リコーが掲げるミッション&ビジョン、「"はたらく"に歓びを」。はたらく中での歓びは、創造力を発揮して働いたときに得られるものだとリコーは考えている。「創造力を発揮してはたらく」とは一体どういうことなのか。どうすればリコーは、「創造力を発揮した働き方」を支援できるのか。それを新入社員が考えるワークショップが、リコーにはある。リコーの施設である「3L」の中の体育館を改装してつくられた「BOX」と呼ばれるスペースを使い、軽快な音楽が流れる中で行われるこのワークショップは、企業内のワークショップでは少し異端だ。なぜこのようなワークショップを始めるに至ったのか。そして今後の展望を、発起人のコミュニケーション戦略センターブランド戦略室の稲田旬氏と江副ユカリ氏に聞いた。
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ワークショップの設計は、2023年4月に稲田氏がブランド戦略室に着任して早々の仕事の一つとなった。企画時の想いを稲田氏はこう語る。「新入社員に対してブランド教育を行うというのは、何もリコーに限った珍しい話ではありません。ですが、座学だけでロジカルな理解を促すブランド教育にどこか疑問がありました。『座学のブランド教育を通して、新入社員のみなさんは本当にリコーが目指しているものを理解して、腹落ちできるのだろうか』と。社員が会社の目指す方向性に共感できるかは、これからの時代ますます重要な要素になっていくと確信していたので、中途半端なプログラムにはしたくなかったのです」。
稲田 旬 氏
同じく担当の江副氏も同様の疑問を抱えていた。「2022年度に初めて新入社員向けのワークショップを企画し、実施しました。その時は、まだリモートワークが主体だったので、オンラインでワークショップを行いました。それはそれで良かったのかも知れませんが、『これで本当に参加者の気持ちが変わるのかな』という疑問はありました。じゃあ23年度はどうしようかというタイミングで稲田が室長に着任して、『思い切ったことをやっては?』と背中を押してくれました。それなら本当に参加者の記憶に残るワークショップにしよう、ということで外部パートナーに頼らず自分たちでゼロから企画を始めました」。
江副 ユカリ 氏
社内で手作りするからと言って、クオリティへの妥協は一切なかった。イベントの企画運営とファシリテーション、撮影、そしてコンテンツ化まで、メンバーの異なる専門性を結集し、「このワークショップ作成自体にチームで創造力を発揮しよう」と熱意を注いだ。
ワークショップの休憩時間に談笑する事務局メンバー
度重なる議論の結果、ワークショップでのメインテーマは「創造力を発揮してはたらくための課題とは?その課題を解決するためのアイデアは?」となった。これはいわば、リコーの目指す世界の実現のために何をすれば良いか、を考えることだ。会社のミッション&ビジョンを理解し、腹落ちし、自分ごとにしてもらうために、擬似的に経営者と同じ立場になってみるというのは、実はもっともストレートな手段なのかもしれない。だが、このテーマ設定だけでは参加者の記憶に残るワークショップにするにはインパクトが足りない。そこで出てきたアイデアが「はたらくの実践研究所」であるRICOH 3Lの利用だ。
「この3Lという建物は、"はたらく"の未来を考え、そして実践していくために建てられた建物です。そして実は私がこの建物のリノベーションの責任者でした。今回企画するワークショップは『はたらくの未来を考える』ことそのものです。そのワークショップにこの場所を使わない手は無いと思いました。」稲田氏はそう語る。
RICOH 3Lの外観
実際に舞台となったのは、3Lの中で「BOX」と呼ばれる部分。かつての体育館を改装した場所で、体育館の床を半分残し、残り半分はカーペットの敷かれた大階段。階段横の壁は全てホワイトボードになっており、どこにでもメモが可能。いたるところに大きなクッションや移動可能のスツールが散在。小さなステージがあるだけではなく、音響や照明も完備という、「BOX」は体育館と呼ぶにはあまりにも特殊な場所だ。
RICOH 3L内のBOX
「創造力を発揮してはたらくとはどういうことかを考えるワークショップにおいて、BOXは本当に適した場所でした。チームごとの場所も指定しない。立って話す、転がりながら話す、どんなスツールを使うか使わないか、チームでの話し合いのスタイルは全てチームで決めていく自由なスタイル。極力事務局からルールを決めないことで、ワークショップ中も参加者の創造力を発揮してもらえたら、と思った上での場所決めでしたが、まさに狙いがはまりました」。実際にワークショップを実施する中で、江副氏は手応えを得た。
大階段を利用するチーム
ホワイトボードに囲まれた空間を利用するチーム
参加者の参加形態は本当に様々だったという。「通常の机と椅子っぽいものを使うチーム。ホワイトボードの壁の周りに集まるチーム。寝転がりながら話すグループ。想像していたよりも、既存の考え方にとらわれず会場を自由に使ってくれて、いわゆる"研修"の枠から外れて真剣にディスカッションに没頭してくれたのは嬉しかったです」(江副氏)
階段横のホワイトボードを使うチームも
