AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 12, 1999, Vol.283


ショウジョウバエにおける情報伝達と分離(Signaling and Segregation in Drosophila)

2つの報告は、ショウジョウバエの発生と遺伝学における重大な役割をはたす分子種 の同定に焦点を当てている。Wnt/Wingless(Wg)経路は、β-カテニンというタンパク 質を安定化することによって、多くの発生時の情報伝達過程に機能するが、このβカ テニンが次々にWnt/Wg応答遺伝子の発現を制御する。哺乳類において、Axinがβ-カ テニンと腺腫様多発結腸ポリープ症(adenomatous polyposis coli)タンパク質とグリ コーゲン合成酵素リン酸化酵素-3βと相互作用する。Hamadaたち(p 1739)は、D-Axin というショウジョウバエのAxin相同タンパク質を単離した。D-Axinは、他のタンパク 質と生化学的相互作用をしており、その多くが哺乳類のAxinと同様である。さらに、 遺伝的分析によれば、Armadilloというショウジョウバエのβ-カテニンの相同タンパ ク質を下方制御することによって、D-Axin がWg情報伝達の負の調節を行う。ショウ ジョウバエにおけるSegregation Distorter(SD:分離歪み因子)は、成熟分裂分離比 ひずみ(meiotic drive)の例である。成熟分裂分離比ひずみでは、ひとつの対立遺伝 子か染色体が減数分裂によって子孫へ優先的に伝達されることである。 Sdの鍵となる成分が未知であったため、このメカニズムはよ くわかってはいなかった。Merrillたち(p 1742;Crowによる展望記事参照)は、Sdが RanGAPという切り詰めたショウジョウバエの相同体をコードすることを示している。 RanGapは、酵母と哺乳類のシステムにおける核内移行に関与するグアノシントリホス ファターゼ-活性化タンパク質であるため、Sdの謎の解明には、核輸送の欠損が関 わっているのかもしれない。(An)

防御における多様性(Diversity in Defense)

主要組織適合複合体のクラスIとIIの遺伝子の膨大な多様性を説明する初期の論理 は、HLA座位において異なっている対立遺伝子(ヘテロ接合性)をもつ個体がより多く 抗原ペプチドを提示できるので、感染する生物体に対する免疫応答がより強いという 説明であった。HIV患者の3つの同齢集団におけるHLAヘテロ接合性の検査によって、 Carringtonたち(p 1748)は、ヘテロ接合体では、同型接合体より、エイズに進行した り、死亡に至る進行がかなり遅れること、また、2つの対立遺伝子がエイズ病理発生 の促進に相関していることを発見した。(An)

命令に従うだけではない(Not Just Following Orders)

伝統的産業組織では、意思決定は管理職に、生産行為は労働者に、というように業務 が局在化されている。しかし最近の考え方では、意思決定のある種の側面に労働者を 組み入れるように扉が開き始めてきている。Carpenterたちは、刺激-反応課題におけ る連続的な順序をコード化する、脳内の分散ネットワークの可能性を探索している (p. 1752; また、Wickelgrenによるニュース記事参照のこと)。一次運動皮質は、筋 肉と運動に到る下行性経路における最初の重要な部位を構成する。にもかかわらず、 運動皮質のニューロンのうちのあるものは、反応が選択され、開始された時点より前 の時点における連続的な刺激の表現をコード化しているように見える。これは、脳の この領域に認知処理を行なう潜在的能力が存在していることを示唆している。(KF)

我々はどのように思考するか(How We Think)

新しい技法(機能的脳イメージング)と古くからある学問(神経心理学)とが組み合わさ れることで、人間の認知の神経的基礎を解明することを目的とした認知神経科学が活 気づくこととなった。SmithとJonidesは、場所としてまた情報のタイプとしての「作 業記憶」における一時的な情報の貯蔵に関する見解の、現在までの合意点と不一致点 がどのようなものかをレビューしている(p. 1657)。彼らは、この情報に対して作用 する作業記憶の実行プロセスが、注意にフォーカスするためか、長期記憶へのコード 化のためか、それとも行為の経路を形成するためかを明確にしていくために研究がど のような方向に向かうことになるのか、概略を示している。(KF)

単分子層の力学(Monolayer Mechanics)

