磯光雄×OFFICE DEVICE
対談3/3
“ノイズではないノイズ”の中に、未来の大発見の種がある:磯光雄
December 24, 2014
アニメーター/脚本家の磯光雄さんとリコーの研究者 齊所賢一郎による、未来の働き方についての対談(後編)。最終回となる本記事では、“ノイズ”という概念を出発点に、未来のコミュニケーション、さらに日本のメーカーの将来へと期待や妄想が広がっていきます。
いま“ノイズ”と呼ばれているものは、本当に“ノイズ”なのか
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磯:
最近、紙を使わずにコンピュータで絵を描くことが増えたんですが、何かが欠けていると思ったら紙の触感なんですね。紙に描くと、筆圧や紙のざらつきや鉛筆の硬さで、紙からの“フィードバック”があるんです。そういう身体的な応答が、絵を描くうえで意外に重要だってことがわかってきて。
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齊所:
それは、紙の触感やひっかかりが、一種の“ノイズ”になっているのかもしれませんよね。視覚とはちがう、触覚から新たな“ノイズ”が入ってくるといえますし、脳科学の世界では、「人間がひらめくためには“ノイズ”が必要だ」と言われていると聞いたことがあります。実際に私の仕事でも、そういった“ノイズ”を取り入れることが、人間の知性拡張につながっていくと考えています。
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磯:
私は“ノイズ”って言い方があまり好きじゃないんですよ。“ノイズ”と言うと不要な雑音ってイメージですが、切り捨てるべきではない“何か”が含まれてると思います。
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齊所:
そうですね。たとえば、ヘッドアップディスプレイ(HUD)の背景に「景色が見える」という“ノイズ”が加わるとします。そうすると、従来の不透明なインターフェースでは生まれなかった想起や行動が生まれるんじゃないか、と。いまはまだ、その“ノイズ”自体に名前がついていない状態だと思うんです。
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磯:
まだ概念や意味が発見されていないので全部“ノイズ”扱いされていますが、人間が考えたこともなかった情報が埋もれているんじゃないか。さっきの紙の感触もそのひとつで、身体からくる重要な情報だと思うんです。そういった"ノイズじゃないノイズ"を発見させてくれる機械やツールが欲しいですね。
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齊所:
たしかに、“ノイズ”を自由に取捨選択できるような機械があると良いですね。ちなみに、磯さんはどのような“ノイズ”を発見するツールが欲しいですか?
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磯:
自分は絵描きなので身体的な情報に強い関心があるのですが、身体や脳内には、発掘すべき非言語の情報が大量に眠っていると思うんですよ。自分では気がつかない、自分の本音や才能を外部化して表示してくれるHUDなんてあったら良いですね。
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齊所:
そういうものが生まれる可能性はあります(笑)。そもそも自動車のHUDは、運転中で認知能力が下がっているドライバーに対して、注意が必要な無数の情報をうまく圧縮して「ひと口大」にして伝えるためのツール。会議の参加者から集約した“ノイズ”を表示させて、行動を変えさせることは可能だと思いますね。
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磯:
自動車のHUDは事故が起きないよう警告してくれるけど、そのシステムをそのまま会議に持ち込んだら、「このままでは、あの人の意見と衝突しそうだ!」と警告してくれるとか(笑)
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齊所:
HUDで情報を見て「今日は磯さんの体調が悪そうだから、会議は短めに」となったり(笑)。普通は近くにいないと感じられない情報も、一目でわかるようになると思います。
左:脚本家/アニメーター 磯光雄、右:株式会社リコー フォトニクス研究センター 製品開発室 映像モジュール開発グループ 齊所賢一郎
日本のメーカーが、行間に潜む何かを「モノ」と「体験」に変えていく
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磯:
“ノイズ”から必要な情報と必要でない情報を自動的に取捨選択してくれるアプリがほしいですね。日本のアニメでは「リミテッド」という表現が主流で、情報量を制限することで逆に想像力を刺激される洗練された映像になるんです。HUDにも、そういうリミテッド技術があると良いですね。
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齊所:
HUDの分野では、すでにその研究がはじまっています。「この局面では、こういう情報を表示しなければいけない」という、人間が状況判断をする際に不可欠な情報に関する知性をHUDに持たせるためです。そういった“ノイズ”に対して敏感なのが、日本人なのかなと最近思っています。
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磯:
このリミテッドって、“行間”の話でもあるんですよ。日本人は、“行間”に意味を見出そうとする民族なんですよね。
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齊所:
意味を見出さずにいられない(笑)。行間や、引き算するべきもの、「見えないもの」というのを、常に感じているのが日本人だと思うんです。「愛してる」という英文を、「月がきれいですね」と訳させたという夏目漱石の逸話もありますし(笑)
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磯:
思えばHMDは人と機械の「行間」に位置するミドルウェアですよね。HMDのインターフェイスが、機械と人間の「行間」にある“何か”や、まだ誰も思いついていない概念を発見していく可能性がありますね。
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齊所:
おそらく日本人にしかイメージできない、そのモヤモヤしたものを「モノ」と「体験」に変えていくということを、ぜひとも日本メーカーとしてやっていきたいです。いまは行間と呼ばれているものを、いかに具現化していくか。それも、自分たちの仕事だと思っています。
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磯:
2036年には、その“何か”に名前がついて、オフィスに出現しているかもしれない。それを、かつてオフィスの風景を変えた担い手のひとりであるリコーさんに、ぜひ実現してもらいたいですね。
PROFILE
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磯光雄(イソミツオ)アニメーター/脚本家
1966年愛知県生まれ。原作・監督を手がけたアニメ『電脳コイル』が、第29回日本SF大賞(日本SF作家クラブ主催)大賞や平成19年度文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞など多数受賞。 『おもひでぽろぽろ』『紅の豚』『新世紀 エヴァンゲリオン』『キル・ビル』などの大作にも参加している。
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齊所賢一郎(サイショケンイチロウ)株式会社リコー フォトニクス研究センター 製品開発室 映像モジュール開発グループ
1979年熊本県生まれ。2004年、大阪大学大学院を修了後、リコーに入社。以来、プリンター複合機などMFPのレーザスキャンユニットの光学設計に携わり、ヘッドアップディスプレイ(HUD)をはじめとする新規HMIシステムの研究開発を担当している。
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