AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 28 2018, Vol.361

PCBは依然問題だ (PCB—still a problem)

ポリ塩化ビフェニル(PCB)は、毒性および発ガン性が高いと認識されるまで、かつて広く使用されていた。 その生産は米国で1978年に禁止されたが、未だに世界的に生産され、環境中に残留している。 PCBのような残留性有機化合物は栄養段階を通じて濃度が高まり、そのため頂点捕食者はその悪影響をとりわけ受けやすい。 Desforges たちは、最大の海洋捕食者の1つであるシャチに対するPCBの継続的な影響を調べた。 著者たちは地球規模で入手可能なデータを使って、シャチの組織内のPCBが高濃度であることを見つけた。 この結果は、シャチの集団全体にわたる減少、とりわけ、栄養段階の高位にあって捕食する集団および工業地帯に最も近くにいる集団の減少、を早めそうである。(Uc,MY,kh,nk)

【訳注】
  • 栄養段階:食物連鎖でつながっている生態系の動植物を、無機物から有機物を合成する生産者、生産者を捕食する消費者、生産者や消費者の死体・排出物を分解する分解者の三段階に大別する。
Science, this issue p. 1373

クロマチンとRNAの単一細胞解析 (Single-cell chromatin and RNA analysis)

単一細胞解析は、組織や生物を構成する個々の細胞間および細胞内の差違についての洞察を提供し始めている。 しかしながら、単一細胞各々に存在する物質が少量であることによる技術的障壁が、並列の解析を妨げている。 Cao たちは、単一細胞のRNA転写物とクロマチン・プロファイルの両方を一緒に解析するプール化バーコード法である、sci-CARに関して報告している。 肺腺ガン細胞とマウス腎臓組織にsci-CARを適用することにより、著者たちはゲノム全体の規模での発現とゲノム接近可能性を評価する際の精度の高さを実証している。 この方法は、異なる細胞サブグループによって混乱を招くかもしれない大量解析を凌駕する改良を提供する。(KU,ok,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1380

細胞はどのようにして対称的な継承を確保するのか (How cells ensure symmetric inheritance)

修飾を受けた親ヒストンは、ゲノム複製の際、新たに複製されたDNA鎖で再利用されるが、生じた2つの姉妹染色分体は被修飾ヒストンを同等に継承するのだろうか。 Yu たちと Petryk たちはそれぞれマウスと酵母で、被修飾ヒストンがほとんど対称的なやり方で娘DNA鎖の両方に分離されることを見出した(Ahmad と Henikoff による展望記事参照)。 しかしながら、酵母とマウスでこの対称的な継承を確保する機構は異なっていた。酵母はDNAポリメラーゼのサブユニットを用いて、ラギング鎖に親ヒストンの分配が少し偏るのを阻み、一方マウス細胞では、複製用のヘリカーゼであるMCM2が、リーディング鎖に親ヒストンが少し偏るのに対抗する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 姉妹染色分体:細胞分裂の過程で複製された一対の染色体の一本一本のこと。 同じ遺伝情報を持ち、それぞれが娘細胞に移動する。
  • DNAポリメラーゼ:DNAを鋳型として、DNA親鎖を 3'→5'方向に読み取り、親鎖と相補的な新しい鎖(娘鎖)を 5'→3'方向に延長合成する酵素。
  • ラギング鎖、リーディング鎖:複製元の2本のDNA親鎖に対し、DNAポリメラーゼが 3'→5'方向にスムーズに読み取りながら連続的に娘鎖を合成できる親鎖をリーディング鎖、そうでない他の1本をラギング鎖と呼ぶ。
  • へリカーゼ:DNA を複製する際、二本鎖のよりを戻して一本鎖にする酵素。
Science, this issue p. 1386, p. 1389; see also p. 1311

オニイトマキエイ独特の濾過システム (Manta rays' unique filtration system)

オニイトマキエイは、泳ぐときに口を開け、鰓を通して水を排出しながら、同時に小さなプランクトンを捕まえて食べる。 その濾過装置が、特に目詰まりを起こすことなく、いかにして濾過孔径よりも小さい食物を捕獲できるようにしているかは、不明確なままである。 Divi たちは、物理モデルと計算モデルを用いて、オニイトマキエイの濾過器-給餌口の周りの流体の流れを調べた。 各濾過器の丸い突出物の前縁の後ろで流れの剥離が起こり、各細孔内に大きな渦が発生した。 これは、小さな粒子は通過するのではなく、濾過器から外へはじかれることを意味している。 接触力により、粒子は濾過穴から"跳ね飛ばされて"、より高速な自由流に逆戻りさせられた。 かくして、粒子は濾過器上でなく(これは詰まりを引き起こすだろう)、それから上に離れた場所に集まった。 この独特の濾過システムは、興味深い工業的応用を持つ可能性がある。(Wt,MY,ok,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat9533 (2018).

