外部記事
2019.06.20
Written by BUSINESS INSIDER JAPAN 文:加藤肇 / 伊藤有 / 撮影:岡田清孝 ※所属・役職はすべて記事公開時点のものです。
リコーの3Dプリンター出力サービスの本拠地「RICOH Rapid Fab 厚木」。複数のエリアに別れて大型の高性能3Dプリンターが並ぶ、いわば3Dプリンター工場だ。良い機材はメーカーにこだわらず導入する方針をとる。
製品開発のスピードアップは、いまや製造業の共通の課題だ。たとえばモデルチェンジのサイクルが長い自動車業界ですらも、自動運転時代を見据えた電子制御技術をギリギリまで反映させるため、外装や内装の試作は、3Dプリンターが積極的に活用されている。
また、近年は個人で小ロットの製品製造を行う、いわゆる「メイカー」な人たちの間での利用も進んでいる。まさにいま、3Dプリンターはモノづくり現場の高速化のために欠かせないテクノロジーだといえる。
複合機/コピー機出荷台数で世界1位のシェアを持つリコー(※)は、この3Dプリンター分野で「お客様に最高水準の造形品質を提供する」ための新たなサービスに取り組んでいる。
※IDCの調査「Worldwide Quarterly Hardcopy Peripherals Tracker, 2017Q1 A3 Laser MFP / Copier Shares by Company」より
3Dプリンターがモノづくりの道具として注目されだしたのはここ10年くらいだが、リコーでは過去20年以上社内で活用してきた。
リコーは、2015年4月に「3Dプリンター出力サービス」で3Dプリンター市場に参入した。サービスの推進を担当する同社の江本幸司氏(事業開発本部 AM事業センター AMマーケティング室 シニアスペシャリスト)は、参入の狙いについて次のように話す。
「3Dプリンター自体はここ数年で一般的な知名度が上がってきましたが、実は産業界での歴史は長く、リコーでも約20年前から使ってきました。長年にわたる3Dデータの活用や複写機や商用プリンティングで培ったものづくりのノウハウ、これを使って、お客様のイノベーションのお手伝いができるのではないかと参入しました」(江本氏)
考えてみれば、確かに「メーカー」であり「出力サービス」も提供している企業はめずらしい。両方のノウハウを活かして参入してみると、実はどこもやっていなかった、というのは興味深い。
リコーの3Dプリンター出力サービスの国内最大の拠点は、神奈川県厚木市で操業するリコー厚木事業所の中にある。敷地内にある「RICOH Rapid Fab 厚木」と名付けられたエリアには、さまざまな素材や方式での出力に対応する、複数の高性能3Dプリンターが並ぶ。
マシン全体が人の背丈よりも大きい機材ばかりで、価格は数千万円のものから、高価な最新鋭機材では1億円に迫る価格のものも。江本氏によると、立ち上げの2015年から2017年度にかけて、出力サービスの売上は約10倍になり、順調に右肩上がりで成長中だという。
さまざまな3Dプリンターに精通していること自体がリコーの出力サービスの強みになっている。高速で最終製品の出力にも使用可能な、話題の3Dプリンター「HP Jet Fusion 3D 4200」も設置している。
3Dプリンター出力サービスは業界の老舗企業のほか、異業種参入も増加傾向だ。そういった市場の状況にあって、リコーの強みは大きく3点ある。
まず、3Dプリンターでの造形が初めての方でもやりたいことを気軽に相談できる、コンサルティングを核とした「敷居の低さ」、次にさまざまな素材や大きさに対応できる「幅広いラインナップ」、そして3Dデータの校正/修正から最終的な出力までを、第一線の熟練技術者が関わって行うことによる「手戻りの少なさ」(=確実性)だ。
平たく言えば、「予備知識のない人にも対応できる間口の広さ、それでいて仕上がりはプロの品質」というのがリコーの3Dプリンター出力サービスということになる。
「メーカーならではのノウハウを持つ技術者が相談に乗ってくれるという安心感が、我々のサービスが選ばれている一番の理由だろうと思っています」(事業開発本部 AM事業センター AM技術室 リーダー武藤勝氏)
代表的なユーザー企業には、大手自動車メーカーや住宅メーカーの関連企業もおり、新規事業3年目を目前に、総計で10回以上のリピーターになっている企業もあらわれている。
リコーの出力サービスを支える社員。左からAM技術室リーダーの武藤勝氏、 AMマーケティング室シニアスペシャリストの江本幸司氏、リコーインダストリーES本部加工技術室リーダーの杉崎光昭氏。
3Dプリンターで扱う素材次第では、用途によっては最終製品にも使える強度を持つものも作れるようになった。実際、いくつかの事例では最終製品やそれに近い使われ方が出てきている。
