柴田勝家×EDUCATION
ストーリー3/3
心を伝える:柴田勝家
October 15, 2015
SF作家・柴田勝家さんが想像する、2036年の「教育」を全7回(短編小説4本+対談記事3本)にわたって紹介。短編小説の本編(3/3)となる本記事。いつもの退屈な授業が楽しい━━そのきっかけは、自分で完成させたアプリケーション『自分フォント』。伝えたい言葉がある……その想いが、彼女の日常を変えた。
私だけの文字で
その授業は、予想外に面白かった。
手書きでわざわざ漢字を書くなんて、最初は無意味なことかと思っていたけれど、なかなかどうして、いざやってみると自分の文字の出来栄えに一喜一憂できた。
「ね、来週の課題見せて」
私の言葉は液相コンピュータを通して、すぐさまロシア語に翻訳されて、すぐさま彼のところに届けられる。
「とても下手だよ。漢字の意味はまだ解らないし」
拡張ホロ上の彼は、そう言って課題の画像データを送ってきてくれた。「春爛漫」。題は自由に三文字熟語だった。意味はともかく、一字ずつ丁寧に楷書体で書き上げている。先生なら、力が入りすぎているかも、なんて気やすい調子でアドバイスをくれるかもしれないけど、私はまだそこまでは解らない。
「君のも見せて」
彼からの要望に答える為、私は私で「獺祭魚」と書いた半紙を画像化して送る。拙い文字運び、豪快に飛び出てる部分と、気弱に薄れてる箇所がバラバラ。文字を書くだけで、ここまで性格が露わになるなんて思いもしなかった。
私の書いた文字の意味を一つ一つ訊ねてくる彼。私は外部記憶に任せていた説明をやめにして、どうして自分が書きたかったのか、どういう意味なのか、一つ一つをしっかり言葉にして伝えていった。
ううん、もしかしたら本当は私、彼にだけはもっと伝えたい言葉があったのかも。
教室での授業が退屈に感じる時は多い。
大人なら、液相コンピュータをドリンク状にして、補助記憶剤として簡単に摂取できる。わざわざ新しいことを覚えなくても、用途に合わせて調合されたドリンクを飲むだけで、必要な知識を使えるようになるらしい。詳しい用法は解らないけれど、ようは無意識に摂取している情報から必要なものだけを抜き出して記憶できるとか、なんとか。
未だ法的には子供な私は、そんなものに頼ることもできず――もっとも、そんなものに頼りきりな大人もイヤだけど――ただひたすらに机にかじりついて時間を潰すしかない。
液相コンピュータの外部記憶にアクセスすれば、世の中の多くのことがすぐさま解る。私達に必要なのは、それらを逐一覚えていくことじゃなくて、いかに引き出すか、そういう知識の使い方。スクーリングで顔を合わせる教師も、総合的な知識体系というものを私達に教えようと躍起になっている。
私は、ちょっとした暇潰しのつもりで、授業に使うプレディクティブ機能を持ったペンを使って、覚えた漢字を書いていた。
机に広げられたタブレットデバイスの上で、文字になれない文字がうねうねと動いていた。文章にもならない無意味な漢字は、液相インクを通して何度も文字化けを起こしてから、ようやく私の意図した形に固着した。
そこで私は小さな気付きを手に入れた。ちょっと楽しいかも、って。工業用のフォントじゃ再現できない、私だけの文字。自分なりに書こうと思えば、その都度、文字は製品規格と癖字の狭間で震えながら姿を変えていく。猫。猫。猫。どんどん文字を崩して、漢字と絵文字の中間みたいにしていって。なんだか小さなペットみたいで可愛く思えてきて、今度はそれを誰かに自慢したくなった。
私はそんな茶目っ気から、クラスで比較的に仲の良い子にメールを送る。授業中の手紙交換。許してくれるかな? 文字だけのそっけないやり取りじゃなくて、絵文字でもない、画像でもない、不思議な言葉の動物を添えてみる。メールを受け取った子は、それに気づいてくれたのか、こちらを見て愉快そうに笑ってくれた。
返信は小さく一言「面白いね、私にも教えて」ってさ。
私は、自分が前に勉強したアプリケーション開発の技術も組み合わせて、液相インクを自由に動かす為の記述を加えることにした。そうして完成した〝自分フォント〟を、今度はクラスの友達に教えることになる。
私が文字を書けば、ほら、「魚」はメダカみたいに液相モニターの中を泳いでいって、「鳥」はニワトリみたいによたよた羽ばたいてみせる。「すごい」「やってみたい」私の周囲に友達が集まってきて、退屈だった校内授業も楽しみに思えてきた。
手書きで文字を作る。伝えたい文字の組み合わせに、色んな色や形を混ぜて、自分だけの手書きフォントを作ってコミュニケーションの道具にしてみせる。花言葉と花の絵を組み合わせる人、筆順をリズムに音楽を作る人、動きで漢字の意味を伝える人。色んな用途に合わせて使えて、そのどれもにみんなの個性が表れていた。
休み時間の度に、顔を合わせる友人達が楽しげに新しい文字を披露してくれる。最初はその変な集まりに担任教師も顔をしかめていたけど、私達がしごく真っ当に創造性を発揮しているのに気づくと、笑って許してくれた。他人とリアルで集まるからこそ生まれるものもある、って、そんなお墨付きまで貰っちゃったり。
そんな訳で、動く手書き文字〝自分フォント〟は、同世代の間で、にわかにブームになったらしく、不思議な女子高生文化としてフォーラムの話題をいくらかさらっていったりもした。社会に役立ったところでは、外国人向けに漢字の意味を伝えるピクトグラムの発展形として使われたり、非言語コミュニケーションの例として用いられたり。まぁ、その辺は、私とは関係ない、もっと頭の良い誰かが手を加えたからなんだけどね。
教わること、伝えること
そんな訳で、〝自分フォント〟を作るきっかけになった授業は、メディアの紹介やらなんやらで、全国の中高生を相手にする人気科目になってしまった。
「忙しそうだね、先生」
私の軽口を受けて、先生が拡張ホロの向こうで苦笑した。
「本当に。関係ないけど、君がなんで漢字を崩したフォントを作ったのか、解ったよ」
嫌味への仕返しのつもりなのか、先生は私には書けない綺麗な漢字でメッセージを仕立ててくる。
「ロシア人の彼、君から手紙を貰って喜んでいたよ。君の字なら、漢字が読めなくても意味が伝わるってさ」
知ってても言わないで欲しい。私は精一杯の抗議の意味を込めて、はじけて飛ぶ「怒」の字を書いて送った。それを受けて先生は笑顔で一言。
「これが不立文字さ、伝わったかな?」
PROFILE
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柴田勝家(シバタカツイエ)作家
1987年生まれ、東京都出身。2014年、SF小説『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞しデビュー。2015年8月にリリースされた『伊藤計劃トリビュート』に、故・伊藤計劃を慕う8名の作家の1人として『南十字星』を寄稿した。
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ざいん(ザイン)イラストレーター
エッジの効いた空間演出とポップなイラストの妙が、国内外から高い評価を受けているイラストレーター。米TOYOTAの広告で初音ミクのコラボイラストを描いたほか、『謎解きゲームCD 真・女神転生 明ケナイ夜カラノ脱出』や『ATLAS・EXIT TUNES』のジャケットイラスト、ライトノベル『されど罪人は竜と踊る』の表紙・挿絵など、幅広いシーンで活躍している。
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