AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 5 2018, Vol.362

突然の爆発的浸食 (A sudden outburst of erosion)

氷河湖決壊洪水(GLOF)は、まさに聞いての通りのものである。ヒマラヤのような標高の高い地域にある氷河湖の突然の全流出は、その経路にあるすべてのものを急速に破壊する可能性がある。Cookたちは、2015年のゴルカ地震の直後にこの地域を監視していた際に、ネパール中部にあるボートコシ川とサンコシ川の渓谷における GLOF の発生を捕えた。彼らは、決壊洪水の間に、莫大な量の浸食が発生したことを見出した。これは、GLOF が、これらの地域の地形変化の主要因であるかもしれないことを示唆している。(Sk)

Science, this issue p. 53

銅酸化物で相互作用を共謀する (Conspiring interactions in a cuprate)

酸化銅高温超電導の発見から30年以上たった今も、その機構は解明されていない。格子振動(フォノン)によってのみ電子対が仲介されるというモデルは、高い超電導転移温度を説明するには不十分と考えられている。Heらは、ビスマス系銅酸化物の化学組成を臨界ドープ濃度を越えて変化させると、超電導ギャップと電子ーフォノン相互作用が急速に相関して増加することを見出した。電子ーフォノン相互作用の電子ー電子相互作用との干渉が転移温度を高める可能性がある。(NK,KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 銅酸化物 (cuprate): 高温超伝導の研究では, 銅原子の一部をビスマス, ストロンチウム, カルシウムなどで置換したものを対象とする
Science, this issue p. 62

カンガルーの歯によって明らかになった秘密 (Secrets revealed by kangaroo teeth)

哺乳動物の歯は、食生活への複雑な適応を表していて、その結果として絶滅した種の環境を知る手段を提供することがある。CouzensとPrideauxはこのような手段を用いて、オーストラリア最大の草食動物であるカンガルーの拡大と多様化を調べた(Pollyによる展望記事参照)。我々がカンガルーと呼ぶ動物は、歯の調査結果が示唆する中新世の乾燥への対応というよりはむしろその後の鮮新世の間で草原が拡大した際に多様化した。さらに、現在では絶滅した短顔のカンガルーは、更新世末の乾燥化のために減少することはなかったが、代わりに不適な食べ物の増加を経験していた。(ST,KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 中新世は約2,300万年前から約500万年前までの期間の地質時代区分のこと,鮮新世は約500万年前から約258万年前までの期間の地質時代区分のこと,更新世は約258万年前から約1万年前までの期間の地質時代区分のこと
Science, this issue p. 72; see also p. 25

郵便番号で季節性インフルエンザを仕分けする (Seasonal flu by ZIP code)

インフルエンザ・ウイルスは、冬の間、北半球地域の社会を襲い、ほとんど限界まで医療提供に過大な負荷をかける。環境湿度の変化が重要な駆動要因であるが、他の多くの季節的・社会的要素が寄与する。Dalzielたちは、インフルエンザ様疾患による受診数の地理的分布を、米国の600以上の都市に対して取得した(Wallingaによる展望記事参照)。郵便番号地域の中には、明瞭な患者のピーク、すなわち強い流行を定期的に起こすところがあり、他の地域はより長期で、よりなだらかなインフルエンザ期を示した。急で短いインフルエンザの流行は、住宅密度と家計収入の低い、小さな町で起きる傾向にあった。より大きな、人口密度がより高い都市では、流行はよりなだらかだった。これは多分人と人との接触率がより高いためで、このことがインフルエンザの感染を天気の変化に追随しにくくしている。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 75; see also p. 29

経済的合理性のための教育 (Educating for economic rationality)

教育が経済合理的な意思決定能力を増強するという仮説は、驚くべきことにまだ検証されていない。Kimたちは、マラウイの中等学校のサンプル数2812人の少女の無作為化比較試験を用いてこの疑問を研究した。一年間の学校教育に対する財政的支援提供の4年後に、彼らは経済合理性が試される一連の意思決定の課題(例えば、資金を短期的支出と将来的な支出へと、どう割り当てるか)を少女たちに与えた。教育による知力改善効果と、長期における効用最大化にどのくらい一致するかで測った経済的行動合理性において、教育への介入は双方を増強した。(Uc,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 83

遺伝子編集と筋萎縮症 (Gene editing and muscular dystrophy)

