大規模災害によって日々の暮らしが根こそぎ奪われるにとどまらず、人が生きてきた印、記憶・記録も同時に失われることがあります。私たちは、2011年3月11日に東北地方で発生した大地震と信じられない規模の津波によって、人が生きた証が失われていく様を目の当たりにしました。
人生が終わりを告げた時、写真はその人が生きてきた証そのものになります。紙焼きの写真であってもデジタル画像データの写真であっても、その人がその場で誰かと共に生きていた記録、生きていた証そのものになるのです。
私たちは写真の本質的な意味に気づかされ、失われた写真を救い出す活動に身を投じました。そして、ごく一部であったのですが、待ち望む被災者の皆さまに写真をお返しすることができました。
この復興支援活動が一段落した今、私たちは、よりよい写真救済活動ができなかったか、未来に向けて何かできることはないか、と考えています。この「セーブ・ザ・メモリープロジェクト 活動の記録」では、私たちが行ってきた活動を「事実の記録」として取りまとめてきました。最後にこの章では、失われた写真を救い出すためのよりよい対応と、日常的にどのように写真を取り扱っておくべきか、について提言を行いたいと思います。
個人の所有する写真は、所有者、被写体(人物)、関係者にとっては何物にも代えがたい極めて貴重なものですが、一般的に財産的価値は乏しいと言えます。また、大規模災害によって写真が失われ拾得物件として届け出られた時、日本国の法律的には「遺失物法」における「遺失物」という扱いであっても、以下の理由により行政区が単独で返却のための活動を活発に行うことは非常に難しい現実がありました。
よって、大規模災害の発生を想定し、行政区が滞りなく諸活動を行えるよう、あらかじめ特例ならびにガイドラインを制定しておくことが望ましいと考えられます。
日本政府は、東日本大震災の発災後、速やかにがれき撤去のためのガイドラインを被災した各県に通達し、その中に写真の取り扱いが含まれていました。
「位牌、アルバム等、所有者等の個人にとって価値があると認められるものについては、一律に廃棄せず、別途保管し、所有者等に引き渡す機会を設けることが望ましい。」
ただし、その後の具体化については各地方自治体に委ねられることとなり、管轄組織、対応規模と期間、対応方法、予算措置、他団体との連携、等にバラツキが生じました。この中で特に、地方自治体の中で管轄組織がどこになるかは、膨大な数量に上る被災写真の返却活動の質と持続性を大きく左右したと考えられます。被災の程度により対応の内容には差が生じますが、管轄組織は統一的に規定しておくことが望ましいと言えます。
広域にわたる大規模災害に対応するにあたり、地方自治体と組織力を持つNGO・NPO、企業(CSR活動)、各種団体との連携の重要性は増しています。特に近年、日本においては個人レベルでのボランティア参加が非常に活性化しており、復旧・復興支援への貢献を希望する個人は貴重な力となっています。
膨大な量の被災写真を取り扱うためには、多くの人手のコントロールとシステマティックなプロジェクトマネジメントが重要であり、他の深刻な責務も山積しているため、行政区のみが単独でその責務を担うことには限界があります。
日本国においては、災害対策基本法において「国及び地方公共団体は、ボランティアとの連携に努めなければならない」旨が記述されていますが、行政区が役割を遂行するためのハブとなり、NGO・NPOを含む各種団体との連携を想定し、連携あるいは委託範囲と責務、あるいは免責事項についてあらかじめ検討しておくことが望ましいと考えます。
災害で汚損した写真を洗浄する作業は必須となりますが、以下の理由により、我々は「速やかに写真の高品質なデジタル化(スキャニング)を行うこと」を強く推奨しています。
「高品質なデジタル化」の意味は、デジタル化した画像データが写真を探すためのインデックス情報として利用されるだけではなく、新しい「原本」として使うことができるようにしておく、ということを示しています。画像品質のメドとしては、300dpi以上の解像度でフルカラーのスキャンとなります。
この写真のデジタル化にあたっては、我々はデジタルコピー機の利用が有効であると考えています。その理由は、以下の通りです。
我々のプロジェクトではトライしていませんが、書画カメラやデジタルカメラを使った高品質なデジタル化も考えられます。
なお、東日本大震災において、汚損したパソコン内蔵の記憶装置、汚損したCD-Rなどの外部記憶媒体を救うことはほとんどできませんでした。また、重点的な回収対象物件となることもなかったように思います。
これらの取り扱いをどうするかについては、今後の議論の進展を待ちたいと思います。外観から遺失者の特定が難しいパソコン等を拾得したとしても、遺失者探索のためにどこまでその内容を確認できるのか、という問題もありますし、深刻なダメージを受けた記憶装置・記憶媒体からデータ等を救い出すための技術的課題(手段、コスト)も残存しています。
