AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約


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Science September 11 2009, Vol.325


北極地域を評価する(Assessing the Arctic)

北極地方は、地球上で現在進行中の気候変動において、最も急激な変動を受けつつ あるが、しかしその結果生じる生態学的な反応については報告されていない。第4回 国際極年(International Polar Year)の終結に、Postたち(p.1355)は、この過敏な 地域における生態的影響の観測をレビューしている。 現在北極地方の陸上、淡水、そして海洋系において起きている広範囲な変化は、 低緯度地域における天然資源、食物生産、そして将来の気候緩衝作用に影響 する変化の予兆である。(TO,nk)
Ecological Dynamics Across the Arctic Associated with Recent Climate Change
p. 1355-1358.

効率的なカーボンナノチューブフォトダイオード(Efficient Carbon Nanotube Photodiodes)

単層カーボンナノチューブ デバイスに吸収される単一光子は電荷を輸送する 多自由粒子を生成する。 低温でのこのようなデバイスは、励起を起こす光エネルギーを増加させていくと、 明瞭な段階的な電流増加をもたらすことを、Gaborら (p. 1367)は報告している。興味深いことに、カーボンナノチューブのユニーク なバンド構造ゆえに、この振舞いは高ネルギー粒子物理でよく観測される粒 子-反粒子生成に似ている。これらの観測は、グラフェンのような他のナノスケール カーボンシステム研究の将来の発展を指し示し、そして高感度光子検出と超高効率 の光起電力を含む多くの応用に導くであろう。(hk,KU,Ej,nk)
Extremely Efficient Multiple Electron-Hole Pair Generation in Carbon Nanotube Photodiodes
p. 1367-1371.

エントロピーの地形図を描く(Mapping Out an Entropic Landscape)

量子臨界点は絶対零度付近で生じる連続的な相転移現象であり、有用な応用が期待 できる興味深い特性を示す。量子臨界系における実験的熱力学知見はわずかしかない。 量子臨界点に関してよく調べられてきた系では静止圧力を状態指定パラメター とする実験が行われており、そのような状況での熱力学的測定は困難な ためである。 Rostらは(p1360、2009年8月6日号電子版、Fiskによる展望記事参照)、 ストロンチウム-ルテニウム酸塩の熱力学測定のために磁界を調整パラメータに用いた 特注の装置を構築・調整した。熱量測定および磁気熱量測定を組み合わせて、量子 臨界と相形成のエントロピー地形図を描いている。この手法は他の材料にも適応可能 であり、新規な金属状態や超伝導など特異な物性を解明するのに役立つであろう。(NK,nk)
Entropy Landscape of Phase Formation Associated with Quantum Criticality in Sr3Ru2O7
p. 1360-1363.

ヒマラヤ-チベットのアンダープレート(Himalayan-Tibetan Underplate)

ヒマラヤは、5000万年前に始まったインドとユーラシアの衝突により形成された。 しかし、Hi-CLIMB 地震実験が始まるまで、すべり込んだインドの地殻の最後の 姿とその位置は、十分に明確にはなっていなかった。このプロジェクトで最重要 なものは、800 km の長さに渡り、密に配置された広帯域地震計からなる直線型 アレイである。このアレイは、ガンジス低地からヒマラヤを横切って、中央チベ ット高原にまで続いている。Nablek たち (p.1371) は、インドプレートに北方向に押されてできた 南チベット高原逆断層において、地殻と上部マントルの画像を与えた。 この画像により、彼らはインドプレートの基底を北緯 31°まで追跡している。この 領域の地殻-マントル境界面の特徴は、インドの地殻が少なくとも部分的には下方 のマントルからは分離していることを示唆している。(Wt,nk)
Underplating in the Himalaya-Tibet Collision Zone Revealed by the Hi-CLIMB Experiment
p. 1371-1374.

ガスだったんだ(It's a Gas)

βラクタムやアミノ配糖体やキノロンを含む多くの抗生物質は細菌を酸化ストレス によって殺す。Gusarovたち(p. 1380)は、細菌性NO合成酵素 (bNOS)によって産生 された一酸化窒素 (NO)が、黄色ブドウ球菌や炭疽菌を含む細菌が土壌中や宿主体内 で出会う可能性がある有毒薬剤から細菌自身を保護することを示した。このように、 bNOS活性は抗生物質に応答して特異的に誘発され、次にもう一つ別の重要な抗酸化 酵素であるスーパーオキシドジスムターゼを発現させる。従って、NOで仲介された 抗生物質耐性は毒性分子の直接的化学的修飾によって作用するだけでなく、自然に 生じている抗生物質によって生じる酸化ストレスをも軽減している。(Ej,hE)
Endogenous Nitric Oxide Protects Bacteria Against a Wide Spectrum of Antibiotics
p. 1380-1384.

