AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science October 16 2015, Vol.350


アルツハイマー病の新たな薬剤標的になるか?(New drug target for Alzheimer's?)

マウスモデルは、ヒトのアルツハイマー病(AD)にみられる脳内ネットワークの変性を十分捉えきっていない。したがって、ヒトでの臨床研究の前に、多くの動物モデルで治療標的についての広範な検証を行わなければならない。Huangたちは今回、4匹の ADにかかったマウスモデルにおいて、脳内に発現するタンパク質である Gタンパク質共役受容体3(GPR3)の欠乏により、認知障害が軽減し、アミロイド病変が減少したことを示している。さらに、一部の AD患者の死後の脳組織では、GPR3が増加していることが明らかになった。このように、GPR3は ADの治療標的になるかもしれない。(Sk,nk)
【訳注】 ・マウスモデル:ヒトの疾患や病態の研究やその予防法または治療法の研究のために使用される特殊な系統のマウス
Loss of GPR3 reduces the amyloid plaque burden and improves memory in Alzheimer’s disease mouse models(Sci. Transl. Med.7, 309ra164 (2015))

海洋循環の変化は不必要(Ocean circulation changes not needed)

何が北大西洋にみられる海表面温度変化のパターンを引き起こしているのであろうか? 大西洋数十年規模振動(AMO)として知られる、この自然発生する準周期的な変動は、天候や気候に影響する。AMOは変化する大規模な海洋循環の結果であると提案している人もいる。Clement たちは、別の提案をしている。彼らは、AMOの変動のパターンが海洋循環の変化を含まず、気温や風の変化の効果のみを含むモデルで作り出せることを見出した。(Sk)
The Atlantic Multidecadal Oscillation without a role for ocean circulation(Science, this issue p. 320)

強力な増幅器をつなぎ合わせる(Stringing together a powerful amplifier)

マイクロ波の信号を広い周波数範囲でかつ高い増幅率で増幅することは、固体量子情報処理(QIP)に重要である。広帯域運転の達成は特に困難である。Macklinらは、いわゆるジョセフソン接合が幾重にも連なった増幅器を開発した。その増幅器はギガヘルツ級の帯域幅で高い増幅率示し、高い信頼性のキュービットの読み出しを行うことができた。この増幅器は20個ものキュービットを同時に読み出すことが可能であり、QIPプロトコルのスケールアップに貢献するかも知れない。(NK,KU,kh)
A near-quantum-limited Josephson traveling-wave parametric amplifier(Science, this issue p. 307; see also p. 280)

時間的な変化が神経細胞の多様性を作り上げる(Changes over time build neuronal diversity)

神経の前駆体は新規の神経細胞を作り続けることができるのだが,生物の成長につれて異なる神経細胞を作ることもまた可能である.ショウジョウバエの脳の2つの異なる部分である、キノコ体と触角葉はこの特徴を示し,キノコ体と比べて触覚葉は成長の間により多くのさまざまな型の神経細胞を産生する.Liuたちは,両方の組織の中でこの変化を成長の間に操る2つの RNA結合タンパク質を特定した.(MY,nk,kh)
【訳注】
・キノコ体:キノコに似た形状の領域で,昆虫の記憶を担っている
・触覚葉:触角の神経細胞からの軸索が終末する領域で,匂い,温度,湿度,機械的感覚の情報処理を担っている
・RNA結合タンパク質:RNAに結合し,RNAと複合体を形成しているタンパク質
Opposing intrinsic temporal gradients guide neural stem cell production of varied neuronal fates(Science, this issue p. 317)

遺伝子エンハンサーに関して、最適でない方がより良い(For gene enhancers, less is more)