藻類はどのように海の水を毒に変えるか (How algae turn tides toxic)

藻類異常発生は、食物連鎖網中に蓄積する神経毒の生成を通じて、海洋哺乳動物群を壊滅させる可能性がある。 Brunson たちは、海洋性珪藻中の神経毒であるドウモイ酸の生合成に関連する遺伝子群を明らかにした(Pohnert たちによる展望記事参照)。 生体外での実験により、毒素の核となる構造を作り出す一連の酵素が立証された。ド ウモイ酸生成に関連する遺伝子の知識は、藻類異常発生の遺伝的監視を可能にし、毒素生成を引き起こす条件を特定する助けとなるだろう。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1356; see also p. 1308

超高周期光の創出 (Making ultrafast cycles of light)

可干渉な周波数コムの発生が可能となり、精密計測、イメージング、センシングの用途に多大なる影響を与えてきた。 より詳しく調べてみると、フェムト秒のモード同期レーザーパルスの相互作用から発生する広帯域の「白色光」は、周波数軸上で等間隔に並んだ 10憶あるいは1兆の光成分からなる。 Carlson たちは、モード同期レーザーに替わる手法として、連続波レーザー光源を電気光学変調することもまた、光周波数コムを発生できることを実証している(Torres-Company による展望記事参照)。 この電気光学変調技術は、モード同期レーザーよりも高い反復率で動作でき、このことは、さらにより精密な測定を生み出す可能性があるかもしれないことを意味する。(NK,kh,nk)

Science, this issue p. 1358; see also p. 1316

後成的なゲノム変化の影響範囲を詳細に調べる (Dissecting the epigenomic footprint)

ゲノム全体にわたる後成的標識は遺伝子発現を調節するが、これらの標識中の変異の量と変異の機能はほとんど分かっていない。 Onuchic たちはヒト由来の試料を用いて研究し、遺伝子調節座における疾病関連遺伝子の変異および配列依存型の対立遺伝子特異的なメチル化を調べた。 個々の染色体DNA分子中の調節配列は、「オン」と「オフ」のスイッチに対応する特定の部位で、全てメチル化されているか全くメチル化されてないかのどちらかを示した。 興味あることに、メチル化はDNA分子毎の全体に起きるのではなく、メチル化染色体の分率が変動するという結果になった。 この確率的な型の遺伝子調節は、稀な遺伝子変異の場合に、より一般的であった。 これはヒト疾患での役割を示唆しているかもしれない。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 調節配列: エンハンサーやプロモーター、サイレンサーが結合するDNAの領域の配列。
Science, this issue p. eaar3146

トラップ中で覚醒する (Waking up in a trap)

治療に成功したガン患者が、数年後あるいは十数年後にでさえガンを再発することがある。 これは、原発腫瘍部位外に播種したガン細胞が、生きているが増殖しないでいる休眠状態に入るからである。 最終的に、よく理解されていない仕組みによって、これらの臨床的には検出不能な細胞が「目を覚まして」、活発に増殖する腫瘍転移を形成する。 Albrengues たちはマウス・モデルを研究することで、持続性の肺炎症とそれに伴う好中球細胞外トラップ(NET)の形成が、休眠しているガン細胞を攻撃的な肺転移に変える可能性があることを見つけた(Aguirre-Ghiso による展望記事参照)。 これらの細胞の目覚めは、細胞外マトリックスのNETを媒介とした再構築と関係しており、マトリック・スタンパク質ラミニン-111の再構築版に対する抗体によって防止することができた。(ST,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 好中球細胞外トラップ(NET):感染により活性化した好中球が細胞死を引き起こして自身のDNAを細胞外に放出して形成する網状の構造物。
Science, this issue p. eaao4227; see also p. 1314

古典期マヤ文明の詳細 (Classic Maya civilization in detail)

ライダー(大気中でのレーザー走査の一種)は、地形の特徴を3次元地図化するための、強力な技術を提供する。 特に、構造物の遺跡が樹冠の下に隠されているかもしれない場合には、考古学において、大変役に立つ手段であることが証明されつつある。 Canuto たちは、古典期マヤ文明の昔の居住地を含む、グアテマラ低地の2000平方キロメートル以上を包含するライダー・データを提示している(Ford と Horn による展望記事参照)。 このデータは、人口推計、農業強化の手段、および景観を変えるほどの土木事業の証拠をもたらした。 この調査結果は、この低地マヤ社会が、高い人口密度を持つ防御された都市が地域的に相互接続された網状組織であり、それらは、土地の生産性と、農村社会と都市社会間の相互作用を最適化するように配置された農地での労働によって支えられていたことを示している。(Sk)

