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はたらくへのまなざし

海藻栽培で海、人、地域に幸福な循環を

Vol.05 合同会社シーベジタブル 共同代表
友廣 裕一さん

誰かを支える。未来を創る。
いろんな想いで"はたらく"に向き合う、十人十色のストーリーをシリーズで紹介していきます。

目次

深刻な青のり不足を解消する栽培事業を開始

 「すじ青のりを生産してもらえないか」。お好み焼きやポテトチップスなど、製品に青のりを欠かすことのできない食品メーカーから相次いで相談を受けたことが、シーベジタブルを設立したきっかけでした。

 青のりの中でも高品質で香り高いすじ青のりは、淡水と海水が混ざる汽水域でないと育たないため、採取できる場所が限られています。高知県の四万十川が天然の主要産地だったのですが、河口域の水温上昇にともない、年を追うごとに収穫量が激減。1kgあたり1万円程度だった価格が、5万円近くにまで高騰していました。そこで、室戸市で海洋深層水を活用したアワビ類と海藻類の複合養殖を研究していた共同代表の蜂谷潤のもとに、「青のりが足りない、何とか生産してもらえないか」との切実な相談があったのです。

 その要望に応えるために、2016年にシーベジタブルを設立。蜂谷がすじ青のりを量産するための研究を重ねて、世界で初めて地下海水を活用した海藻の陸上栽培モデルを確立しました。地下海水は長い時間をかけてろ過されているために、水質が清浄でミネラルが豊富です。地熱によって水温も安定しているので、化石燃料を使って温度調節をする必要もありません。この地下海水の活用と独自の技術開発によって、すじ青のりを安定的に生産することが可能になりました。

 すじ青のりの陸上栽培を事業化するには、設備投資が必要です。そこで、食品メーカーなどに5年間は固定量、固定価格で購入していただく代わりに安価で提供する契約を結び、その一部を前受金としていただくというスキームを提案し、快く了承いただきました。双方にとって、いいかたちでスタートを切ることができたのではないかと思います。

縁を紡ぎ、多様な人たちと価値を生み出す

 シーベジタブルの拠点は高知県の室戸市や安芸市、熊本県天草市、三重県尾鷲市、愛媛県今治市などの沿岸地域に展開していますが、各拠点では、障がいを持つ人や65歳以上のシニアの人たちが中心となって活躍してくれています。

 陸上栽培では、海藻の成長に応じて大きな水槽へと移し替えていくのですが、すべての水槽を1週間に1度、高圧洗浄機できれいに洗う必要があります。これがとても大変な作業で、手を焼いていました。しかし、地域の障がい者就労支援施設の方から、障がいを持つ人の中には、水を触ることが大好きな人や、ルーティンワークが得意な人がいると聞き、水槽の洗浄や海藻の収穫、加工作業などを担当していただくようになりました。また、海藻の種苗を培養し各拠点に届けるラボでは、子育て中の女性たちが活躍しています。

 結果的に、就労の機会を得ることが難しいとされる人たちの雇用創出につながっていると同時に、働き手と雇い手の関係性についても、互いにフラットであると思います。起業から現在まで、すべて人のつながりやご縁で成り立ってきていて、一般的な企業とは違った社会実験を行っているような感覚があります。自分自身も同じように、型にはまらない働き方をしてきました。

 大学卒業後は就職せずに、ヒッチハイクをしながら全国の農村漁村をめぐる旅に出て、70以上の地域を訪れました。その土地に根ざした暮らしや仕事に触れながら、どんな人たちが、どんな想いで生きているのかを肌で感じてみたかったのです。高齢化が進んだいわゆる限界集落と呼ばれる地域は、当時はネガティブに語られていましたが、都市で生まれ育った自分には、地元の人たちにとっては当たり前に存在する暮らしや文化が、とても魅力的で価値あるものだと実感できました。

