倉田タカシ×INTERFACE
対談3/3
人間的な動きが加わることで、インターフェースが発想や仕事を助ける:倉田タカシ
January 26, 2016
独自の世界観で注目を集めるSF作家の倉田タカシさんと、リコーの研究者・油谷圭一郎による、未来の技術やデバイスについての対談(3/3)。最終回となる後編では、「モノを消滅させる」ことに関する2人の思いからはじまり、逆転の発想、仕事の喜びの瞬間や醍醐味、そして未来の技術に対する期待を語り合います。
「茶碗をひっくり返す」ことを、おもしろいと感じるか、危険と感じるか
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油谷:
今回のストーリーにある「〈パペル・ノヴァ〉は、消すことを前提においたメディアだ」という部分を読んで、「『ソフト』『ハード』としてのモノ自体も、場合によっては消えるほうがいい」というメッセージが含まれているのかなと感じました。
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倉田:
そうですね、「消えちゃっていいものもある」「消えることで、負担を残さない場合もある」と伝えたいという意図はありました。今回のストーリーでいうと、「1日の仕事で出力した膨大な紙が、終業時間にはすべて消える」という部分をポジティブなこととして捉えています。
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油谷:
パペル・ノヴァというモノ自体も、分解したり、形を変えたりしますよね。「崩壊して、なくなって、再生される」という発想が斬新だなと思いました。モノづくりに関わる技術者って、「なるべく頑丈なモノ」をつくろうとしてしまいますので(笑)
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倉田:
フィクションのほうが、「ひっくり返すことがおもしろい」というシンプルな原則を使いやすいんだと思います。いわゆる、逆転の発想ですね。これが実際のモノづくりだと、たとえば茶碗をひっくり返すという発想がモノになるかというと、ただ単にお茶がこぼれただけ(笑)、というような、現実の制約があって、難しいんですよね。
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油谷:
私の場合は、茶碗を傾けるくらいのことは考えますが、「ひっくり返すとこぼれる」と予想してしまいます(笑)。ですが今後は、逆転の発想のおもしろさも実践していきたいと思います。ちなみに倉田さんは、作品づくりのどのタイミングでおもしろさや喜びを感じますか?
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倉田:
僕が一番興奮するのは、小説ができあがる直前です。まだ推敲などが残っている段階ですが、物語の全体像が一番詳細に頭の中に展開されている状態なんです。特に長編小説だと、構造が複雑になりますから、すべての細部をずっと頭に収めておくことは難しいです。「こういうものをつくることができた!」と鮮明に感じられる、この短い時間が一番の至福の時ですね。油谷さんはいかがですか?
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油谷:
自分が思い描いたものが、実際に試作品として形になったときですね。特に「こうしたほうがいいんじゃない?」という意見をもらえたときはすごくうれしいです。課題が出てくるということは、「実現できたら、本当に使いたい」という期待の裏返しだと思いますので。
左:株式会社リコー 未来技術研究所 システムデバイス開発室 油谷圭一郎、右:作家 倉田タカシ
自分の発想や基礎研究が“物体”につながっていく醍醐味
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油谷:
ストーリー中に、電子的な入力と物理的な入力をあわせたほうが強いという部分が出てきますが、どうしてそう考えられたんですか?
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倉田:
実際にセキュリティの世界でも、人間にしか読めないような文字列を見せて認証させる方法がありますよね。そういった、生身の人間に属する部分を使わないと機械的操作ができないような仕掛けからの発想です。
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油谷:
パペル・ノヴァを切るときにも、人の力が必要ですよね。
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倉田:
それも、「インターフェースの機能のなかには、人間的な動きが含まれたほうが、発想や仕事を助けるものがある」と考えた結果です。実際に仕事をしていて、紙の便利さや自由さというのはやっぱり捨てがたいと実感することは多々ありますので。
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油谷:
触感も紙の特徴の一つだと思いますが、タッチパネルなどに触覚フィードバック技術を用いて「触っている」という感覚を強めると、作業の質が向上することもあります。
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倉田:
なるほど。触感ということでいえば、基礎研究の成果として生まれた物体を、実際に触ってもらうことで得られるものも大きいんじゃないですか?
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油谷:
それはかなり大きいですね。研究成果をスライドでプレゼンテーションしたときには特に反応が得られなかったモノも、試作品をつくって、実際に触れて感じてもらうと、本当にさまざまな意見が出てきます。
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倉田:
試作品のメガネに自分自身で触れてみて、いかがでしたか?
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油谷:
製品特性や応答スピード、色味、そして「デザインは、このままだと格好悪いな」など、細かい気づきがたくさんありました。
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倉田:
最初は単なる見取り図でしかなかったものが、実際の物体として現れた瞬間というのは、僕も想像するだけでワクワクします。
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油谷:
設計した段階でスペックなどはわかっているのですが、完成したらすぐに着けて、動かして、実際に感じてみたくなりますね。
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倉田:
自分が行った基礎研究が実際の物体につながっていくというのは大きな醍醐味だと思います。
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油谷:
はい。これからも、研究開発を通じて、日常生活で使うモノや、人の生活が便利になるようなモノをつくっていきたいと考えています。倉田さんは、絶対に実現してほしいデバイスはありますか?
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倉田:
安全や健康に関わるものがどんどん良くなってほしいと思います。たとえば、脳に信号を与えて視覚情報を取得できる盲人用視覚補助デバイスや、義手・義足といった補綴器官のようなデバイスが発展してほしいです。人の機能を補い、次に増強させ、さらにはコミュニケーションを助けるものにつながっていくといいですね。技術者として、油谷さんが次に越えるべきハードルは何ですか?
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油谷:
生々しい話ですが、技術の実用化に向けたコストなどでしょうか(笑)
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倉田:
でも、コストの話ができる段階にまで進んでいるということは、とても喜ばしいことですよね。
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油谷:
はい。倉田さんの小説に登場できるようなモノを、がんばってつくります。
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倉田:
僕も、今日お聞きしたいろいろな情報が執筆の糧になると思います。お互いに楽しみですね。
PROFILE
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倉田タカシ(クラタタカシ)作家
1971年、埼玉県生まれ。東京都立大学(現 首都大学東京)2部・工学部電子情報科を中退し、イラストレーター・漫画家の活動と並行して、Web系教材制作会社に勤務。その後、フリーのWeb制作業を経て、2010年にSF作家としてデビュー。2015年、第2回ハヤカワSFコンテストで最終選考に残った作品『母になる、石の礫で』が初長編として刊行された。
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油谷圭一郎(ユタニケイイチロウ)株式会社リコー 未来技術研究所 システムデバイス開発室
1981年、愛知県生まれ。2006年、大阪大学大学院を修了後、リコーに入社。学生時代に生命先端工学分野で有機系トランジスタなどを研究し、入社後もトランジスタや二次電池など、有機機能材料を用いたデバイス開発に携わる。2012年よりエレクトロクロミックの研究を任され、現在はデバイス構造やコーティングプロセスの研究開発、マーケティングなどのアプリケーション探索を担当。
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