AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science March 5, 1999, Vol.283


非線型な魚のダイナミクス(Nonlinear Fish Dynamics )

卵の生産量、稚魚の供給(larval supply)、そしてその補充と の関係は重要だが、漁業査定者にとってそして個体数生態学者 も同様にして、現在のところ不透明である。最近Dixonたち (p. 1528)は、生物海洋学そして物理海洋学の時系列データを 用いて、あるオーストラリアの環礁魚の幼生の記録に非線型な 特徴を認め、風の乱流(wind turbulence)が幼生の生存に影響 する重要な非線型要因であることを発見した。このケーススタ ディは、どのように非線型手法の利用やトップダウン的システ ムアプローチが、自然系の解明に光を投げかけるかを示してい る。(TO)

暗記のメカニズムを明らかにする(Revealing Rote's Roots)

新しいことを学ぶ最も一般的な方法は繰り返し学習し、新しい ことになじむことであり、もう一つは、指にひもを結びつける など身近なものに関連づけた「しるし」を使う方法である。こ れらの方法が脳でどのように処理されているかを予想すれば、 新しい事実が身近になるに従って脳の神経細胞の処理が軽減さ れ、関連づけ学習がされるに従って脳の2つの領域の処理がよ り密接に関連する、と言うことになろう。Buchelたち (p. 1538) は、脳機能画像化法を利用して、上記2つの事柄は 関連しており、学習の進度はこの関連づけの強さに現れている ことを観察している。(Ej,hE)

植物を成長させるもの(Making Plants Grow)

細胞増殖は植物ホルモンであるサイトカイニンに対する応答の 一つである。Riou-Khamlichiたちは(p. 1541)、サイクリン D3はサイトカイニンに対する初期の分子反応の一部分である ことを発見した。このように、細胞増殖のホルモン性コントロ ールにより調整的に制御されている発育と老化のフェーズは、 共にサイクリンD3に依存しているようだ。(Na)

肥満防止(Eschewing the Fat)

動物は高脂肪の食餌を取りながら、体重を増加させず、イン シュリンに対する感受性を低下させずにすむことが出来るだ ろうか。Elcheblyたちは(p. 1544、Ferberフニュース解説も 参照)、チロシン脱リン酸酵素-1B (protein tyrosinephosphatase-1B:PTP-1B)をコードする 遺伝子を壊されたマウスは実際にそのように振舞うことを報 告している。PTP-1Bは多分インシュリン受容体を脱リン酸 化することによってインシュリンの情報伝達を阻害する。脱 リン酸酵素の欠失したマウスは筋肉と肝臓のインシュリンに 対する感受性が高まるが脂肪組織の変化がない。高脂肪性の 食餌を与えられると、壊された対立遺伝子にへテロ接合して いるマウスとPTP-1Bが完全に欠失したマウスは、共に体重 増加を起こさず、インシュリンに対する感受性の低下から保 護されている。このように、PTP-1Bは、肥満および2型糖 尿病に対する治療法開発のための効果的なターゲットとなり うる。(Na)

星からの偏光光(Polarized Stellar Light)

J. Baileyたちは、「彗星や星間ダスト粒子、あるいは隕石に よって初期の地球にもたらされた可能性のある星間生命分子 におけるキラリティの非対称性を生じさせるのに、短い波長 における円偏光が、重要だった可能性がある」(7月31日号の p.672)と主張した。E. Rubensteinたちは円偏光は、磁場に 平行な軸に沿って放射される高周波の放射においても同様に 生じるとコメントしている。彼らは、「カニ星雲からの光学 的シンクロトロン放射が観察され...(そして円偏光された紫 外シンクロトロン放射もまたあったはずだ」と述べている。 それに応えて、Baileyは、コメントに表現されている状況は、 「電子のエネルギーが低いときだけ正しい...エネルギーの高 い相対論的な状況(シンクロトロン放射)においては、相対 論的ビーム放射は、磁場と平行には放射されない」と主張し ている。これらのコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/283/5407/1415a で見ることができる。(KF,Nk)

