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Front Runner インタビュー 佐藤 裕之

【FrontRunnerインタビュー】常識を覆す価値創造は、信念と執念、そして“仲間との熱い議論”から生まれた。佐藤裕之

「やりたいようにやればいい」、その言葉の意味するもの

リコーへ転職したのは『新世代デジタルカメラの開発者募集』の求人広告がきっかけです。面白そうだな、と。前職は、光学部品メーカーでファクトリーオートメーション(FA)用の検査カメラやコンパクトカメラの光学設計をしていました。何か新しいことに挑戦してみたくなって応募しました。『新世代デジタルカメラ』がRICOH THETA(リコー・シータ)のことだと知ったのは、入社してからです。

最初の約半年間は全天球カメラについての市場探査をしていました。超広角カメラを搭載した製品の情報を調べるのはもちろん、市販の天球カメラを分解してみたり、社屋の屋上でスマートフォンを使って(*1)操作する小型ヘリコプタを飛ばしてみたりと、目にした人には遊んでいるように映ったかも知れません。でもメンバーは全員、真剣でした。真剣に遊んでいたのです。どんな製品にすべきか、連日、時間の経つのも忘れて議論し合い、そのまま職場近くの居酒屋へなだれ込んでさらに意見を戦わせることも度々でした。

私の受け持ちは光学設計です。配属された部署に光学系は数名しかおらず、上司も30代半ばと若く「やりたいようにやればいい」と言われました。当時、RICOH THETAは“全天球360°を手軽に写し撮れる超小型カメラ”というコンセプトがあるだけで、それをどう具現化するかは全く白紙、ゼロの状態でしたから、そう言うほかなかったのかもしれません。これはソフトやエレキ、メカ、どのメンバーについても同じだったと思います。その多くは転職者でした。

*1 スマートフォンを使って:RICOH THETAはスマートフォンとのスムースな連携を目指していたため、こうした研究も行われていた。

画像:「やりたいようにやればいい」、その言葉の意味するもの

もっと小さくもっと薄く、光学の限界まで挑戦する

RICOH THETAは発売時も、そして現在も、コンシューマー製品としては世界最小サイズの全天球カメラ(*2)です。構想段階から、胸ポケットに収まるサイズを目標にしていました。この要求が非常に厳しいものだということはわかっていましたが、諦めるという気持ちにはなりませんでした。これは私に限らず全員そうだったと思います。目標とするサイズの製品だからこそ開発する価値がある、そうでなければ止めよう、と。光学設計上、実現可能なサイズを数字で見せると、「まだ大きい」「もっと薄く」「さらに小型に」……、とダメ出しが続きました。

カメラを2眼構成にしたのもこのサイズの制約によるものです。単眼でカバーできる画角は240°がほぼ限界ですから、カメラは複数必要になります。複数の画像を処理ソフトでつなぎ合わせ、360°の全天球イメージを生成するのです。カメラの数に応じて構造も複雑になり、サイズも増し、画像処理の難易度も上がります。そこで、180°超の魚眼レンズを用いた2眼構成としました。しかし、それでもまだ目標のサイズには届きませんでした。2眼をストレートで対称配置するために必要な間隔は60mm、それ以上は無理だとプロジェクトリーダーに伝えると、「厚すぎる!」。鬼かと思いましたね、もう(笑)。

画像:2眼ストレート光学系(左)と2眼屈曲光学系(左)

実は内心、解決策はあると考えていました。それは、入射光を屈曲させて画像センサに導く屈曲光学法という手段です。これならば2眼の間隔を20mmにまで近接させることが可能でした。しかし、この方式はシビアな視差(*3)合わせを要求されるので量産品には若干不向きな上、屈曲部品(プリズム)も必要なためコストも嵩みます。加えて、転職1年にも満たない立場でリスクの多い方式を提案するのは不遜ではないかとの遠慮もあり、言い出せませんでした。ところがある時、居酒屋での議論が沸騰する中で、光学系でのダウンサイジングが話題となりました。思わず、「やれないわけじゃない」と反論し、屈曲光学法についてリスクも含め説明しました。聞き終えたメンバーから「やってみよう」「ダメだったらまた考えればいい」と励まされ、その場で採用が決定しました。遠慮は不要だ、このメンバーとならばどんな困難にも立ち向かっていける、そう確信できた瞬間でした。

