特別対談
2023.02.13
左
中島 さち子さん
株式会社steAm 代表取締役(CEO)、一般社団法人steAm BAND 代表理事
ジャズピアニスト、数学研究者、STEAM 教育者、メディアアーティストとして国内外で多彩な活動を行っている。2025年の大阪・関西万博ではテーマ事業「いのちを高める」のプロデューサーを務める。
右
山下 良則
リコー 代表取締役 社長執行役員・CEO
目次
2036年ビジョン「“ はたらく” に歓びを」を掲げるリコー。 はたらく人を単純作業から解放し、充足感、達成感、自己実現の実感につながる“ はたらく” の変革をお届けしたい。 はたらく人が、想いやアイデアを大切にし、創造力を発揮するために、何が必要なのでしょうか。 音楽や数学、教育現場で多彩な才能を発揮する中島さち子さんと山下社長が語り合いました。
山下: 私はいつも「今の時代は不確実性が確実にある」と話しているのですが、それはつまり世の中の変化に人がついていけなくなったということではないでしょうか。大袈裟に言えば、これまで50年かけて起きていた変化が今は1年や半年で起きていて、それに我々が対応できずに、「何が起こるかわからない時代だ」と言っている。ここで一度立ち止まって問い直す必要があると思います。私たちは人生を本当に楽しんでいますか、本当に今までと同じように過ごしていて良いのですか、本当に良い社会とは何ですか、と。そうすると、コロナ前の元の生活に戻そうという選択肢はありません。中島さんはこれからの時代を「創造性の民主化時代」と表現していますが、どのような時代になると考えていますか?
中島: 20世紀の社会では概して人が「与える人」と「与えられる人」という二つの立場に分かれていましたが、インターネットの発達によって、誰もが潜在的に持つ創造性を、双方向に発信できるようになりましたよね。誰もが小説や詩を書いて、あるいは動画を作って公開できるようになったことで「みんな違ってみんな良い」という感覚が、社会全体で共有できる土台ができています。みんなが何かを感じ、意見を持ち、発信することの価値を改めて感じていることでしょう。これからも世の中の全員が創り手になることを目指していけたらいいなと考えています。
山下: 誰もが力を発揮できる時代になった一方で、若い人は「失われた30年」という言葉に影響を受けて、自分たちはもうダメだと思っているのではと心配です。自分のできること、やりたいことに限界を作ってしまうのは、実はその人自身ではなく、育ちや教育などの環境です。誰でも発信可能になった変化を、会社組織としてチャンスと捉えて後押ししたいですし、もっと世界に学んで、企業も政治も日本も前向きになるよう変わっていかなければと思います。
中島: 確かに、環境次第でみんなチャレンジしようと思えるはずです。最初からうまくいかないのは当たり前なので、まずは自転車やスキーのように、転び方の練習をしてみるとか、とにかく一歩を踏み出すことが大切。それにより、自分のアイデアを一部でも実現していくことができます。反対に、怖がって何もしないでいたら、時代に取り残され、ますます怖くなってしまいます。
山下: チャレンジを見守る人は、相手が転んだ時にどんな反応をするかが大切ですね。「上手に転べたね」って褒められるとうれしいものですから。
中島: 企業の社長さんがフランクに挑戦を応援していたら、社員は元気になるでしょうね! 失敗しても構わないのだと思える、挑戦しやすい文化をぜひ会社全体で盛り上げていきましょう。
山下: 中島さんはSTEAM教育に取り組んでいますが、学びの際に大切な考え方とは何だと思いますか。
中島: 学びには「歓び」があります。好きだからやっているはずなのに「これをしなきゃいけない」「このくらいの結果を出さなきゃいけない」と縛られるのはもったいないと思っています。まずはワクワクすることから始めないと、なかなか気持ちも盛り上がりません。仕事や、何かを作ることもほとんど同じ。私が取り組むSTEAMとは、チャレンジしてワクワクしながら生きるという姿勢のことです。私が携わっている、経済産業省の「未来の教室」では、新しい学習指導要領をもとに、テクノロジーを活用した新しい学び方を実証実験しています。大切にしているのは、ワクワクを中心に「知る」と「創る」の循環を行うこと。たくさん知を得てから大人になって価値を生み出すのではなく、知ったら創り、創りながらもっと知るというスパイラルをどんどん回していくことが大事なのではと思います。