デュシェンヌ型筋萎縮症(DMD)は、進行性の筋衰弱と寿命の短さで特徴づけられる。この病気は、骨格筋と心筋の必須構造タンパク質であるジストロフィンの発現を低減する、あるいは阻止する変異によって引き起こされる。CRISPR-Cas9遺伝子編集技術は、病気を引き起こす変異を修正することができ、DMDのマウス・モデルで有望な結果を生み出してきた。Amoasiiたちは、小規模で短期間の研究で、ヒト筋萎縮症の特徴を多く示すDMDのイヌ・モデルでこの方法を試験した。遺伝子編集用の成分を筋肉内あるいは全身に送り込むことで、骨格筋と心筋中のジストロフィン・タンパク質の濃度が大幅に増加する結果となった。ジストロフィン発現の回復は、筋肉組織構造の改善を伴った。(MY,kh)

Science, this issue p. 86

新しい月が昇る (New moon rising)

太陽系外衛星(太陽系外惑星を周回する月)が存在することは、多分確かであろうが、その直接的な観測的証拠を捕まえることは難しい。NASAの Kepler宇宙望遠鏡による以前の観測が、太陽質量の黄色い恒星 Kepler-1625 の周りを回る木星規模の惑星 Kepler-1625b の周りを、太陽系外衛星が回っている可能性を示唆していた。Teacheyと Kippingは、Hubble宇宙望遠鏡を用いて追加の観測を行うとともに、Kepler測光データの精緻な解析を行った結果を報告している。その報告は太陽系外衛星の仮説を強く支持している。この月が、もし存在するのであれば、それは我々の太陽系の海王星か天王星の大きさと同程度であろう。(Wt,ok,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav1784 (2018).

Cassiniの探査の最終段階 (Cassini's final phase of exploration)

Cassini探査機は、土星の周りを軌道運動して、13年間を過ごした。燃料が足りなくなったため、いまだ訪れたことのない領域のデータを収集するために軌道が変更された。リング近くを何度か回った後、探査機は記念的な最終軌道に入った。探査機が土星の上層大気突入時に破壊される前に、その軌道は探査機を土星とそのリングの間の間隙を通過させた。この号の6本の論文は、Cassiniの任務のこれらの最終段階からの結果を報告している。Dougherty たちは、土星近傍の磁場を計測した。それによると、その惑星の内部で、複雑な多層ダイナモ過程の存在が示されている。Roussosたちは、自由中性子の放射性崩壊によって維持されている、環内に閉じ込められた付加的な放射帯を検出した。Lamyたちは、Cassiniが、土星のオーロラに接続されたキロメートル波放射領域を通って飛行する時に計測されたプラズマ測定結果を与えている。Hsuたちは、環から土星に落下する、大きな固体のダスト粒子の組成を決定した。一方、Mitchellたちは、より小さなダストのナノ粒子を調べ、それらがどのように惑星の上層大気と相互作用するかを示している。最後として、Waiteたちは、大気に流入する物質中の分子を同定し、土星の大気の組成を直接計測した。(Wt,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaat5434, p. eaat1962, p. eaat2027, p. eaat3185, p. eaat2236, p. eaat2382

シグナル伝達には2つ必要 (It takes two to signal)

ヘッジホッグ(HH)シグナル伝達経路は発生において重要で、過剰のHHシグナル伝達はガンと関係する。シグナル伝達は、Gタンパク質共役型受容体のSmoothenedを通じて起こる。この経路は膜受容体のPatched-1(PTCH1)によって抑制され、PTCH1が分泌タンパク質HHに結合するとこの抑制がはずれる。最近の2つの論文がPTCH1に結合したHHの構造を描写してきたが、驚くべきことに、各論文はHH上の独特の結合エピトームを描写していた。今回 Qiたちは、この見掛け上の矛盾を説明する低温電子顕微鏡の構造を提示して、単一のHHタンパク質が両方のPTCH1 受容体の接触面を用いて、噛み合うことを示した(SommerとLemmonによる展望記事参照)。機能試験が効率的なシグナル伝達のために2つの接触面が結合しているに違いないことを示唆している。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • エピトーム:通常は抗原提示分子であるが、ここではタンパク質分子の表面に露出した糖類の一部やペプチドの一部を言う
Science, this issue p. eaas8843; see also p. 26

沈み込み帯を詳述する (Detailing subduction zones)