石炭を吹き飛ばせ(Blowing Away Coal)

中国は世界一の二酸化炭素排出国であり、また世界二位の電力消費国である。 その電力の80%は石炭を燃やすことで得ている。したがって、炭素消費の少 ない発電方法があれば、中国にとって炭素排出や他の化石燃料による環境への 悪影響を減らすために重要となるだろう。中国にはキロワット時あたりのコス トで合理的、かつ、2030年の需要(現在の消費量の約二倍)をまかなえるだけの 風力があることを、McElroyらは(p. 1378:表紙参照)示している。(Uc)
Potential for Wind-Generated Electricity in China
p. 1378-1380.

真珠母層の形成(Making mother of Pearl)

真珠層は海洋軟体動物の殻の内側を覆っている真珠光沢の炭酸カルシウムの層で、 一般的に「真珠母層(mother of pearl)」として知られている。この層は、有機 マトリックス層で分離された均一に整列したアラレ石(aragonite:準安定な斜方晶 系の炭酸カルシウム)の結晶層から作られている。アラレ石層が、どのようにして 整列した構造をとるのかは不明であった。Suzukiたち(p.1388,8月13日号電子版; 及びKrogerによる展望記事参照)は、日本の真珠貝(Japanese pearl oyster)に おいてアラレ石の形成を制御している二つの酸性のマトリックスタンパク質 (Pif-97 and Pif-80)を同定した。そのタンパク質は複合体を形成し、Pif-80は アラレ石に結合し、Pif-97は有機マトリックス中で他の巨大分子と結合している らしい。(KU)
An Acidic Matrix Protein, Pif, Is a Key Macromolecule for Nacre Formation
p. 1388-1390.

水の循環(Cycling Around)

水蒸気は最も重要な温室効果ガス(greenhouse gas)であり、雲は最も重要な天候 の要素のひとつである。しかし、水の大気循環と雲形成は地球気候モデルにおいて 不十分にしか表現されておらず、世界的な水循環の機構は未だ十分に理解されて いない。液体から気体への変化が同位体重水素を含む水を減少させる傾向がある。 よって、大気中の水の挙動状態をより深く知るために、Frankenbergらは(p. 1374)、 地球の「重い」水の存在量を、衛星によって計測することを可能にした。(Uc)
Dynamic Processes Governing Lower-Tropospheric HDO/H2O Ratios as Observed from Space and Ground
p. 1374-1377.

MITE-yのジャンプ(MITE-y Jumps)

転位因子(transposable element:可動性の遺伝要素)は、ゲノムの大半に遍在する 遺伝因子であり、その拡大や損失、及び潜在的な移動はゲノム進化における主要な 要素である。植物において、MITE(miniature inverted repeat transposable element:小さな逆方向反復転位因子)として知られている或るタイプの非翻訳転写 因子は、特殊な米のゲノム内部で新たな拡大の証拠を示している。しかしながら、 これらの転位因子はその移動を助けるのに必要なトランスポサーゼ(transposase: 転位に不可欠の中間体)を欠いている。Yangたち(p.1391,Gonzalez and Petrovに よる展望記事参照)は、MITEが他の無関係なトランスポゾン(transposon:易動性 遺伝因子)の活性を利用して、その拡大を行っていることを示しており、結果として 移動を可能にしている決定要因分子を同定した。驚いたことに、トランスポサーゼを コードしているその因子はMITEが存在しない時には自身の移動を抑制した。これらの 発見は、何故ある遺伝因子がゲノム内で複製し、高度のコピー数を得、一方他の遺伝 因子がそのようなことが何故出来ないのかについての説明を与えるものであろう。(KU)
Tuned for Transposition: Molecular Determinants Underlying the Hyperactivity of a Stowaway MITE
p. 1391-1394.

二量体であること(Seeing Double)

特殊なセットの遍在性の低分子(核小体の)リボ核タンパク質は最適のリボソーム 機能とタンパク質合成にとって重要である。Bleichertたち(p.1384)は電子顕微鏡と 単一粒子解析法を用いて、低分子RNA(sRNA)及び関連する総てのコアタンパク質を 含む古細菌バージョンでのその構造を調べた。予想外に、このリボ核タンパク質は ホモ二量体であり、二つのsRNAとコアタンパク質各々の四つのコピーから形成され ている。この二量体が酵素的に活性な形状であるらしく、sRNA-sRNA形成を切断した 変異体では活性が抑制された。(KU)
A Dimeric Structure for Archaeal Box C/D Small Ribonucleoproteins
p. 1384-1387.