山下: 遊びには目的がないけれど、仕事や学びには目的があるので、創造性が制限されがちなのかもしれません。
中島: 面白い考え方ですね。遊びは何でもありな分、予定していなかった行動が生まれやすい。一人で砂場で遊んでいたら、他の子どもも一緒になって遊び出したり、誰かのために泥団子を作ってあげたりということが起こりますよね。
山下: 一方、仕事を考える上で起点になるのは、お客様です。お客様のニーズはとても幅が広くて、変化が激しい。何を望んでいるのかを想像できないと、正しい目的を設定できません。リコーの価値は、お客様に寄り添って価値提供していくことです。さらに社員がデジタルツールを活用して業務を効率化し、できる仕事の範囲を増やしていくことは、社員自身の働く楽しさにもつながっていくことでしょう。中島さんは、働く上でワクワクし、創造性を高めるにはどんなことが重要になってくると思いますか?
中島: 仕事とは価値を生み出すことであって、それは本来歓びですよね。お客様に寄り添う際にも、ニーズに対する絶対的な答えはなくて、一緒に問いと答えを探すプロセスなのだと思います。その時に相手の心が踊るのを見ると、自分もワクワクするはずです。
山下: おっしゃる通り、“はたらく”ことは本来歓びです。大山 泰弘氏の著書『働く幸せ』には、人が幸せを感じるには次の要素が必要だと書いてありました。一つは「褒められること」、次に「役に立っていると実感すること」、最後に「人から必要とされること。」これらは全て“はたらく”ことで実感できると確信しています。これらを感じることでワクワクするし、歓びを感じるし、社会とのつながりも実感できる。だから、リコーはこれらを実践して、社会全体がはたらく歓びを感じられるようにお役に立っていきたい。そのプロセス自体をビジネスにすることは少し先になるかもしれませんが、「リコーみたいになりたい」という会社が増えれば、社会に少しずつ影響をもたらすことはできるでしょう。
山下: 中島さんの生き方は周囲にポジティブな影響を与えているように見受けられますが、どのような考え方でキャリアを歩んできたのですか?
中島: 人生一度きりですから、いろいろ悩みながらも自分が「今はこれ」と感じた方向に歩んでいるのかも。考え方や価値の軸は多様なので、自分で新しい軸を作るくらいの気持ちでいます。自分で考え、選び、行動し、責任を取る。そうして経験を広げると、見える世界も広がって面白いです。時には少数派の立場になることもあります。例えば、数学の世界では女性は目立つことが多く、好きなことや創造性が社会的理由から閉ざされてしまうこともある。もっと「みんな違ってみんな良い」と認め合える社会になればと願っています。
山下: 子どもが幼少だった英国駐在の頃、私も妻も子どもたちに毎日「人と比べないように」と言い聞かせていました。皆が周りを気にしすぎずに、自分の好きなことをどんどん突き詰めていけるようになるといいですね。仕事においても、本当は得意な人が適所適材でやればいい。それを会社として促進するために、リコーでもタレントパレットというツールを導入し、社員に対して自身の得意不得意やキャリアの棚卸しをお願いし、人材の見える化を進めています。社員の皆さんにも、未来を語り、会社が社会のために何をしているかを語り、社会のために働く自律型人材になってほしい。これは「社会とのつながり宣言」です。
中島: 自分で考えて発信して良いということですね。日本はお互い察し合い、場の空気を壊さないことを重視しがちですが、きちんと意見を持たないと発言はできませんし、問い問われる関係性を作ることも非常に大切です。何より自分はどういう人間かを他者に説明できたほうが、幸せになりやすい。これは教育で一番変えなくてはいけない部分でもあります。会社と教育のそれぞれにおいて、変わらなければならないことがこんなに似通っているとは、興味深いです。
