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特別対談

「人間が作った文化に、身体や脳が追い付いていない」。人間拡張の第一人者から見た、AIの進化と人間の未来

Written by BUSINESS INSIDER JAPAN ※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。

AIにすべてを任せるのではなく、人の能力を伸ばす手段として考える「人間拡張」。その第一人者である持丸正明氏と、リコーのデジタル技術開発センター所長、梅津良昭氏が対談した。

リコーが開発しているバーチャルヒューマンのデモを見ながら、お互いの議論が白熱する。AIの発展により、人間の能力、リソースの使い道が変わってくるはず。その先にはどのような豊かな未来があるのか、技術の最先端を走る2人が語った。

暮らしのさまざまなシーンで人間拡張の技術が使われる

持丸正明(もちまる・まさあき)氏

1988年、慶應義塾大学理工学部機械工学科卒。1993年、慶應義塾大学大学院博士課程生体医工学専攻修了。博士(工学)。同年、通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所入所。2001年、産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究ラボ副ラボ長に就任。2010年、デジタルヒューマン工学研究センター長、およびサービス工学研究センター長を兼務。2015年より産業技術総合研究所人間情報研究部門長。2018年より人間拡張研究センター長。専門は人間工学、バイオメカニクス。人間機能・行動の計測・モデル化、産業応用などの研究に従事。

持丸さんは「人間拡張」について研究されています。そもそも、「人間拡張」とはどんなものを指すのでしょうか?

持丸正明氏(以下、持丸): 人間拡張を一言で言えば「人に寄り添って人を高める技術」です。「寄り添う」というのは、人が技術を身に付けたり、技術が人と一体になったように感じたり、ということ。「人を高める」というのは、運動能力やコミュニケーション能力、知覚・認識する能力などを高めることです。

AIは二つの意味で関わっていて、一つは認識や情報整理など、直接的にサポートする部分です。もう一つはバックグラウンドとしてのAIで、運動能力を高めるためにカメラから動きを抽出したり、人の運動のちょっと先を予測して転びそうになるのを早く検知したりします。暮らしの中で分かりやすいのは、健康の支援などでしょうね。

そもそも、人類は過去5万年ほど、ほぼ飢えている状態でした。飢えていない状態は、ここ100年ほどです。そのため、エネルギーになりそうなものはすぐに食べて脂肪として蓄えておこうとします。だから、思うがままに食べていると太っていってしまうのです。

遺伝子が変化するには3000年ほどかかるため、それを待って適応するわけにはいきません。だから、AIデバイスを使って人類の能力を増強して、現代の文化に適応させようというのが、人間拡張の考え方です。同じように、医療が発達して昔より長く生きられるようになったため、身体を動かせる状態を長く維持しなければならない、といった課題もあります。

梅津良昭(うめつ・よしあき)氏

リコー デジタル戦略部 デジタル技術開発センター 所長。2016年、リコーに入社。研究開発本部にてAI/IoT系のソリューション開発を担当。2021年から、デジタル技術開発センター所長に就任。言語、画像、音声などさまざまなAIを活用したデジタルサービスの開発を手掛ける。

梅津良昭氏(以下、梅津): 私たちリコーも、AIを活用した人の能力の拡張に取り組んでいます。最初に目指したのは、営業の能力拡張、いわゆるセールステックです。リコーでは1000を超える商材を扱っており、一人の営業が全ての商材を熟知して商談提案していくのが難しくなってきています。

そこで、お客様の購買傾向や業態にあわせた提案レコメンド機能や、AIが解析した商談トレンドを見える化する情報ポータルなどを作ったのですが、なかなか現場での活用が進みませんでした。

営業のマネージャー層や、営業教育をしている部門に相談したところ、AIが導き出した結果を投げつけるような一方的な機能ではなく、営業の隣に「寄り添って」サポートするような機能にしていかないと、なかなか腹落ちして使ってくれなさそうだ、ということが分かりました。

そこで「デジタルバディ(デジタル上の相棒)」という考え方にたどりつきました。営業の日常業務の中にバーチャルヒューマンが入り込んで、例えば日々の日報作成を手伝いながら、お客様のニーズをつかんで「バーチャルオフィスなら、こんなサービスもあるよ」などとレコメンドしたりして、営業の提案活動を支援するようなことです。

ウィキペディアから獲得した知識で対話するAI

リコーが開発したバーチャルヒューマンのデモ画像 (提供:リコー)

梅津: 今日は持丸さんに「デジタルバディ」の発想から生まれたバーチャルヒューマンのデモを触っていただきましたね。このデモでは、相手との音声会話の内容をAIが解析して、動的に質問を生成して対話を重ねていきます。

ベースの対話のシナリオについては、いくつか事前学習をしていますが、先ほど「学生時代に何をしていましたか?」と聞いたら、先生が「野球をしていました」と答えましたよね。

持丸: その後に「ポジションはどこですか?」と聞かれたのには驚きました。スポーツは数限りなくあるのに、ポジションを聞くのは野球の話題にマッチしています。

梅津: 例えばテニスと言ったら、ダブルスですか?シングルスですか?と聞いていましたが、これはスポーツごとにシナリオをたくさん作っているわけではなく、事前にウィキペディアからスポーツを含む、さまざまな情報を学んだ上で、その場で対応しているんです。

持丸: それは驚きです。事前学習でやってるんですか?

