円城塔×WORK PLACE
対談1/3
“視覚”には、人間の動きさえコントロールできる優位性と可能性がある:円城塔
March 10, 2015
芥川賞をはじめ国内外の文学賞を受賞する人気作家の円城塔さんと、リコーの研究者・吉川博美による、未来の働き方についての対談(1/3)。本記事では、人間の感覚とテクノロジーの関係について語り、2人のイマジネーションは、見えないものを見せる“視覚”をテーマに大きく発火(IGNITE)しはじめます。
“視覚”が持つ、善にも悪にも利用できる不思議さ
-
吉川:
私は、周囲360°を一度に撮影できる「RICOH THETA」という全天球カメラの開発を担当して、空撮やヘッドマウントディスプレイとの連動なども研究開発中なのですが、円城さんが考えた未来の社会にも、何かしらの形で研究している分野が貢献できるのかなと想像しながらストーリーを読ませていただきました。
-
円城:
「THETA」って、基本的にレンズが2つ付いていて、「球」のように撮れるんですよね?
-
吉川:
はい。その2枚の画像をひとつの球状に画像処理しているのですが、私が携わっているのは画像の繋ぎ目がわからないように「色を合わせる」部分です。レンズごとに色が違って撮れることがあるので、その色同士をなめらかにつなぐ研究開発をしています。 “視覚”や画像・映像に関する領域になります。
-
円城:
なるほど、この「THETA」の画像は、何か不思議なところがありますよね。僕は、視覚について考えていると、頭が痛くなってくるんですよね(笑)。いろいろわからないことが多いから。
-
吉川:
おっしゃる通りですね(笑)。しかも、視覚って、感覚の中でも非常に優位に働いているんです。たとえば、人間は自分の視覚が動いただけで、自分の身体がグラっと倒れたと感じることもあります。
-
円城:
僕の“視覚”のイメージは、かなり簡単なものだったんですね。自分が見ているものは、デカルト座標系(直交座標系)の3次元空間だという感覚で。でも、それと同時に、目に見えない「盲点」があることも知識としては知っている。かといって、盲点の部分が黒くなっているわけではなくて、景色が繋がっているように脳内で処理されているんですよね......。
-
吉川:
そうですね。私たちが目で見ているものって、処理されたあとのものなんです。
-
円城:
補正処理されているとなると、僕としては「人間の認知系を利用すれば、人間を狂わせられるんじゃないか!?」というSF的な方向に頭がいってしまうのですが(笑)
-
吉川:
私が大学で研究していたのも、それに近い、「視覚で人を誘導する」というテーマでした(笑)
-
円城:
認知と、人間の動きとを合わせちゃうんですよね? やっぱり、視覚というものはすごく強い感覚なんですね。
-
吉川:
視覚から情報を入れて、触覚などほかの感覚に作用しているかのように感じさせることもできます。
左:作家 円城塔、右:株式会社リコー フォトニクス研究センター 製品開発室 映像モジュール開発グループ 吉川博美
身体性とテクノロジーの間にあるギャップを、いかに埋めるか
-
円城:
「THETA」の映像技術がうまく仕事のシーンに導入されていくと、間違いなく便利になりますね。
-
吉川:
現段階では、遠隔会議システムでの利用などが考えられています。
-
円城:
これまでにもテレビ会議と呼ばれるものはありましたけど、まだ浸透しきっていない印象があります。個人的には、会話中に発生する微妙なタイムラグが気になって、使いづらい。
-
吉川:
そうですね。ただ単に「見える」ようになるだけで会議がしやすくなるかというと、それほど簡単ではないと思っています。
-
円城:
視覚はすごく優位なんだけど、でも聴覚と視覚を合わせただけでは、実際はうまくいかない。なんだか、ますます不思議な感じがしますね。
-
吉川:
そういった身体性とテクノロジーのギャップについて、「THETA」を開発する際に意識している部分がいくつかあります。たとえば画像の“ノイズ”には、人に認知されやすいものと、認知されにくいものがあるんです。数値で表れているものと、人の認知とが必ずしも一致しない場合もあって。なので、色の表現などには気をつけています。
-
円城:
色に関する錯覚はすごいですからね。同じモノでも、背景がちがう場所に置いてあると、同じ色に見えない。
-
吉川:
それはありますね。デジタルカメラでは写真画像全体の色の明るさを数値で測って最適化しますが、人の目にはすごく暗く見えるというものもあるんです。
-
円城:
ただ測っているだけでは直せない。あと、カメラで撮影した画像や映像は、人間にとってはクリア過ぎる場合もありますよね。
-
吉川:
はい。人間の視覚は中心部分しか解像度がよくなくて、周辺は色もほとんど認識してないんです。でも、カメラで撮って見ると、全体一様に色も明るさもキレイに見えます。
-
円城:
自分が実際に見ている環境と、画像や映像の間には、たぶんズレがあって。それに、画像や映像では、注視点がバラバラになる感じがしますよね。
-
吉川:
なので、「THETA」の画像処理に関しては、最終的に“人の感性”で微調整をしています。最後にギャップを埋めるのは、人の目なんです。