山下: 「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」の「インクルージョン」、自分と違う人を「受け入れること」もとても大事ですよね。そうしないと新しいものは生み出せませんから。
中島: その通りです。今、STEAMと万博を掛け合わせた未来の地球学校プロジェクトを進めていて、幼小中高大と特別支援学校やろう学校、ミュージアム、科学館などのさまざまな場をつないでいます。目の見えない方や耳の聞こえない方、ダウン症の方や小さいお子さん、おじいさんやおばあさんもいて、「五感」の音楽を作ったり踊ったりします。そこでお互いの大切にしている考え方が交わり、予想外のコラボレーションが生まれて面白いです。
山下: 中島さんがおっしゃる、多様な人が上下関係の中で接するのではなくて、フラットな関係性で接することができるのはとても良いことですね。
中島: 一方で、「無意識につながる」ことが多様性の排除になってしまうことが多いのも事実です。似たような人で集まるのではなく、意識して多様性を取り入れていけば、多様性の本来の良さである躍動的なつながりができます。
2025年大阪・関西万博では、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに8つのテーマ館がつくられます。私が担当する「いのちを高める」テーマ事業では、「いのちの遊び場 クラゲ館」をパビリオン名としました。クラゲをモチーフとしたのは、何でもありな「揺らぎのある遊び」を表現したかったから。音楽や数学、技術と遊びを融合させ、創造性を育めるような空間にしていく予定です。
そこでは、すべての人を対象として「0歳から120歳までの子どもたち」の学びの大変革となるよういろいろ仕掛けていきたいので、自律型のリコー社員の皆さんにもぜひ意見やアイデアをいただけたらと思っています。
2025 年大阪・関西万博で中島さんが担当する
「いのちの遊び場 クラゲ館」
クラゲをイメージした建物は半透明・半屋外で、中にいる人々が遊ぶ様子が外から感じられる設計。来場者の一人ひとりがかけがえのない存在であり、建物そのものにも命があるというメッセージを込めている。
リコーもパートナーとして協賛!
「人」に対する真摯な想いが込められた「クラゲ館」との協賛を通じて、“はたらく”の枠を超えた貢献領域の探索に挑みます。
山下: 自律、創造、多様性と、重要なキーワードがいくつも出てきましたね。今後リコーが目指す姿は、社員がイキイキと働ける会社です。社員が輝いていれば、時代に合わせてどんどん新しい価値を作り出していけますし、サステナブルな会社と言えるでしょう。そのための制度の整備や新しい事業プログラムを作り、社外の人も含めた開かれた環境の中で幅広い世代がイキイキと活躍できる体制を整えていきます。
中島: ぜひ、リコーの皆さんには、いのちを高めるような歓びのある働き方ができる社会を作っていってほしいです。今回の万博で私たちが扱うテーマは「いのちを高める」。学びや遊び、芸術、スポーツなどを通して生きる楽しさを感じ、共創の場を作り出すことです。ぜひご一緒に悩み、試行錯誤し、さまざまな価値を掛け合わせて、より多様な一人ひとりのいのちが躍動する未来社会のあり方を模索したいです。
山下: 今リコーはデジタルサービスの会社への変革を遂げようとしています。皆さんはぜひ、リコーの精神、DNA、会社のあり方を自分で語れるようになってほしい。社員の皆さん自身が、まさにリコーのブランドです。これを誇りと自信にして、一緒に頑張っていきましょう。
今回の対談場所は…
2020年11月、“はたらく”を研究する実践型施設として、リコーグループゆかりの地にある大森会館を全面改装して開設。館内の次世代会議空間「RICOH PRISM(リコープリズム)」は、チームの創造的な「気持ち」を高めるまったく新しい空間。映像や光、音、香りや触感といった五感に働きかけるさまざまな空間演出を行い、限りない創造性を引き出す。