AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 4 2009, Vol.325


北極の気候の温度傾向が逆転(Climate Reversal)

近代的な観測が行われるようになってからの短い期間の間に北極の気候と環境は劇的に変化した。Kaufmanらは(p. 1236)北緯60度以上の湖沼から、気候を推理するための2000年に渡る堆積データを得て、それにアイスコアと木の年輪のサンプルを追加し、10年単位の細かさで北極の古気候を再現した。この記録の初期における緩やかな低温化の傾向が、気温が急激に上昇した20世紀の初頭から逆転していた。北極の長期間にわたる低温化は、地球の軌道の変化によって引き起こされた夏の日照時間の減少に原因がある。一方、急激で大規模な前世紀の温暖化は人類がもたらしている熱に密接に結びついている。(Uc,KU,nk)
Recent Warming Reverses Long-Term Arctic Cooling
p. 1236-1239.

閉じ込めによる励起状態の安定化(Stability Through Confinement)

光格子にトラップされる冷原子は、粒子密度、形状、相互作用力、及び符号を含む実験パラメータを変えることが可能で、多体量子物理学を探る理想的なテスト系である。しかしながら、散逸プロセスのために、今までに研究された多くのシナリオは必然的に基底状態の相を見ていた。閉じ込め-誘起共鳴を用いた低次元への原子閉じ込めにより、相互作用を調整することで励起状態を安定化できる技術について、Hallerたち(p. 1224)は述べている。これらの準安定状態を作ることが出来れば、量子システムのより広範囲な探索が可能となる。(hk,KU,Ej)
Realization of an Excited, Strongly Correlated Quantum Gas Phase
p. 1224-1227.

大質量の白色矮星(Massive White Dwarf)

白色矮星は、太陽のような星の残骸である。原子核燃焼の寿命が尽きると、それらの星はその外層を吹き飛ばし、高密度のコアへと圧縮される。Mereghetti たち(p.1222) は、白色矮星と準矮星からなる特異な系のX線掩蔽を観測した(この白色矮星は、また、脈動するX線源でもある。また、この準矮星は、そのコアで核融合が終息する前に外層を失ってしまった星である)。力学的な考察やX線の脈動の存在に基づいて、両方の星の質量を評価した。白色矮星の質量は、少なくとも太陽質量の 1.2倍あり、これは、このクラスの星の重力不安定の限界に近い。これらの結果は、いまだ不明な太陽系形成を導くプロセスに対する拘束を与えることとなる。(Wt)
【訳注】ここで白色矮星の重力不安定限界とは、チャンドラセカール限界とよばれるもので、チャンドラセカールによって(1983年ノーベル賞受賞)導かれたもので、白色矮星は1.2太陽質量以上のものは存在しないことを示しました。このとき、白色矮星は、重力と電子縮退圧(フェルミ縮退)とがつりあうとしています。これを超えると次は中性子の縮退圧で釣り合うようになります。これが、中性子星(パルサーとして観測される)です。さらに、質量が大きくなると、終にはいかなるものも重力収縮を止めることができなくなり、ブラックホールとなります。  これが提唱されたちょっと前の1920年代は、観測では、ハッブルにより、銀河はわれわれの天の川の外にあること、宇宙膨張の存在などは見出されつつありましたが、なお、その技術は極めて不十分でした。このため、理論家の提唱するものは、現代物理のお遊び的なものと思われていました。それが20世紀後半には次々と発見されました。「理論的に可能なものは宇宙のどこかに存在する」といわれますが、天文はそれらを実証してきた歴史ともいえます。
An Ultramassive, Fast-Spinning White Dwarf in a Peculiar Binary System
p. 1222-1223.

オルト雲の内側(Inside Oort)

長周期の彗星は、太陽系の最も外側の領域、太陽を周回する膨大な数の氷塊(icy bodies)があるオルト雲(Oort Cloud)からやってくると考えられている。外側オルト雲にある塊は、より強い外部重力摂動(external gravitational perturbations)を受けるため、太陽系の惑星領域に彗星となって入り込みやすい。それと反対に、内側オルト雲の塊は、観測可能な軌道に達する前に投げ出されると考えられている。内側オルト雲の塊の軌道の履歴を辿る数値シミュレーションを使い、KaibとQuinn (p.1234; 2009年7月30日号電子版、Duncanによる展望記事参考)は、内側オルト雲の彗星が外側オルト雲に移動できる動的な経路を見つけた。外側オルト雲の塊は、かく乱により観測可能領域(visible region)に大挙して入ってくる。このメカニズムによると、この領域の質量は巨大惑星を形成するのに必要な物質の量に等しい。(TO,KU,nk)
Reassessing the Source of Long-Period Comets
p. 1234-1236.

