
渦中の人々は、一時的に〈存在しない国民〉になった。個人の持つ識別番号は保持されていたが、それに紐づけられた個人情報が一切なくなってしまったのだ。だから、保障を得られない。届け出られず、認証されない。
とくに、正規の雇用になかった人々にとって、これは大きな打撃になった。多くが負債を抱え、住居を失った。対処は遅れ、補償はわずかだった。
「ちっちゃい不手際と無関心の連携プレーがさ、おもしろい機械になって、おれたちを社会から切り離したよね。――あれね、超むずかしいよ、避けんの」
それですごく痩せたんでしたっけ、と茶々を入れた佐々波に、
「痩せたっつうか、骨になったね。そんでその骨が、粉になったよね。大状況の歯車にすりつぶされてね」
吉田はフリーランスのデザイナーで、それなりの蓄えはあったが、身寄りがなく、友人の助けを得てもなお行き詰った。
「――で、時間をさかのぼって、おれたちはみんなあの星の生まれになったんだよ」
互助的な集団として身を寄せ合い、声を上げた。
ふざけた名乗りの底にはアイロニーがある。国の中にいながら〈外〉にはじき出された人々として、異議をとなえ、権利を求めたのだ。
状況が改善されたあとも、〈星〉の住人はまとまりを保った。あとから加わる者もいた。そして今も、困難に直面する人々を助けている。
2年前。
終電が去ったあとの街をほろ酔いで歩いていた戸見は、更地だったはずの区画に宇宙船が着陸しているのを見つけた。
戸見は足を止め、酔った目でそれを眺めた。流線型の船体は内側から光を放ち、おしゃれな照明器具のようだ。
近くへいき、表面に手を滑らせる。宇宙船は〈パペル・ノヴァ〉でつくられていた。
宇宙船の扉がひらき、中から声がかかった。
「ようこそ! きみを待ってた」
そこにいたのが吉田だった。
「悪用の仕方を考えてんの、おれは。うかつに悪用されないように」
宇宙船のなかには、たくさんの用途不明な〈パペル・ノヴァ〉の紙細工が散らばっていた。散らばっているように展示されている、と気づくには時間が必要だった。この〈宇宙船〉はギャラリーなのだ。
で、やばいことを思いついたら、企業に教えるわけよ。対策を立ててもらえることを期待して」
ここでようやく、戸見は、自分が本当に待たれていたことに思いあたった。目の前にいたのは、数日前にSNSでやりとりし、近いうちに会おうと約束していた相手だった。
紙をハックする
「おれたちは、〈懐疑〉を提供するのが仕事」といまの吉田はいう。
吉田が持っている入館許可証には、『外部アドバイザー:工業デザイナー』と記されている。
「嫌われずにケチをつけられる距離ってのがあんのよ。敵にならず、完全な味方でもなく……」
ズィンガラマドゥニ星の人々は、ボランティアグループともゆるやかにつながり、集団の運営に外部からの視点を提供している。
「けっこううるさいですよね」佐々波がにやにやとする。
佐々波も、同じ外部アドバイザーとしてここにいる。こちらは、〈パペル・ノヴァ〉を多様に使いこなすボランティアグループの代表として。
「破壊的なテクノロジーを、補綴(ほてい)的に使うこと……」
自分にいいきかせるように口にしながら、吉田は紙の引き金をひいた。
たん、と音を立て、紙細工から飛び出した小さな紙片が壁にはねかえる。
「どこまでがインタラクション(相互作用)で、どこからがイントルージョン(侵入)か、っていうね、そのきわきわのところを狙っていこうと……」
ニヤニヤの笑みが大きくなる。
「このさ、なにか深い操作をやりたいときに、必ず電子的な入力と物理的な入力を合わせなきゃいけないってのがいいよね」
「そのほうが"強い"かなと思って……機械にも人にも」
戸見はやや上の空で答え、目は壁をじっと見ている。
紙片の当たった場所では光がパターンをなして明滅し、なにかが始まりそうな気配がある。
「強いタップが小さい面積に集中したとき、物理的衝撃でもって〈パペル・ノヴァ〉の繊維デバイスに短いコードを転写させられる脆弱性が……」
そこまで言ってから、吉田が目を見開いた。
「おっ、通らない?」
反応はすぐに収まり、あとはなにも起こらなかった。
戸見は、満足にほんの少しだけ失望をまぜた顔になる。
「おれの環境ではいけたんだけどなあ……。ほんとに悔しいわ」
そう言いながらも吉田は満面の笑みを浮かべ、
「すいません、そこはもう塞いでました」
戸見もやや得意顔で応じる。
吉田の手のなかで、紙細工が、ばらばらにちぎれた紙屑の塊になった。指の間をすりぬけ、落ちるあいだにさらに分解し、粉のようになって床に散らばる。
「すげえ、発射元を感知して防御できるんだ!」
歓声をあげる吉田。
それから、ふと真顔になると、期待をこめて戸見にたずねる。
「これ、外部に警報かなんかが送信されてる?」
あっ、と戸見は小さく声をあげ、顔をしかめる。
「されてないです……。デモンストレーション用の実装なんで」
「あー……惜しいなあ!」
「そろそろ警備の人に回ってきてほしいよね。壁を叩いたりしたほうがいいのかな」
佐々波の声もやや懸念をおびる。
戸見はいたたまれず、うろうろと歩き回る。
吉田が遠くを見る目になり、あご髭をひっぱる。
「……あのさ、いま気が付いたんだけど、これ、人間も〈情報のコンテナ〉と見なされてんじゃね?」
戸見の顔が輝いた。――嬉しくない気づきをしたときの輝きかたで。
「それだ……!」