 そうした旅の途中で共同代表の蜂谷と出会い、地域資源を活用した事業づくりなどの活動をともにするようになったことが、後のシーベジタブルの設立につながっています。それまでの活動でも、現在の仕事においても、共感し合える関係性のもとに、価値を生み出しながらみんなが幸せになれる場をつくっていくことが、自分にとっての働く歓びだと思っています。

生物の多様性を育む海の森を増やしていく

 現在では、海藻の陸上栽培だけでなく、海面栽培にも取り組んでいます。近年は、海の中で海藻が茂る「藻場」が激減しています。藻場はいわば、生態系を守り育む役割を担う海の森。その森がなくなり、海が砂漠化しているのです。
 藻場があることで、海藻に付着する小型の生物や、海藻をエサとして食べる魚やウニなどが増えます。冬に海水温が下がると、魚たちが冬眠状態になってエサを食べる量が減るので、海藻はその時期に芽生えて成長します。この周期があることで、生態系のバランスが保たれています。

 ところが、海水温の上昇により魚たちが活動する期間が長くなり、海藻が芽生えてもすぐに食べ尽くされてしまう。その食害によって藻場が激減し、海藻に付着する生物がいなくなり、魚たちも減ってしまうという負の連鎖につながっています。そこで僕たちは、食害を受けないかたちで海藻を栽培し、藻場がある状態をつくることができれば、生態系が蘇る可能性があると考えました。

 海面栽培はこれまで、ワカメやコンブなど数種の海藻でしか行われていませんでした。海藻は研究者が少なく、需要の高いものしか種苗生産技術が開発されていなかったのです。シーベジタブルでは研究開発によって約30種類の海藻の種苗生産が可能になっているので、漁業権を持つ地元の漁師さんたちと協力しながらこれらの海藻を栽培し繁茂させていくことで、海の森を増やしていく取り組みを進めています。同時に、大学や国の研究機関と共同で、海面栽培によってつくられた藻場でも、生態系を再生できるというエビデンスを得るための調査も実施しています。

大規模栽培に向けた設備・技術開発も視野に

 シーベジタブルで海面栽培を可能にした海藻には、絶滅の危機に瀕しているものや、収穫量が減ってしまったことで食文化が失われてきているものが多くあります。例えば、海藻サラダなどで食べられてきた赤い色のトサカノリは、近年著しく減っていて、海外から輸入された代用品が流通しています。色と形は似ているものの、薄くて食感はまるで違います。

 トサカノリのようにこれまで食べられてきた海藻を守りながら、新たな海藻の食文化を広げていく活動にも力を入れています。日本の海域には約1500種類の海藻が生息しているといわれるものの、一般に食べられているのはごく一部です。多くの人に海藻の魅力を知っていただき、おいしく食べてもらいたい。食べてくれる人が増えるほど、海の森も豊かにしていける。そんな思いから、3人の料理人とともにテストキッチンを設置して、海藻の新たな調理法や加工法を開発し、積極的に情報発信も行っています。

 今後に取り組んでみたいことの1つに、農業では一般的な契約栽培があります。藻場を増やし、豊かな生態系を育むには、大規模な栽培面積が必要です。そのために、企業と契約して販路を確保し、新たな海藻の食文化を共創していきたいのです。

 そうした大規模な栽培を始めるには、より良い品質のものを安定的に生産し、供給できるようにしなければなりません。そのためには、より効率的な設備開発を行ったり、IoT技術を駆使したりする必要があるでしょう。海藻の陸上栽培や海面栽培、生態系の調査などでは、センシングの技術も導入できたらと考えています。

 これまでいろいろな活動や事業に取り組んできましたが、海藻ほど可能性に満ちたものはないと感じています。海藻は、自然環境にとっても、人にとっても、地域経済にとっても、幸せの好循環を生み出すことが可能です。多くの方に、海藻を知る、食べることで、この循環に加わっていただけたらうれしく思います。

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