弱いエンハンサー配列は、正に適量の遺伝子活性を与える。Farleyたちは、ホヤの神経系の遺伝子発現に必要なモチーフである、Otxエンハンサーの数百万の合成変異体を系統的に調べた。最も強いエンハンサー結合と遺伝子活性化を示すモチーフへの不完全な組み合わせである時に、適切な遺伝子活性が結果として生じた。「最適な」モチーフが組み込まれたとき、結果として異所性発現が起きて, 神経系の外側での異常な遺伝子活性化を伴った。(KU,nk,kh)
【訳注】
・エンハンサー:隣接する遺伝子の転写を促進するDNA上の調節領域
・モチーフ:共通配列、或いはコンセンサス配列とも云う。DNA上で一定の機能に関係している領域に高頻度に出現する塩基配列で、特定のタンパク質の結合部位である場合が多い。
Suboptimization of developmental enhancers(Science, this issue p. 325)

トランスポゾンの抑制に働くガリアの仲間パノラミクス(A Gaulish partner in silencing transposons)

小さな非翻訳 piRNAは、動物の生殖系列ゲノムをトランスポゾンによってもたらされる破壊的変異と再編成から守る。ショウジョウバエの卵巣において、piRNAは Piwiタンパク質に結合し、それらは共に寄生の DNA要素の認識と抑制に必要とされる。Yuたちは、遺伝子 Panoramixが piRNAによるトランスポゾンの認識の下流で作用し、それらの転写を抑制することを示している。Panoramixは、新たに合成されたトランスポゾンRNAに結合することでこれを行う。(KU,nk)
【訳注】
・パノラミクス:ガリアを舞台とするフランスコミックの副主人公の名前
・トランスポゾン:ゲノム上の位置を転移できる塩基配列(転移因子、或いは動く遺伝子)
・piRNA(Piwi interacting RNA):生殖細胞系列に特異的に発現し、Piwi(Argonauteファミリータンパク質)に結合している小さなRNA。生殖細胞でのトランスポゾンを抑制する。
Panoramix enforces piRNA-dependent cotranscriptional silencing(Science, this issue p. 339)

力をデジタル方式で感知する(Sensing the force digitally)

我々の皮膚は、柔軟な防水性の防壁を提供してくれるが、それはまた周囲の世界を感じるセンサー・アレイを含んでいる。このアレイはフィードバックをもたらし、熱いものを避けたり、 滑り落ちやすい 物の把握を増大させてくれる。Teeたちは圧力感受性の箔と印刷されたリング発振器を用いて、ヒトの皮膚の機械的刺激感覚器を模擬する手法について述べている(Anikeeva と Koppes による展望記事参照)。感知器はヒトの把握と同程度の圧力範囲で、圧力をデジタル応答にうまく変換した。(Sk,nk,kh)
A skin-inspired organic digital mechanoreceptor(Science, this issue p. 313; see also p. 274)

免疫系を挑発する死(Dying to impress the immune system)

微生物への反応に加えて、樹状細胞に刺激を与えた瀕死の細胞の断片に出会う場合にも、T細胞は免疫応答を開始する。しかしながら、瀕死の細胞総てが T細胞を活性化する訳ではなく、何が、そういう風に瀕死の細胞を区別するのだろうか? Yatimたちは二つの型のプログラム細胞死、アポトーシスとネクローシスを研究した。炎症性細胞死と抗腫瘍免疫の培養中のマウス細胞とマウスモデルを用いて、彼らは、瀕死の細胞が酵素 RIPK1と転写制御因子 NF-κBを通して信号を送るときのみ、プログラム細胞死が T細胞の免疫を開始することを見出した。(KU,nk,kh)
RIPK1 and NF-κB signaling in dying cells determines cross-priming of CD8+ T cells(Science, this issue p. 328)

カルシウム・シグナルをミリ秒レベルまで追求(Calcium signals down to the millisecond)

T細胞受容体(TCR)の関与によって Ca2+シグナル伝達が刺激され、それはT細胞活性化に必要とされる。最も早期の短命な Ca2+シグナルは、TCR刺激部位の付近に現れる。Wolfたちは、生きたマウスとヒト T細胞において、TCRによる刺激から数ミリ秒以内での Ca2+シグナルの高分解能イメージングを行なった。細胞に、T細胞活性化によって産生される二次メッセンジャー、 NAADPを微量注入すると、TCR活性化無しに類似の Ca2+シグナルの時空間パターンが生じた。TCR依存のシグナルも NAADP依存のシグナルも、双方とも、小胞体からの Ca2+遊離の引き金を引くらしかった。(KF)
Calcium signals down to the millisecond(Sci. Signal. 8, ra102 (2015))

