電子写真方式の複写機やプリンターでは、静電気を利用して用紙上にトナー(樹脂粒子)を付着させて画像を形成します。このトナー画像を加熱し、用紙上に溶かして固着させるのが定着ユニットです。定着ユニットでは、用紙に対し、100℃以上の高温で約0.05秒、瞬間的な加熱を行います。用紙のカールは、このときの加熱条件や、それまで用紙が保管されていた環境により発生します。
従来から、用紙カールは印刷品質の低下や紙詰まりの原因となるため、カール発生のメカニズム解明とその対策が求められてきました。しかし、用紙を搬送しながら加熱を行うこと、用紙自体の特性が温湿度環境や用紙のブランドによって変化することから、そのメカニズムの解明は困難でした。
そこでリコーは、いくつかあるカールの発生原因のうち、用紙の表と裏の加熱温度差に着目し、これまで分からなかった、温度差によるカール発生のメカニズムを明らかにしました。このメカニズムに基づいてカール予測を行うことで、カールの発生を最小限に抑える定着ユニットや、紙詰まりの少ない安定した用紙搬送経路を設計することができます。
図1は、画像面側にあるトナーを溶融させる定着ローラーと、用紙を定着ローラーに押し付ける加圧ローラーとから構成される定着ユニットに、用紙が加熱され、用紙カールが発生する様子を示しています。ヒーター(熱源)がある定着ローラーは温度が高く、加圧ローラーはエネルギーを節約するためにも定着ローラーより温度が低くなります。
図1 定着ユニットで発生する用紙カール
カール発生のメカニズムを考えてみると、用紙は蒸発する水分が多いほど縮むので、温度が高く水分が蒸発しやすい定着ローラー側が縮み、そちらに向かってカールすると予想されます。しかしながら、実際は、用紙は温度の低い加圧ローラー側に向かってカールします。
そこで、この現象を明らかにするため、用紙の両側(表と裏)を同じ温度で加熱した場合と、温度差をつけて加熱した場合で、加熱直後に用紙両側の湿度を測定する実験を行いました。すると、温度差をつけて加熱すると、用紙の湿度は、高温側よりも低温側で高くなりました。実験の結果、温度差をつけて加熱すると、高温側から低温側へ、用紙の厚さ方向に水分が移動し、低温側の含水率が上昇することが分かりました。
用紙は、含水率が高いほど加熱後の水分蒸発量が多く、その分縮みます。よって、加熱温度差によるカールは、下記の(1)から(5)の過程で形成されると解明できました。(図2参照)
(1) 高温側から低温側へ、用紙の厚さ方向に水分が移動する。
(2) 低温側の含水率が上昇する。
(3) 加熱後の水分の蒸発量は、低温側が多くなる。
(4) 水分の蒸発量が多いほど用紙は縮むため、低温側が高温側より縮む。
(5) 低温側に向かうカールが形成される。
図2 温度差により発生するカールのメカニズム
カールを予測するには、図2の(1)から(2)に示す、用紙内での用紙厚さ方向の水分移動を求めることが必要です。そこで、用紙をスポンジのような多孔質媒体と仮定し、定着時の温度や用紙の特性を考慮して、紙内部の水蒸気圧差と水分の拡散にもとづく水分移動の解析を行いました。この解析結果から、加熱時のカール予測を行うことができます。この水分移動を計算する解析式については、検証実験を行い、その妥当性を確認しました。
※水分移動解析では、九州工業大学 鶴田隆治教授、および谷川洋文助教授の技術指導を受けています。
※この水分移動解析とその検証に関する内容は、日本機械学会 2013年度 年次大会講演にて、IIP(情報・知能・精密機器)部門 優秀講演論文賞を受賞しました。(左コラムの「関連論文」をご参照下さい。)
カールの予測が可能になると、例えば、カールを打ち消す方向に用紙を曲げるようにニップ部(定着ローラーと加圧ローラーの間で用紙を挟む部分)の設計をし、定着ユニットにおいてカールの発生を最小限に抑えることができます。また、用紙の種類(ブランド、厚さ、サイズ)や加熱温度、温度差によってカールは異なりますが、各条件でカール量を予測し、そのカール量を考慮した用紙搬送経路を設計すれば、紙詰まりの少ない安定した用紙搬送を行うことができ、紙種対応力の向上につながります。
設計段階の評価においても、カール予測を行うことで、評価に用いる用紙の種類や環境を絞り込むことができ、効率的な評価が期待できます。
用紙カール解析技術は、信頼性の高い複合機やプリンターの提供と、効率的な設計開発に貢献する技術です。
本技術の分類:分野別「電子写真」「分析・シミュレーション」|製品別「分析・シミュレーション」
テクニカルレポート・関連論文