生殖系列幹細胞の維持(Maintaining Germline Stem Cells)

連続的に精子を産生するためには、出生後精巣内に精原幹細胞のプールが維持さ れていなければならない。生体内でそれら幹細胞を同定するのは困難だったが、 それはその数が少ないことと、適切な分子マーカーがないことのためだった。し かし、このたびSadaたちは、無傷の精巣において自己更新幹細胞として振舞ってい る精原細胞の小さなサブセット中に、RNA結合タンパク質NANOS2が発現している ことを示している(p. 1394)。いくつかの「機能の損失と獲得」(loss- and gain-of-function)研究法の組み合わせによって、NANOS2が、精原幹細胞の自己 更新的特質を支え、その分化を抑制することによって、精原幹細胞を未成熟状態 のまま維持するのに必須であることが発見されたのである。(KF)
The RNA-Binding Protein NANOS2 Is Required to Maintain Murine Spermatogonial Stem Cells
p. 1394-1398.

ミエリンを作る(Making Myelin)

髄鞘(ミエリン鞘)はニューロン同士を絶縁し、軸索でのすばやい伝導を促進して いて、その破壊は、多発性硬化症などのいくつかの神経障害の特徴となっている。 軸索のシグナルがシュワン細胞を刺激して末梢神経にミエリンを形成させている のだが、その仕組みは完全にはわかっていない。ゼブラフィッシュで同定された ある変異の特徴を明らかにすることによって、Monkたちは、Gタンパク質結合受 容体スーパーファミリーのメンバーであるGpr126がミエリン形成にとって必須で あることを示している(p. 1402; またMeijerによる展望記事参照のこと)。 Gpr126は、軸索のシグナル受容体のように振舞って、シュワン細胞におけるサ イクリックAMPのレベルを上昇させ、ミエリン形成の引き金となっているらしい。(KF)
A G Protein--Coupled Receptor Is Essential for Schwann Cells to Initiate Myelination
p. 1402-1405.

脳のエネルギー消費の最小化(Minimizing Brain Energy Consumption)

神経活動と情報処理を生じさせるには、どれだけのエネルギーが実際に必要なの だろうか? ラットの脳切片中の苔状の線維軸索から得られた生理的温度の直接 の記録と、モデル化やシミュレーションのアプローチとを組み合わせることで、 Alleたちは、哺乳類の海馬の非ミエリン化軸索における修復性の活動電位 (regenerative action potentials)が、きわめてエネルギー効率がよいことを発 見した(p. 1405; またMagistrettiによる展望記事参照のこと)。このデータは、 神経情報処理の全体としてのエネルギー消費に対して、活動電位が驚くほどの小 さな貢献しかしていないことを示すものである。(KF)
Energy-Efficient Action Potentials in Hippocampal Mossy Fibers
p. 1405-1408.

低準位のトンネル効果(A Lower Tunnel)

量子力学の固有の性質の一つに粒子のエネルギーが障壁のエネルギーより低くても これを通過するという、放射性崩壊に見られる現象があるが、これはトンネル効果 として知られている。強いレーザー光は、このようにして原子や分子から電子を遊 離することができる。Akagi たち(p. 1364)は、強烈なレーザー光が塩化水素イオン に衝突した時に、放出された電子や正イオンのエネルギーと運動量の両方をマッピン グして、このトンネル効果が生じるのは系の最高エネルギー順位を占める 電子だけに限らないことを、きれいな方法で示した。レーザーの場に対して、特定の方位を有する分子は低いレベ ルからでも占有された最高レベル軌道の電子と同じようにトンネル効果を生じる。 したがって、単分子であってもその電子構造を観察できるトンネル効果顕微鏡の可能 性が出てくる。(Ej,nk)
Laser Tunnel Ionization from Multiple Orbitals in HCl
p. 1364-1367.

クリスタルのように明瞭に(Crystal Clear)

グアニンヌクレオチド交換因子は、グアニン二リン酸(GDP)のグアニン三リン酸 (GTP)との交換を刺激し、多くの生物学的過程で必要となる低分子量のGTP分解酵素 (GTPases)の活性化を行っている。Yangたちは、グアニンヌクレオチド交換因子で あるDOCK9が、低分子量のGTPaseであるCdc42を活性化している完全な触媒作用サイ クルについての詳細な図式を提示している(p. 1398)。DOCK9の小さな領域は、他の GTPaseで観察されたのとは別の仕組みで、Cdc42に結合しているのがGTPかGDPかを 感知しているらしい。(KF)
Activation of Rho GTPases by DOCK Exchange Factors Is Mediated by a Nucleotide Sensor
p. 1398-1402.

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