特別対談
2022.01.31
左
山下 良則
代表取締役 社長執行役員・CEO
右
クリスティーナ・アメージャン氏
一橋大学大学院経営管理研究科 教授
2018年4月から現職。2001年から一橋大学大学院で教鞭を執り、組織行動やリーダーシップ、コーポレート・ガバナンスなどを教える。現在は、株式会社日本取引所グループなど複数の会社の社外取締役を務める傍ら、数多くの日本企業や多国籍企業に対する研修やコンサルティングも行う。
目次
デジタルサービスの会社への変革を進めるリコー。その変革に向けたイノベーションの創出には、「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」が必要です。ダイバーシティの本質とは何か、また、組織がD&Iを確保するための要諦は何か――組織社会学を専門とする一橋大学大学院教授 クリスティーナ・アメージャン氏と山下良則が、D&Iについて語り合いました。
山下 新型コロナウイルス感染症は、私たちに多くの変化をもたらしました。リコーでは、以前から働き方変革に取り組み、申請制で在宅・サテライト勤務を推進していましたが、緊急事態宣言発令以降は逆に、出社するための申請が必要に。つまり会社に来て仕事をするという常識が非常識となったのです。人々の常識が覆された今だからこそ、働き方自体も根本から変えるチャンスだと捉えています。
アメージャン 色んな変化がありましたが、コミュニケーションという意味では、テクノロジーのおかげでそれほど難しさは感じなかったですね。私は現在4社の社外取締役を務めていますが、約1年8カ月の間はほぼ自宅から取締役会に参加しました。さまざまな議論ができましたし、ボードメンバーとの関係性も良好でした。大学でもこの2年間リモート授業でしたが、むしろリモートだと学生がみんな発言し、よい議論ができました。
山下 リコーの経営会議も、出席方法を自由に選べるようにしています。そのことで議論が活発になったと感じていますが、リモートでは参加者が役職の上下関係を感じにくくなるからかもしれません。社員においても仕事でアウトプットを出す、貢献するというプロセスは、リモートでも対面でもそれほど変わりません。皆の創意工夫により選択肢が広がり、そうした幅広い選択肢の中から、自分たちに合ったよりよい仕事のやり方を実践していくことが重要です。
アメージャン それぞれの人、職種、状況によって、最適なやり方を自ら選べることは、本日のテーマである「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」を推進する上で大切なポイントです。
山下 ダイバーシティというと、一般的に女性の活躍推進や、障がい者雇用、外国人の採用を増やすなどが挙げられますが、「なぜD&Iが必要か?なぜ女性が活躍することが重要か?」というような議論を十分にせずに、目標値だけを設定することには違和感があります。
アメージャン なぜD&Iが必要か――シンプルに考えれば、人口の半分は女性なわけです。その能力を活用しない手はありませんよね。これだけグローバル競争が激化する中で、性別、国籍、学歴などで同じ属性の人ばかりが集まって、どうやって競争を勝ち抜くことができるでしょうか。
山下 海外勤務を終えて日本に帰国し、『WORK SHIFT』の著者であるリンダ・グラットンさんの講演に行ったときのことを思い出しました。「新規事業のためにイノベーションを起こすには?」と質問したところ、「あなたは昨日ミーティングした部屋と同じ場所で、同じメンバーと、新規事業をどうしようかと同じ会議をしていない?」とバッサリやられました(笑)。毎日スーツを着て、毎日同じ電車に乗ってという日々変わらないルーティーンを繰り返しているような人たちだけでは、イノベーションを起こせるはずがない、と暗に言われたようで衝撃が走ったことを今でも鮮明に覚えています。
アメージャン それは面白いお話です(笑)。
山下 私たちのお客様の半分は女性だし、障がい者の方に利用していただいているサービスもあります。そういうサービスを提供し続ける会社である限り、同じぐらいの比率で女性や障がい者の方がいて当然と言えるでしょう。まずはこうした議論を社内で展開し、必要な制度を整えた上で、女性社員・管理職比率などの目標値を設定しています。
アメージャン すばらしいですね。そして性別や国籍、ハンディキャップの有無などの違いだけでなく、個々人の経験や感性、考え方などの違いを重視するのが大事なのです。それこそが、ダイバーシティの本質だと思います。属性の違う人を採用するだけでなく、社員一人ひとりの経験、感性、考え方の違いを認めていけば、多様なアイデアがもたらされ、そこからイノベーションが生まれるのです。