*2 コンシューマー製品としては世界最小サイズの全天球カメラ:2014年10月リコー調べ。

*3 視差:2つのカメラでの視点の位置が異なること。視差があると、2つの画像をつなぎ合わせた部分の画像が二重になってしまう。2眼屈曲光学系はこの課題克服にも役立った。

怖いもの知らず達が未知の領域を切り拓く

画像:対称に配置された屈曲光学系

自ら言い出したこととは言え、2眼屈曲魚眼光学系の設計は困難を極めました。そのあたりの苦心点については、リコーのサイトに公開されている記事(全天球カメラ/リコーの技術)に目を通していただければと思います。2眼屈曲魚眼光学系の方式で、ほぼ視差がなく均一の解像感を持った画像を実現できたのは奇跡的なことでした。これも、ソフトやエレキ、メカなど他の設計者たちの多大な尽力のお陰だと感謝しています。RICOH THETAの光学系は今年、日本光学会で「第17回光学設計奨励賞」をいただきました(*4)が、私はプロジェクトの全メンバーに贈られたものだと受け止めています。

当時、私が受け持っていた仕事は、RICOH THETAの開発だけではありませんでした。平行して、産業市場向けカメラの光学設計や、そのプラットフォーム構築なども任されていました。これは現在も続いていて、今年10月に設立された新会社・リコーインダストリアルソリューションズを通して、FA用光学モジュールや車載ビューカメラなどを提供しています。リコーはこれまでオフィスオートメーション(OA)分野を中心に事業を展開してきましたが、今後はFA分野へも事業を拡大していくことになります。コンシューマー向けとインダストリー向けという市場の異なる製品を開発できるのは大変面白く、これによって技術者としての幅も広がったと実感しています。

幅の広がりと言えば、RICOH THETAは、開発だけではなく最後の製品化まで開発メンバーが担当しました。実はこれには訳があります。そもそも私の部署は要素開発を受け持つところで、基本的な仕様が出来上がったら、後は製品化する事業部に任せるはずでした。ところが、2012年夏の終わり頃のこと、産業用カメラの設計打ち合わせのために出張中だった私の携帯電話にRICOH THETAのメンバーから連絡が入りました。「製品化も全部自分たちでやることになった」と。設計が斬新すぎるので事業部は二の足を踏んでいるというのです。だったら自分たちでやってみよう、と。とっさに「無茶だ」と応えると、相手は「これまでも無茶ばかりしてきただろう、何を今更」。怖いもの知らずの人が多いプロジェクトでしたが、ここまでとは思いませんでした(笑)。やるしかありません。

*4 日本光学会で「第17回光学設計奨励賞」をいただきました: RICOH THETAに搭載された超小型2眼屈曲光学技術は、従来の光学設計の常識を覆した画期的機構として業界関係者に高く評価され、2014年日本光学会光設計研究グループ「第17回光設計奨励賞」を受賞。

胸を張って世界に製品を送り出せる喜び

自分たちでやると決めてからの7~8ヶ月間、開発現場は文字通りドタバタ状態となりました。搭載部品の購買など慣れない仕事の連続でしたが、今振り返ると、皆それを楽しんでいたように思います。私も量産間近になってレンズコーティング(*5)の課題が発生して、その対策に追われました。結局、より上質のコーティングに仕様変更することで解決することができました。コストは若干高くなりましたが、画像品質での妥協はしたくないという気持ちのほうが勝ったのです。このコーティングはレンズの見栄えにも効果があり、どのような角度から見ても色変わりのない美しい外観に仕上げることができました。発売時、RICOH THETA本体の高級感が話題になりましたが、レンズにも相当こだわっているのです。