沈み込み帯は、最大の被害を及ぼし、津波を発生させる大地震の原因となる。Hayesたちは、フィリピンのような幾何学的に複雑な地域を含む、全ての地震活動の活発な沈み込み帯を含むように、Slab1.0 モデルを更新した。新しいモデルである Slab2 は、海溝から上部マントルまで、2400万平方キロメートルの沈み込み部の幾何学的形状を詳述している。このモデルは、世界で最も人口の多い地域のいくつかにおける地震の危険性を完全に理解するために、極めて重要であろう。(Sk)

【訳注】
  • 沈み込み帯:プレート境界で、一方のプレートが、もう一つのプレート下方のマントルに沈み込む場所
  • Slab1.0:グローバルな地震解析から推定されている、プレート境界モデルの一つ
Science, this issue p. 58

絶縁体か、金属か? (Insulator or a metal?)

金属が低温に冷却されて外部磁場中に置かれると、その抵抗は、磁場の大きさが変化するにつれて振動することがある。絶縁材料中でこれらのいわゆる量子振動を見ることは、非常にまれである。Xiangたちは、絶縁体であるイッテルビウム・ドデカホウ化物(YbB12)において、そのような発見を報告している(Ongによる展望記事参照)。抵抗率の振動に加えて、著者らは、磁気トルクの振動を観察した。この結果は、YbB12の絶縁状態を説明しようとする理論に対して、課題を示している。(Sk)

Science, this issue p. 65; see also p. 32

熱障壁を低下させるホット・キャリア (Hot carriers reducing thermal barriers)

プラズモン触媒は、反応物を活性化し、次に反応への全体的な障壁を低下させることのできるホット・チャージ・キャリアを生成することができる。Zhouたちは、光を吸収してルテニウム表面原子上の窒素原子を活性化する電子を生成する、銅−ルテニウム合金ナノ構造上のアンモニアの水素への分解を研究した(Cortesによる展望記事参照)。様々な波長、光強度、および触媒表面温度での反応速度を測定することにより、光誘発による見掛けの活性化障壁の低下が定量化された。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 69; see also p. 28

樹木の多様性が森林の生産性を向上させる (Tree diversity improves forest productivity)

草原における実験的研究は、種の喪失が生態系の機能に負の影響をもたらすことを示している。森林についても同じことが当てはまるのだろうか? Huangたちは 中国の亜熱帯林における大規模な生物多様性実験からの最初の結果を報告している。この研究は、多数の複製林、現実的な樹木密度、及び大きな区画面積を広範囲の種の豊富さレベルと結びつけて行われた。8年間の実験後、その知見は森林の生産性と炭素蓄積における樹木多様性の強い正の効果を示唆している。したがって、単一種栽培からより多くの混合した森林への変化が、生物多様性の回復と気候変動の緩和の両方に利益をもたらす可能性がある。(KU,nk,kj)

Science, this issue p. 80

がんにおける(再)プログラミングに関するいくつかの注意 (Some (re)programming notes on cancer)

上皮がんは、多数の異なる方法で標的治療への耐性を発生させる。いくつかのタイプのがんでは、小細胞神経内分泌がん(SCNC)と呼ばれる非常に攻撃的ながんへの表現型の変換を経ることで、そのようになる。異なるがんタイプが、同じ機構によってこの「リプログラミング」を行なっているかどうかは不明であった。Parkたちは、同じ組み合わせの発がん因子が、正常な肺上皮細胞と正常な前立腺上皮細胞の両者を臨床試料に似ているSCNCに形質変換することを示している(KaretaとSageによる展望記事参照)。この分子経路の収束は、現在治療不可能なSCNCの新しい治療法の開発を単純化出来るかもしれない。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 91; see also p. 30

工業化は微生物叢の多様性を減らす (Industrialization reduces microbiota diversity)

人体上または人体中に生息する微生物叢の乱れは、様々な疾患と関わっている。展望記事で、Dominguez Belloたちは、近代的な工業化された生活に関連する微生物叢の多様性の減少が、代謝疾患、免疫病および認知症の発生率増加に結びついていると提唱している。彼らは、微生物叢の試料を伝統的社会のの構成員から収集すべきであると提案している。これらの試料は微生物叢の生態を復活させるために用いることができるのかも知れず、このことは現代の病気の予防および/または治療に役立つかもしれない。(Sh,KU,kh)

Science, this issue p. 33