山下 先日 Business for Inclusive Growth(B4IG)※1の理事会に参加しました。2019年8月の発足当初からアジア企業として唯一参加しています。この活動でリコーはデジタル格差(デジタルデバイド)に特化した社会課題の解決に取り組んでいます。このような活動を進める中で、多様な個々の違いを受け入れて能力を最大限に活かしながら、誰一人取り残さずに巻き込んでいく「インクルージョン(包摂)」も、達成できていくのではないかと考えています。
一人ひとりの違いを受け入れてこそアイデアが生まれる
アメージャン そうですね。そしてD&Iを推進するためには、山下社長のように、トップをはじめマネジメント層がD&Iの必要性を認識し、それを実現するためのストーリーを語ることが重要だと思います。
アメージャン 日本はダイバーシティ後進国のように言われますが、私は日本ほど多様性がある国はないと思っています。南北に長く広がる地形柄、地域ごとに自然も違うし、言葉も文化も異なりますよね。
山下 確かにそうですね。それが戦後、国の復興を目指すという共通の想いのもと、大量生産・大量消費によって一気に成長を遂げ、世界を席巻するまでとなりました。大量生産・大量消費型の時代には、皆が同じ方向を向き、同じことをすることで、QCD※2を守ってきたのです。その過去の成功体験から、皆と同じことをしなければならないという不文律が生まれ、日本全体を覆うようになったのかもしれません。
アメージャン しかし時代は変わりました。モノカルチャー神話を捨てる必要があるかもしれませんね。ただ、同じような服装をした人たちも、それぞれ話をしてみると、面白い考え方やユニークな発想を持っていると思います。ですから、日本はダイバーシティがないというよりも、発揮していないだけなのではないでしょうか。
山下 確かにダイバーシティが押し込められている。それを解き放つことが必要ですね。
「日本ほど多様性がある国はない。本来の多様性の発揮を」
アメージャン 日本がダイバーシティを取り戻し、インクルージョンを実現していくためには、まず働き方改革が必要です。そして、プロセスではなくアウトプットで個人も会社も納得する評価制度の導入が肝要でしょう。
山下 2017年に社長に就任してすぐに、「働き方変革」として、多様な働き方を推進するプロジェクトを立ち上げました。自分の能力を発揮し、よいアウトプットを出すことが大前提ですが、実は規則やルールなど整備が十分ではなかった面がありました。たとえば、子どもの送迎で出社時間に間に合わないなど、会社のルールが合わずプレッシャーとなる人がいた。それをできるだけなくすために働き方の選択肢を増やして、誰もが能力を発揮できるような環境作りをよりいっそう進めてきました。新型コロナウイルスの感染拡大で、これらの取り組みが一気に加速し定着しました。
山下 そして、二つ目の要件である評価制度について。まず働き方変革を進めたことにより、仕事が「見える化」され、誰がどの仕事をしているかという人材の「見える化」が進みました。そしてリモートワークの常識化により、上司はアウトプットで評価せざるを得なくなり、それに対してKPIをしっかりと設定する癖が付いてきた。つまり、私たち自身が、適切に制度を運用できるようになったと感じています。こうした背景もあり、いよいよ、2022年4月からリコー独自のジョブ型の人事制度を導入する予定です。
アメージャン ジョブ型を導入する企業が増えていますが、運用がうまくいかないケースが多い。しかし山下さんの説明を聞くと、「見える化」や「KPI」といった要件が整っているので、きっとうまくいくだろうと期待感が高まりました。私からひとつ付け加えるなら、「心理的安全」の確保も大事だと思います。上司への進言など何でも議論し合えるような風土です。
山下 すばらしいですね。ジョブ型が成立する要件のもうひとつは、コミュニケーション。特に上司と部下の信頼関係が必要です。どうしても上司は部下のことを心配して管理しがちですが、それを乗り越えて、信頼すること。心配から信頼へ。“パ”から“ラ”のこうしたパラダイムシフトこそが重要なのではないでしょうか。
アメージャン それには、マネジメントスキルが求められますね。最近海外のトップビジネススクールでは、フレームワークなどのビジネススキルではなく、コミュニケーションやダイバーシティストーリーなどのソフトスキルを重視して教えています。マネジメントスキルを磨くための具体的なトレーニングが必要かもしれません。