画像:胸を張って世界に製品を送り出せる喜び

量産開始は2013年5月上旬でした。生産ラインはリコー光学(当時)の生産拠点(岩手県花巻市)の一隅に設けられました。その生産ラインも開発メンバーが自ら製作したものです。これはおそらくリコー初ではないでしょうか。発売は同年9月。ドイツで開催される国際コンシューマー・エレクトロニクスショー(IFA)がお披露目の舞台です。その間約4ヶ月、花巻での仕事が多くなりました。そして9月13日、ついに自分たちの手でRICOH THETAを全世界に向けて送り出すことができたのです。

画像:胸を張って世界に製品を送り出せる喜び2

発売後、前の会社の上司から電話がかかってきました。「あれ、お前か?」と。「そうです」、そう胸を張って応えることができました。これは、自社ブランドで製品を提供できるリコーだからこそ味わうことのできた達成感だと思います。転職後、わずか2年半でこのような体験をさせてもらえたことに感謝の気持ちでいっぱいです。また、この仕事を通してひと回りもふた回りも成長できたと実感しています。

転職当初、若干遠慮していたと言いましたが、その後RICOH THETAや産業用カメラ開発などに携わる中で、リコーにおいてはそうした気遣いが不要だということ、年齢や経歴、立場を問わず積極的に提案し行動する姿勢が求められることを知りました。異なる企業文化を経験してきたからこそ気づくこと、変えられることがあります。私自身も、今一度新鮮な気持ちや目線を持って開発に臨んでいく必要性を感じています。会社もそれを期待していると思うのです。

RICOH THETA特設サイト

デザイナー紹介「生活空間を360°デザイン」 (河俊光プロダクトデザイナー)

*5 レンズコーティング:反射防止などを目的にレンズ表面に施される薄膜処理。光学性能を左右する重要な要素で、RICOH THETAには色再現性や耐擦過性に優れた高性能のコーティングが施された。

上司からのメッセージ

「価値創造へ一歩踏み出す」

リコー技術研究所
フォトニクス研究センター
グループリーダー 安部 一成

我々はなぜ技術開発をするのか?研究所にいるものとして、常に考えていなければならないテーマです。私なりの答えは、「価値を創造するため」だと考えています。

佐藤さんが担当したRICOH THETAの開発では、まさにそれを再認識させられました。コンシューマカメラの新しい価値を生み出す全天球というコンセプトを、いかに実現して、お客様にその価値を味わっていただけるか。佐藤さんは光を操る光学技術者として、見事その価値を具現化しました。

技術者にとってのゴールは、技術開発結果ではなく価値創造にあります。それは自身の経験の範囲を超えた未開拓な領域へのチャレンジであり、そこへ一歩踏み出すためには勇気が必要です。そのチャレンジを楽しむメンバーが集まり、感謝と賞賛をし合いながら、価値創造が連鎖していく。それができる土壌がここにはあるのです。

画像:リコー技術研究所 フォトニクス研究センター グループリーダー 安部 一成
画像:リコー技術研究所 フォトニクス研究センター グループリーダー 安部 一成

光を自由自在に操り、想像を超えた価値を創造し続ける。我々は誰も見たことのない未来を真剣にイメージし、日々チャレンジしています。そんなリコーにぜひ期待していてください。

プロフィール

プロフィール:佐藤裕之

佐藤裕之(さとう・ひろゆき)
リコー技術研究所 フォトニクス研究センター

工学部光学科卒。光学部品メーカーを経て、2011年リコー入社。世界初の超小型全天球カメラ「RICOH THETA」を始め、インダストリー向けカメラや先進運転支援システム用モジュールなどの光学設計を担当。休日は「小さなお庭でガーデニングを楽しんでいます」と話す、心優しき技術者である。

※本ページに掲載されている情報は、2014年10月現在のものです。