偶然にできた多孔質(Incidentally Porous)

低温で形成する水の準安定相である非晶質水(ASM)は、天体 物理学的環境では豊富に存在していると信じられており、又、 過冷却液体のモデル系として注目を浴びている。その形成と 性質は分子の着き方や熱的条件に強く依存している。 Stevensonたち(p.1505)は新たなねじれ:水分子が成長の 過程でその表面に着く入射角をより傾いた角度に下げると高 度にポーラスな物質を形成するということを報告している。 以前の研究における密度と表面積測定の矛盾は、このような 測定によって解決されるかもしれない。(KU,Nk)

「よろよろ」から「あたふた」へ? (From Wobbles to Wallop?)

ヤルコフスキー効果(Yarkovsky effect)は、自転する天体 の表面温度の不均一性によって、自転軌道が摂動を受ける微 小な熱輻射の力である。この効果によって小惑星や惑星の軌 道が影響を受けるほど大きくはないと想像されていたが、 Farinella とVokrouhlicky (p. 1507)による動的な軌道シ ミュレーションによって、半径が1キロメートルから10キロ メートルの天体の場合は、ヤルコフスキー効果によって半長 径を変えうること示した。そのような小さな摂動が小惑星を おしやって軌道を変え、そこからはより大きな摂動が小惑星 をついには地球と交差する軌道へと運ぶのである。(Ej,Nk)

炭素元素による石英構造(Carbon-Based Quartz)

石英は、珪素に共有結合した酸素原子の四面体構造を含んで いる。Iota たち(p.1510) は、二酸化炭素(CO2)の石英状の 同質多形体を合成した。液体の CO2 は、レーザーによって 絶対温度1800°まで加熱され、ダイヤモンドアンビルセル 中で40GPa まで加圧された。単純な分子種である CO2 が、 広がった形の共有結合へ遷移するということの認識は、予 想外のものであり、簡単な分子状の酸化物の化学に対する 考えを根本的に変更する可能性がある。石英状の CO2 は、 また、その高い熱伝導度と高エネルギー密度のゆえ、有用 な用途がありうる。(Wt)

これで疑問も氷解(Now You See It ...)

南極および北極の氷床のサイズが実際には大きくなってい るのか、小さくなっているのかは、論議の的となっている。 この問題はまた、地球規模の気候変化と将来の海面の水位の 変化にも関わるきわめて重要なものである。高度測量調査が できれば、氷床全体の上昇を測定することができ、時期毎の 氷河の容積全体を把握することができるが、そうしたデータ は限られている。たとえば、人工衛星を用いた測定では、 1700メートル以上の高いところでの上昇を計れるだけなの である。1998年にKrabillたちは、航空機を使って南グリー ンランド氷床の高度測量を行なったが、これは1993年に実 施した調査と同じ経路をとっての再調査であった(p. 1522 )。 この二つのデータ集合を比較すると、氷床が薄くなるか厚く なるかは、高度と場所によっていること、しかし全体として の質量のバランスはマイナス、つまり氷河が消えつつあるこ とが、示されている。(KF)

ナノチューブを振る(Shake Your Nanotubu)

物質の力学的力と応答に関する一つの測定はその共鳴周波数 である(具体例としてはTacoma Narrows Bridgeの共鳴破 壊)。Poncharalたち(p.1513)は、カーボンナノチューブの 共鳴を画像化した。ナノチュ−ブは荷電出来るように透過電 子顕微鏡(TEM)中に置かれ、そして振動力を与えるため時間 依存性電場が用いられた。最初と二番目の調和共鳴を含むふ れをTEMで画像化した。チューブの巾が8nmから40nmへ増 えると曲げ弾性率は1オーダ減少した。ナノチューブの末端に ナノ粒子を付着することが出来、そしてその質量は共鳴周波 数の変化から決定された。(KU)

長期にわたる成長(Long-Term Growth)

