円城塔×WORK PLACE
ストーリー2/3
感覚器としての脚:円城塔
February 24, 2015
作家の円城塔さんによる「西暦2036年を想像してみた」、短編小説の本編(2/3)。テクノロジーの進歩にマッチングしない「人間の体」。その状況で私たちは、どのような選択を強いられるのか?
移動するという仕事
待ち合わせの喫茶店の入り口に、小径自転車が止まる。器用に自転車を折りたたんで店内に引いてきた人物がテーブルの横に立った。
椅子に座ると溜息混じりに、「移動している時間の方が、仕事をしている時間よりも長いかも知れない」と言う。「移動中にも仕事はできるようにしていますけど」と言ってノートブックを取り出した。「移動手段の多重化、通信手段の多重化、バックアップの多重化、セキュリティの多重化......」それでも、「体を多重化できないのは不便なことです。オールドメディアですよ」
東京、大阪、サンフランシスコ、シカゴ、ニューヨーク、ロンドン、フランクフルト、パリ、ドバイ、ボンベイ、と都市の名前が上がっていく。「シェアリング管理用のソフトウェアがなければ、どれが自分の家なのかもわからない」とぼやく。友人たちとそれぞれの都市で持ち家を共有して利用しているのだという。「ホテルよりも楽ですから」
「勿論、あらゆるものはデータ化できます。測定さえできればね。でもどう測定器をつくればいいのかわからないものは多いんですよ。だから直接会わなきゃいけないってことになる。見てみますか」と言いながら、ノートブックの画面をこちらへ回し、指を踊らせる。
オールドメディア
「そう我々は」と画面の向こうの人物が言う。「直接相手のところまで出向かなくてもすむシステムを構築しようとして、直接的な会合を続けているわけです。ええと」と目を逸らして何かを確認し、「あなたが『島々』へやってくるのは、来週の──ああ、火曜日ということでよろしいですな」
「渋滞をはじめとする交通問題は、エンジンの出力を上げるだけでは解消できないわけです」折りたたみ自転車を組み立てながら言う。「意外にローテクな解決の方が有効ということになるかも知れませんね。たとえば、交渉や打ち合わせに利用するための言葉自体を設計するとかね」
こちらの視線に気がついたのか、サドルの前に据えつけられたもうひとつのサドルに目を落とす。
「チャイルドシートですよ。これから保育園に迎えに行くところなんです」とスケジューラーを示して見せた。