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2019.06.20
Written by Ys and Partners ※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。
自分の子どもが発達障害かもしれないと言われたら、なかなか受け入れられない親は多い。「なぜうちの子が?」「何が悪かったのか?」と、自責の念を感じてしまう親もいると言う。
しかし、発達障害ということが分かったのは、ある意味では幸せなことかもしれない。なぜなら、発達障害ということを親にも周囲にも理解されないまま大人になっていくことの方が、子どもにとっては不幸になりやすいからだ。
「潜在的な層を含めれば、少なく見積もっても国内に100万人以上はいます」。そう語るのは、金沢大学子どものこころの発達研究センターの菊知充教授だ。
実際に、発達障害の患者数はここ数年増え続けている。また、「大人の発達障害」という言葉が話題になったように、発達障害と気づかれないまま成長し、大人になるまでそれと分からないようなケースも多い。
ここまで発達障害が増えた理由としては、2013年に発達障害の基準が拡大され、対象となる症状が増えたことが大きい。とはいえ、学校の現場からも、実際に増えてきているという声もあるようで、小児の約1割が発達障害の特徴を示しているというデータもある。
今回のインタビューに応じてくださった、金沢大学 菊知充教授
「発達障害でまず大事なことは、スティグマ(=差別、劣等感)を無くすことです」と菊知教授は語る。
発達障害と聞くと、周囲の手厚いケアなしでは生活できないと思われることも多い。しかし、本当にケアが必要な人は、実際はほんの一握りしかいないそうだ。それ以外の人は、健常者とほとんど同じように生活ができる。ただし、子どもが育つ環境がミスマッチだと、特別なケアが必要になってしまう。
ミスマッチを起こさないためには、発達障害の早期発見が大事である。しかし、現在の医療技術では、この早期発見にはまだ大きな課題がある。発達障害は明確な原因があるわけではないので、症状から診断するしかない。
例えば子どもには、1.6歳児健診や3歳児健診といった、全員を対象として発達障害を診断できる絶好の機会がある。しかし、現在の発達障害の診断としては、問診票による手法を取っている。
親が子どもの行動や態度についての質問に回答し、その結果をもとに医者が判断するため、どうしても正確さに欠けてしまう。実際に、1.6歳児健診での診断結果が、3歳児健診の段階で覆るようなケースもあるようだ。
現在まだ世界に3台しかない小児用MEGという装置の1つが、日本の金沢にある。金沢工業大学と金沢大学とリコーグループとで開発されたものだ。
発達障害は脳の障害なので、脳の動きを解明することが必要だ。これまでに、MRIやPETといった脳を解析する装置は存在していたが、子どもへの放射線の利用や、検査に長時間かかるなど、幼児に対して適用するには難しさがあった。
一方でMEGは、脳から発生するわずかな磁場の変化を捉えて、脳の動きを分析する技術である。そのため完全に非襲性であり、身体に害を一切与えることなく検査ができる。さらにこの小児用MEGは、母親のそばで検査することもでき、その上検査にかかる時間も短いため、子どもにとって非常に優しい検査方法となっている。
現在まだ世界に3台しかない 小児用MEG
金沢大学では、発達障害を「特異」から「得意」へ、というキャッチフレーズを掲げ、自閉症の子どもの社会性向上を目指した取り組みを進めている。その中核として、小児用MEGを使った、他に類を見ない世界最新の研究を進めている。その研究結果として、発達障害の子どもの脳の仕組みについて、世界初の新しい事実をいくつか発表している。
例えば、健常な子どもと自閉症の子どもでは、脳の左右の発達の仕方に違いがあることが分かっている。健常な子どもの場合、言語の発達と対応するように、左の聴覚野が発達する。しかし自閉症の子どもの場合は、この左脳の発達が遅れてしまい、言語の発達が遅れる場合もあるのだ。一方で、視覚は健常な子どもよりも優れている自閉症の子どももいる。
小児用MEGで読み取ったデータをモニターで解析
小児用MEGによって、先に挙げたような発達障害による脳の動きや育ち方の違いが、目に見えて分かるようになると、発達障害の診断がより正確にできるようになる。これまで人の目に頼るしかなかった診断に、客観的なデータで補助できることのメリットは大きい。
「親にとっても、目に見えるようになることで、発達障害が自分の育て方のせいではなく、脳の症状であると正しい理解がしやすくなります」。実際に小児用MEGを使った診断研究も行う菊知教授は、そのメリットの大きさを指摘する。
親から最初に聞かれる質問は、「うちの子はちゃんと普通になっていくのか?」が多いそうだ。実際、脳の特徴は、大人になって軽くなることはあっても、残り続ける。
「治る、治らないという話ではないんです。脳の『個性』として、その子『らしさ』として、勇気を持って受け入れてほしいです」。
発達障害を抱えながら、社会的に成功を収めている人も多い。有名なハリウッドスターや映画監督、ノーベル賞受賞者や世界的企業の創設者にも、発達障害を持っていたと言われている人がいる。他にも研究者や実業家など、1つのことに集中できるという個性は、何かで突出できる可能性を秘めている。
「みんな同じ、という考え方はもう昔の話。もっと一人ひとりの個性を伸ばすような教育になるべきです。できないことを叱るのではなく、人の役に立てていることをぜひ伝えてあげてください。一番大事なことは、子どもが『自己肯定感』を持てることなのです。自分の得意なことを、楽しく学んで伸ばしていけるように」。
発達障害者が社会に適合できないことによる社会的損失は、日本で年間数兆円とも言われている。菊知教授が願うように発達障害の子どもが育ち、社会の理解がすすむことで適合できるようになっていけば、この損失は今後プラスにもなりうる。少子高齢化が進む日本において、その効果は計り知れない。
子どもの診断のために菊知教授の元を訪れた親たちが、何より驚き、そして安心すること。それは、この金沢の地で、子どもの発達障害についての研究を、みんなが現在進行形で進めているということだと言う。
「今はまだ、脳で何が起こっているかまでしか分かっていません。次は、効果のあるトレーニング方法なども見つけていきたいです」。小児用MEGを使った研究成果は、発達障害の子どもを持つ親にとって、大きな希望である。