Science, this issue p. eaau0137; see also p. 1313

オキセタンを原料とする2つの道 (Two ways out of an oxetane)

オキセタンは反応性の高い4員環で、3つの炭素原子と1つの酸素原子を含有する。 近年オキセタンは、ルイス酸触媒によるオレフィンとケトンの分子内メタセシス反応中の一時的な中間体でないかと考えられた。 今回 Ludwig たちは、ルイス酸を強力なブレンステッド酸に置き換えることで、オキセタンの開環経路が変更可能なことを報告している。 いわゆるいわゆる中断メタセシス(interrupted metathesis)では、酸素原子が移動し、その後脱水により離脱し、一方、残りの炭素骨格は環化してテトラ・ヒドロ・フルオレン化合物を形成する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ルイス酸触媒:分子中に空軌道を持ち、ここに反応原料や中間体が持つ非共有電子対を受け入れて、反応を促進する触媒。BF3 やAlCl3 などが含まれる。
  • オレフィン:炭素-炭素二重結合を有する鎖状炭化水素化合物。
  • ケトン:分子内にC=Oを持つ有機化合物。 Oには非共有電子対がある。
  • オレフィンとケトンの分子内メタセシス反応:ここでは分子内のオレフィン基とケトン基間で結合の組み替えが起きた後に、オレフィン化合物とケトン化合物に分裂する反応のことを言っている。
  • ブレンステッド酸:他の物質に水素イオンを与えることのできる物質。
  • 中断メタセシス:オレフィンとケトンの分子内メタセシス反応が反応途中で遮られ、分裂せずに新しい炭素骨格が生じる反応のことを言っている。
Science, this issue p. 1363

単一源からのアレンとアミド (Arenes and amides from a single source)

医薬品の合成は、しばしば隣接する炭素-炭素結合と炭素-窒素結合の形成を必要とする。 Monos たちは、単一の試薬、特に二酸化イオウを介してアミドに繋がれたアリール環に炭素窒素部分を導入する方法を報告している。 光活性化触媒により、オレフィンは窒素と容易に反応し、次いでアリール環の移動とイオウ架橋の除去を引き起こす。 この効率的な室温プロセスは、複素環を含むさまざまなアレン化合物に応用可能である。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1369

分節とパターン形成におけるホックス・コード (Hox code in segmentation and patterning)

ホックス遺伝子は、多様な左右相称動物における体の前後軸のパターン形成を支配する役割で最もよく知られている、進化的に保存された転写因子群をコードしている。 He たちは、CRISPRによる変異生成と短鎖ヘアピンRNAによる遺伝子ノックダウンの組み合せを用いて、刺胞動物であるイソギンチャク Nematostella vectensis のホックス遺伝子の機能を調べた(Arendt による展望記事参照)。 4つのホメオボックスを包含する遺伝子は、放射状の内胚葉部の形態形成と触手のパターン形成を協調的に制御する分子ネットワークを構成する。 このように太古のホックス・コードは、左右相称動物と刺胞動物の共通祖先において、組織分節と体のパターン形成の両方を調節するように進化した可能性がある。(Sh,MY,kj,nk)

【訳注】
  • ホメオボックス:動物や植物、菌類の発生の調節に関連する相同性の高い約180塩基対の塩基配列。 ここで遺伝学での相同性は、タンパク質のアミノ酸配列や遺伝子の塩基配列が共通の祖先をもつことを指す。
  • ホックス遺伝子:ホメオボックスを含むホメオボックス遺伝子のサブグループで、形態形成に関係した遺伝子の総称。
  • ホックス・コード:機能しているホックス遺伝子の組合せで、身体中の番地となると同時に形態形成を発現調節する遺伝子群を選択していると考えられる。
  • 左右相称動物:肢や体の器官が中心線をはさんで対称である動物。 放射相称動物の対語で、海綿動物と刺胞動物を除く大部分の後生動物が含まれる。
  • 前後軸:頭と尻尾を貫く軸で、頭部の方を前方、尾部の方を後方とする。
  • 遺伝子ノックダウン:二本鎖RNAと相補的な塩基配列を持つmRNAが分解される現象であるRNA干渉を用い、特定の遺伝子の発現だけを抑制する方法。 ヘアピン型のRNA配列である短鎖ヘアピンRNAを用いることが多い。
  • 内胚葉:動物の発生途上で、細胞層が重積した際の内側または下側の層。 典型的な胚発生では,中空の細胞が空気の抜けたボールのようにくぼんでいき内側に入った層。 消化管などに分化する。
Science, this issue p. 1377; see also p. 1310