後成的なシグナル(Epigenetic Signals)

脂質のスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は信号伝達分子であり、細胞表面の受容体と結合して、成長や生存から免疫反応までの生物過程を制御する生物学的変化を起こさせる。Hait たち(p. 1254) は、S1Pが直接核の酵素、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)1と2に結合して機能することを報告している。S1Pを産生する酵素、スフィンゴシンキナーゼ 2 (ShpK2)は、HDAC1とHDAC2と共に複合体の形で核中に存在している。S1Pの産生とHDACへの結合はヒストンの脱アセチル化を抑止する。このようなヒストンの修飾は遺伝子転写制御の後成的なメカニズムである。このように、核の中でのS1P産生が信号伝達メカニズムであり、これによって多様な刺激に応答して細胞が遺伝子発現を制御しているらしい。(Ej,hE,KU)
Regulation of Histone Acetylation in the Nucleus by Sphingosine-1-Phosphate
p. 1254-1257.

大人にとっての恐怖の記憶(Adult Fears)

どうして、恐怖の記憶は長期間にわたる忘却の為の努力によっても、取り除くことが困難なのだろうか?動物実験によって、忘却のための学習効果は年齢に依存していることが分かってきた。若い動物の恐怖の記憶は永久に消し去ることが可能である、しかし成体では忘却のためのトレーニングの後でも簡単によみがえってしまうのだ。抑制性ニューロン(刺激を受けると活動電位を抑制するニューロン)の周囲を覆う細胞外網目状構造物(ペリニューロナル・ネット)は、年齢によって変化する感覚系の学習形態に介在している。Gogollaらは(p.1258;Pizzorussoによる展望記事を参照)、扁桃体のペリニューロナル・ネットの形成時期が、成長によって恐怖記憶の忘却能力に変化が起こる時期と一致していることを発見した。成体動物からペリニューロナル・ネットを除去することによって、恐怖の記憶を消去することが再び可能になった。このように、大人になると恐怖の記憶を消すことが難しいのは、ペリニューロナル・ネットに原因があると考えられる。(Uc)
Perineuronal Nets Protect Fear Memories from Erasure
p. 1258-1261.

順応性の限界(Adaptive Limits)

現在の遺伝子変異に対する選択の結果として、変化している環境に適応しているのが種というものだ。しかし、選択に応答する本質的な形質の変動の程度は良く解ってない。Kellermann たち(p. 1244;および、Merilaによる展望記事参照)は、ショウジョウバエが寒さと乾燥への耐性を獲得する遺伝的変異の度合いを研究した。熱帯種のショウジョウバエはこれらの形質の可変性が低い傾向があるが、もっと温和な気候のショウジョウバエは変動レベルが高い。しかし、全体的な遺伝的可変性は変化してないことから、熱帯地方の種には極端な環境へ耐性を与える対立遺伝子を欠いており、潜在的な生存可能範囲を制限しているようだ。(Ej,hE)
Fundamental Evolutionary Limits in Ecological Traits Drive Drosophila Species Distributions
p. 1244-1246.

細胞の戦いへの備え(Preparation for Cell Wars)

T細胞が感染症と遭遇すると、その細胞は増殖して侵入者と戦うために大量の軍隊を形成する。T細胞応答の全体的な軍隊の大きさは感染の重篤性に依存し、かつ増殖応答の大きさと同様に、最初に動員されるある特殊な抗原特異性を持つT細胞の数によって決定される。応答へのこれら二つの成分の寄与の程度は不明である。DNAバーコード法を用いて個々のT細胞の応答を追跡することで、van Heijstたち(p.1265)は、様々な病原体による感染症に対して特殊な抗原特異性を持つT細胞の動因は同じか、ほぼ同一であるが、しかしながら増殖応答の程度は異なっており、この増殖応答がT細胞応答の全体的な大きさを決定していることを示した。(KU)
Recruitment of Antigen-Specific CD8+ T Cells in Response to Infection Is Markedly Efficient
p. 1265-1269.

