はたらくへのまなざし
2024.2.26
誰かを支える。未来を創る。
いろんな想いで"はたらく"に向き合う、十人十色のストーリーをシリーズで紹介していきます。
鳥取大学の医学部で看護学を専攻した後、同大学医学部附属病院に入職し、希望していた手術部に配属されました。手術室での業務はとても専門的で戸惑いの連続でしたが、当時の師長からは「患者さんには『新人だから』という言い訳は通用しない」と言われ、プロフェッショナルとしての姿勢を厳しく教えられました。
勤務のあとも翌日の手術のための勉強で眠れない日々が続き、手術室では「すみません」と謝ることばかりで、病院に行きたくないと思うこともありました。学生時代は、自分はわりとそつなくこなせるほうだと思っていたので、人生で初めての挫折だったかもしれません。
配属から1カ月くらい経った頃、ある手術の終わりに、診療科の教授に「(手術部で勤務して)何年目?」と聞かれました。私は何か失敗をして怒られるのかと思いながら恐る恐る「1年目です」と答えると、「1年目でこれだけできるなんてすごいことだよ」と思いがけない言葉が返ってきました。教授はさらに、手術室の師長にもそう伝えてくださっていたのです。もちろん先輩看護師のサポートのもとではあったのですが、これをきっかけに「ここで頑張ろう」と思えました。
3年目くらいになると、一通りのことはできるようになってきます。医師の指示を聞く前に必要な器械を手渡せるようになるなど、あうんの呼吸のようなものも身につき、やりがいを感じる一方で、もっと必要とされる人になりたいという思いが強くなっていきました。
看護職としてキャリアアップを目指すなら、認定看護師や専門看護師といった上位の資格を取得する道があります。しかしその当時、私は看護だけではなく、医療者として医療を提供できる道はないかと考えていました。手術室の看護師として働くなかで、患者さんに術後の痛みを訴えられても、病棟の看護師に伝えるくらいしかできないことにもどかしさを感じていたのです。調べてみると、諸外国では麻酔看護師や診療看護師という専門職があり、日本でも「周麻酔期看護師」を養成する取り組みがあることを知りました。
周麻酔期看護師は、麻酔の専門的な知識と技術を持つ看護師です。麻酔科医と協働して、手術中の麻酔管理や手術前後の患者さんのケアなどを行います。海外では麻酔看護師が麻酔管理を行うのは一般的なことですが、日本では近年になるまで、看護師が麻酔業務に関わることはありませんでした。看護師の麻酔業務への参入が進みつつある今現在も、さまざまな議論が交わされています。
私は周麻酔期看護師であれば、自分自身で痛みのケアに介入できるようになるかもしれないと思いました。そして当時は、超高齢社会による2025年問題、麻酔科医不足などが話題になっていたこともあり、「今後は医学的な知識を持った看護師が必要とされる、麻酔領域にも求められる」と考えました。そこで、周麻酔期看護師の数が世界最多といわれる台湾への視察研修や、看護師が麻酔業務を担っている国内の米海軍病院での研修に参加。その際に横浜市立大学医学部の麻酔科教授と知り合ったご縁から、同大学院に新設された周麻酔期看護学分野の修士課程へ進学しました。
大学院では麻酔の専門的な知識や技術を学ぶとともに、「学問として周麻酔期看護学を発展させていくためには、研究ができるようにならなければいけない」と教えられました。どちらも高いレベルで並行して取り組むのは大変なことでした。患者さんに協力をいただくような研究は、医学、看護学の発展のためとはいえ、自分の治療が目的で来院されているのに、ご負担をおかけすることになり心苦しく思っていました。
ある日、患者さんにお願いしたアンケートの返信用封筒に、ハンカチが同封されていたことがあります。そこには、「アンケートを依頼されたときに印象がとても良く好感が持てました。手術の時も手術室にいてくれてとても安心できました」というメッセージが添えられていて、そんなふうに言ってくれる人もいるのだなと思って、とてもありがたくうれしかったです。
研究は今でも心が折れそうになることがありますが、こんなふうに協力してくださる患者さんの思いに応えて、しっかりと続けていかなければいけない。研究の成果をその患者さんに直接届けることはできなくても、巡りめぐって、より多くの人のために役立てることができれば、それが患者さんへの恩返しになる。そう思えるようになったことが、研究や働くことへの歓びにつながっています。そのハンカチとメッセージはずっと大切にしまってあります。落ち込んだときに手にとり読み返すと元気がもらえ、また頑張ろうと思えます。
修士課程を修了し、再び手術部に戻って周麻酔期看護師として働くようになった当初は、私がどこまでできるのか、懐疑的に見る人もいたと思います。私自身も、自分にできることを模索するなかで、本当にここに必要とされているのだろうかと思い悩むこともありました。
まずは、それまで人手が足りなくてほとんどできていなかった術後回診を担当。麻酔を任されるようになってからは、麻酔科医と手術室の看護師が回診できる体制を整えました。また、手術中の患者さんの急変に備える「大量出血アルゴリズム」も作成しました。このアルゴリズムは、緊急事態が発生しても混乱することなく、できるだけ迅速に対処できるように事前準備や手順を示したものです。麻酔科医、周麻酔期看護師、外科医、手術室看護師、それぞれの立場でできることがあり、互いが連携することで医療の質や医療安全の向上につなげることができました。そうしたなかで少しずつ、周囲の人たちと信頼関係が築けていったように思います。
医療現場がより良くなるよう臨機応変に対応したり、さまざまな職種の人たちの橋渡しなどをしていくことは、周麻酔期看護師の大切な役割のひとつです。さらに、患者さんのためになることなら、周麻酔期看護師の領域にこだわることなく、いろいろなことにチャレンジしていきたいと考えています。
例えば、ICT(情報通信技術)を活用したテレナーシング(遠隔看護)などは需要がある分野だと思います。私の父は在宅で抗がん剤治療をしていたのですが、病院で指導を受けても、わからないことが出てくることがありました。そんなときにテレナーシングで看護師に見守ってもらえると安心できるのではないでしょうか。また、受診が必要かどうかを相談したいときなども、看護師にただ電話で症状を伝えるよりも、映像を送ることができれば、より多くの情報が相互に伝わり、適切な対応につなげることができると思います。
患者さんのためにできることを考えると、いろいろなアイデアが浮かんできます。それらを実現していくためにも、これからも研鑽に励んでいきたいです。
VIEW ALL