3者からなる遺伝子サイレンシング複合体(A tripartite gene silencing complex)

発生の際の、特定の細胞型の形成には、それら細胞型に不要となる遺伝子のサイレンシングが関与している。このサイレンシング過程における重要な参加者は、PRC2(polycomb repressive complex 2)タンパク質であり、これは、リジン残基27上のヒストンH3をメチル化(H3K27me)するものである。JiaoとLiuは、好熱性酵母種から得られた機能的 PRC2複合体の X線結晶構造を決定した(Schapiraによる展望記事参照)。3つのサブユニットの密接な結合が PRC2に安定性をもたらしている。この構造はまた、反応産物である H3K27meが、どのようにして PRC2をアロステリックに刺激しているのか、また癌に付随するヒストン変異がいかにして PRC2活性部位を防御しているかを明らかにした。(KF,nk,kh)
【訳注】
・アロステリックに:内因性基質とは異なる場所に結合して分子構造に影響し、構造を変容させるように
Structural basis of histone H3K27 trimethylation by an active polycomb repressive complex 2(Science, this issue p. 10.1126/science.aac4383; see also p. 278)

ニュー・ホライズンズの冥王星像(New Horizons' views of Pluto)

探査機ニュー・ホライズンズによる冥王星とその衛星カロンの接近飛行が、世界中であまねく報道された。Sternたちは、高速通過から得られた最初の科学的成果について報告している。冥王星の表面は驚くほど多様であり、明るさと組成の異なる巨大な領域からなっている。このような表面形成に関与する、豊かな地学的プロセスが現状も続いているという多くの証拠が存在する。カロンの表層も同様に複雑であり、数々の浮き彫り状の構造や様々な色彩を有している。冥王星の大気は多量であるが、予想されていたより希薄であり、一方カロンは観測可能な大気を有していない。(Uc,KU,nk,kh)
The Pluto system: Initial results from its exploration by New Horizon(Science, this issue p. 10.1126/science.aad1815)

癌殺傷細胞に首輪をつけておく(Keeping a leash on cancer-killing cells)

腫瘍細胞を攻撃するよう免疫系を向けることは、癌に対する効果的治療法であると分かりつつある。しかしながら、癌細胞を認識・攻撃するよう遺伝子工学的に作られたT細胞に患者が曝されるとき、活性の暴走ないし過剰や、標的以外への影響が生じるリスクがあり、そのどちらも死につながりうる。Wuたちは、付加的な制御系を備えた、癌細胞を認識・攻撃するキメラ抗原受容体を発現するT細胞を設計した。この機構は、T細胞を刺激してその腫瘍細胞殺傷能力を活性化するために癌細胞抗原と共に必要とされる小さな分子を投与することで、治療を施している医師が、遺伝子工学的に作られた T細胞を「オン」「オフ」できるようにするであろう。(KF,KU,kh)
Remote control of therapeutic T cells through a small molecule-gated chimeric receptor(Science, this issue p. 10.1126/science.aab4077)

ある架橋結合モチーフの手掛かりを得る(Getting a handle on a cross-linking motif)

タンパク質の骨組みは、アミノ酸だけから成っているが、細胞内のさまざまな他の分子がしばしば、翻訳後修飾と呼ばれるプロセスによって、後で取り込まれる。glucosepaneと呼ばれるそうしたモチーフの1つでは、リジンとアルギニンの側鎖が、グルコースとの反応シーケンスを介して、凝縮された架橋結合を形成する。この架橋結合の形成は、糖尿病研究において興味深い。Draghiciたちはこのたび、周囲のタンパク質のより広い環境の外側での、glucosepaneの化学合成について報告している(Bogerによる展望記事参照)。この合成は、生体内でのこのモチーフの、構造と機能のさらに正確な特徴明確化を促進することになるに違いない。(KF,kh)
Concise total synthesis of glucosepane(Science, this issue p. 294; see also p. 275)