ワークショップの流れにも簡単にふれておきたい。ワークショップは事前課題として「あなたにとって創造力を発揮してはたらくとは?」を各自で考えことから始まる。事前課題はこれで終わらない。この次工程からがこのワークショップのユニークなところ。3LにあるRICOH PRISMを用いて、事前課題の内容をチームで共有する。RICOH PRISMは、はたらくチームの創造的な気持ちを高めることを狙いとした、リコーが開発中の「未来の会議空間」。まさにワークショップのお題である「創造力を発揮してはたらくために必要なものはなんだろう?」という問いへの一つの答えとして作られた空間だ。「事前課題で『まだ見ぬ創造力の発揮を支援する価値』であるRICOH PRISMを参加者に実体験してもらうことができました。その中でチームビルディングやディスカッションを実際に行うことで、単純にその場で気持ちが高まるだけでなく、ワークショップに対するモチベーションも上がったのではと感じます」。事前課題のアテンドをした江副氏は語る。
RICOH PRISM内での事前課題
ワークショップ当日は午後1時から始まる。冒頭30分ほど、稲田氏からリコーのミッション&ビジョンについてのインプット。始まり方もこのワークショップならでは、少し異質だ。カーテンを締め切り真っ暗になった会場に突如響き渡る大きなブザー音。映し出されるのは前社長である山下が話す映像である。そこから現社長の大山のパートに移る。稲田からのインプットが始まるのは、この約3分半の動画が終わってからだ。
「この冒頭のインプットでは、この会社の存在意義を正しく理解してもらうことに注力しました。そのためにまず一番最初に、この会社の舵をとっている会長の山下さん、社長の大山さんの生の声に触れて欲しかった。それもできるだけ集中できる環境で。経営トップである彼らがこの会社をどういう方向に導こうとしているかを知ってもらうことで、改めてリコーがいま社会に存在する意義を理解してほしかったんです」。冒頭のインプットについて、稲田氏はこう続ける。
「創造力の発揮を支援する会社になるために、リコーの提供価値も、機能性の高い便利なものものから、情緒的な体験を高めるものに変わっていく。この流れの重要性を改めて共有し、実際に後者の『創造力の発揮を支援する提供価値』を考えてもらうワークショップにつなげました」(稲田氏)
会長の山下氏がミッション&ビジョンを語るビデオを視聴
稲田氏が「リコーが社会に存在する意義」を参加者に問う
冒頭のインプット後はひたすらグループワークが続く。タスクがなくなった世界で、創造力を発揮してはたらくための課題とは?どんなものがあれば良い?具体的なアイデアは?最終的にチームごとにアイデアを発表するまでに合計2時間以上のグループワークだ。
寸劇風の発表を行うチーム
発表者以外は平場に座って発表を聞く
「参加者は途中でアイデアが出なくなりますが、それはとても自然なことです。創造力の発揮を支援するためのアイデア、なんて普段考えないものですし、そもそも『タスクがなくなった世界』自体を想像することがまずないですよね。でも、この答えのない問いに向き合う時間はまさに『創造力の発揮』です。答えのない抽象的なお題に向き合う中で、多様な考えを受け入れ、チームとして考え、その複雑な議論の過程を言語化して他者に想いを持って伝える。このワークショップ自体が、『創造力を発揮してはたらく』の疑似体験です。なので、ここで良いアイデアが出てこなくても全然構わない。ワークショップに参加してくれた人たちが『答えのない課題に取組む今まさに欲しいもの』が、まさしく私たちリコーがこれから作っていきたいもの。その必要性を感じてもらうだけでも意味があると思っています」(稲田氏)
発表に対しては、稲田氏が丁寧に一組ずつフィードバック。最後にはグループをバラバラにして、別グループのメンバーとその日の感想を共有し合うことでワークショップが終わる。
全発表チームに稲田氏からフィードバック
参加者の反応は様々だ。「改めてこの会社を選んで良かったと思えるような研修だった」「自分が何をしたいと思って入社したのか振り返ることができた」などの好意的なものから、「会社の方向性に対する理解は深まったが、自分が普段の業務の中で『歓び』を感じられているか、自分の業務がお客様に『歓び』を提供できているのか、自信を失った」「時間内では納得いく創造物を生み出せた感覚はあまりなく、難しさを感じた」と言った素直な意見まで内容は多岐にわたる。このような参加者からのフィードバックを受けて、来年度以降の実施に向けて事務局では早くも改善検討が始まっている。最後に、担当の二人に今後の展望を聞いた。
「リコーグループがこれから先も継続してお客様の生み出す力の発揮を支え、お客様に『はたらく歓び』を届けるためには、私たち社員一人ひとりがその真意を理解して、行動に移す必要があります。新入社員としてリコーグループの仲間になった1年目からそれを自覚し、自律的に行動できるようにするための施策の一つとして実施したのが今回のワークショップでした。目まぐるしいスピードで環境が変わる中、今後より一層『創造力の発揮』は重要になってくるはずです。これからも今回のような型破りな体験型ワークショップを通じて、社員一丸となってリコーグループが目指す『"はたらく"に歓びを』を実現していきたいです」(江副氏)
「リコーが会社のミッションとビジョンをアップデートしてまで成し遂げようとしている『"はたらく"に歓びを』。これは単なる思想の話ではなく、リコーが社会に存在する意義であり、同時にビジネス戦略でもあります。タスクをなくし、創造力を発揮した時に、はたらく中に歓びの感情が得られるのか。それを支援するものとはなんなのか。その真意を社員1年目から正しく理解し、未来のビジネスを考え、その体現者として社員自身がブランドになることへの貢献ができればとこのワークショップの企画に臨みました。参加いただいた方の表情や取り組む姿勢、いただいたコメントから手応えはあります。改善を重ねながら、リコーが独自で生み出したユニークで価値高いワークショップにしていきたいです」(稲田氏)