AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science May 13, 2005, Vol.308


遠い時間の彼方に霞む地衣類(Lichen in the Mists of Time)

菌類は生物系統樹の主要な1枝を構成しており、通常、光合成細菌のような他の生物 との相利共生関係という重要な特徴を持っている。これらの関係は地衣類で見ら れ、これは本質的には菌類が「細菌を利用した農業」を行う。菌類は窒素を放出し て植物に与え人間の農業への貢献もしている。Yuanたち(p. 1017)は、約6億年前に 遡る中国のDoushantou 層群において、菌類とラン藻類、あるいは、菌類と藻類の間 には、地衣と類似した会合関係があることを報告している。地衣は(そして菌類 も)浅海の環境に生じていることから、このような関係は陸生植物が繁栄するずっ と前から確立していることが推測される。(Ej,hE)
Lichen-Like Symbiosis 600 Million Years Ago
p. 1017-1020.

膜を横切って(Flipping Across the Membrane)

ATP結合カセットトランスポータは、疎水性化合物を細胞膜を横切って汲み出すが、 ヒトにおける細菌の抗生物質耐性や抗がん剤の薬剤耐性の薬剤排出ポンプも同様の メカニズムが期待されている。アデノシン三リン酸の加水分解エネルギーによって 基質を輸送するための構造変化を生じるが、そのメカニズムは未だ不明であった。 細菌の内膜を横切って脂質Aとリボ多糖を輸送する細菌性輸送体であるMsbAの輸送サ イクルのメカニズムに対する洞察を2つの報告が示している(DavidsonとChenの展望 記事も参照)。Dongたち(p. 1023)は電子常磁性共鳴装置を使ってMsbAのATPサイクル 中の構造変化マップを作ることに成功し、Reyes と Chang (p. 1028) はMsbAがマグ ネシウム, アデノシン二リン酸, バナジン酸塩、および、リポ多糖との過渡的状態 の複合体にある時のx線構造を決定した。両者の研究とも、ATPの加水分解によって 両親媒性基質の状態が反転することを示している。(Ej,hE)
STRUCTURAL BIOLOGY:
Flipping Lipids: Is the Third Time the Charm?

p. 963-965.
Structural Basis of Energy Transduction in the Transport Cycle of MsbA
p. 1023-1028.
Structure of the ABC Transporter MsbA in Complex with ADP·Vanadate and Lipopolysaccharide
p. 1028-1031.

フーリエ変換の量子ビット版(Qubit Version of Fourier Transforms)

1994年に Shorが大きな数の因数分解のアルゴリズムを開発したことに続いて、量子 コンピューティングへの関心は爆発的に拡がった。そのアルゴリズムのひとつの キー要素として、古典的コンピュータにおける2進数の類似物である一組の量子的 な『qubits(量子ビット)』に対する量子的なフーリエ変換を実行する能力が求めら れている。Chiaverini たち (p.997) は、束縛されたベリリウムイオンを量子ビッ トとして用いて、半古典的量子フーリエ変換の実験的なデモンストレーションを報 告している。その結果は、システム中の他の量子ビットを計測しながらという条件 下でたった1個の量子ビット操作しか要求しない一種のフーリエ変換が可能である ことを示している。この実験対象となったシステムは、多数の量子ビットにスケー ルアップ可能なものである。(Wt, nk)
Implementation of the Semiclassical Quantum Fourier Transform in a Scalable System
p. 997-1000.

植物の防御システムを調和させる(Coordinating Plant Defenses)

病原体が植物のある部位に侵入すると、植物全体に及ぶ防御反応が励起される。こ の全身獲得抵抗性はサリチル酸と調節タンパク質のNPR1によって仲介され、病原性 に関する遺伝子群の活性化に関与している。Wang たち(p. 1036)は、他の遺伝子群 も活性化され、細胞の分泌性機構をコードしていることを解明した。同一の調節性 機構は抗病原体タンパク質の産生開始の引き金を引くだけでなく、最も大きな損傷 を受けた部位にこれを送り込む手段を強化している。(Ej,hE)
Induction of Protein Secretory Pathway Is Required for Systemic Acquired Resistance
p. 1036-1040.