酸からアルコールへの直行ルート(A direct route from acids to alcohols)

C=O結合への水素付加によってアルコールを作ることは,化学の分野で最も広く応用されている反応の1つである.この変換はまた,バイオマスから日用化学品を生産するのに新たな関心を集めた.今回 Korstanjeたちは,コバルト化合物がカルボン酸中の C=O結合への水素添加を触媒できることを示している.酸性条件下では他の多くの触媒が分解しやすいことを考えると,カルボン酸類は,特に魅力的な基質類である.コバルト触媒は多方面の基質化合物を許容し,また,コバルトの地球存在量は,長期的な利用にとって好ましいことである.(MY,KU,kh)
Hydrogenation of carboxylic acids with a homogeneous cobalt catalyst(Science, this issue p. 298)

深海海丘の間隔についての理解(Understanding abyssal hill spacing)

地球上の最も際立つ地形は,海底で見出される深海海丘である.Oliveたちは,これらの深海海丘の間隔と大きさについて理解しようとした.彼らはマグマの供給と地殻の力学的応答を組み合わせたモデルを用いた.このモデルは,中央海嶺の周りの海丘間隔の観察結果を説明する.地殻地形はマグマの供給変化の記録計としては不十分らしい.しかしながら,マグマの供給変化は地殻基底部では忠実に記録されているかもしれない.(MY,nk,kh)
Sensitivity of seafloor bathymetry to climate-driven fluctuations in mid-ocean ridge magma supply(Science, this issue p. 310)

湿気流からCO2を捕捉する(Grabbing CO2 from wet gas streams)

発電設備の燃焼排気のような、典型的気体流から CO2を抽出することは難しい課題である.これは気流中の少しの水も CO2の吸収を妨げる傾向にあり,また吸収材を劣化させる可能性があるためである.Datteたちは,これらの問題を回避する微細孔性ケイ酸銅を開発した.多くの他の材料は水とCO2の両方を同一個所で吸収する部位を持ち,その争いでは水が勝利する傾向にある.彼らの材料は,依然として水を吸収するが,CO2を吸収する別個の部位を持っている.この材料は,吸着水があるにもかかわらず良好な安定性を示し,再使用可能である.(MY,nk,kh)
CO2 capture from humid flue gases and humid atmosphere using a microporous coppersilicate(Science, this issue p. 302)

T細胞の自己認識力維持法(How T cells maintain their identity)

Tリンパ球の病原体と戦う力は良く知られているが、Tリンパ球はまた、免疫応答が暴走しないことを確実にする。 調節性T細胞(Treg)と呼ばれる T細胞のサブセットは、例えば T細胞が確かに病原体だけを攻撃し、自身を攻撃しないようにすることでこの機能を実行する。T細胞は、炎症性刺激に対面した際にその機能に柔軟性を示すことができる。 Kimらは、Tregの安定した維持を確実にする分子を同定しようとした。 遺伝子改変マウスを用いて、彼らは、CD4+ Treg及び CD8+ Tregの両方が安定的にその自己認識力を維持するために、転写因子 Heliosを必要とすることを見出した。(hk,nk,kh)
Stable inhibitory activity of regulatory T cells requires the transcription factor Helios(Science, this issue p. 334)

火星との近接遭遇(Close encounter with Mars)

2014年10月19日に、Siding Spring彗星は、火星上の数多くの探査車や宇宙船がそれを研究できるほどに接近して、火星近くを通過した。Lisseは、展望記事の中で、その彗星が、太陽系のはるか遠くの領域にあるオールト雲(Oort Cloud)から来たものであると説明している。オールト雲からの彗星については、ほとんど知られておらず、内部太陽系までやってくるものはほとんどない。そのこの近接通過は、Siding Springの大きさ、化学的組成、その他の特性について前例のないデータをもたらした。そのデータはまた、彗星が火星の大気に相当な量の物質を供給し得ることを示した。(Wt,KU,nk)
Comet Siding Spring, up close and personal(Science this issue p. 277)
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