山下 どうしたらダイバーシティを推進できるのかを常に考えていますが、ワーケーションや社外の方とコミュニケーションすることで、新たな視点や気付きを得ることも重要だと思っています。新規事業を創出するTRIBUSという活動では、社外とのコミュニケーションを通じて新たなアイデアの創出につながっています。
アメージャン 日常ではない経験をすることが非常に大事ですね。普段会話をしない人とコミュニケーションをするという点では、ワーケーションは非日常的で有効な取り組みです。
山下 グローバルに広がるリコーグループは、各地域においてダイバーシティを進めてきました。私自身、英国・米国での勤務が長かったのですが、グローバルではあえてダイバーシティは意識せずとも、女性管理職はもちろんのこと、多様な国籍の人が当然のように同じ仲間として働いています。今後、さらなる発展とイノベーションをグローバルに遂げるためには、あらゆる多様性と価値観を互いに受け入れ、グローバルの社員がひとつのチームとして働くことが重要です。そこで「グローバルD&Iポリシー」として、D&Iの考え方を理解し、どのように守り、実践するのかを示しました。
アメージャン リコーグループは、グローバルで見ると女性の社員比率・管理職比率ともに高くなっていますね。改めてグローバル統一の「グローバルD&Iポリシー」を明文化したのは、意義深いですね。各地域では、どのような取り組みを行っているのですか?
山下 グループ全体では、毎年3月8日の国際女性デーに合わせて、女性の活躍をテーマに各地域でイベントを開催しています。ヨーロッパでは、定期的にD&I委員会がボードメンバーと議論し、カルチャーを根付かせるための施策や活動を展開。最近では障がい者が直面する課題と、より多くの障がい者のインクルージョンの必要性について認識を高めるための意見交換が行われました。アメリカでは、「Black History Month」「Diversity Awareness」など毎月テーマを変えてイベントを開催しています。これらの活動もD&I委員会がサポートしています。アジアなど、リコーグループが展開する各地域で、それぞれの地域の特性・事情に合わせたD&Iの取り組みを展開しています。
アメージャン よい事例がたくさんありますね。女性活躍のロールモデルとなる人もたくさんいるでしょう。日本の企業は、海外から多くを学ぶべきです。
山下 そうですね。D&Iの取り組みにより、社員がイキイキとして会社が活性化したり、お客様とのコミュニケーションがうまくいったりした事例など、お互いに学び合う機会をもっと作りたいですね。リコーがデジタルサービスの会社への変革を実現する上では、お客様との接点で価値を生み出すことが不可欠です。そのためには、もっと世界中の優れた事例から学び、他者に対する理解を深めていきたいです。
アメージャン グローバルカンパニーは、日本もグローバルレベルでなければ。そのためにも、相互に学び、理解することは大切です。今後リコーグループがD&Iの進展からどんなイノベーションを生み出していくかが楽しみです。
アメージャン リコーグループの社員の皆さんに、私からエールを送るとしたら、まず「Jump out of your comfort zone※3」。「私は〇〇がやりたい」と思ったら、思い切って発信し行動するようにと、生徒たちに話しています。指示を待っているだけでは何も変わりません。たとえ周りからよい反応が得られなくても、自分を信じて行動し続けることが大事です。社員の発信を受け止めるマネジメント層には、それをサポートしてもらいたいですね。マネジメント層が変わらなければ、社員がどれだけ変わろうとしても変われません。
山下 同じような趣旨ですが、私からは「想いを言葉に 言葉を形に」というメッセージを伝えたい。 まずは自分がやりたいことなどの想いを、自分の言葉で語ってほしい。そして言った以上は、行動して形にしていこう。そういう環境・風土を作り、行動する社員を支える制度として選択肢を増やしていくのが私の仕事だと考えています。リコーグループの社員一人ひとりがそれを実行したら、まさに多様性からイノベーションが生まれるでしょう。皆さんの想い、言葉、そして行動に期待しています。アメ―ジャンさん、本日はありがとうございました。
※1 B4IG:欧米を中心とした30以上のグローバル企業が参加して不平等問題に取り組むイニシアティブ
※2 QCD:Quality(品質)・Cost(コスト)・Delivery(納期)
※3 comfort zone:居心地のよい場所
※対談はマスク着用の上実施しておりますが、撮影のために一時的に外しています。