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はたらくへのまなざし

僧侶のキャリアを活かして、苦難に寄り添う弁護士に

Vol.06 谷岡法律事務所 弁護士
谷岡 親秀さん

誰かを支える。未来を創る。
いろんな想いで"はたらく"に向き合う、十人十色のストーリーをシリーズで紹介していきます。

目次

堂々とした人生を歩むために僧侶の道へ

 東京大学法学部を卒業後、銀行勤務を経て僧侶となり、2020年に弁護士に転身しました。現在は神奈川県秦野市に法律事務所を開設し、さまざまな相談に応じています。銀行員から僧侶、弁護士という経歴について「異色のキャリア」と評されることがありますが、私自身はそう感じることはありません。いずれの仕事も、「私のもとを訪れる方々の話をじっくりとお聞きし、その方々が抱く悩みを解消する」という点で一貫していると思っています。

 ただ、私が銀行に入行した当時は、いわゆるバブル経済が崩壊したあとだったので、不良債権処理のために理不尽な業務を強いられることがありました。その中には、銀行が顧客に責任を転嫁するようなケースもあり、それに従わざるを得ないことに虚しさを感じていました。幼少の頃から、父に「堂々とした人生を歩め」と言われて育ち、私自身も「堂々たる人生を歩みたい」と思ってきました。しかし、当時の銀行での業務は、そんな私の信念に反するものだったからです。

 銀行員として生きていくことのつらさを父に吐露したところ、「それなら銀行を辞めて、奈良のお寺を守ってくれないか」と持ちかけられました。父の実家は奈良県にある真宗大谷派の寺院で、父が仕事を定年退職したあとに、祖父から住職を継ぐことになっていました。それまでの間、私に代わりを務めてほしいと言うのです。

 私は幼い頃から遊びのような感覚でお経をあげることが好きで、小学生の頃には主なお経のほとんどを暗唱することができました。大学時代には僧侶の資格も取得しています。お寺の住職としての祖父に接する機会も多く、僧侶としての作法や振る舞いについてもある程度は理解していました。折しも銀行での仕事に限界を感じていた私は、自分の信念を守るためにも、僧侶になることを決意しました。

法的相談に応じるため弁護士を目指す

 僧侶としての主な勤めは、檀家の方々のもとを訪れ、お経をあげることでした。お経をあげたあとは、お茶やお菓子をいただきながら、いろいろな話をします。家族や隣近所に対する不平不満から親族間の深刻な問題まで、人には話せないような悩みを打ち明けられることもよくありました。「お坊さんになら話しても大丈夫だろう」という安心感があったのだと思います。

 檀家の方々は私が大学の法学部を出ていることをご存じだったので、次第に法的紛争に関する相談も受けるようになりました。しかし、私は弁護士資格を有しておらず、専門的な知識が欠けていたため、的確なアドバイスをすることができません。そこで、大学の先輩や後輩の弁護士を紹介していました。すると、私の師匠である先輩から「君自身が弁護士になったら?」と言われ、勉強を始めることにしたのです。

 法科大学院を修了後に司法試験に挑みましたが、なかなか合格することができず、一度は受験資格を失いました。その時点で、妻も子もある身でこれ以上の挑戦は難しいと判断し、妻にもそう伝えると、「ここで諦めたら一生後悔するから、もう一度チャレンジしたほうがいいよ」という言葉が返ってきました。妻は私の無念な気持ちをよく理解してくれていたのでしょう。妻の思いに報い、法的紛争に巻き込まれた人々の力になるためにも、私は諦めずに勉強を続け、数年後の再チャレンジでなんとか合格することができました。その頃には、父が定年退職して住職を継いでいたので、私は弁護士として新たなキャリアを歩み始めました。

愛着のある地域で法律事務所を開設

 法律事務所を開設した神奈川県秦野市は、幼い頃から高校1年まで暮らした愛着のある街です。幼なじみが商店を営んだり、起業したりもしていたので、力になれることもあれば、逆に力を貸してもらえることもあるかもしれないと考えました。また、この地域は人口に対して弁護士の数が少なく、経営的にも成り立つと算段しました。

 事務所では妻が事務員としてサポートしてくれています。私は資料を集めたり、文書を作成したりする細かな事務作業が苦手なので、とても助かっています。今後はAIなどの導入が進んでくると、類似案件での解決事例を調べたり、定型的な文書を作成したりできるようになって、業務の効率化が図れるのではないかと期待しています。

 法律事務所には、さまざまなトラブルに直面した方たちが相談に訪れます。その機会は、一生涯にそうあるものではなく、生まれて初めて弁護士と話すという方が大半です。相談者は例外なく緊張し、思いつめた表情をされているので、まずはじっくりと話をうかがいます。その際には、僧侶として多種多様な苦悩を聞いてきた経験が活きています。相談者の多くは、対話を続けるうちに徐々に打ち解け、心を開いてくれるようになります。問題を整理して、解決の指針を示すだけでも安心される。そうして相談者が晴れやかな笑顔でお帰りになるときに、私はこの仕事のやりがいや歓びを感じます。

「リーガルマインド」を大切にしたい

 現在は、トラブルが起こったあとに相談を受けることが多いのですが、今後は事前にトラブルを回避する取り組みも行っていきたいと考えています。例えば、最近は遺言書に関する相談が増えています。「遺言書を作成しておけば、相続人との間でもめることはないだろう」と思われている方も多いのですが、その内容によっては、かえってトラブルを引き起こすことがあります。特に、相続人の一部に多くを与える内容の遺言書を作成する場合には注意が必要です。このようなとき、私は遺言者と利害関係を持つ方々を事務所に招き、遺言者の意図を十分に説明して、納得をしてもらえるように尽力します。

 大学時代のゼミの最後に、教授が「リーガルマインド」について話してくれたことを、今もよく覚えています。リーガルマインドとは、日本語では「法的思考」などと訳され、「法的に考える」「法的に紛争を解決する」といった意味合いがあります。

 教授はそれを踏まえた上で、「法的思考がいかに優れていても、十分な説得力は得られない。何よりも大切なことは、法を語る者の人間的な魅力である。ここには勉強がよくできる優秀な学生が集まっているが、ともすれば知識を身につけることに偏ってしまいがちになる。人間性を磨く努力も怠らず、全人格的な力で問題解決に当たれるようになってほしい」といった話をしてくださったのです。この教えは今も、私の心の支えです。

  教授は80歳を超えてもなお第一線でご活躍で、まさにリーガルマインドを持った恩師として尊敬しています。紆余曲折を経て弁護士になった今、私もあらためてリーガルマインドを大切にしていきたいと思っています。

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