ファシン‐アクチン Rabによる剛毛の発生(Fascin-Actin Rab Bristles)

Rabタンパク質は細胞内の交通整理において多用な機能を持っており、また発生にも影響を与えている。Zhangたち(p.1250)は、ショウジョウバエの発生中に、Rab35が束になったアクチンで構築された神経感覚構造である剛毛の発生に影響を及ぼしていることを示している。Rab35は、また培養細胞から大量のアクチンの豊富な糸状仮足を突出させた。活性化されたRab35はアクチン繊維を束ねるタンパク質であるファシン(fascin)と直接相互作用して、原形質膜近傍で共存する。Rab35を遺伝子操作してミトコンドリアの表面と相互作用すると、ファシン依存的様式で局在化したアクチンの構築を刺激した。このように、ファシンはRab35のエフェクタータンパク質であり、膜輸送制御と発生中の細胞骨格構築を結び付けている。(KU)
Rab35 Controls Actin Bundling by Recruiting Fascin as an Effector Protein
p. 1250-1254.

より賢く箱を見つけるには?(Boxing Clever?)

生後10ヶ月の乳児は箱Aに玩具を何回か入れられるのを見ると、箱Bに玩具が入れられるのを見た後でも箱Aを見続けるが、一方生後12ヶ月の乳児はそのようなことをしない、ということをPiagetは示した。この現象はヒト乳児の認知に関する発生上の重要な事象を示しており、Topalたち(P.1269;Tomasello and Kaminskiによる展望記事、およびPennisiによるニュース解説参照)は、明白な一連の比較テストを用いて研究した。その結果は、乳児と成犬の双方とも、箱Aを誤って見続けており、それはヒト実験者による玩具の入れ替えを社会的学習事象として見ているからである、という見解を支持するものであった。対照的に、狼はすばやく学習して正確に箱Bを探し当てる。著者たちは又、乳児が一般化できる能力のあることを観測し、即ち一人の実験者が箱Aに玩具を入れ、次に第2の実験者が箱Bにその玩具を入れた時にはずっと箱Bを見続けている。しかしながら、成犬は一時的、偶発的な学習を示し、第2の実験者による玩具の入れ替えにすばやく対応した。(KU)
Differential Sensitivity to Human Communication in Dogs, Wolves, and Human Infants
p. 1269-1272.

ムチよりもアメがよい(Carrots Are Better Than Sticks)

公益からの恩恵は受けるが、公益コストの”公正な負担(fair share)”を払うことは拒否するという、「たかる人」にどう対処するかという課題への回答として、「たかる人」に彼らの利益を失わせる処罰を課し、その処罰を行う高い費用は交易コストを支払う人が彼らの利益の一部で負担するという方法が、理論的にも実験的な研究でも、よくとられた。Randたち(p.1272;Pennisi によるニュース記事とカバー記事参照)は、公共財ゲームの各ラウンドの後に、プライベートな相互交流セッションを加えた。そこでは参加者が他のメンバに対し報酬、あるいは罰を与えることができる。その結果、協力的な思考態度(mindset)を維持する上で、罰と同様に報酬が効果的であることが分かった。さらに、報酬交流によって協力関係を維持すると処罰コストによる損失が少ない分グループ全体の繁栄へと導くことが分かった。(TO,nk)
Positive Interactions Promote Public Cooperation
p. 1272-1275.

膜活性GTPasesの多様な機能(Coats, COPS, and GTPases)

細胞内において、クラスリンやアダプタ複合体のような特異的タンパク質で被覆された小胞は、濃縮して積荷分子をパッケージし、区画の間の輸送を仲介する。Pucadyil and Schmid (p. 1217) は被覆された小胞形成における膜活性GTPasesの役目についてレビューし、Arf-ファミリーGTPasesとダイナミンは積荷分子のパッケージ化と被覆された小胞の成熟化の品質管理に対して機構的に類似の役割をしているらしいと提案した。そして、小胞の細胞区画への放出を仲介する機構の部品としての役目など、多様な機能も含まれているらしい。(Ej,hE)
Conserved Functions of Membrane Active GTPases in Coated Vesicle Formation
p. 1217-1220.