海洋における窒素貯蔵(Marine Nitrogen Pools)

窒素は海洋生態系における必須の栄養素であり、そして時には栄養の総量がそれで 決められてしまう。海洋の生産性を左右する窒素の役割は十分に理解されてる。窒 素はその殆どが溶解した有機窒素化合物(dissolved organic nitrogen ;DON)として 海洋表面に存在している。ここ数十年の研究にもかかわらず、海洋表面におけるご くわずかな部分のDONしか化学的に同定されていない。Aluwiharaたち(p.1007)は固 体状態の15Nの核磁気共鳴の測定に基づき、全体のうちの約30%を占める 二つの異なる高-分子量(HMW)DONの貯蔵を特徴付けた。一つの貯蔵は海洋表面近傍の DONの半分を占めるもので、容易に加水分解されるが、一方深海での貯蔵の殆どは 化学的加水分解や生物的分解がしづらい形をしている。著者たちは、このような貯 蔵の観測されたような垂直方向のプロフィールがどうして形成されるのかを説明 し、そして窒素を深海に輸送する化学的変化を議論している。(KU,nk)
Two Chemically Distinct Pools of Organic Nitrogen Accumulate in the Ocean
p. 1007-1010.

原始地球で水素はどの程度漂っていたのか(How Hydrogen Hung Around)

水素はゆっくりと宇宙空間に漏れており、地球大気は永続的に水素を失っている。 初期地球の大気圏は、今日よりもはるかに水素に富んでいた。最近に至るまで、宇 宙空間への水素の逃散速度はかなり速く、生命誕生前の有機化合物は比較的酸化的 雰囲気の中で形成されたものと一般的には考えられていた。Tianたち(p.1014;2005 年4月7日のオンライン出版、Chybaによる展望記事参照)は、初期地球からの水素の 逃散は以前考えられたよりも100倍以上もゆっくりと起こっていたという計算結果を 報告している。初期大気中の水素の混合比は30%以上であり、以前の推定値よりも二 桁も大きい。水素に富んだ大気中では生命誕生前の有機化合物の形成を大きく促進 させたであろう。(KU)(Ej,hE)
A Hydrogen-Rich Early Earth Atmosphere
p. 1014-1017.
ATMOSPHERIC SCIENCE:
Rethinking Earth's Early Atmosphere

p. 962-963.

人類の出アフリカ以後の見直し(Out of Africa Revisited)

6万年前に人類がアフリカを出て拡散し、アジアに住み着くようになったルートにつ いては、良く分かってない。現生人類のDNA解析による系統樹を地理的な分布に対応 させることができる(Forster and Matsumuraによる展望記事参照)。Macaulayた ち(p. 1034) は、ユーラシアに定着した現代人の完全なミトコンドリア (mt)のDNA ゲノム(これによって、現在最も高解像度の母性系統樹が出来る)を使い、東南ア ジアの原住民の「失われた環(missing link)」を研究し、いくつかのモデルについ て調べた。その結果は、東アフリカからインドへ、そこから東南アジアやオースト ラリアへと、沿岸に沿って急速に分散したという、1つのモデルだけが観測された 系統発生パターンを説明しうる。さらに、この初期の分散に引き続いて、ヨーロッ パやアジアにヒトが居住するようになったことも説明できる。Thangaraj たち(p. 996) は、マレー半島西のAndaman諸島の原住民の中に、M31 と M32のmtDNA型を同定 した。このことから、彼らは約5万年〜7万年前、つまり、明らかにアフリカからの 最初の移住の後で、遺伝的に孤立したと思われる。(Ej)
EVOLUTION:
Enhanced: Did Early Humans Go North or South?

