体なき器官：円城塔

円城塔×WORK PLACE

ストーリー3/3

March 3, 2015

作家の円城塔さんによる「西暦2036年を想像してみた」、短編小説の本編(3/3)。働き方の最適解を求めて辿り着く「場所」とは？

つぎはぎの島々

甲板に描かれたＨの文字が見えてきた。

ヘリコプターの開け放されたドアから見える『島々』は、互いにケーブルで結ばれた海上構造物からできており、蜘蛛の巣に絡みつかれた調度のようでも、海に半ば沈んだ二十世紀の都市のようでもある。灰色のカラーリングを施された旧式の軍艦の横に、果物を満載した小舟が揺れているのが見えた。幾つかの大型船からはプレハブの施設がキノコのように突き出している。

「無着陸機版の構想もあります」と出迎えの広報係が言う。「太陽電池の効率も雲の上の方が上がりますしね。まあ、航空機に縛られる必要だってないわけですが。飛行船も有力な候補です。高度プラットフォームです」

『島々』の航路を長時間観察したなら、この半都市をなす構造物が、メキシコと合衆国の領海ぎりぎりを漂っていることがわかったはずだ。この種の構造物は、巨大企業の仕事の速度に、入国、滞在の手続きが追いつかなくなった時期に自然発生したとされている。どこかの国に集まる手続きが面倒ならば、公海上に集まってしまえばよいということだ。ついては仕事もそこでやってしまえばよい。

子供たち

「メガフロートですか」と保安員があたりを見回し、指をさす。「あそこですね。たいていの船種はそろっています。今や博物館みたいなもんです。色々と組み替え中でね。大きな移動があるかも知れないから。そうですね。やはり火災が怖い。バトル・オブ・レッド・クリフの二の舞はごめんですしね」と一人でおかしそうに笑った。

自給自足体制にはまだほど遠いという。「そりゃ、昔の原子力潜水艦の乗組員みたいな暮らしをすれば別かも知れないけれど」

甲板で一人、バー・スペースを開店していた男が、得体の知れない青いカクテルを持ち上げてみせる。「まあ、あたしは、潜水艦の中なんかよりもっとひどい国からきたから、ここは天国ですけどね」と、遠い目をしてみせる。「パスポート」と、こちらの問いをそのまま繰り返した。「申請中ですよ」と笑う。真面目な顔になり、「ここで生まれる子供だっているんだしね」

「宇宙ですか」と払い下げの旧式空母の艦長、現執政官が言う。「ありえないとは言えませんね。そのためのシミュレーションもしてみています」。何かを思い出したように言葉を切る。「この間、データ処理を請け負ってくれたのはね」と微笑む。「ほんのまだ小学生でしたよ」

PROFILE

円城塔（エンジョウトウ）作家

1972年北海道生まれ。2006年、SF小説『Self-Reference ENGINE』でデビュー。2012年、『道化師の蝶』で芥川賞を受賞。同年、故・伊藤計劃との共著『屍者の帝国』で日本SF大賞特別賞などを受賞。2014年に、デビュー作が米国のSF文学賞「フィリップ・K・ディック賞」で特別賞を受賞した。
YKBX（ワイケービーエックス）アートディレクター／アーティスト

映像作品の制作やイラストレーションなどを手がけ、国内外から注目されているアーティスト。最近では、ボーカロイドオペラ「THE END」を担当し、2013年11月に行われた海外公演でも高い評価を得ている。