Hi Fi量子コンピューティング(Hi Fi Quantum Computing)

量子情報処理における目標の一つは、対象の量子もつれ状態を制御して演算処理時には相互作用し、それ以外の時には周囲との相互作用が最低のレベルに留まるようにすることである。ある量子コンピューティングスキームでは、電界によって捕捉そして移動可能なイオンが用いられている。このスキームの一つの欠点は、もつれ状態が磁界ノイズに敏感なことである。Homeetらは(p.1227、2009年8月6日号電子版)、ベリリウムイオン(9Be+)とマグネシウムイオン(24Mg+)のカップリングにより比較的磁界ノイズに敏感でなく、かつ動作中に再冷却可能な状態を作ることに成功した。この手法は、イオン伝送中に生じる忠実性(HiFi)の低下を最小限にできる。(NK,KU,nk)
Complete Methods Set for Scalable Ion Trap Quantum Information Processing
p. 1227-1230.

膜の中で耐え抜く(Toughing It Out in Membranes)

コラーゲンの三重螺旋構造中での架橋結合(crosslink)の形成は、それが機能するために決定的である。動物組織の基底膜に構造的に統合されているIV型コラーゲンの場合には、その架橋結合の化学的性質を突き止めるのは困難であった。Vanacoreたちは、高分解能の質量分析と核磁気共鳴研究の組み合わせによって、ヒドロキシリジン-211とメチオニン-93の間の架橋結合がsulfimineグループ(-S=N-)であることが明確になったと報告している(p. 1230)。この型の結合は、動物が構造的により複雑な生物体へと進化していく際の機械的応力に耐えていくために進化してきたらしい。(KF)
A Sulfilimine Bond Identified in Collagen IV
p. 1230-1234.

損傷、シグナル、みごとな対応(Damage, Signal, Maneuver)

転写やDNA修復などの細胞プロセスには、多様な染色質リモデリング複合体の集合によって、染色体に関連するタンパク質を修飾したり操作したりすることが必要である。細胞が染色質リモデリングを制御している仕組みは、完全には理解されていない。DNA損傷によって誘発される応答の際の、染色質へのポリ(ADPリボース)の添加は、染色質脱凝縮と関連しているが、これは効率的なDNA修復を促進すると考えられている。Ahelたちは、ある染色質リモデリング酵素が、ポリ(ADPリボース)と結合するDAN損傷応答タンパク質であると同定した(p.1240,2009年7月30日号電子版)。(KF)
Poly(ADP-ribose)--Dependent Regulation of DNA Repair by the Chromatin Remodeling Enzyme ALC1
p. 1240-1243.

組織特異的な制御(Tissue-Specific Control)

個体間での遺伝子発現および表現型への遺伝的変異の影響は殆ど分かっていない。Dimasたちは、ヒトにおいては対立形質の発現が組織特異的に異なっていて、明らかにシスエレメントによって制御されているような遺伝子がいくつかあることを明らかにしている(p. 1246,2009年7月30日号電子版)。線維芽細胞とは違って、変異体の80%までもがB細胞やT細胞と同様、組織特異的に機能しているらしい。この調節性変異体中のバリエーションは転写物の複雑さと相関していて、これは、いくつかの観察された調節性のバリエーションが、転写物および転写開始点を遺伝子型特異的に利用することによって生じていることを示唆するものである。(KF)
Common Regulatory Variation Impacts Gene Expression in a Cell Type--Dependent Manner
p. 1246-1250.

腫瘍抑制における支配(Reigning In Tumor Suppression)

ホスホイノシチド-3キナーゼを介しての分裂促進性のシグナル伝達は、脂質二次メッセンジャー、ホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸(PIP3)を産生する。腫瘍抑制遺伝子産物と脂質脱リン酸酵素PTEN(10番染色体上のホスファターゼ・テンシン・ホモログ)は、PIP3を脱リン酸化することによって、その分裂促進性シグナル伝達に対抗している。PTENと相互作用するタンパク質を求めてのスクリーニングによって、FineたちはP-REX2aを同定した(p. 1261)。P-REX2aは、RAC低分子量GTP分解酵素のためのグアニンヌクレオチド交換因子(GEF)である。内在性のP-REX2aとPTENは、ヒト胚性腎臓293細胞中で相互作用し、P-REX2aはPTENの触媒活性を抑制した。つまり、多くのタンパク質脱リン酸酵素同様、PTENの活性は相互作用する抑制タンパク質によってチェックされている。P-REX2aはつまり、腫瘍細胞がPTENを不活性化しうる仕組みを提供しているのである。(KF)
Activation of the PI3K Pathway in Cancer Through Inhibition of PTEN by Exchange Factor P-REX2a
p. 1261-1265.

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