p. 965-966.
Single, Rapid Coastal Settlement of Asia Revealed by Analysis of Complete Mitochondrial Genomes
p. 1034-1036.
Reconstructing the Origin of Andaman Islanders
p. 996.

pHスイッチ(pH Makes the Switch)

アデニリルシクラーゼ(AC)は、セカンドメッセンジャーであるサイクリック AMP(cAMP)を合成する。Tewsたち(p. 1020)は、pH依存的にcAMPを生成する結核 菌(Mycobacterium tuberculosis)由来のIII型ACであるRv1264を同定した。この酵 素は2種類の相補的な単量体からなり、その高解像度の立体構造から、触媒ドメイン と調節ドメインとの相互作用が、阻害された(高いpH)状態での活性部位の形成を 妨げることが示された。2っの分子スイッチ領域が触媒ドメインの構造的再構築を媒 介し、その結果、それらは境界面に活性部位を形成するように配置される。変異原 成の結果から、pH依存的な構造転移が活性を制御するという概念がサポートされ る。(NF)
The Structure of a pH-Sensing Mycobacterial Adenylyl Cyclase Holoenzyme
p. 1020-1023.

ハンセン氏病の伝播(Leprosy Migrations)

ハンセン氏病(らい)は、感染したらい菌(Mycobacterium leprae)が時間をかけ て発症することにより引き起こされる、不可解な疾患である。この培養することが できない病原体は、非常に退行的な進化を行い、現在ではゲノムの半分が偽遺伝子 で占められている。Monotたち(p. 1040;Grimmによるニュース記事を参照)は、世 界中から集められたMycobacterium lepraeのいくつかの単離株に見られる、頻度の 低い一塩基多型の分布を調べた。病原体は非常に安定なゲノムを有しており、そし てある一つのクローン株が波状的なヒトの移動に伴って、東アフリカあるいは中東 から北方および東方へと広がり、過去数百年のあいだにユーラシアから西アフリカ へ、そして南北アメリカに到達したものと予想される。(NF)
On the Origin of Leprosy
p. 1040-1042.

熱帯地方のメタンを取り去る(Tropical Degassing)

メタンは、温室効果ガスによる太陽放射の吸収の20%を占め、2番目に重要な温室効 果ガスであるが、その生成と吸収はよく理解されていない。Frankenbergた ち(P.1010,2005年3月17日オンライン出版)は、SCIAMACHYという人工衛星ENVISATに 搭載されたセンサから得られた結果を示し、対流圏のメタンの全地球的な分布を明 らかにした。メタン濃度は熱帯雨林の上空で予想以上に高く、メタンは総計すると 以前に仮定されていた以上に多く生成されていることが分かった。この発見は地球 全体のメタン収支(methane budget)に対するさまざまな想定値の間における不一致 を調整することに役立つであろう。(TO,nk)
Assessing Methane Emissions from Global Space-Borne Observations
p. 1010-1014.

概日的な代謝(Round-the-Clock Metabolism)

ほとんどの生物の行動は、ほぼ24時間周期で構成されている。この概日リズムの分 子制御因子のうちの中心的な一つは、視床下部視交叉上核のペースメーカーニュー ロン中に見られるCLOCKと呼ばれる転写因子である。Clock遺伝子中に変異を有する マウスは、概日性行動の顕著な攪乱が生じたことが示された。Turekた ち(p.1043、2005年4月21日オンライン出版)はここで、これらのClock変異マウス は、日周性の摂食リズムが非常に弱まり、また、過剰摂食して体重過剰になり、そ してグルコースや脂質の血清レベルの上昇を含む代謝シンドロームの特徴を発症す ることを示した。代謝の攪乱は、食欲制御およびエネルギーバランスに関係する ニューロペプチドの発現の変化に関連していた。(NF)
Obesity and Metabolic Syndrome in Circadian Clock Mutant Mice
p. 1043-1045.