大陸の形成および地球大気に酸素が豊富になったことの双方は、 ある種の物質のマントルへの再回収に影響を与えた。そのため、 大陸の形成と大気の進化の歴史は、そうした物質が長期にわたっ てマントルに蓄積していったあるいはマントルから枯渇していっ たということから推定できる可能性がある。Collersonと Kamberは、38億年前以降にマントルから出たと思しき火山岩 に含まれるトリウムとウラン、ニオブを調べた(p. 1519)。その データは、大陸は時期によって成長の速度を変えたこと、また 地球の大気はおよそ20億年前にはっきりと酸素を多く含むよう になったこと、を示している。(KF)

断層の発見(Fault Finding)

地表にまで延びていないがゆえに名づけられたブラインドスラ スト断層(blind thrust faults)での地震は、ロサンジェルス地 域でおきた地震による被害の多くを占めている。しかし、危険 潜在性を評価することは困難であった。ShawとShearer (p.1516)は、ロサンジェルス盆地に対して新たな地震速度モデ ルと、その地域から採取した地層資料のデータを使い、その盆 地の大きなブラインドトラスト断層の広がりを図示した。彼等 が見つけたその断層は、1986年のホイッテアーナローズ地震 (マグニチュード6.0)を引き起こした。その断層の広がりは、 より大きな地震に結びついたかもしれないことを示している。 (TO)

生命の還元計画(A Reducing Plan for Life)

炭素と結合させたり、結合をはずしたりすることは生命化学の 基本である。現在の理論では、生命分子における進化の決定的 なステップは、リボヌクレオチド中のリボースの2’位を水酸 基から水素原子に置換してデオキシリボヌクレオチドを生成す ることである。Logan たち(p. 1499)は、この難しい化学的ス テップを完結させるために、グリシン由来のフリーラジカルを 利用する酵素であるクラス IIIリボヌクレオチド還元酵素(RNR) の構造について述べている。この酵素と他のRNRクラスとの構 造類似性や、単純な代謝物を含む他のラジカル反応との類似性 から、彼らはこの酵素がオリジナルの還元酵素の最も近縁の現 存祖先であろうと提案している。(Ej,hE,SO)

酸素放出の模倣(Mimicking Oxygen Evolution)

植物と藍藻類が、酸素放出複合体を用いる光化学系IIによって、 O2を生成するが、この複合体は酸素原子で架橋された4つのマ ンガン原子のクラスターを含む。Limburgたち(p 1524)は、 O2放出を模倣する、2つのマンガン原子が2つの酸素原子によっ て架橋された小さな複合体を合成した。この反応をさせるオキ シダントとしてNaOClが必要であるが、標識実験によれば、生 成したO2の酸素原子の源が水であることを示した。(An)

がらくたでも働いている("Junk" Vehicles Still Running)

ヒトのゲノムのほとんどの配列が機能的遺伝子をコードしない ため、がらくたDNAと呼ばれている。遺伝子のコードの代わり に、イントロンや反復やトランスポゾンなどのエレメントを含 む。Moranたち(p 1530;Eickbushによる展望記事参照)は、最 大量レトロトランスポゾンである長い散在性の核のエレメント (L1s)を検査した。本誌では、L1sは、転写した遺伝子にレトロ トランスポーズでき、3'側フランキングDNAを新しいゲノム位 置に動員でき、エキソンの入れ替えによって、新しい遺伝子を 生成できることを報告している。従って、L1sは、ゲノム進化 の媒介物である。(An)

模倣による固着(Sticking by Mimicking)

カンジダ・アルビカンスという酵母は、免疫無防備状態患者を 苛酷に日和見感染し、そのとき糸状型が宿主組織にしっかりと 付着する。Staabたち(p 1535)は、酵母菌糸の表面タンパク質 であるHwp1が哺乳類トランスグルチナーゼの基質になりうる ことを示している。トランスグルチナーゼは、上皮細胞タンパ ク質をクロスリンクすることによって、角質化関門層を形成す る。Hwp1を欠乏した酵母は、ヒトの頬側細胞に安定に付着で きなくなり、マウスの全身性カンジダ症をより少なく引き起こ した。(An)
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