空気と水の界面における単分子層の振る舞いは通常、表面積と圧力によって熱力学的 に記述記述されている。しかし、崩壊の起こる圧力は温度と圧縮の速度により変化するとい うように機械的に記述することも出来る。Kampfたちは(p. 1730)、大きな樹状高分子 (dendrimer) 両親媒性物質の層を研究し、崩壊領域における圧縮速度とクリープの データから、圧縮速度と表面圧力との累乗則、およびアレニウス温度が定常クリープ 速度に依存していることを観察した。その結果、表面の歪と応力によって表される たった1つの方程式によって一定条件下で異なる温度における崩壊の振る舞いを記述 することが出来た。その振る舞いはリニアなポリマーのそれというより、金属的なも のを連想させる。すなわち、dendrimerは大きな非浸透性の原子のように機械的に振 舞う。(Na,Nk)

報酬の約束(Return Engagements)

記憶T細胞がなければ、病原体それぞれに対する免疫応答は効果がずっと小さくなる だろう。免疫系のもつ急速なこの「想起」能力によって、免疫系によるチェックに ひっかかるよりも早く感染性のエージェントが増殖することを、多くの場合防ぐこと ができるのである。Opfermanたちは、このたびマウスのモデル・システムを使って、 細胞障害性のT細胞応答に対する記憶T細胞は、キラー細胞自身から直接生み出され るものであり、従来考えられていたように別の系列から生じるものではないことを示 した(p. 1745)。これが一般にも真であれば、細胞性免疫が優越している場合(免疫 源が細胞障害性細胞を産生しない場合、「想起」反応が効果を示すことが期待できな い)におけるワクチン開発において、これは重要な意味をもつことになる。(KF)

予想より熱かった(Hotter Than Expected)

地球内部はどのくらい熱いのだろう。地球からの熱の流れは正確に測定が可能だが、 地球内部の温度測定はかなり大まかな推測しか行われていない。例えば、マ ントル 底部温度推測値は500から1000度K程度ばらついている。内部の温度は熱の流れと、鉱 物の種類、圧力や温度により大幅に変化する熱伝導率の両方に依存している。そのよ うな条件下での熱伝導率の実験的な測定は殆ど行われていないため、理論的な推測を 行いそのギャップを埋める必要がある。Hofmeisterたちは(p. 1699、Andersonによる 展望も参照)、格子フォノンと放射の寄与を考慮に入れた、高圧力、高温下で熱伝導 率を決定する新しい理論を作り上げた。理論的に行われた測定値は、関連条件下の鉱 物の入手可能な赤外データとも一致し、地球内部は最新のモデルにより推測された値 より約500度Kは高いことを暗示する。(Na)

電子干渉計(Electron Interferometer)

光学干渉計における空洞の厚さは、入射光の波長と同じスケールである。波長の整数 倍が空洞の厚さになるときには、構造上の干渉が発生し、透過率が極大となる。 厚さにして100単原子層までの完全な銀の薄い膜を成長させることが可 能となった。この膜の厚さは電子の波動関数と同じ長さスケールである。これによ り、Paggel たち(p.1709; Himpsel の展望記事を参照のこと)は、電子に対する干渉 計を作成することができた。金属の「空洞」からの光電子スペクトルは、光学干渉計 と非常によく似た方法で解析することができる。そして、金属フィルムの基本的電子 特性に関する豊富な情報を得ることが可能となる。(Wt,Nk)

CO2の複雑さ(CO2 Complexities)

一般に、大気中の二酸化炭素(CO2)の濃度は、氷河期の間は低く、間氷期の間は高い とされている。しかしCO2の増加による温室効果が氷床の後退に直接関係しているか どうかを、評価することは困難であった。Fischerたち(p.1712)は、南極の氷に閉じ 込められたガスを新たに分析することにより、最近の3つの氷河サイクルの間に、ど のように大気中のCO2が変化したのかという様子を詳細に示した。その結果、そこに 見られる関係は複雑であった。退氷の期間には、CO2の増加は温暖化の始まりの後に続 いて起こるのように見え、いくつかの氷河期の間では、CO2は高い濃度のままであっ た。この相互作用は、生物圏によって支配されているらしく、間氷期の継続期間とも 関連している。(TO,Nk)

コヒーレントなキック(Coherent Kicks)

ボーズ・アインシュタイン縮退から、制御された形で原子を取り出すことが、コヒー レントな原子レーザーを達成するための第一段階である。以前の方法では、そのため に重力加速度を利用して、基本的には縮退状態から原子を滴下させたが、これだと原 子ビームの方向が限られてしまう。Hagleyたち(p. 1706; およびVossによるニュース ストーリ参照)によれば、励起ラマン放射によって縮退の一部を正確にモーメントと 方向をコントロールして蹴り出す方法について述べている。(Ej)

静かなる盆地と山脈(All Quiet on the Basin and Range)