膨大な量の被災写真をどのように被災者に返却するかについて、写真のデジタル化を前提として提言を行います。
写真検索・返却システムの構築、具体例については、第二章でまとめた内容を参照いただけるため、ここでは主にプライバシーへの配慮、セキュリティー対策を検討します。
個人が所蔵する写真は、デジタルであれアナログであれ非常にパーソナルな物件であるため、全面的に公開して持ち主を探す方法とはそぐわない側面があります。大規模災害発生時はプライバシーに配慮しなければならない側面よりも、より多くの写真を返却するミッションが勝っている部分があったため、地元地方自治体や被災者の方とのコンセンサス形成を行いながら、基本的に地元住民の方であればすべての写真にアクセス可能な状態にしました。
ここで重要なことは、写真返却活動を行う主体(行政サイドまたは中核的な運営組織)が、プライバシー・セキュリティーに関するポリシーを明示すること、です。すなわち、より多くの写真を返却するためには、基本的にすべての写真を被災者の方に閲覧いただく以外には手段がない点を確認し、その上で、実際に写真を探している方のみが閲覧できるように誠実に管理していることを具体的手段と共に公示することが望ましいと考えています。
現実に我々が関わった自治体における例としては、パソコンまたは現物で写真検索ができる場所を一つの写真センターに集約して固定しました。(返却率を上げるため、「出前」出張写真公開イベントなどが行われることはありました)また、運転免許証等のIDカードで本人確認を行った上で、誰がいつ写真検索に訪れたのかを正確に記録しました。そして、どの写真を誰に返したのか、一枚一枚についてすべてシステムに記録を残しました。
大規模災害によって遠方に避難した方が避難先から写真を探したい、というニーズに対応することも考えられます。この場合、セーブ・ザ・メモリープロジェクトのように、画像がクラウドに保管されており、Webブラウザーでアクセス可能な検索システムが構築されていれば、被災地から離れた場所での写真検索も容易になります。しかしこの場合には、プライバシーとセキュリティーの確保がより重要となます。まず、本人確認が技術的に正当な手段で行われなければならなりません。すなわち、不特定多数の方が写真データにアクセスできることはもちろんあってはなりませんし、不特定多数ではないにしても、被災者でない方が容易に写真検索を行ったり写真の入手が可能であったりしてはなりません。このような遠隔地にいる該当者に対応するにあたっては、Face to Faceのコミュニケーションが難しい状況を踏まえ、確実な本人認証の仕組みづくりが必要となります。例示的ではありますが、住民票情報とバイオメトリクス認証(指紋や虹彩等の生体の一部を使った本人認証)がうまく紐付けられれば、正確でセキュアーな遠隔地における本人認証が可能になると考えられます。
我々が用いたもっとも一般的な画像フォーマットであるJPEGは、ほとんどの情報機器で標準的に取り扱うことができるため、極めて利便性が高いフォーマットです。すなわち、様々な情報機器で簡単に画像を見ることができる、写真画像データを家族・親族や友人と容易に共有できる、という大きなメリットがあります。
この大きなメリットの反面、デジタルフォーマットの常ではありますが、劣化のない完全な複製データが、故意または不作為に流出する危険性も存在しています。そして、複製行為の追及や流出を停止させることは技術的に難しい状況です。
このデメリットを解消することは、技術的な対応が極めて広範囲に及ぶため、短期間には困難な状況です。最終的には、画像に限らずパーソナルなデータを取り扱うために相応しいセキュリティー技術が普及することが望ましいのですが、当面はこのリスクを十分に告知し、適切な取扱いを啓発していく必要があります。
以下、個人レベルで万が一の事態にどう備えておくか、参考情報として記述します。
例えば、パソコン内蔵の記憶装置に保管しておくだけではなく、外部の記憶媒体にもバックアップをとっておく。
そのため、クラウドストレージサービスを利用して画像データを保管する手段も考えられる。
*クラウドストレージサービスから画像が流出する事件も発生しているため、セキュリティーには注意が必要。
ネガフィルムを連続的にスキャンできるフィルムスキャナーもある。
個人向けの写真やビデオテープのデジタル化サービスも利用できる。
上記、3つの手段を組み合わせて自分の大切な画像データ=人生の記録を管理・保全していくことになりますが、現時点では十分に安全かつ簡便な方法を特定することは難しい状況です。
今後のさらなるITの発展により、誰でも、個人用貸金庫のように安全に、かつどの情報機器でも柔軟に各種デジタルデータが扱える日が来ることを強く期待しています。
最後に、生活の中で生み出される写真や各種デジタルデータは単なる情報の断片ではなく、何物にも代えられない「人生の一部分」であることを今一度思い起こしつつ本章を終わらせたいと思います。