たとえば、あるマンションの大規模修繕での使われ方は、3Dプリンターの日常化の観点で、将来性を感じさせる事例として興味深い。
古い簡易図面をベースに、形状を3Dモデルで再現。約1週間で納品した。
このケースでは窓の取っ手の破損箇所を3Dプリンターで作った樹脂パーツで補修したが、3Dデータ作成の経緯がユニークだ。
という、3Dプリンターで造形することに適した要素が揃っている。実際のデータ作成にあたっては、リコー側で破損していない現物を採寸し、紙の図面の情報と照合することで3Dデータ化。約200個の樹脂パーツを短期間(採寸から造形まで1週間程度)で納品した。
この案件を担当した3Dプリンター出力サービスのリーダーである武藤勝氏は言う。
「手書きとはいえ図面がありますから、3Dデータを起こすのは簡単そうに思えます。
けれども、この時代の製品は設計者の手書き図面をもとに、金型を起こす工場側で 実際に製造しやすい形に微調整を加えていることが多いのです。そのため、図面と実物の形状が微妙に違うということが往々にしてあります。今回のケースでは、“正常な現物”が残っていたのが幸いでした。図面との差を現物で確認しながら製作できました」
もし、同じことを従来の金型で製造しようとすれば、費用は数十万円〜数百万円となり、コスト面で見合わない。また金型製作は、サイズが小さいものでも約1カ月という期間がかかるため、納期も長くなってしまう。
3Dプリンターが得意とする、短納期少量生産のメリットが活かされた。
リコーのデジタルカメラ「GR DIGITAL」補修パーツへの3Dプリンター利用例。内側のキャップリング部分に3Dプリンターが使われている。
リコー自身も、自社製品の補修パーツ供給に3Dプリンターを活用している。
同社のデジタルカメラ「GR DIGITAL」のある世代のモデルは、レンズ外側の「キャップリング」の表から見えない一部を3Dプリンターで出力して、補修パーツとして供給している。これまでの金型による製造では「欠品」になっていた事例が、3Dプリンターの活用で柔軟な供給を可能にしている。「こういった1〜200個程度の小ロットのパーツは、3Dプリンターでの出力にメリットがある、という計算になります」(江本氏)。
最終製品にも十分使える素材の進化が、こうした用途を可能にしている。
3Dプリンターで製造し、実際の製造ラインで使われている「工程検査用カメラ」。重量は当初の半分以下、パーツ点数も大幅に減った。
リコーでは、「金型を使わないモノの製造」という3Dプリンターの技術が、工場や製造現場の改善手法そのものを変えていくと考えている。
たとえば、上の写真の工程検査用カメラの改良では、パーツの一体化など3Dプリンターならではの設計に切り替えたことで、約500グラムから約195グラムへと大幅な軽量化を実現し、生産ラインの作業負担の改善につなげている。
また、リコーグループの生産子会社であるリコーインダストリーでは、3Dプリンターによる「改善」を取り入れている。具体的には、高効率で冷却するための排気ファンやリサイクルトナーボトルを清掃するための独自設計のエアブローパーツといったものだ。
これらは現場スタッフがCADで設計し、3Dプリンターで出力して業務に組み込む。3Dプリンターを使うことによって、現場のアイデアをローコストで形にできるほか、実際に作業員が使って機能評価を行ない、その結果をフィードバックしながら短期間で改良する。この改善サイクルは3Dプリンターでなくてはできない。
トナーボトルの清掃用エアブローパーツの例。既存品では対応できないものを3Dプリンターで作る、というまさに現場活用の実例だ。
断面図を見るとわかるように、形状はかなり複雑。一品モノ製作でよく使われる金属の塊からの切削では、この形状を一発でつくることは相当に難しい。3Dプリンターだから簡単に作れる形状だという。
いま、3Dプリンターは2013年のピークに続いて、再び盛り上がりをみせていると江本氏は言う。ブームを牽引するのは、金属や高機能材料といった、素材の進化だ。最終製品にも使えるような素材が出力できるようになることで、3Dプリンターでしか製造できないような特殊な強度設計が可能になる。これまでにない製造手法への期待は高い。
江本氏は「形状の自由度の高さや小ロット生産への対応といった3Dプリンターの特徴を活かすには、(私たちにも)これまでの制約にとらわれない柔軟な発想が必要になる」と、メーカーでありサービス事業者でもある立場からのチャレンジも感じている。
「モノづくりの実績があるメーカーで、本腰を入れて3Dプリンター出力サービスを提供している企業は多くありません。リコーの強みは、プリンティング技術という基盤に加え、自社で長年にわたり3Dプリンターを活用したことで蓄積したノウハウです。今後も、業界の変化をとらえ取り込みながら、最良の価値をお客様に提供したいと思います」(江本氏)