カナリアの歌のレパートリーの成熟(The Maturing Repertoire of Canary Songs)

カナリアの歌は、文法と区切り法で構造化された音の単位から成り立ってい る。Gardnerたちはこのたび、カナリアの成鳥の歌を形作る力のいくつかを区別する ことに成功した(p. 1046)。若いカナリアが他の鳥の歌から孤立させられると、彼ら は正常なカナリアの歌とかけ離れた合成された歌を模倣する著しい能力を示した。 しかし、鳥が成長するにつれて、その歌は典型的な正常な成鳥の歌に、それを聞い たことがないにもかかわらず、近づいていった。つまり、カナリアの成熟につれ、 発声の柔さが失われ、歌構造についての生得的プログラムが優位になってい く。(KF)
Freedom and Rules: The Acquisition and Reprogramming of a Bird's Learned Song
p. 1046-1049.

冷たい海洋の層化(Cold Ocean Stratification)

大気中のCO2は、氷河期と間氷期の周期の間中、どうしてそんなに規則 的に、またそんなに短期間で変化したのだろうか? 生物学的説明は、海洋生産性 がより大きかったということを引き合いに出して、氷河期大気の低い CO2濃度を説明している。物理的機構については、CO2濃度 の高い深海からのCO2の移動に制約をもたらす海洋の層化が重要である という示唆がなされている。Jaccardたちは、亜寒帯北太平洋から得られた測定結果 を報告している(p. 1003)。それは、過去45万年の寒い間氷河期に層化がその地域で 強化され、また生産性が低かったことを明らかにするものである。この層化の記録 と、南極領域における類似の記録および南極大陸のVostokにおける気温と CO2の記録の密接な対応から、低温が両極付近での層化を引き起こす機 構があるに違いないこと、またこのプロセスが大気中のCO2濃度の制御 にとって重要であることが示唆される。(KF,Ej)
Glacial/Interglacial Changes in Subarctic North Pacific Stratification
p. 1003-1006.

位置と分子を操作すること(Location and Molecular Manipulation)

走査トンネル顕微鏡(STM)の探針を高精度に分子の上に置くことができる。この方法 が、たとえば様々な振動モードの励起による単一分子のダイナミックスの制御に利 用されてきた。今回Lastapisたち(p. 1000)は、低温(5ケルビン)におけるSTM探 針からの電圧パルスを用いて、共鳴電子励起によるシリコン表面上のビフェニルの 可逆的な構造変化を制御した。どのように分子が可逆的変化をするかは印加電圧だ けでなく、STM探針が電圧パルスを送り出すさいにSTM探針が分子上のどこにあるか に依存している。いくつかの場合において、構造の切り換えは、動く環よりはむし ろ留まっている環にパルスをかけることによって起きる。(hk)
Picometer-Scale Electronic Control of Molecular Dynamics Inside a Single Molecule
p. 1000-1003.

万国のシャペロン(chaperone)よ、団結せよ(Chaperones of the World Unite)

酵母などの微生物においては、特殊化した分子シャペロン(chaperone)が、リボソー ム・トンネルを出て行く新生ポリペプチドと直接的に相互作用し、翻訳とタンパク 質折りたたみを物理的に結びつける。Hundleyたちはこのたび、リボソーム-関連分 子chaperoneは真核生物の進化中ずっと維持されてきて、多細胞生物においてもまた 利用されているらしい、と報告している(p. 1032;2005年3月31日オンライン出版)。 あるリボソーム-関連Jタンパク質は、酵母やハエ、虫の類そして哺乳動物において 見出されたオーソログ(ortholog)と共に進化の過程で高度に保存されている。酵母 細胞では、ヒトZuoの相同体であるMpp11がZuoに置き換わっており、酵母のHsp70相 同体と一緒に同時翻訳性タンパク質折りたたみを促進している。(KF)
Human Mpp11 J Protein: Ribosome-Tethered Molecular Chaperones Are Ubiquitous
p. 1032-1034.

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