梅津: OpenAI(人工知能を研究する非営利団体)が開発したGPT-3(2020年に発表された高性能な言語モデル)の高度な言語理解力を活用しながら、我々のチームで開発しました。

持丸: 現代のサービスは多岐にわたっていて、必要な知識が膨大になる傾向があります。例えば、介護の現場でもひとりの人が被介護者を網羅的に見ることができなくなっており、さまざまな状況でAIによる能力の拡張が求められています。これまではその知識を体系化(構造化)する必要があると考えられていました。

ところが、先ほどの野球の会話のように、ウィキペディアの体系化されていない情報を活用してやり取りができるならば、可能性が拓けます。

AIエージェント(ここではリコーのバーチャルヒューマンのようなAIを活用して受け答えをするものを指す)が体系化した情報を持っていなくても、人間というのはおもしろいもので、自分の知識とつなげて体系化して捉えます。そういう意味での拡張性がかなりありそうですね。

梅津: 一方で、営業の助けになるような業務知識はウィキペディアなどには含まれていないわけなので、これまで蓄積している大量の業務データをAI化して活用しています。地頭の良いAIが、業務知識から作られた参考書を引用しながらしゃべっているイメージですね。

持丸: 私たちは研究所としてAIの研究をしているので、展開する先が具体的によく分からない部分がある。現在は研究所で基礎研究をして、いろいろな企業の専門知識とあわせて展開しています。

ただ、理論的に研究しているだけだと、先ほどのデモのようなことは実現できないんじゃないでしょうか。企業それぞれの持つ専門分野、そこにある知識構造が重要な知財になっていくと思います。

自動化するとプライスが下がる。サービスの多くは対人を求めている

持丸: 人間拡張の分野では「自動化」か「拡張」かと語られることがあります。ロボットを研究しているチームもありますが、サービスの多くは対人による対応を求められていますよね。

対人接客のほうが顧客満足度は高く、プライスも高く設定できる。一方で、自動化するとプライスが下がる傾向がある。ベルトコンベアで運ばれるお寿司と、人が出すお寿司を考えてみれば分かりやすいでしょう。だからこそ、対人サービスを増強していかなくてはなりません。

人が関係を維持できる人数の限界をダンパー数といい、150人程度とされています。人類はつい最近まで、せいぜい150人くらいの人としか接触しなかったんですね。ところが、SNSなどにより、もっと膨大な人とコミュニケーションできるようになりました。

また、人類は短いスパンでしかものを感じられません。50年後などの長いこと、広域のことを考えるのも得意ではないんですね。でも、50年後の地球環境のことを考えなくてはならない状況に来ているわけです。

先ほども言及したように、現状では、我々が作った文化に、身体や脳が追い付いていかない。むしろ、AIを使って能力を拡張することで初めて追い付けるのだと考えるべきでしょう。

梅津: システムエンジニアはプログラミングがしたいんじゃなくて、システムを構築したいんです。また、僕はCGを作ったりもしますが、細かなテクスチャーを描きたいわけではない。だからそういう部分はAIにやってもらって、人間は映像やシナリオにフォーカスして面白さを高められるといいと思います。

営業のサポートも同じで、データを探すような単純なところはAIに任せ、本当にやりたいこと、本質的なことに力を注いでもらえたらいいと思いますね。

AIを始めた頃は社内でも「私たちの仕事を奪いに来たのか」と見られていました。僕自身もそういうイメージをうっすら持っていたかもしれません。でも、「自動化」と「拡張」は違う概念ですよね。

AIを敵として捉えるのではなく、「自分たちのために仕事してくれる」という、人を支援したり能力を拡張したりする役割がリコーの提供するAIの本筋だと思っています。リコーのAIのおかげで、お客さんが喜んでくださる、だからこそAIの活用にチャレンジするのであり、それこそが我々のDNAだと思いますね。

ものごとを知るだけで、人は変わるための努力ができる

AIや人間拡張による今後の展望を教えてください。

持丸: 複雑化していく社会で、技術が人間に寄り添うことで、社会課題を解決する方向へ向かうと思っています。例えば、昔は病院に行かなければ血圧が測れませんでしたが、自宅でも計測できるようになった。毎日の血圧変動が分かると、同時に人間は、血圧を上げないように努力できるようになるのです。「感じられる」というのはとても大切なことです。

知ることができるだけで、変われる人はたくさんいると思います。「CO2が増えるとどれくらい温度が上がり、どれくらい地球が困るのか」は、人間が持つ能力だけでは分かりません。でも、AIを介してそれを感じられるようになれば、多くの人は変わっていくでしょう。

梅津: 今後は、いま開発しているバーチャルヒューマンをもっと進化させていきます。我々の作るバーチャルヒューマンで、「仕事が楽しくなった」「ラクになった」と言われるようなことがあったら、あまりに嬉しくて泣いちゃうんだろうな、って思います(笑)。あと5年か10年ほどで、そこまで持っていきたいと思っています。


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