アメリカ合衆国西部の盆地構造や山脈地域(Basin and Range Province)は、その面積 が1500万年にわたってほぼ倍増し、今日も広がりつづけている。Thatcherたち(p. 1714)は、北部Basin and Rangeを横切る東西トランセクトに沿って、1992年、1996年 そして1998年に行った調査からGPSデータを統合し、セクションの中部には現在進行 中の変形をほとんど見つけられなかった。全ての変形は、Basin and Rangeの縁に 沿って集中していた。それは、東はシエラネヴァダ地区に近接し、西はコロラド高原 に近接している。変形のほとんどはシエラネヴァダブロックの動く方向、北東に向い てる。これらの観察から、BasinとRangeの内部変形は、隣接するブロックが牽引する 力によって促されたことを示している。(TO)

褐色矮星の重さを量る(Weighing Brown Dwarfs)

多くの褐色矮星は、水素を燃やすに十分な質量を持たなかった死んだ星である。これまでに多くの 褐色矮星が検出されてきているが、これらの天体の中で実際の質量が測られた例は1つもない。 Martin たち (p.1718) は、近赤外線による遠距離宇宙探査の間に、接近した褐色矮星からな る孤立した連星系を見出した。そして、ハッブル望遠鏡上の近赤外カメラと多天体向 け分光計(NICMOS) を用いて、褐色矮星同士の間隔を決定した。彼らは、これらの褐 色矮星の軌道運動を短期間追跡するだけで、褐色矮星の質量を決定することが可能と なろう。(Wt,Nk)

C60に刻印する(Leaving an Imprint on C60)

もし物質が非常に強い圧力下に置かれると、化学結合の配列が変化し、圧力が除かれ た後でもその変化が保持される。もし、かけられた圧力に方向性があるなら、ある方 向により大きな圧縮が生じる。Marquesたち(p. 1720)は、多結晶性C60にこのような 方向性圧力がかけられると、大気圧であっても、その試料中に大きな圧縮記憶の痕跡 が残されることを示した。C60は30個もの等方性に分布した結合方位を持つ高対称性 によって、印可された圧力に対してランダムな方位をもつ粒子中に、このような圧縮 記憶効果を保持することができる。この結果3次元的に重合したC60の格子によっ て、以前合成された1次元や2次元の重合化したC60構造を結びつける。(Ej,hE)

引っ張られたり、回転したりするポリマー(Pulling and Tumbling Polymers)

強い剪断流の場にもたらされた一本のポリマー鎖の動きを予測することは難しい−引 き寄せられて伸ばされたり、又、丸まってコンパクトになったりする。この可変性に よって、光散乱の場合のように沢山の分子を平均化する方法でその動きを理解するこ とが困難となる。Smithたち(p.1724)はビデオ蛍光顕微鏡を用いて、剪断流の場に存 在する個々のファージDNAの動きを画像化し、回転流の内外で分子の動きに応じて大 きな拡がりのゆらぎを観察した。(KU)

結合を離す力(Forcing Bonds Apart)

Grandboisたち(p.1724)は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて一重結合の切断に要す る力を直接測定した。シリカ表面に吸着させた多糖類の鎖をAFMチップに共有結合的 に付着させ、その鎖をシリカ表面から引き離すさいの切断事象を一重結合切断事象と 本質的に同一として解析した。Si−C結合切断における実測値、2ナノニュートンの力 は密度関数の計算から求められた推定値とよく一致している。(KU)

統合性を保持する(Maintaining Integrity)

細胞分裂中に微小管が紡錐体として整列し直し、これに沿って染色体が輸送される。 紡錘体の末端が中心体によって形成されるが、これには紡錘体微小管の核形成に重要 であると考えられている γ−チューブリン環を含む。AvidesとGlover(p.1733)は、 Aspと呼ばれるショウジョウバエタンパク質の役割を調べ、微小管と中心体γ− チューブリンとの会合を維持することが必要であることを見いだした。(Ej,hE)

脚の形成(Getting a Leg Up)

肢パターン形成についてはよく知られているが、後肢か前肢(人間の腕や鳥の羽など) かを特定する遺伝要因についてはあまり知られていない。LoganとTabin(p. 1736;Vogelによる記事参照)は、ニワトリ胚の前肢(羽芽)において、Pitx1遺伝子が 誤って発現される結果は、羽が脚に形質転換することであることを示している。明確 に脚の特定を表す特徴が骨格と筋肉の発生に現れ、脚特異マーカーの発現によっても 証明されている。(An)
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